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2008年12月 8日 (月)

周産期救急の問題点 ~ マスコミもついに反省という言葉を覚えた?!

先日書きました「救急は全例受け入れ」の話題ともかぶる話ですが、この5日に発表されてから一部でかなり話題になっているのが文科省の全国国立大学病院NICU整備計画です。
今日はまずこちらのニュースからご紹介しましょう。

4年間で国立大全病院にNICU 文科省が整備計画(2008年12月5日共同通信)

 満床などを理由に、病院が妊婦の受け入れを相次ぎ拒否した問題を受け、文部科学省は5日、2009年度から4年間で、現在9つの国立大病院で新生児集中治療室(NICU)がない状況を解消し、全国立大病院の半数に当たる21病院では、周産期医療の関係病床数(国立大平均11・4床)を各20床に増やす整備計画を公表した。

 文科省調査で、大学病院の関係病床数(分院を除く)が私立大の平均29・8床、公立大の平均16・0床に比べ、国立大が少ない実態が判明。文科省は若手医師育成の充実や産科・小児科の女性医師の復帰支援なども含め、地域の周産期医療の拠点として国立大病院の機能強化を目指す。

 しかし、妊婦受け入れ拒否の要因とされているNICU不足は、厚生労働省研究班の調査で全国で約1000床に上るとされ、ほかの大学病院や国公私立の病院の整備も急務となっている。

 計画では山形大、福井大、山梨大、佐賀大、長崎大などNICUがない9大学病院に最低各6床を設置。NICUと、母体・胎児集中治療室(MFICU)、継続保育室(GCU)を合わせた周産期医療の関係病床数を少なくとも21大学病院で各20床にする。

 09年度予算で58億円を概算要求しており、今後、人材確保や施設の状況などをみて対象病院を決める。

なるほど、こういう場合は大学だから文科省の管轄になるんだなと思わされた話ですが、問題はどこからどうやって人材をかき集めるかというところに尽きるでしょうね。
今現在でも全国大学の産科・小児科医局で十分な数の医師が足りているなんてところは寡聞にして知りませんが、特に国公立大学病院ともなりますとこれに加えてあり得ない低待遇、働かない看護師以下のスタッフと医師のモチベーションを下げる要因には事欠きません。
実際のところどこの大学が対象になるのか、それを受けての現場の反応はどうなのかといったあたりは今後次第に話が出てくることと思いますが、またどこかから医師引き上げなんて話になることはほぼ確定的なんでしょうね。

ところで全国どこでもNICU不足と言いながらおいそれと増やせないのはスタッフが集まらないからと言うことが大きな要因でしょうが、一方でなぜそうまでNICUが不足しているのかということも考えていかなければなりません。
よく(日本の小児救急はなっとらん!と言う文脈で)引用される話として1-4歳児の死亡率が先進国の中でも最低クラスに悪いなんて話が出てきますが、0歳児死亡率が世界トップであるという話は都合良く?無視されることが多いようです(実のところ、ほとんど全年齢で世界トップクラスなのですが)。
この数字に関して以前から言われることに、本来なら0歳児の時点で亡くなってしまっていたはずの子供を日本の小児科が頑張って延命できた結果1-4歳児死亡率を押し上げているという説があり、実際国際平均と比較してみると先天疾患が死因になることが多いようです(この「持ち越しによる押し上げ」に対して否定的な意見もありますが)。

実際のところ出産年齢の高齢化によってダウン症など胎児の先天性疾患発症率が急増することは昔から知られていて、お隣韓国などでは10年前の2倍に増加したなんてデータもあるようです。
また、先頃厚労省がまとめたレポートでは「小児科常勤医が重症児に対応する小児専門の救命救急機関の不足」がこの原因であると結論づけていますが、どちらにしても「今まで以上に手厚い小児医療体制」に対する社会的要求が年々高まっていることは間違いないでしょう。
すなわちNICU不足問題の背景にはスタッフの不足という医療側の要因と同時に、社会的需要の増加という被医療側の要因が存在していることを理解しなければなりません。

増える低出生体重児出産 「新生児集中治療室」満床の原因にも(2008年12月4日産経新聞)

 東京都内で妊婦が相次いで搬送を断られた問題で、都内の周産期母子医療センターの「新生児集中治療室(NICU)」が満床になる一因に、NICU治療の必要性が高い低出生体重児出産の増加が挙げられている。無理なダイエットで胎児に十分な栄養を与えられないやせ過ぎの若い妊婦や、子宮機能が低下した高齢出産の増加などが背景にあると指摘する関係者も多い
(略)
 なぜ、都内のNICUは満床なのか。都では医師不足以外に、NICUでの治療必要性が高まる2500グラム未満の低出生体重児の増加を指摘する。

 都の調査では、平成2年の都内の低出生体重児数は6583人だったのに対し、平成18年には約1・5倍の9564人まで増加、全国最多にのぼっている。低出生体重児の出産は子宮機能の低下により胎内で胎児を育てられず、胎児が一定の体重になる前に出産する早産や、不妊治療による双子や三つ子など、母体から受け取る栄養分の量が少ない多胎児を妊娠した妊婦にみられる。いずれも一般的に高齢出産といわれる妊婦に多いのが特徴だ。

 実際、厚生労働省の平成18年の調査によると、低出生体重児を出産する割合は、45歳以上が16・2%と最も多い。以下、40~44歳は13・3%、35~39歳の11・1%。女性の初産平均年齢が全国最高の30・7歳の都にとって、出産の高齢化による低出生体重児の増加の深刻さを裏付けている。

 岡山大病院産科婦人科長の平松祐司教授は、無理なダイエットでやせすぎの20代の妊婦について触れ、「お母さんからの栄養が足りなければ、胎児に補給される栄養も少なくなる。その結果、低体重の子供が生まれやすくなる」と指摘する。
(略)

要するに医療問題と言いながら、特に「病気ではない」妊娠、出産に関する問題では医療以前の社会問題としての側面が顕著に表れてくるということなのです。
そう考えていくとひと頃「またたらい回しか!」なんて扇情的な見出しがマスコミでさかんに活用されていた時期があったのですが、最近では何故かほとんど見かけなくなったと思いませんか?
当のマスコミ関係者自身にもそういうところに自覚はあるようで、今ごろになって当事者からもこんな自省的?な言葉が出てきていたりもするようです。

「たらい回し」「搬送拒否」は適切な言葉?

医療者から起きる反発の声
妊婦さんの搬送受け入れがうまくいっていないことが問題になっていますが、さて、報道で繰り返されている「たらい回し」「搬送拒否」という言葉は適切でしょうか?実は、医療関係者からは、この言葉に対する強い反発の声が聞かれます。

病院バッシング?
日本赤十字社医療センター産科部長の杉本充弘医師は「正しくは『受け入れ不能』あるいは『受け入れ困難』でしょう」と言います。「たらい回し、拒否といった否定的な言葉が出てくるのは、どこかに病院バッシングの気持ちがあるからではないでしょうか?」

最近出産したあるお母さんは、「たらい回しという言葉を聞くと病院が何の努力もしていないように感じる」と言いました。確かに「たらい回し」「搬送拒否」という言葉には「本当は受け入れられるのに、面倒だから受け入れない」という職務怠慢・職務不履行のニュアンスが含まれます。そこが、医療者たちを「違う!本当に余裕がないんだ」と叫びたい気持ちにさせるのです。
(略)
「本当にベッドがない」という深刻な現実
残念ながら、やりくりをしても今の状況では限界はあります。日赤医療センターも、他のブロックや他県から来る搬送依頼は半数程度しか受け入れられていません。ただ、担当地区内の受け入れ責任をギリギリで果たせるか、果たせないかの瀬戸際にある病院がそれ以上のことを求められても、それは現実的ではありません。断られた人たちはみんな「たらい回しにされた」と感じているかもしれませんが、本当に受け皿が足りなくなってしまったのです。

少し良くなった赤ちゃんはNICU(新生児集中治療室)をすぐ出る・・・それでも足りない・・・
神奈川県立こども医療センターも同様でした。川滝元良・豊島勝昭両医師によると、ここも、ほとんど毎日が満床で、受け入れるのは他病院では治療出来ない赤ちゃんだけ。他の赤ちゃんはその子の重症度に合った病院を探してあっせんします。

それでも、どうしても県内にベッドがなく、県外に赤ちゃんを送らざるを得ない日もあるといいます。少しでも空きを作ろうと早期退院、転院につとめても今の状況ではそういう日が出てしまうのです。NICUを必要とする患者数と医療の供給が明らかにアンバランスだからです。

こうした声を、マスコミはどう受けとめているでしょう?新聞やテレビの関係者に意見を聞いてみましょう。

記者の中からも「決めつけだった」という声が
マスコミ関係者の中にも、表現を見直したいという気運が現れています。何名かの声をご紹介しましょう。

ある新聞記者は「受け入れ不能」という言葉がいいのではないか、と言います。「マスコミは、問題が起きた時に『本当は受けられたのに断った病院もあっただろう』と疑念を持って「たらい回し」と言い出したのでしょう。でも、現場取材に行くと、病院はこんな苦労をしてきたのかと実態がわかって、今は認識を改めつつあるところだと思う。先日の厚生省事務次官殺人事件で当初『テロ』という言葉が使われたように、マスコミは、実態がよくわからないうちに決めつけをしてしまうことがある。それは自戒しなければならないのでは」

番組の中で話し合い「たらい回し」という言葉は使用しないことに
民放TVでニュース番組を担当するあるディレクターも、現場取材をしたスタッフから「『たらい回し』という言葉は実態に合わない」という意見が出て、この言葉を番組内で使わないようになったと言います。ただ、かわりのいい言葉が見つかったわけではなく「搬送を断った」と表現することが多く、字数を節約する必要があるテロップでは「搬送拒否」となることが多いそうです。

受け入れてもらえない患者のやりきれない気持ちは、医師もわかってほしい
一方、しっかりと患者側に立った視点が大事だ、と考える報道関係者もいます。ある新聞記者はこう言います。「『たらい回し』は患者の実感そのものを表した言葉。それを『違う』と強調されると『医療者は断られた人の気持ちを理解していないのではないか』と世間から見られるだろう。『受け入れ不能』にすべきだ、という意見もあるようだが、それは個々の病院の状況を表しているだけで患者の困窮を表してはいない。『たらいまわし』という言葉を否定するには、さらなる検証をおこなうことも必要。ほとんどの医師は最大の努力をしているのだろうが、そうではない病院もあるかもしれない

お互いの立場をわかり合いたい
「たらい回し」「搬送拒否」という言葉をめぐる報道関係者の思いはさまざま。でも、ひとつの共通項があるように思われてきます。それは、医療者、マスコミ、患者の間で「相手の事情が見えない」というコミュニケーション不足が起きているということです。

NHKで報道番組に携わるあるディレクターは「医療者と私たちが話し合える場を持ちたい。私たちも、医療との間に溝のようなものがあるように感じている。まずはそれを解決したい」と言いました。

はじめのコメントをくれた記者からは、こんな声も聞かれました。「こんなに困っていたのなら、医療側からもっと早くマスコミに発信してほしかった、という気持ちはあります。医療を責める表現になってしまったのは、お互いに日頃のコミュニケーションが不足していた」

当今では猿でも反省すると言いますから、少なくとも霊長類の範疇に入ってきたのは喜ぶべきことだと思いますね(苦笑)。
しかし過ちを改めるのに遅すぎると言うことはないとは良く言うことですが、仮にも報道関係者を自称するなら「実際に取材をしてみると話がずいぶん違っていることがわかった」だの「お前らがもっと大騒ぎしないのがいけないんだ」なんてことを堂々と言っちゃっていいんでしょうかねえ…?
報道というのは他人に全部おんぶにだっこでないとやっていけないんだという率直な告白と受け取っておきますが、これも日本の誇る「ニュースとは座してお上から授けられるのを待つもの」という記者クラブシステムの産んだ弊害というものなんでしょうか。
いずれにしても桝添厚労相に続いてこうしてマスコミさんのありがたいお許しもいただいたわけですから、全国の医療従事者の皆さんは今まで以上に大きな声で言いたいことを言っていかなければならないというわけですよ。

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