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2008年11月 7日 (金)

医療現場の過労死がようやく問題になってきた

…らしいです。
そうしたことが話題になるようになったきっかけの一つがとある裁判なのですが、まずはそちらから紹介していきましょう。

医師の過労死、損害賠償請求を棄却-東京高裁(2008年10月22日CBニュース)

 小児科医中原利郎さん(当時44歳)がうつ病によって自殺したのは、最大で月8回に及ぶ当直勤務をこなすなど過重な業務が原因として、遺族らが、勤務先だった病院を運営する立正佼成会の「安全配慮義務違反」などを理由に損害賠償を求めた民事訴訟の控訴審判決が10月22日、東京高裁であった。鈴木健太裁判長は、民事訴訟で東京地裁が否定した「過重な業務とうつ病との因果関係」は認めたものの、「病院側が(中原さんの心身の変調を)具体的に予見することはできなかった」として、原告側の訴えを棄却した。(山田利和・尾崎文壽)

 判決は、中原さんが1999年3月に月8回、週当たり 2回の割合で当直を担当し、翌4月には、6回の当直のうち、当直を挟んで通常勤務や半日勤務を行う連続勤務が4回あったことを挙げ、「3月と4月の勤務は過重で、著しい身体的心理的負荷を与えたというべき」などとして、中原さんの業務の過重性を認めた。
 また、中原さんが勤務していた立正佼成会附属佼成病院(東京都中野区)の小児科の部長が退職したのを受け、中原さんが部長代行になった直後の同年3、4月ごろ、常勤医や日当直担当医の減少という事態に直面したことについて、「部長代行としての職責から、問題解決に腐心し、見過ごすことのできない心理的負荷を受けたというべき」と指摘した。
 これらを踏まえ、「主として、99年3月以降の過重な勤務、加えて、常勤医の減少などによって大きな心理的負荷を受け、これらを原因とした睡眠障害または睡眠不足の増悪とも相まって、うつ病を発症したというべき」などとして、過重な業務とうつ病との因果関係を明確に認めた。

 一方、「安全配慮義務」については、過労で自殺した社員の遺族が電通の責任を求めて提訴した「電通事件」で、最高裁が2000年3月24日に出した「使用者は、雇用する労働者に従事させる業務を定めて管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷などが過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負う」などとした判決を引用。
 しかし、中原さんについては、「過重な勤務であっても、病院側が、中原さんの疲労や心理的負荷などを過度に蓄積させて、心身の健康を損なうことを具体的客観的に予見することはできなかった」などとして、病院側の「安全配慮義務違反」には当たらないとする見解を示した。

 中原さんの訴訟については、07年3月14日の行政訴訟の判決では、「うつ病は過重な業務によって発症した」と労災認定したが、同29日の民事訴訟の判決では、「うつ病と業務との因果関係が認められない」と、同じ東京地裁が“正反対”の判断を示していた。行政訴訟では、厚生労働省が控訴せず、労災が確定していただけに、高裁が、医師の当直勤務の過重性や病院の「安全配慮義務」について、どのような判断を示すかが注目されていた。

中原氏が亡くなられたおりに残された遺書が支援サイトで公開されていますが、死にゆく一小児科医の訴えが当時大きな反響を呼びました。
今回の控訴審裁判の結果については全医連が「医師流出の誘因になる」と声明を出すなど、医療界のあちこちから大きな反響が寄せられたことは記憶に新しいところです。
高裁判決を受けて遺族はさらに上告するということですが、まだしばらくは経過を見ていく必要があるかと思いますね。

個人的には病院への民事請求訴訟よりも、労基署が「業務に起因しない」として遺族補償を給付しなかったことの方に大きな意味があったと考えています(後に行政訴訟にて労災確定済み)。
弁護団によると小児科医の過労自殺が労災と認められたのは中原氏が初めてとのことですが、かねて医療現場では過労死レベルの労働が当然のように要求されてきている現実がありました。
「宿直勤務中に仮眠や休養は十分可能で、肉体的・精神的に過重勤務とは言えない」などという労基署側の主張が全く現場の実情を無視しており法廷で退けられたのは当然でしょうが、そもそもそうした違法な労働環境に甘んじて声を上げることのなかった医療関係者にも問題がなかったとは言えないのではないでしょうか。

昔からあの先生が急死した、この先生が亡くなったと言う話を身近で聞いたことのない医師はいないと思いますが、報道されて公になる医師の過労死数と現場での実感とは大きく差がある印象があります。
月100時間以上の時間外労働を行うと医師の面接を受けなければならないことになっていますが、「面接に来る患者より面接する医師の方がよほど超過勤務が多い」なんて笑えない話もあるくらいですからね。
「超勤があまりにきついので労基署に相談したら、こっちが医者と判った途端に電話を切られた」なんて都市伝説?があるそうですが、実際のところ厚労省のおかしな見解をはじめ医師に対してだけ別な労働基準が適用されてんじゃないかとも考えさせられる話はいくつもあります。

第1回「増える過労死」(連載企画「KAROSHI-問われる医療労働」)(2008年11月04日CBニュース)
勤務医は平均でも“過労死水準”
  「病院など医療機関に勤務する常勤医の一週間当たりの勤務時間は、平均で63.3時間。一週間に40時間を超える労働時間を時間外労働とする厚生労働省の『過労死認定基準』に基づくと、常勤医は一か月当たり約100時間の時間外労働をしていることになる。勤務医は平均で『過労死認定基準』を超えて働いている」
 勤務医の労働実態に関し、「過労死弁護団全国連絡会議」の代表幹事、松丸正さんが強調する。

 過労死について、厚労省は 2001年、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」を示し、「発症前1か月間におおむね100時間、または発症前2か月間ないし6か月間にわたって一か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と(疾患)発症との関連性が強く、過労死と判断される」との「過労死認定基準」を示している。

 松丸さんは、「63.3時間という常勤医の一週間当たりの勤務時間は、厚労省が06年に発表した『医師需給に係る医師の勤務状況調査』の結果だが、これは常勤医が通常勤務している医療機関での労働時間にすぎない。常勤医には、当直のアルバイトなどをしている若い医師も多く、実際にはもっと長時間労働をしており、厚労省が勤務医の労働時間を適正に把握しているとは言えない」と指摘する。その上で、「問題なのは、過労死認定基準を超える労働が、勤務医では常態化していることだ。もはや、勤務医の過労死は特別なことではなく、“当たり前”になっている長時間労働から起きている」と問題視している。
(略)
 こうした状況に対し、森岡さんは、「労働者の働き過ぎの傾向が強まっているが、中でも医師や看護師などの医療現場の労働条件が、他の業種と比べて著しく悪い」という。
 実際、「過労死110番」には近年、医師や看護師などの命と健康に関する相談が増えている。同連絡会議が昨年11月に集約した「医師の過労死・過労自殺」によると、これまでに22件の過労死・過労自殺が労災認定されているが、このうち昨年に認定されたのは6件で、顕著な増加傾向を示している。

第2回「壊れる医療現場」(連載企画「KAROSHI-問われる医療労働」)

勤務医を脅かす当直問題
(略)
 当直について、厚生労働省は2002年3月の通達で、「宿日直(当直)勤務とは、所定労働時間外、または、休日における勤務の一態様であり、当該労働者の本来業務は処理せず、構内巡視、文書・電話の収受または非常事態に備えて待機するものなどであって、常態としてほとんど労働する必要がない勤務」と規定している。

 しかし、勤務医の当直について、千葉さんは、「日中の通常勤務を終えた後、午後5時から翌朝の9時までが『当直』に当たるが、この16時間はいくら働いても勤務にはカウントされない。このため、代休はないし、交代勤務もないまま、翌日の通常勤務に突入する。すると、34-37時間、残業(時間外労働)があれば40時間の連続勤務になってしまう」との実態を明かした。
(略)
“違法状態”の医師労働
 30数時間から40時間にも及ぶ勤務医の当直などについて、同連絡会議の代表幹事・松丸正さんは、「勤務医の労働条件の何が法的に問題なのかというと、勤務医の労働現場は、『労働基準法』の視点からは完全に“壊れている”としか言いようがない」と、その深刻さを指摘する。

 「勤務医に労基法がない」ことについて、松丸さんは4つの点に基づいて説明する。
 まず、勤務医の労働時間が把握されていないことだ。松丸さんは、「労基法の労働時間の定めは、労働時間が適正に把握されていなければ意味がないにもかかわらず、勤務医の場合、病院が勤務時間を把握していないことが多い」と指摘。その上で、「労災認定を申請しようにも、弁護士は、勤務医のポケットベルや電子カルテへのアクセス記録、手術や麻酔の記録などから、間接的にしか勤務時間を把握できない。病院が勤務時間を把握していないことが、長時間勤務を生み出している元凶と言える」と語る。
 また、労働時間を原則、一日8時間、週40時間と定めている労基法の枠を超えて労働時間を延長する際、その時間外・休日労働の限度時間について労使間で協定を結ばなければならないとする労基法36条(「三六協定」)に関する問題がある。「厚労省は、限度時間の枠を月45時間、年間360時間と定めている。しかし、医師については『三六協定』が締結されなかったり、締結されていても形だけだったりして、長時間労働に歯止めを掛けるはずの『三六協定』が形骸(けいがい)化している」。
 さらに、多くの医療機関では、勤務医が所定労働時間を超えて勤務しても、残業手当が支給されていないのが実態とし、「医療機関にとってコストが掛からない労働時間であることが、勤務医に長時間労働を招く大きな要因になっている」。
 加えて、当直の問題について、松丸さんは、「厚労省が、医師の当直は『監視・断続労働』として、労働時間にカウントしなくていいと通達している。これは、当直時に救急対応などが少なかった20-30年前の通達で、現在の当直の実態と乖離(かいり)している」と批判。最高裁が、警備員の仮眠時間を労働時間と認定した02年2月28日の「大星ビル管理事件」判決を挙げ、「勤務医の当直は労働時間に該当する」として、厚労省が勤務医の当直について見直す必要性を強調する。

労災の認定基準を見て面白いと思うのは、基本的に「周りの同僚も普段やってないような普通じゃない業務」を強いられた場合に認められるものだと言うことですね。
たとえば特に過重な業務とは「日常業務に比較して特に過重な身体的、精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる仕事」をいい、「業務量、業務内容、作業環境等具体的な負荷要因を考慮し、同僚労働者または同種労働者にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断」するとなっています。
そうなると素朴な疑問なんですが、全国の医師達が皆そろって「特に過重な身体的、精神的負荷を生じさ」る業務に日常的に従事している場合に、それに耐えきれず過労死した者は労災と認められるのでしょうか?
今回の中原氏の事例を始め医師の過労死認定が極めて稀と言う現状を側聞するにつけ、どうも国の基本的立場として認めていないんじゃないかという危惧がなしとしないのです。

「小売り店員の労働時間は実際に接客やレジ打ちしている時間しか認めない」なんて話が出たら「そんな馬鹿な!」と誰でも思うと思いますが、「医師の労働時間は実際に診療している時間しか認めない」が堂々と厚相の国会答弁になってしまうのがこの国の不思議なんですね。
パイロットの労働や休息に関して航空法で事細かに決められているのはよく知られていますし、昨今過酷な運行スケジュールが問題視されるトラック業界ですらちゃんと規定があるわけです。
同様に命を預かる職業であるのになぜ医者は特別扱いなのでしょうか?もしや特権階級認定ですか?(逆の意味で…)

有名な佐賀県立病院のように公の組織が長年計画的に勤務記録を改ざんしてまで医師を奴隷労働させていたという事例などを見ても、「黙って耐えていれば誰かがいいようにしてくれるだろう」なんて甘い幻想を抱いてきた労働者としての権利主張の欠如が使役者側をつけあがらせてきた一因ではないでしょうか?
「立て!万国の労働者!」ではありませんが、これからの時代は医者という人種も色々な意味で社会常識を身につけていかなければならないと思いますよ。
幸いにして近ごろの研修医はそういう点では実にしっかりしてるなと関心させられますが、彼らの指導者層たる中堅、ベテランの先生方はくれぐれもご用心くださいね。

先生方が過労死したとしても、国はなにひとつ報いてはくれません。
そして何より、そんな過労死寸前の医師に治療されたいなんて考えている患者はおそらくどこにもいないと思いますよ。
「患者のために頑張る」と言う志は立派ですが、頑張る方向を間違ってしまっては空回りするばかりで誰一人幸せにはならないのですから。

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