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2008年10月28日 (火)

改善すべきシステムの問題とは何か?

週が明けてもまだ話題が続いていることに驚いている仮称「東京妊婦たらい回し事件」ですが、昨夜はご遺族であるご主人が記者会見されたようですね。
しかし厚労省での会見というのは何かしら政策的意図と絡めてといった厚労省の思惑もあるのかと邪推してしまいますが…

安心して産める社会に=「誰も責める気ない」-死亡妊婦の夫が会見

 東京都内で8つの病院に救急搬送を断られた妊婦(36)が脳内出血で死亡した問題で、夫の会社員男性(36)が27日夜、厚生労働省で記者会見し、「妻が浮き彫りにしてくれた問題を、力を合わせて改善してほしい。安心して赤ちゃんを産める社会になることを願っている」と訴えた。
(略)
 搬送要請で、医師は頭痛が尋常でない状況を伝えていたといい、「伝わらないはずがないと思うが、誰も責める気はない」と夫。最初に断った同病院の当直医について「傷ついて辞めるようなことになったら意味がない。絶対辞めないでほしい」と話した
 さらに脳死状態で3日間を過ごした妻が亡くなる日、保育器に入ったままの赤ちゃんを連れてきて妻の腕に抱かせてくれて、親子水入らずの短い時を過ごしたエピソードを披露。「墨東病院の医師も看護師も本当に良くしてくれた。彼らが傷つかないようにしてほしい」とした。
 夫は、医師不足や搬送システムなど浮き彫りになった問題について「のど元過ぎれば忘れるのではなく、具体的な目標を持って改善に向かってほしい。何かが変われば『これを変えたのはおまえのお母さんだよ』と子供に言ってあげたい」と話した。

自分が苦しい状況で他人に思いやりを示すことが出来る人間というのは本当に大人なんだなと思います。
改めて亡くなった妊婦さんのご冥福とともに、ご主人の今後ますますのご発展とお子様の健やかなる成長をお祈りします。
そして同時に(厳しいことを言うようですが)、事態は改善に向かうというよりも「日暮れて道遠し」というべき状況であることもお伝えしておかなければならないでしょう。

さて、今回の件を通して一貫して思うことに、マスコミの医療バッシングが妙に切れ味を欠いていたのでは?と感じられた方も多かったのではないでしょうか。
マスコミ報道のトレンドもようやく新しい段階に至っているようにも思えるのは、過剰な期待のこもった欲目なのかも知れませんが、十年一昔の現状無視な話よりはよほどマシだと思います。
一部では未だに搬送システムを改善しようという方向に話をもっていきたがる人がいるようですが、基幹病院クラスの大病院が軒並み受け入れ不能(患者を受け入れた墨東病院に至っては過重労働によって崩壊寸前)という状況にあった事実を見なければ話になりません。

要するに救急医療に従事すべきスタッフも用いるべき病床もとっくに使い果たされており、根本的かつ最大の問題は医療リソースの不足であるということです。
医療、特に急性期医療を取り巻く状況はすでに「うまくすれば回避できた」から「必然的だった」と言うべき状態にまで至っているのであって、小手先の改善策を弄したところで更なる深みにはまっていくだけだと言う点が議論の出発点であるべきでしょう。
桝添大臣も昨日は病院から事情を聞いたそうですが、現場の状況への認識が不足していたということに一応反省の意を示してはいるようですね(今どき猿でも反省くらいはするとも言いますが…)。

妊婦受け入れ拒否死亡:厚労相、国の情報収集不足反省 江戸川区医師会を聴取 /東京

 脳内出血を起こした都内の女性(36)が8病院に受け入れを断られた後に死亡した問題で、舛添要一厚生労働相は27日、江戸川区医師会の幹部から意見聴取した。医師会側が、都立墨東病院(墨田区)の産科医不足は以前から問題化し、地元医師会などが補充を訴えていた経緯を説明したのに対し、舛添厚労相は「早くSOSを発していただければ、お手伝いができたかもしれない」と指摘、国の情報収集の不足も反省点に挙げた。

 医師会によると、墨東病院では07年1月から常勤の産科医が3人まで減ったため、病院側が東部医療圏(墨田、江戸川、江東区)の医師会と産婦人科医会に産科医派遣の協力を求め協議を重ねていた。しかし異常分娩(ぶんべん)を扱う機会が少ない開業医から希望者は集まらず、医師会と産婦人科医会は今年2月、都病院経営本部と墨東病院に補充の見通しなどを示すよう要望書を提出したが、回答はなかったという。

 徳永文雄医師会長は「今回の事件は、医師不足から起きた悲劇で、医学部定員減や新しい臨床研修制度の導入などで医師は疲弊している」と指摘。舛添厚労相は「私どもの反省を言えば、周産期医療センターを全国に作ったけれど、どうなっているかの情報収集を欠いていた。緊急に全国の状況を調べさせている。墨東病院も1人、医師が来ていただければ何とかなるので、全力でお手伝いしたい」と述べた。

さて、こうした問題点の改善策については根本的には今まで以上のコストをかけて医療リソースを整備するという点に尽きるかと思いますが、問題はどの程度を目標にどこまでやるかということですね。
救急搬送の受け入れ不能問題に関しては大きく問題となるのはほぼ休日、時間外に限られているという現実がありますから、手っ取り早く考えれば救急に関しては平日日勤帯並みのリソースを常時維持できるようにするというのは一つの考え方でしょう。
そうすると労基法の基準等も考えて(笑)救急部のスタッフを今のざっと三倍増というのが最低限の水準かと思いますが、逃散相次ぐ今の時代にそんな野戦病院で働きたいと思う医師や看護師がそう大勢いるかどうかがまず問題ですね。
空きベッドがなく受け入れ不能ということもしばしば起こる問題ですが、急患用に常時ベッドを空けておくということは経営上不可能なことも根本原因であるわけで、政府厚労省が本気でやるなら空きベッドがあっても経営がなり立つ診療報酬を設定しなければならないでしょう。
いずれとんでもないコストがかかる上に、それだけの数のスタッフをどこから捻出するかという問題が重くのし掛かってくる話で、しかも全く即効性はありません。

こうした先の長い話はともかくとして、現場レベルで当座出来ることはないでしょうか?
搬送システムの改善はあちこちで試みがなされていますが、今のところ大概の情報システムを組むより電話で直接話した方が早いというのが現実ですから、大金をかけて新しい検索システムを導入なんて話に貴重な予算を浪費されてしまうことだけは避けなければなりません。
ただし、特に複数科にまたがるような難しい患者受け入れの場合の連絡・調整役などはサポートするスタッフの働き次第で多少は円滑化できるかも知れません(受け入れ可否の連絡が今より早くなるといった点で)。
実際のところはこうした非医師の介在による「伝言ゲーム」も受け入れ困難の一因となっている場合もあるわけですが、そろそろ医師も業務を下請けに出していくことを試みないと本当に首が回らなくなってきているのも事実ですからね。
残念ながらこうした現場レベルの対応では状況を大幅に改善するような妙手とは到底思えないですが…

いずれにしても一つ確実に言えることは、政府や国民、マスコミが少しでも現場の負担を強化する方向で動けば(動くと現場が感じれば)現場の志気は容易に崩壊し更なる逃散が発生するだろうと言うことです。
医療現場は既にそれだけの状況に来ているわけで、まずは普通の日勤後に救急当直をこなし、翌朝からまた平常勤務という現状を何とかしようかってレベルから改善、あるいは改革をしていかなければならない。
いきなり医療費倍増だの医師養成数三倍増だのといった話が現実的でないのも確かですが、そうした抜本的対策でもなければ状況に大きな変化もないだろうというのが現場の実感ではないでしょうか?
日本人お得意の現場の創意工夫で何とかできるような段階を、医療はとっくに通り過ぎてしまったということを国民にまず認識してもらわなければなりません。

先日は読売の「医師強制配置計画」だの、厚労省幹部の「医師再配置の野望」だの香ばしい話題が明らかになったところですが、今は崩れかかっている現場の志気を維持することこそが最大かつ緊急の課題なのだということを理解しているようには思えません。
現実問題として今まで奴隷労働で医者を使い潰してきた病院には軒並み研修医が来ていないわけで、今の若い連中はそれだけの情報収集力とまともな判断力があるということなんですね。
桝添大臣の下記のような発言を見ると一応そういう認識はあるようですが、過去の例を見る限り大臣の個人的意向ってものがどれだけ実際の医療行政に反映されるか、甚だしく疑問としか言いようがないのが残念ですね。

医師の計画配置は「憲法違反」―舛添厚労相インタビュー(上)

■人はインセンティブで動く

―厚労相は医師不足に対する長期的対策として、医師養成数を将来的に1.5倍にまで増やすことを決めました。現在は短期的対策として医師養成の在り方を見直すため、「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」を厚労省・文科省合同で立ち上げましたね。医師の養成について、何が最も重要と考えますか。

 人間は、給料が高いといった報酬や、生きがいなどのインセンティブがあって初めて動きます。特に今のように自由な世の中では、インセンティブ指導主義でなければうまくいきません。救急患者の受け入れ不能の問題や、医療の地域格差などの問題がある中で、どうすればへき地に行ってもらえるでしょうか。例えば、へき地医療を専門に行っている素晴らしい先生がいたとして、「どんなに給料が安くてもそこに行きたい」という使命感が生まれればよいのです。小児科や産科、外科は勤務が大変だから医者の数が減ってきたからと言って、「大変なところに行かない若者はたるんでいる。だからへき地に行かせ、産科に就かせる」と言っても成功するわけがありません。学生が進路を選ぶには、いい恩師に出会うことが重要です。自分の家が産婦人科だからという理由で来る人は置いておいて、「産科のこの先生はすごい。この激務の中でこの成果を上げていて、自分もこうなりたい」と、薫陶を受け、あこがれて、というのが基本的な姿です。「18歳からの教育体制を見直しなさい」とわたしが言っているのは、そういうことを含めています。そのインセンティブをどう考えるかです。

■ただの規制は“裏”を生む

-一方で、厚労省保険局の佐藤敏信医療課長が、医師の計画配置について「よい規制だ」と発言したとの一部報道がありました。読売新聞も医師を地域や診療科ごとに計画配置しようとする提言を紙上で発表するなど、医師を計画的に配置するという考えもあるようです。

 わたしは「計画配置がよい」などとは一度も言っていません。インセンティブと組みにした規制なら意味を持ちますが、インセンティブのない規制は最悪です。独裁者的に抑え付けてうまくいったケースがあったら教えてほしいです。もし規制してうまくいくのであれば、ソ連は今ごろ世界で繁栄していて、日本のような自由な社会は沈没しているはずです。読売新聞の提言のようにすれば、医師の失業者は一人もいなくなり、ぴしっとはまるでしょう。しかし、そこで何が起こるでしょうか。もしわたしなら、仕事を午後5時でやめ、給料分しか働きません。「一日も早く研修の2年間が終われ」と思います。そして5時以降に、裏でアルバイトをするでしょう。これがソ連でなされていたことです。ソ連の国営農場で栽培されていたジャガイモは、作る方にやる気がなくて小さかったといいます。一方で、裏庭のジャガイモは自由市場で売れるようにするために、丸々と太っていたそうです。がんじがらめにやられたら、人間は手を抜きます。そういう人間というものに対する基本的な理解がないから、社会主義や共産主義は駄目なのです。ソ連が崩壊した今日、そんなことも分からないのでしょうか。

■「そもそも医者になりません」

 もしも「お前は何県で、何科に行け」とすれば、学生は「そもそも医者になりません」と言うでしょう。悪い方向に向かえば、希望に燃えた志を持つ若手医師が減ってしまいます。規制論者は、「今の若者は駄目だから、国が引っ張らないといけない」と言って若者の能力や向上心、意識を過小評価しています。こんな人をばかにした話はありますか。神戸で震災があった当時、若者は誰に何も言われなくてもボランティアに参加していたでしょう。

 計画配置論では、「税金で養成してるんだから言うことを聞け」と言いますが、医学部だけでなく法学部など、どこでも税金を使っています。「この職業に就け」というのは、職業選択や住居選択の自由を保障する憲法に違反しています。そんなところまでしないといけないというのは、医療政策のこれまでの失敗の積み重ねということですから、どこが失敗したかを見ていく必要があります。

 現場の研修医の実態調査がまず必要なのです。霞が関で座っているだけの連中が、調査をしないで決めたりしてはいけません。読売新聞も意識調査などをした結果で提言しているものではありません。そういう意味では「失格」です。「読売規制案」が圧倒的多数から支持を得るならそうすればいいでしょう。そうなるとは思いませんが。

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