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2008年10月25日 (土)

東京妊婦たらい回し事件 さらにその後

一昨日昨日と続けて書きましたが、桝添厚相がいち早く墨東病院に自ら乗り込むなど未だに事件の余波が続いています。
今回はマスコミ諸社が「たらい回し」をあまり連呼してくれないので代わりに当サイトで連日連呼させていただいておりますが、それはともかくとして地方でも自県の搬送体制を見直す動きが出ているようです。
まずはこちら新潟から記事を紹介してみましょう。

本県は産科医が連携して受け入れる体制 /新潟

 東京都内の妊婦が七つの医療機関から受け入れを断られて出産後に死亡した問題は、お産を巡る医師不足、連携不備を浮き彫りにした。県内の医療関係者らは、同様の事例は県内では起きないとみるが、産婦人科医が厳しい勤務環境の中にあることに変わりはない。

 今回の問題は、緊急対応が必要な妊婦を受け入れる周産期母子医療センターが相次いで受け入れを断ったことにある。県健康対策課によると、妊婦の受け入れを最初に断った都立墨東病院と同様の「総合周産期母子医療センター」は、県内に新潟市民(常勤の産婦人科医6人)と長岡赤十字(同6人)の2か所あり、産婦人科医が原則24時間体制で待機している。

 比較的高度な医療に当たる「地域周産期母子医療センター」は、県立新発田(同3人)、県立中央(同3人)、済生会新潟第二(同6人)、長岡中央綜合(同4人)の4か所で、新大病院が協力病院として一部患者を受け入れている。

 同課によると、県内で妊婦が救急搬送中に、この7医療機関から受け入れを断られたのは昨年1年間で81件あったが、妊婦が死亡したり、死産したりするケースはなく、長時間受け入れ先が見つからなかった例もほとんどなかったという。

 一方で、県内の産婦人科医の数は1998年の185人から2006年に150人に減少し、人口10万人あたりの医師数は全国平均(7・9)を下回る6・2

 新潟市民病院の新田幸寿副院長は、「新潟では受け入れられる機関が少なく、『自分たちがやるしかない』という意識があり、ほかに搬送先がなければ医師を呼び出してでも受け入れる。今回のようなケースは起きない」と話す。

新潟大学医学部産科婦人科学教室の田中憲一教授は、今回の問題を「都市部の東京は(医師数も病院も)多いので、患者に対する無関心もあったのでは」とした上で、「新潟は、医師同士が知り合いで、連携が取れずに受け入れ手が見つからないケースはないはず。医師が少ない中で全員が協力して何とか維持している」と話した。

さすが全国産科医から信頼も厚い御高名なる田中憲一大先生、何とも力強いお言葉で新潟県の救急医療はもはや盤石の体制にあると万人が確信せざるを得ないほどの説得力に満ちあふれていますが、残念ながら他県ではいささか事情が異なっているようです。
事件を契機に実態を調べたはいいが、あちらでもこちらでもお寒い実情が発覚して関係者が青くなっているという状況ですから、どうも全般にマスコミお得意の医療バッシングも今ひとつ気合いが入らない気配なのが残念ですね。

それでもワイドショーなどを中心に受け入れられる体制も整えていないのにセンターと称するなとか、逆にベッドが一杯だろうが医者がいなかろうが取りあえず受け入れろというご意見もあるようですが、過去の判例を見る限り対応する能力もないことを承知の上で受け入れることは医療機関にとって単なる自殺行為にしか過ぎません。
特に墨東病院などはかねて産科医不足から週末は対応できませんと周囲施設に広報していたような状況ですから、逆に対応も出来ないのに何でもこいと安請け合いするほうがよほど無責任というものではないでしょうか。
ところが何故か(予想通り?)「周産期母子医療センターのくせにさっさと受け入れないとはけしからん!」と墨東病院の対応を吊し上げようという動きが一部にあるようなのですが、天漢日乗さんでこのあたりの搬送に関するやり取りをまとめていただいているのがなかなかに興味深いところです。

初期症状が嘔吐、下痢で始まり、その後頭痛が出てきたと言う経過について初診のかかりつけ医側では「脳出血などを疑っており、普通でない強い頭痛であるということを伝えた」と言っていますが、墨東病院側では少なくとも最初の搬送依頼の段階では嘔吐、下痢が主で頭痛もあるという認識だった、少なくともかかりつけ医が主張するような頭部疾患を疑うような話ではなかったと主張しています。
注目すべきなのは墨東以降に搬送を依頼された慶大病院においても下痢、嘔吐といった症状から「感染症の疑いがある」と考えて対応しようとしている一方、かかりつけ医が疑っていたという脳出血疑いで緊急の対応が必要と認識していた病院はなかったようなのです。
報道を根拠にするならば搬送依頼の際のやり取りではかかりつけ医の伝えようとしていたことは伝わっていなかったとみなすべきで、その点では施設間・医師間の連携に抜かりがあったとは言えるように思いますね。

また、そもそも当日は産科救急対応していないことが判っている墨東病院がファーストチョイスというのはどうなのよと思えますが、実際にかかりつけ医は墨東病院のごく近所と言っていい位置にあり、しかももともと墨東病院の勤務医あがりだったということで、気安いからと真っ先に頼んだというのが一番ありそうに思えます。
いずれこうした判断の経緯などは今後の聞き取り調査で解明するのでしょうが、本件で最も今後に生かすべき教訓として追求されるべきなのは、墨東病院が総合周産期母子医療センターとしての機能が果たせない現状にありながらその看板を掲げ続けていたことにあるのではないでしょうか?

総合周産期母子医療センター
相当規模の母体・胎児集中治療管理室を含む産科病棟及び新生児集中治療管理室を含む新生児病棟を備え、常時の母体及び新生児搬送受入体制を有し、合併症妊娠、重症妊娠中毒症、切迫早産、胎児異常等母体又は児におけるリスクの高い妊娠に対する医療及び高度な新生児医療等の周産期医療を行うことができる医療施設をいう。

田舎病院などでもよくあることですが、およそ事務方や病院上層部と言うものは一度掲げたこの手の看板を降ろすことにひどく抵抗するもので、さっさと基準を満たせと現場の尻を叩く一方で特例だの何だのと理由をつけては何とかその場しのぎでやりくりしようとします。
今回の件を受けてのNHKの調査によれば、全国の総合周産期母子医療センターの実に1/3が厚労省の定める指針を満たしていなかったということですから、看板倒れなのは墨東病院に限らずむしろ常態化しているとも言っていいのかも知れません。

噂に聞くところでは墨東病院産科の勤務状況も決して楽しいものではないようですから、今後さらに逃散が増えこそすれ大規模増員など考えがたい状況でありながら漫然と欺瞞的行為を続け現場に過重な負担を強要していた病院としての責任はなしとは言えないでしょうね。
そしてもちろん、ER構想をぶち上げたきりでその内実には無関心だった都や、施設を指定するだけでその後の管理指導も行わないまま放置していた厚労省もまた責任なしとは到底言えない状況でしょう。

ところでこの件では桝添厚相と石原都知事が互いに非難合戦をしているようですが、いささか低次元すぎてどうよと思われる内容はともかく都知事の「これは医療事故ではない」という発言には注目しておく必要があります。

妊婦たらい回し死亡問題 石原都知事「国への報告責任はない」と舛添厚労相に反論

 脳内出血を起こした出産間近の女性が8つの医療機関から受け入れを断られ死亡した問題で、舛添要一厚労相が「とても東京には任せられない」と述べたことに対し、石原 慎太郎都知事が「国への報告責任はない」と反論した。
 舛添厚労相は24日午前、「とてもじゃないけど、都には任せられない。そういう思いで、怒りを込めてね」と述べた。
 これに対し、石原都知事は午後、「東京都に任せてられないじゃない! 国に任せてられないんだよ」と反論した。
 舛添厚労相と石原都知事のバトルのきっかけとなったのは、10月4日、36歳の妊婦が都内8つの病院から受け入れを拒否され、死亡した問題だった。
 妻を亡くした男性(36)は「死にそうな人間がいるのに、そこから1時間待つっていう、そのシステム...、なのかわからないですけど」、「彼女が残してくれた子どもがいるので、2人で頑張っていくしかないという気持ちだけですよ」と妻を亡くした無念を語っていた。
 これに対し、舛添厚労相は「2週間もこういう事故について、厚生労働省に上がってこないっていうのは何なんだっていう。
わたし、知らなかったんだよ。報道で初めて知ったって...」と都から報告がなかったことに、怒りをあらわにした。
 一方の石原都知事は「これは医療事故ではないんですよ、それだったら、国に対する報告の責任もありますけどね」と話し、国への報告責任はないと主張した。
 さらに、石原都知事は「赤ん坊を産む産科とね、産んだ子どもを育てる小児科がね、絶対的に医師が足りないってことだね。これはやっぱり、国の責任じゃないですか。舛添君しっかりしてもらいたいよ、本当に」と産科や小児科の医師不足を解消できないのは国の責任と切り捨てた。
 舛添厚労相は午前、「そりゃあね、文句言うときだけは厚生労働省しっかりしろと言うけど、こんな事故の情報もわたしのところに上げないで言われてもしょうがありませんよ」と話したあと、都立墨東病院を視察した。(後略)

桝添氏は何故報告も上げないんだとお怒りのようですが、そもそもこの難症例で約一時間で搬送できているのであり、経過からも医療事故などと呼ばれるような事例ではないというのが医療関係者の感覚なのではないでしょうか?
判例的にも世間の眼的にも「手に負えない症例に手を出す=悪」と言うコンセンサスが成立している以上、対応能力に疑問のある施設が敢えて手を挙げるはずもないのは当然のことで、今の時代にもし大病院に連絡すれば何でもかんでも受け入れてもらえるはずという感覚があるのだとしたらその方が問題でしょう。
結果として妊婦がお亡くなりになったのは残念というしかありませんが、逆に30分で搬送出来ていたら助かっていたのかと言えばそうとも思えない症例であったわけであって、まして東京以外ではそうした短時間での搬送という想定自体が現実的ではないというのが今の日本の医療事情であるわけです。
こんな難症例を年中いつでも100%躊躇なく受け入れてくれる施設が存在する地域というのがどれくらいあるのかと考えてみた場合に、そもそも何故この症例がこうまで大騒ぎになっているのか?という素朴な疑問すらわいてくるわけです。

実際に全国ほとんどの地域での実感としては「こんな症例でも一時間やそこらで救命救急センターに搬入できるのか!さすが東京!」というものだったのではないでしょうか?
何しろ市町村から最寄りのセンターまでの物理的移動時間だけをみても、平均30分以内を達成しているのは全国でわずかに東京と大阪のみ、全国平均ですら59分と言うのが現実であるわけで、東京、大阪といった大都市圏は搬送時間に関しては全国でも成績上位という医療資源に恵まれた地域なのです。
それだけ多数の受け入れ施設を整えている東京ですら需要が供給をはるかに上回り、重症患者のうち搬送を10回以上断られた数では全国の年間約1000件(重症患者の約1.4%)の6割以上を東京が占めているという状況なのです。
地方では二時間かけて他県の基幹病院まで搬送するということが当たり前の日常であること、東京においてもこの程度の件数の受け入れ不能事例はごくありきたりであることなどを考えた場合に、訴訟になったわけでもない現段階で大騒ぎするほどの事件性がどこにあるのかと考えざるを得ません。

結局のところ大騒ぎになっている一番の理由は、石原都知事の言うところの東京ER構想なんてものが単なる嘘っぱちだったことがバレてしまい、日本で一番なはずの東京の医療ですらマスコミの空想的な批評に耐えるレベルにないことが明らかになってしまったからであるように思いますね。
地方にとっては今さらという話題ですが、マスコミや政界人にとっての足許である東京の実態が明らかになったことで、初めて医療崩壊という現象が対岸の火事から現実的な問題へと迫ってきたという危機感が彼らにもあるのかも知れません。

残念ながら現状ではこうした事例は全国どこにでも当たり前にみられることであり、しかも今後増加することはあっても改善する見通しは全くと言っていいほど存在しません。
そうであるならばこの事件を契機として多くの人びとが少しでも真剣に医療の問題を考えるようになり、もはや日本に安心して受けられる医療などどこにも存在しないのだという逃れられない現実を直視するようになるならば、初めて亡くなった妊婦さんの命は無駄にはならなかったと言えるようになるのかも知れませんね。

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コメント

妊婦たらい回し事件、奈良でもありましたね。こうした事件の報道をニュースで見ると、私たち一般人は「ああ、そうなんだ」と鵜呑みにしがちです。これは、ちょっと危険なことで、ひとつのニュースについて関心があれば、自分でいろいろ調べてみてから、自分なりの結論というか視点をもっておくほうがいいんじゃないかと思いました。のほほんと暮らしていて、ある日突然「もっと調べておけばよかった…」となるのは嫌なので。最近テレビはドキュメンタリーを流すことが多くなってきましたが、いい番組を作ってほしいなと思います。

投稿: にっちな | 2009年6月 2日 (火) 13時21分

専門性の高い領域ほど騙しを行うのは容易だってのはありますしね。
最近はネットという便利なものがありますが、まともな専門家の声ってものを聞くと全く話が違うということが多くて驚くほどです。
当然取材時にそういう程度の下調べはやっているはず(でないとおかしい)ですが、それでも斜め上な報道内容になってくるとすればそこに何かしらのメッセージがあるということなんでしょう。

投稿: 管理人nobu | 2009年6月 3日 (水) 10時09分

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