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2008年10月29日 (水)

国が目指す医療の将来像とは?

あるんですかね?そんなものが>スレタイ

「同情するなら金をくれ」ってセリフで有名になったドラマがありましたが、医療の現状も似たようなものなのかも知れません。
現場の実感としてはとりあえず金より何より人手が欲しいところでしょうが、長期的に安定したマンパワーを維持するためには何より先立つものが必要不可欠。
最近医療関連の報道が新聞紙面を飾らない日はないと言っていいくらいですが、それだけ国民の関心も高まっていると考えるなら十分に選挙の争点にもなるんじゃないでしょうか?
桝添厚相が「医療費増やすべし」と発言したそうですが、とかく社会保障関係の評判では民主党に比べて分が悪い自民党政権としてもここいらで一発奮起しておくべき時期ではないですかね。

「社会保障費の圧縮見直しを」 厚労相、妊婦死亡受け

 脳出血をおこした東京都内の妊婦が8病院に受け入れを断られて死亡した問題に関連し、舛添厚生労働相は27日、「社会保障費の圧縮は限界。大きく方針転換すべきだ」と述べた。小泉政権時代から続く年2200億円抑制策の見直しを求め、医師不足対策などの予算確保に力を入れる考えだ。

 事件を受けて地元医師会との意見交換後、都内で記者団に答えた。社会保障費圧縮が妊婦死亡問題の「背景にある」とし、「今回のようなことが二度と起きないような対策を立てていきたい」と主張。

 抑制策見直しに伴って必要となる財源について、舛添氏は増税が検討されているたばこ税の増収分や、社会保障・成長力強化などに配分される3300億円の重点化枠(重要課題推進枠)によって、「2200億円はカバーできる」と話した。

 福田政権時代の7月に、09年度予算の概算要求基準(シーリング)で2200億円抑制策の継続が決まった際も、舛添氏は難色を示している。麻生首相も就任後、「とにかく切ればいいというのは難しくなっているなとは思う」と国会で答弁している。

実際には厚相個人の見解よりも総理や蔵相の意向の方が重要なんですけれども、言わないよりは言った方がいいという程度には評価すべき発言でしょう。
予算に関しては他の省庁との分捕り合戦であったりで単純に決まるものではないのでしょうが、予算以外にもいつの間にか耳にすることもなくなってしまった医療制度改革の問題があります。
何をどう改革するのかも結局何らのコンセンサスが得られないまま立ち消えになった話題と思っておりましたら、何やら妙な方向にいきつもどりつしながら地道に話が進んでいるようで。
今日はこのあたりに関連する話題を幾つか紹介しておきますが、まずは桝添厚相のインタビューから厚労省の目指す(?)方向性を探ってみましょう。

「医師のキャリアパスを国民に見せる」―舛添厚労相インタビュー(下)

―厚労省と文部科学省による「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」で実施する調査は、医学部生や研修医などが対象です。医師の養成について、今後必要だと考えていることは。

 次の段階では、大学の研究者や教授といった教える側の意識を聞きたいです。「あなたの指導がうまくいっていると思いますか」と。産科や外科も素晴らしい授業や教え方をすれば意味があります。教えることがうまい人と、研究がうまい人は別です。特に医学部の実習だと、教えることが上手な人でなければいけません。

 卒後の臨床研修制度の内容が、卒前の臨床研修とかぶっているため、2年間を1年に短縮できるという考えも大事ですが、重なっている内容を排すればよいかというと、そうではありません。学部レベルの教育水準をある程度上げなければ、減らす分をカバーできません。その上で卒前研修が充実すれば、卒後研修を短縮できるでしょう。
(略)
―今回、厚労省と文科省による合同の検討会が初めて立ち上がりました。その意義や背景をあらためて教えてください。

 医師の養成は厚労省と文科省がシームレスに連動している部分なので、問題があれば、文科省が担当する学部カリキュラムの部分、厚労省が担当する卒後研修や病院の部分など、両方でやらないといけません。だから今回は、文教族のねじを巻きました。宮路和明自民党衆院議員が幹事長を務める「医師臨床研修制度を考える会」から、「医師数を1.5倍にするのは10年計画だから、何か目先でできることはないか。臨床研修制度の2年間を1年間に短縮すれば、単純計算で一年間分の医師8000人が増えるのでは」という声が上がりました。そこで、「あなた方がそこまで言うなら、文科省自身が変わらないといけない。文科省と厚労省と合同でやろう」と言いました。また、文科相は最近たて続けに3人代わりましたが、皆に「続けてほしい」と言ってきました。文教族と厚労族は全然協力せずに跋扈(ばっこ)してきて、全部縦割りでやってきていましたが、今回はそこを動かして両方でやってもらいました。こうしたあらゆる問題を噴出させることがよいのです。すぐには片付かないかもしれませんが。

―今、医療崩壊が進んでいます。今後、医療界はどうしていくべきと考えますか。

医療界はもっと情報を発信し、国民と対話してほしいです。はっきり言えば、医師会はこの前の参院選で一人の候補者すら当選させることができませんでした。それに対する反省がありますか。選挙の1年前から武見敬三さんのポスターがあちこちの病院内に張ってあったのを見ましたが、おじいさんやおばあさんが毎日見ていながら、なぜ当選できなかったのでしょうか。わたしのポスターなんかどこにも張ってありませんでした。100万票あると言いながら、20数万票しか取れないということです。おまけに茨城県医師会みたいな「反乱軍」も出ています。謙虚に国民の声を聞いて改革しなければ、二度と医師会から参院議員は生まれません。これは国民との断絶があるからです。組織の中だけ見ていないで、変えるべきは変えねばなりません。
(略)
 勤務医も同じです。「苦しい、苦しい」と言っていますが、そうした状況は「福島県立大野病院事件」が起きて初めて分かったことです。そうでなければ、もっとひどい状況が続いていたでしょう。なぜ言わないのですか。普通の国民と同じレベルに立って、もう少し情報発信しなさいということです。医者、医学会、医療界だけが特殊じゃありません。あなたたちも働いてご飯を食べています。そこは変わりません。一般性を出すということです。国民の目線を入れない改革案は全部つぶれます。特にこういう「メディア民主主義」のようになってくるとなおさらです。わたしもいろんな改革をやるから協力してください。そうしないと医療界は生き残っていけません。

現場医師が幾ら声を上げても取り上げようとせずバッシングする一方だったマスコミ業界に連なる桝添氏の口から、こんな殊勝な?言葉が聞かれる日が来ようとは…いやあ、地位が人を作るとはひょっとしたら本当ですかね(苦笑)。
臨床研修制度に関しては桝添大臣も「もっと短縮できるのでは」という意向とも側聞しますが(学徒動員?)、いずれにせよ近く何らかの制度変更はあるものと思いますが、問題はどう変わるかですね。

現行の制度の何が問題といって、医療現場における教育というものがマンツーマン、あるいは昔ながらの徒弟制度に近いものであるという現実を無視していたことです。
同門関係の中での研修医と指導医というのは先輩後輩といった関係に近く、言ってみれば「自分が楽をするために自分の後釜を育てる」といったところが濃厚にあったわけです。
何しろ現場では慢性的な人手不足の中で貴重なマンパワーをやりくりして、何とか少しでも早く戦力になる医者を育てようとそれはもう必死で四苦八苦してきたわけですよ。
それがせっかく幾らか使えるようになるまで育てても何ヶ月かすればハイさよならじゃそれはね、指導する方にも身が入らないですし、そうした感情は習う側にも容易に伝わるものです。
結局のところ新臨床研修制度が導入されて良かったことと言えば、下落する一方だった医局の権威なるものが完全に破壊されて医師のQOMLが向上したことくらいですかね(国民にとっては随分と損な結果ですが)。

桝添大臣は「インセンティブがないと人は動かない」と言ったことを言いますが、何にでも当てはまる話ですよね。
言及されている学部教育の問題についても、現状では教授にとっての講義のインセンティブがないことが学部教育に熱が入らない原因でもあるわけです(講義がうまいからといって何の得があるわけでもなし)。
勤務医が声を上げようとしない(実際にしなかったかどうかは別問題として)という点も同じ事で、風車に向かって叫ぶことの無意味さを思い知らされた勤務医がさっさと逃散した方がはるかに即効性と実効性があると学んだということは大きいですよね。
大臣の思うところが実現するかどうかは、ひとえに適切なニンジンを鼻先にぶら下げ続けられるかどうかにかかっているのではないでしょうか。

専門医・家庭医制度で意見交換―厚労省研究班

 「医療における安心・希望確保のための専門医・家庭医(医師後期臨床研修制度)のあり方に関する研究」の班会議(班長=土屋了介・国立がんセンター中央病院長)が10月9日、都内で開かれた。日本専門医制評価・認定機構の池田康夫理事長と日本医師会の飯沼雅朗常任理事が、いわゆる「総合医」についての両団体の認定システムをそれぞれの立場から説明し、出席した班員らと意見交換した。同会議は、6月にまとまった厚生労働省の「安心と希望の医療確保ビジョン」で、研修医制度の見直しが必要とされたことを受けて設置されたもので、今回で2回目。

 日本専門医制評価・認定機構の池田理事長は、同機構の「専門医」に対する考え方を説明。「専門医が提供する医療によって(患者の)安全が担保される。医師の知識、技術も一定以上の基準に保つことができる」と述べ、同機構の専門医制度案が医師側にも患者側にもメリットがあることを強調した。
 専門医に要求される資質としては、▽基礎的・先進的な医学の知識▽高度なテクニカルスキル▽患者とのコミュニケーションスキル―などを挙げ、「安全と信頼の医療のためのマネジメント」も必要だとした。
(略)
 日医の飯沼常任理事は、「最新の医療情報を熟知していて、必要なときに専門医、専門医療機関を紹介できる『かかりつけの医師』が求められている」と述べた上で、日医の「地域医療、保健、福祉を担う幅広い能力を有する医師」認定制度案と教育カリキュラム案について説明した。
 飯沼常任理事は、厚労省の「総合科構想」についても取り上げ、日医の制度案とは全く別物であると強調。「厚労省の『総合科』は医師の中から一定の条件を満たす者に大臣許可を与えるもので、医療へのアクセス制限が目的。国家統制的だ」として、今後も医道審議会診療科名標榜部会などで反対していく姿勢を示した。

どうでもいいような記事なんですが、あまりに笑わせてもらったのでせっかくだから紹介してみます。
しかしまあ、今どき「かかりつけの医師が求められている」なんて…やはり日医という組織は何ですか、現世から遊離してどこか別世界に片足を突っ込んだ人たちの組織ということなんですかね?
一昔前に厚労省が温度をとってかかりつけ医の家庭医のと叫んでいた時期がありましたが、あれはあくまでも「設備の整った大病院にかかるよりも、検査も何もできない開業医に患者を誘導した方が安上がりだから」という医療費削減のためのネタにしか過ぎません。
さすがに厚労省も最近になってあまりそういうことは言わなくなったばかりか、今度は「やはり医師は集約化しなければ」なんてことを言い出して如何に零細病院や開業医を潰すかに精出している中で、この空気の読めなさぶり。
好意的に解釈すれば開業医の利益団体として言わずにはいられなかったということなのかも知れませんが、さすがにこれは寒いですよ。

日医が本気でこういう制度を広めたいと思っているのなら、まず傘下の超ベテラン諸先生方に一斉に基礎的医学知識・能力テストでも課してみることから始めた方がいいんじゃないでしょうか?
ついでにせっかくなんですから、まずは率先して日医の幹部先生方がそろって受験して結果を公表すべきですよ。
運転免許にも定年を云々する時代に医師は厚労省統計でも生涯現役扱い(場合によっては死後も?)されているわけですが、基礎的な医学教育レベルから異なっている時代の先生方が未だに日医の屋台骨を支えているのが現実なわけです。
無論そんな中にも立派に知識のアップデートをされながら第一線で頑張っておられる先生方は幾らでもおられるわけですが、日医の活動方針から見る限りどう見ても時代に即していない人びとが権力を握っているようにしか見えないところがあるんですよね。
カテもできない病院なのに「先生~、心筋梗塞の患者来たから取りあえず入院させといたよ~。あとよろしく~」なんてことを平気で言える爺さま先生が一人混じっているだけでどれだけ医療に無駄と不合理がもたらされているかを考えれば、日医自身にとっても長い目で見れば有益なことになるんじゃないでしょうか。

臨床研究に混合診療 指示へ

 甘利規制改革担当大臣は、いわゆる「混合診療」の全面的な解禁を目指す立場から、まず承認されていない薬などを使って治療を行う「臨床研究」に混合診療を認めるよう、政府の規制改革会議に検討を指示することにしています。
 公的な健康保険が適用される保険診療と、適用されない自由診療を併用する「混合診療」について、厚生労働省は「許可されていない診療が増えて医療の安全性が損なわれるおそれがある」として、原則として認めていません。これに対して、政府の規制改革会議は、患者が希望する治療を自由に受けられるようにすべきだとして、去年、混合診療の全面的な解禁に向けて検討したものの、厚生労働省の反対などで福田前総理大臣に提出した第2次答申への明記は見送られた経緯があります。
こうしたなか、24日の規制改革会議に甘利規制改革担当大臣が就任して初めて出席し、承認されていない薬などを使って治療を行う「臨床研究」への混合診療の扱いの検討を指示することにしています。
具体的には、全面的な解禁を目指す立場から、治療費に保険が適用されず新薬の承認に向けたデータの蓄積が進みにくい現状を変えるべきだとして、まず臨床研究に混合診療を認めるよう検討を指示することにしています。

ついについに混合診療キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!
ま、この件については色々な立場から様々な意見が乱れ飛んでいる状況でして、どれもそれなりに一理あるというのがまた困ったことなんですが…
一部で流れている陰謀史観的見方によれば、国(厚労省)は診療報酬削減でどんどん医療機関を締め上げることで最終的に医療機関側から「これじゃやっていけない!もう混合診療でも何でも導入してくれ~!」と言わせたいのだと言うことなのですが、そもそも政府与党内あるいは厚労省内でもそう一枚板で固まっているというものでもないのでしょう。

使いようによってはですが、混合診療と言うものは医療をコントロールするのに便利なんですね。
英国などを始め高齢者には原則新規の人工透析は導入しないという国は結構ありますが、日本では患者の医療費負担に上限が設定されていることもあって超高齢者であっても「何でも出来るだけのことをやってください」となりがちです。
厚労省調査でも延命治療を望まないという声が10年で倍増したなんて結果がありますが、一方では「こんなお年寄りにこんな治療をやって」と医者も家族も思いつつ、ただ周囲がやっているから、やってもらえることもやらなかったと後ろ指さされるのが嫌だからと濃厚治療を施してきたという現実も日本にはあります。

櫻井よしこ氏も自身のブログにおいて書いていますが、日本のように高齢者医療を青天井で、しかもこれほどの低負担でやってきた国というのは欧米先進国の中でも存在しなかったわけで、現状ではとうとうその歪みが表立って出てきているのだと言う解釈も出来るかと思いますね。
結局のところ誰も幸せにならなかった、そればかりかお金を本当につかうべきところに使えなくなったと言うことになるのなら、高齢者に限らずいっそ一部の過剰な医療は保険適応から外して「自費をはたいても本気でやって欲しいと思う患者だけがやるようにすれば」という議論も出てくるでしょう。
まさに国民の皆さんが好きな(ちなみに私も好きですが)漫画「ブラックジャック」の主人公たる天才外科医の名台詞に通じるものがあると思いませんか。

「あなたに払えますかね?」
「い、いいですとも! 一生かかっても、どんなことをしても払います!きっと払いますとも!」
「それを聞きたかった」

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