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2008年10月

2008年10月31日 (金)

「救急受け入れ問題FAQ」ってな~んだ?

Yahoo!ニュースで掲載された「救急受け入れ問題FAQ」という記事がちょいとした話題になっているようです。
元をたどってみるとこちら「ぷにっと囲碁!なブログ」さんところの記事「「よくある質問・発言」に簡単な説明を…。」が引用元のようですね。

もちろん個別に見ていけば異論や突っ込み所は多々あると思いますが、こういう質問ってのは何か一つの正解があるというものではなくて答えは色々あって当然ですしね。
なによりこういう記事がYahoo!ニュースあたりのそこそこメジャーなところで配信されるようになったという事実とその影響は過少評価すべきではないと感じています。
「何が原因でこのような事態が起きているのか、どうすればこの問題が改善されるのか、よく調べて、考えて欲しい。」という言葉通り、日頃抱く素朴な疑問に対して自分なりに考えていく一つのきっかけになっていくといいかなという期待値込みで、なかなか興味深い試みだと思いますね。
特にマスコミ関係者には必読、ですか(笑)。

救急受け入れ問題FAQ

「ベッドが無ければ、廊下で治療すればいいんじゃないの?」などなど、現在起きている「救急受け入れ問題」に関して、よくある質問に対する回答集。
現在起きている問題を、「医療従事者の怠慢だ!」と思っている方は、是非、下のFAQを読んで欲しい。

◇◇◇

●なんで急患の受け入れを断るの?
・(人員・設備が足りない…などの)物理的問題で、(受け入れると犯罪になってしまうケースがある…などの)法的問題で、断らざるを得ない状態にあり、これは「受け入れ拒否」ではなく「受け入れ不能」なんです。

●なんで「専門外だから」が断る理由になるの?
・「専門外の患者を受け入れるのは犯罪」という司法の判例(奈良心タンポナーデ事件)があるからなんです。

●ベッドが無いなら、廊下で治療すればいいんじゃないの?
・「設備不十分な状態で患者を受け入れるのは犯罪」という司法の判例(加古川心筋梗塞事件)があるんです。
・そもそも、「ベッド」「ベッド」って言われてますけど、病院でいうところの「ベッド」は、心電図とか、酸素マスクとか、呼び出し用ボタンとか、それを管理する人員とか、それら全て「込み」ですからね。もはや「ベッド」というより「設備」と言ったほうが適当かもしれません。

●応急処置してから、他の病院に移すのは駄目なの?
・「応急処置の後、他病院に転送するのは犯罪」という司法の判例(上に同じく、加古川心筋梗塞事件)があるんです。

●なんで、一度断った病院が、後になって受け入れるなんて事があるの?
・救命中であった患者が「落ち着く」か「亡くなる」かのどちらかで、病院側に「空き」が出来たからです。

●有名人や金持ちだったら嬉々として受け入れるんじゃないの?
・西村真悟議員の息子の飛び降り自殺…アレも、重度のうつ状態で入院の必要があるとされながらも、「ベッドが無い」という理由で入院できませんでしたよね。もはや、コネやカネではどうにも出来ない程に、患者の受け入れが困難な状況なんです。

●ぶっちゃけ、人の命より金儲けのほうが大事なんでしょ?
・金儲けのほうが大事だったら、そもそも、不採算部門である救急なんて、最初からやりません。

●医師が足りないなら、海外から医師を呼んだらいいんじゃない?
・本国より遥かに待遇の悪い日本に来る理由が見当たりません。…というのも、実は、日本の医師の待遇は、諸外国のソレよりも遥かに悪いんです。

●ドクターヘリを導入したら?空からなら直通でしょ?
・ヘリを導入するにも、周囲の建物が邪魔で安全に飛べなかったり(ビルに激突、民家に墜落…の危険性あり)、ヘリポートのある(作れる)病院が少なかったり、騒音問題で導入を反対する住民がいたり…など、色々と問題が山積みなんです…。
・あと、ドクターヘリを必要とするほどの重症患者を扱う「3次救急」自体の数が減っていることも問題の一つとなっています。

●リアルタイムでベッドの空き情報の分かるネットワーク、システムを作ったらいいんじゃない?
・いくら良いシステム、良いネットワークを作っても、医師の手術スピードが上がる訳でもなく、患者を診るための設備が増える訳ではないため、根本的な解決とはなり得ません。
・また、それに近いシステムが既にあるのですが、現在、病院側にそのシステムを操作するマンパワーが足りないために、空き情報をリアルタイムに更新出来ない…という問題が発生しています。

●救急病院が急患を受け入れられないなら、救急病院を辞めちゃえば?
・現実に次々と辞め…ていうか、潰れていってるんです…。過去5年で430件以上…。
・特に、重症患者を扱う「2次救急」、救急最後の砦である「3次救急」が減っていることが深刻な問題となっています。
・また、一つの病院が救急を撤退してしまうと、その病院が受け入れていた患者が他の病院に流れ込み、その病院のキャパシティをオーバーして受け入れ不能…という、「受け入れ不能のドミノ状態」に陥ってしまう…という危険性があります。

●1次・2次・3次って何?どれも救急病院じゃないの?
・救急病院は、患者の緊急度の度合いによって、「1次救急」「2次救急」「3次救急」…と種別されています。
・「1次救急」は、入院や手術の必要が無い患者が対象で、「2次救急」は、入院や手術が必要な患者が対象、「3次救急」は、1次・2次では対応できないレベルの重症患者が対象となっています。
・ここ数年、救急医療が不要なレベルの「軽症患者」が、夜間救急…特に「2次救急」「3次救急」に駆け込み、夜間救急がパンク状態になっている事が、深刻な問題となっています。

●2~30件も断わられる事なんてあるの?
・大多数の救急が、マンパワー不足・キャパシティ不足のために、常にパンク寸前(or 本当にパンク)の状態に陥っており、2~30件、いや、それ以上断られる可能性は、大いにありえます。
・また、過重労働で医師が倒れる、燃え尽きて退職…などで、救急を辞める病院も出ており、今後は「受け入れ不能」状態が加速、最悪、「たらい回せる病院」すら無くなり立ち往生…という事態もあり得ます。

◇◇◇

患者を受け入れられない医療従事者を責めても、この問題は解決しない。
何が原因でこのような事態が起きているのか、どうすればこの問題が改善されるのか、よく調べて、考えて欲しい。

さて、よく考えてみる端からまた新たなニュースが出ていますが、こちら防衛医大で産科廃止!?という記事です。
防衛医大と言えば福島県に産科医官を派遣したりと結構ああ見えて産科医いるのか?とお思いの方もいらっしゃるかも知れませんが、こちら「産科医療のこれから」さんの情報によればご多分に漏れず…という状況のようですね。

防衛医大病院 産科廃止も検討

 防衛省は、埼玉県所沢市にある防衛医科大学校病院の診療科のうち年間600件の分べんを扱う産婦人科などについて、今後、採算の取れなくなる可能性が高いことを理由に廃止を含めた態勢の見直しの検討を始めていることがわかりました。
 埼玉県所沢市にある防衛医大病院は、15の診療科、800床のベッドを持つ病院で、重症の患者を受け入れる第3次救急医療機関に指定され、埼玉県南西部や隣接する東京・多摩北部から患者が訪れています。
特に産婦人科は年間、600件の分べんを扱い、このうちの半数近くはリスクの高い出産です。
 ところが防衛医大と病院が平成22年の4月に独立行政法人となって独立採算制が導入されるため、防衛省は、採算の取れなくなる可能性が高い産婦人科と小児科、それに救命救急センターについて
廃止または縮小することを含め態勢の見直しの検討を始めていることがわかりました。
脳内出血を起こした東京の妊娠中の女性が病院に受け入れを断られたあと死亡するなど、産科医や小児科医の不足が全国的に問題となっているなかでこれらの診療科の廃止・縮小は地域医療の態勢に大きな影響を与えることになりかねず、防衛省内でも疑問の声が上がっているということです。

むろん産科に限らず昨今こういう話はよくあることではあるのですが、少しばかり注目すべきは廃止理由というのが「今後、採算の取れなくなる可能性が高いこと」となっていることなんですね。
平素からお役人体質を批判することに熱心なマスコミさんは大勢ありますから、赤字部門を平気で抱え込むからお役所って経営感覚がないんだなんて批判がどこからか出てくれば面白いんですけどね。

ご存知のように今の時代に医療というものは基本的に儲からない商売ですが、特に赤字部門の三巨頭と言えるのが記事中にも挙げられている「産科・小児科・救急」の三部門なんですね。
ピンと来た方は鋭い!巷間特に不足が叫ばれているのもこの三部門であることは留意する必要があります(もちろん実際には外科不足なども大変深刻かつ大問題ですが)。

要するに桝添大臣のの言うところの「人間はインセンティブがあってはじめて動く」という極めてシンプルな構造が浮かび上がってくるわけです。
そして官の医療機関である防衛医大のようなところにおいてもこういうシンプルな論理が公に語られるようになったというところに時代の変化を感じませんか。

世の中金を出せば全てが解決するわけではありませんが、金を出すことで解決する問題が多々あることもまた事実です。
例えば急性期病院が一定の空きベッドを抱え込んでいる状況でも経営がなり立つようになる程度の診療報酬上の配慮を行うだけで、救急受け入れ不能問題も結構改善してくる場合がありそうに思いますね。
「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」なんて言う輩に限って十分に充足していると言えるほどのバックアップ体制を整えようとしないのは古今東西ありきたりに見受けられる事例ですが、後の世に平成の牟田口廉也などと呼ばれることのないようご注意を願いたいものです。

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2008年10月30日 (木)

東京妊婦たらい回し事件の影響あれこれ

東京という日本の一地方で亡くなった一人の妊婦の存在が、何か大きな動きを呼び起こしつつあるようです。
今まで医療崩壊と言えば「何それどこの僻地の話?」と人事論調だった各マスメディアでさえ、足許に穿たれた大穴にようやく気付いてにわかに危機感を覚えたということなのでしょうか?
それでも「産科医ってこんなに大変だったんだ!」なんて今さらのように騒いでる一方で、取材を通じて当然知っているだろう「これって労基法無視なんじゃないの?」な労働環境には全くだんまりを決め込んでいるあたりがあまりに見え透いていてカワイイと言いますかね(苦笑)。
ともかくもマスコミさん達が今回あまり「たらい回し」を連呼してくださらないので、仕方がないから当サイトだけでも連呼させていただいております。

さて、本日一面トップで報じた新聞も多いのでご存知だと思いますが、桝添厚相の指示で行われた厚労省の緊急調査の結果が出ています。
しかしこういうのを藪蛇と言うのでしょうか?
「今や日本に安心できる医療などと言うものは存在しない」という実態が政府自らの手で白日の下にさらされてしまったわけですからね。

妊婦死亡:墨東病院より少ない施設6割 周産期センター

 脳出血を起こした東京都内の妊婦が8病院に受け入れを断られて死亡した問題で、厚生労働省は産科救急の中核を担う全国74カ所の総合周産期母子医療センターの医師数を再調査し、28日の自民党の会合で報告した。常勤の産科医(研修医含む)が受け入れを拒否した都立墨東病院(常勤6人、非常勤9人)より少ないのは3施設だったが、非常勤を加えた場合は6割以上の46施設が墨東病院を下回っていた。

「15施設、研修医入れても6人以下=周産期センターの常勤産科医-厚労省緊急調査」時事通信

 救急搬送された妊婦が8病院に受け入れを拒否され死亡した問題で、厚生労働省は28日、全国の総合周産期母子医療センター75施設に対し緊急で実施した医師数の調査結果を公表した。今回の調査では、医療法基準に照らし、週32時間以上勤務の研修医も常勤とカウントしたが、常勤産科医は東京都立墨東病院を含め15施設が6人以下。38施設が9人以下だった。
 同省は「病床数や非常勤医師数にもよるが、常勤が10人はいないと当直が回らないのではないか」としており、改めて周産期医療をめぐる医師不足の実態が浮かび上がった。

羊頭狗肉もいいところだなんてワイドショーの突っ込みが目に浮かぶような話ですが、「もう限界。勘弁してくれ」と崩壊状態だった墨東病院を上回る水準を誇る病院というのは全国的にむしろ少数派であるということがおわかりいただけるかと思います。
365日24時間二人以上の医師配置を求めるのに常勤10人では幾ら労基法無視でもいささかどうよ?と思うところですが、現実問題としてそれ以上の産科医を揃えられる施設なんてそうそうないのも確かなんですよね。
国の求める水準が高すぎるのかというと実際そのくらいの体制がなければ周産期医療センターとしてやっていけないだとうと言うのも確かなんですが、産科に限らず何科であれこういう水準の体制を厳密に求められて当たり前にシフトを組める医療機関って今どのくらいあるのかな?と疑問にも思うわけです。
今回の事例をみて産科崩壊ということにばかりフォーカスを当てていくと、医療崩壊と言う現象のただ中で木を見て森を見ずということになりかねないですよね。

さて、件の東京都をはじめとする関東知事会も医師不足問題に腰を上げたようなのですが、これがまた何とも他力本願と言いますか突っ込み所満載な話なのです。

国の責任で医師不足解消を 関東知事会がアピールへ

 関東地方知事会(10都県、会長・橋本昌茨城県知事)は29日、千葉市内で会議を開き、東京都内で診療拒否された妊婦が出産後に死亡した問題などを受け、医師不足を国の責任で解消して医療体制を充実するよう政府に緊急アピールを出すことで合意した。

 会議で石原慎太郎東京都知事は「東京は産科も小児科も給料を上乗せしているが、とても追いつかない」と医師不足の現状を指摘。各知事らからは「医師不足を招いた責任を(国は)自覚すべきだ」(上田清司埼玉県知事)、「医者が増えると医療費が増えるという考え方は自重してもらいたい」(堂本暁子千葉県知事)などと批判が相次いだ。

 また、国の出先機関の統廃合を目指す政府の地方分権改革推進委員会に対し、中央省庁が事実上のゼロ回答で抵抗していることにも批判が集中。分権改革の一層の推進を求める緊急アピールを政府に提出することでも合意した。両アピールとも文案を調整した上で、近く関係省庁などに提出する。

民間と比較するなど語るも愚か、全国最低の待遇を誇る都立病院を擁する石原都知事の「お前が言うな!」な発言など既にネタとしか思えないんですが…
まあそれは置くとしても、他人に要求するばかりのこの人たちには自ら医療従事者の待遇を改善して人材を集め現場の士気高揚を図るとかいう視点はないってことですかね?
ちなみに総務省検討会ではすでに公立病院への交付税引き上げという方針を打ち出しておりまして、額は未定ながら2009年度予算から反映されてくることが確定的となってきています。
最も非効率な医療を行っている公立病院へのばらまきが良いか悪いかという議論は必要として、国として対策をやらないよりはやった方がマシな行動を取っている中、彼ら知事会はクレーム以外にどういう行動を取ろうとしているのかが見えてきません。
別にそうした対策が効く効かないだけの話ではなくて、今求められているのは彼らが本気で医療を守るために動く気があるのか、その決意を医療業界に向かって見せられるかどうかって話なんですけどね。

ところで全国どこでも産科医が減っているというニュースばかり、それでは消えた産科医はいったいどこにいったのか?と素朴な疑問がわきませんか?
少し古い話ですが、「産科医療のこれから」さんで取り上げていただいている「分娩取り扱い病院数の減少状況」を示したデータがあります。
新規の産科医のなり手自体が年々減少していることは既に広く知られている事実ですが、このところベビーブーム時代に頂点を極めた産科医の主力世代が一斉に高齢化を迎えています。
産科医のおよそ半数が60歳以上と世間では定年年齢であることに加え、若年層産科医の半数以上は青壮年期の離職率が高い女性であるという現実もあるわけです。
加えて近年では激務や訴訟リスクを回避して産科を扱わず婦人科専門に流れる医師も多いわけですから、公に把握されている産科医数というものは産科の実数というより仮想的な上限と考えるべきものでしょうね。

見た目の数字ではない産科医の実数というものを引き上げる良策というものがなかなかないと思いますが、多少明るい話題としては例の無過失補償制度がありますね。
しかしこれも導入に関わる黒い噂の数々には目をつぶったとしても、ああまで限定的なものでは実効性としてどうよ?と思わずにはいられません。
より広範に国民の利益として還元されるもので、特定一部の利益目的などに供するものではない本格的な無過失補償制度であるならば、産科のみならず広く医療全般に広めていく価値があるかも知れませんが…

産科の無過失補償、中医協で初めて議論

 厚労省は、「産科医不足の原因は訴訟リスク」との考えから、産科の医療事故をめぐる紛争の解決を裁判に委ねず、民間の損害保険を活用した「無過失補償」によって「訴訟リスク」を軽減し、産科医不足の解消を図ろうとしている。

 しかし、「この制度で救済されるのはほんの一部」「補償金の掛け金による収入は年間約300億円で、うち150億円が余る」など、さまざまな批判が相次いでいる。社会保険庁の解体に伴って削減される職員の「行き場」となる厚労省の関連組織の経営安定化を図ろうとする厚労省の思惑も見え隠れする一方、崩壊の危機に瀕している産科医療の現状を改善するため、「無過失補償制度の創設を急ぐべき」との意見もある。

 制度を運営する財団法人・日本医療機能評価機構によると、同制度に加入済みの分娩機関は10月24日現在3088施設で、加入率は94.5%に達した。補償金の財源となる「掛け金」3万円を手当てするための「出産育児一時金の引き上げ」も既に決定している。制度の本格的な実施に向けた準備が急ピッチで進む中、「産科医療補償制度」が初めて中医協で議論された。

 厚労省が提案したのは、リスクの高い分娩を扱う医療機関が算定する「ハイリスク妊娠管理加算」と「ハイリスク分娩管理加算」の施設基準に、「財団法人日本医療機能評価機構が定める産科医療補償制度標準補償約款と同一の産科医療補償約款に基づく補償を実施していること」との要件を加えること。
 委員からは、「民間保険に入っていることを診療報酬の加算要件にすべきではない」「(産科医療補償)制度そのものが、まだ完成していないにもかかわらず診療報酬上の手当てをすることは時期尚早ではないか」などの異論があったため、継続審議となった。

結局金を出すのは先送りってか(笑)。
ところで厚労省絡みで気になる話と言えば、今回の件を契機として厚労省はどうも大きな業界再編を目指しているんじゃないかという気配も見え隠れしています。
以前にも厚労省から医師集約化の意向が漏れ聞こえてきたことはお伝えした通りですが、ここにきて一気に来たかと言う感じでしょうか?

舛添厚労相:都道府県に周産期センターの改善策報告を要請

 舛添要一厚生労働相は28日の閣議後会見で、東京都立墨東病院(墨田区)などに受け入れを拒否された妊婦が死亡した問題について、墨東病院の医師補充策として他の都立病院から産科医を回すべきだとの考えを示した。また都道府県に対し、各地の周産期医療センターの運用状況を調べ、11月下旬までに改善策をまとめるよう通知したことを明らかにした。

 通知は27日付で、周産期医療センターの当直体制や救急部門との連携、搬送先の検索システムの更新頻度などを来月4日までに報告し、必要があれば改善策を同28日までにまとめるよう求めている。

 医療機能の集約・再編による医師確保の検討も求めており、舛添厚労相はこの点について「(渋谷区の)広尾地区には、いい産科の病院がたくさんあり、例えば都立広尾病院を他の都立と一緒にして医療資源を他の病院に回せば(墨東病院の)問題は解決する。一つの方策として提言したい。やるかどうかは都の裁量だ」と述べた。

 また、産科医療を巡る課題について、近く産科と救急医療の専門家を集めて短期的な対策をまとめる意向を示した。

おそらく現場に関わる多数派の感覚として、これ以上の崩壊を何とか回避しようとすれば結局集約化は避けられまいという共通認識はあるように思います。
しかしそうであるからこそ今もっとも彼らのやるべき仕事は「あなた達の町にあった身近な産科のお医者さん達がいなくなります。妊婦健診は一時間かけて遠くの病院に通うことになります。お産も遠くの病院にいってもらいますが、産科医療の安全を担保するためですから我慢してくださいね」と国民に向かって説明義務を果たすことではないんですか?
こういう最も手間暇かかる嫌われ役の仕事をいつも現場にばかり押し付けているから、「厚労省=医療業界最大の敵」なんて話がいつまでたっても残っていることに彼らは気付いているんでしょうかね?(気にしてないんでしょうけど)
桝添氏なんて口達者な人物をせっかくトップに抱いているんですから、当たり前の説明義務くらいさっさと果たしていただきたいですよホント。

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2008年10月29日 (水)

国が目指す医療の将来像とは?

あるんですかね?そんなものが>スレタイ

「同情するなら金をくれ」ってセリフで有名になったドラマがありましたが、医療の現状も似たようなものなのかも知れません。
現場の実感としてはとりあえず金より何より人手が欲しいところでしょうが、長期的に安定したマンパワーを維持するためには何より先立つものが必要不可欠。
最近医療関連の報道が新聞紙面を飾らない日はないと言っていいくらいですが、それだけ国民の関心も高まっていると考えるなら十分に選挙の争点にもなるんじゃないでしょうか?
桝添厚相が「医療費増やすべし」と発言したそうですが、とかく社会保障関係の評判では民主党に比べて分が悪い自民党政権としてもここいらで一発奮起しておくべき時期ではないですかね。

「社会保障費の圧縮見直しを」 厚労相、妊婦死亡受け

 脳出血をおこした東京都内の妊婦が8病院に受け入れを断られて死亡した問題に関連し、舛添厚生労働相は27日、「社会保障費の圧縮は限界。大きく方針転換すべきだ」と述べた。小泉政権時代から続く年2200億円抑制策の見直しを求め、医師不足対策などの予算確保に力を入れる考えだ。

 事件を受けて地元医師会との意見交換後、都内で記者団に答えた。社会保障費圧縮が妊婦死亡問題の「背景にある」とし、「今回のようなことが二度と起きないような対策を立てていきたい」と主張。

 抑制策見直しに伴って必要となる財源について、舛添氏は増税が検討されているたばこ税の増収分や、社会保障・成長力強化などに配分される3300億円の重点化枠(重要課題推進枠)によって、「2200億円はカバーできる」と話した。

 福田政権時代の7月に、09年度予算の概算要求基準(シーリング)で2200億円抑制策の継続が決まった際も、舛添氏は難色を示している。麻生首相も就任後、「とにかく切ればいいというのは難しくなっているなとは思う」と国会で答弁している。

実際には厚相個人の見解よりも総理や蔵相の意向の方が重要なんですけれども、言わないよりは言った方がいいという程度には評価すべき発言でしょう。
予算に関しては他の省庁との分捕り合戦であったりで単純に決まるものではないのでしょうが、予算以外にもいつの間にか耳にすることもなくなってしまった医療制度改革の問題があります。
何をどう改革するのかも結局何らのコンセンサスが得られないまま立ち消えになった話題と思っておりましたら、何やら妙な方向にいきつもどりつしながら地道に話が進んでいるようで。
今日はこのあたりに関連する話題を幾つか紹介しておきますが、まずは桝添厚相のインタビューから厚労省の目指す(?)方向性を探ってみましょう。

「医師のキャリアパスを国民に見せる」―舛添厚労相インタビュー(下)

―厚労省と文部科学省による「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」で実施する調査は、医学部生や研修医などが対象です。医師の養成について、今後必要だと考えていることは。

 次の段階では、大学の研究者や教授といった教える側の意識を聞きたいです。「あなたの指導がうまくいっていると思いますか」と。産科や外科も素晴らしい授業や教え方をすれば意味があります。教えることがうまい人と、研究がうまい人は別です。特に医学部の実習だと、教えることが上手な人でなければいけません。

 卒後の臨床研修制度の内容が、卒前の臨床研修とかぶっているため、2年間を1年に短縮できるという考えも大事ですが、重なっている内容を排すればよいかというと、そうではありません。学部レベルの教育水準をある程度上げなければ、減らす分をカバーできません。その上で卒前研修が充実すれば、卒後研修を短縮できるでしょう。
(略)
―今回、厚労省と文科省による合同の検討会が初めて立ち上がりました。その意義や背景をあらためて教えてください。

 医師の養成は厚労省と文科省がシームレスに連動している部分なので、問題があれば、文科省が担当する学部カリキュラムの部分、厚労省が担当する卒後研修や病院の部分など、両方でやらないといけません。だから今回は、文教族のねじを巻きました。宮路和明自民党衆院議員が幹事長を務める「医師臨床研修制度を考える会」から、「医師数を1.5倍にするのは10年計画だから、何か目先でできることはないか。臨床研修制度の2年間を1年間に短縮すれば、単純計算で一年間分の医師8000人が増えるのでは」という声が上がりました。そこで、「あなた方がそこまで言うなら、文科省自身が変わらないといけない。文科省と厚労省と合同でやろう」と言いました。また、文科相は最近たて続けに3人代わりましたが、皆に「続けてほしい」と言ってきました。文教族と厚労族は全然協力せずに跋扈(ばっこ)してきて、全部縦割りでやってきていましたが、今回はそこを動かして両方でやってもらいました。こうしたあらゆる問題を噴出させることがよいのです。すぐには片付かないかもしれませんが。

―今、医療崩壊が進んでいます。今後、医療界はどうしていくべきと考えますか。

医療界はもっと情報を発信し、国民と対話してほしいです。はっきり言えば、医師会はこの前の参院選で一人の候補者すら当選させることができませんでした。それに対する反省がありますか。選挙の1年前から武見敬三さんのポスターがあちこちの病院内に張ってあったのを見ましたが、おじいさんやおばあさんが毎日見ていながら、なぜ当選できなかったのでしょうか。わたしのポスターなんかどこにも張ってありませんでした。100万票あると言いながら、20数万票しか取れないということです。おまけに茨城県医師会みたいな「反乱軍」も出ています。謙虚に国民の声を聞いて改革しなければ、二度と医師会から参院議員は生まれません。これは国民との断絶があるからです。組織の中だけ見ていないで、変えるべきは変えねばなりません。
(略)
 勤務医も同じです。「苦しい、苦しい」と言っていますが、そうした状況は「福島県立大野病院事件」が起きて初めて分かったことです。そうでなければ、もっとひどい状況が続いていたでしょう。なぜ言わないのですか。普通の国民と同じレベルに立って、もう少し情報発信しなさいということです。医者、医学会、医療界だけが特殊じゃありません。あなたたちも働いてご飯を食べています。そこは変わりません。一般性を出すということです。国民の目線を入れない改革案は全部つぶれます。特にこういう「メディア民主主義」のようになってくるとなおさらです。わたしもいろんな改革をやるから協力してください。そうしないと医療界は生き残っていけません。

現場医師が幾ら声を上げても取り上げようとせずバッシングする一方だったマスコミ業界に連なる桝添氏の口から、こんな殊勝な?言葉が聞かれる日が来ようとは…いやあ、地位が人を作るとはひょっとしたら本当ですかね(苦笑)。
臨床研修制度に関しては桝添大臣も「もっと短縮できるのでは」という意向とも側聞しますが(学徒動員?)、いずれにせよ近く何らかの制度変更はあるものと思いますが、問題はどう変わるかですね。

現行の制度の何が問題といって、医療現場における教育というものがマンツーマン、あるいは昔ながらの徒弟制度に近いものであるという現実を無視していたことです。
同門関係の中での研修医と指導医というのは先輩後輩といった関係に近く、言ってみれば「自分が楽をするために自分の後釜を育てる」といったところが濃厚にあったわけです。
何しろ現場では慢性的な人手不足の中で貴重なマンパワーをやりくりして、何とか少しでも早く戦力になる医者を育てようとそれはもう必死で四苦八苦してきたわけですよ。
それがせっかく幾らか使えるようになるまで育てても何ヶ月かすればハイさよならじゃそれはね、指導する方にも身が入らないですし、そうした感情は習う側にも容易に伝わるものです。
結局のところ新臨床研修制度が導入されて良かったことと言えば、下落する一方だった医局の権威なるものが完全に破壊されて医師のQOMLが向上したことくらいですかね(国民にとっては随分と損な結果ですが)。

桝添大臣は「インセンティブがないと人は動かない」と言ったことを言いますが、何にでも当てはまる話ですよね。
言及されている学部教育の問題についても、現状では教授にとっての講義のインセンティブがないことが学部教育に熱が入らない原因でもあるわけです(講義がうまいからといって何の得があるわけでもなし)。
勤務医が声を上げようとしない(実際にしなかったかどうかは別問題として)という点も同じ事で、風車に向かって叫ぶことの無意味さを思い知らされた勤務医がさっさと逃散した方がはるかに即効性と実効性があると学んだということは大きいですよね。
大臣の思うところが実現するかどうかは、ひとえに適切なニンジンを鼻先にぶら下げ続けられるかどうかにかかっているのではないでしょうか。

専門医・家庭医制度で意見交換―厚労省研究班

 「医療における安心・希望確保のための専門医・家庭医(医師後期臨床研修制度)のあり方に関する研究」の班会議(班長=土屋了介・国立がんセンター中央病院長)が10月9日、都内で開かれた。日本専門医制評価・認定機構の池田康夫理事長と日本医師会の飯沼雅朗常任理事が、いわゆる「総合医」についての両団体の認定システムをそれぞれの立場から説明し、出席した班員らと意見交換した。同会議は、6月にまとまった厚生労働省の「安心と希望の医療確保ビジョン」で、研修医制度の見直しが必要とされたことを受けて設置されたもので、今回で2回目。

 日本専門医制評価・認定機構の池田理事長は、同機構の「専門医」に対する考え方を説明。「専門医が提供する医療によって(患者の)安全が担保される。医師の知識、技術も一定以上の基準に保つことができる」と述べ、同機構の専門医制度案が医師側にも患者側にもメリットがあることを強調した。
 専門医に要求される資質としては、▽基礎的・先進的な医学の知識▽高度なテクニカルスキル▽患者とのコミュニケーションスキル―などを挙げ、「安全と信頼の医療のためのマネジメント」も必要だとした。
(略)
 日医の飯沼常任理事は、「最新の医療情報を熟知していて、必要なときに専門医、専門医療機関を紹介できる『かかりつけの医師』が求められている」と述べた上で、日医の「地域医療、保健、福祉を担う幅広い能力を有する医師」認定制度案と教育カリキュラム案について説明した。
 飯沼常任理事は、厚労省の「総合科構想」についても取り上げ、日医の制度案とは全く別物であると強調。「厚労省の『総合科』は医師の中から一定の条件を満たす者に大臣許可を与えるもので、医療へのアクセス制限が目的。国家統制的だ」として、今後も医道審議会診療科名標榜部会などで反対していく姿勢を示した。

どうでもいいような記事なんですが、あまりに笑わせてもらったのでせっかくだから紹介してみます。
しかしまあ、今どき「かかりつけの医師が求められている」なんて…やはり日医という組織は何ですか、現世から遊離してどこか別世界に片足を突っ込んだ人たちの組織ということなんですかね?
一昔前に厚労省が温度をとってかかりつけ医の家庭医のと叫んでいた時期がありましたが、あれはあくまでも「設備の整った大病院にかかるよりも、検査も何もできない開業医に患者を誘導した方が安上がりだから」という医療費削減のためのネタにしか過ぎません。
さすがに厚労省も最近になってあまりそういうことは言わなくなったばかりか、今度は「やはり医師は集約化しなければ」なんてことを言い出して如何に零細病院や開業医を潰すかに精出している中で、この空気の読めなさぶり。
好意的に解釈すれば開業医の利益団体として言わずにはいられなかったということなのかも知れませんが、さすがにこれは寒いですよ。

日医が本気でこういう制度を広めたいと思っているのなら、まず傘下の超ベテラン諸先生方に一斉に基礎的医学知識・能力テストでも課してみることから始めた方がいいんじゃないでしょうか?
ついでにせっかくなんですから、まずは率先して日医の幹部先生方がそろって受験して結果を公表すべきですよ。
運転免許にも定年を云々する時代に医師は厚労省統計でも生涯現役扱い(場合によっては死後も?)されているわけですが、基礎的な医学教育レベルから異なっている時代の先生方が未だに日医の屋台骨を支えているのが現実なわけです。
無論そんな中にも立派に知識のアップデートをされながら第一線で頑張っておられる先生方は幾らでもおられるわけですが、日医の活動方針から見る限りどう見ても時代に即していない人びとが権力を握っているようにしか見えないところがあるんですよね。
カテもできない病院なのに「先生~、心筋梗塞の患者来たから取りあえず入院させといたよ~。あとよろしく~」なんてことを平気で言える爺さま先生が一人混じっているだけでどれだけ医療に無駄と不合理がもたらされているかを考えれば、日医自身にとっても長い目で見れば有益なことになるんじゃないでしょうか。

臨床研究に混合診療 指示へ

 甘利規制改革担当大臣は、いわゆる「混合診療」の全面的な解禁を目指す立場から、まず承認されていない薬などを使って治療を行う「臨床研究」に混合診療を認めるよう、政府の規制改革会議に検討を指示することにしています。
 公的な健康保険が適用される保険診療と、適用されない自由診療を併用する「混合診療」について、厚生労働省は「許可されていない診療が増えて医療の安全性が損なわれるおそれがある」として、原則として認めていません。これに対して、政府の規制改革会議は、患者が希望する治療を自由に受けられるようにすべきだとして、去年、混合診療の全面的な解禁に向けて検討したものの、厚生労働省の反対などで福田前総理大臣に提出した第2次答申への明記は見送られた経緯があります。
こうしたなか、24日の規制改革会議に甘利規制改革担当大臣が就任して初めて出席し、承認されていない薬などを使って治療を行う「臨床研究」への混合診療の扱いの検討を指示することにしています。
具体的には、全面的な解禁を目指す立場から、治療費に保険が適用されず新薬の承認に向けたデータの蓄積が進みにくい現状を変えるべきだとして、まず臨床研究に混合診療を認めるよう検討を指示することにしています。

ついについに混合診療キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!
ま、この件については色々な立場から様々な意見が乱れ飛んでいる状況でして、どれもそれなりに一理あるというのがまた困ったことなんですが…
一部で流れている陰謀史観的見方によれば、国(厚労省)は診療報酬削減でどんどん医療機関を締め上げることで最終的に医療機関側から「これじゃやっていけない!もう混合診療でも何でも導入してくれ~!」と言わせたいのだと言うことなのですが、そもそも政府与党内あるいは厚労省内でもそう一枚板で固まっているというものでもないのでしょう。

使いようによってはですが、混合診療と言うものは医療をコントロールするのに便利なんですね。
英国などを始め高齢者には原則新規の人工透析は導入しないという国は結構ありますが、日本では患者の医療費負担に上限が設定されていることもあって超高齢者であっても「何でも出来るだけのことをやってください」となりがちです。
厚労省調査でも延命治療を望まないという声が10年で倍増したなんて結果がありますが、一方では「こんなお年寄りにこんな治療をやって」と医者も家族も思いつつ、ただ周囲がやっているから、やってもらえることもやらなかったと後ろ指さされるのが嫌だからと濃厚治療を施してきたという現実も日本にはあります。

櫻井よしこ氏も自身のブログにおいて書いていますが、日本のように高齢者医療を青天井で、しかもこれほどの低負担でやってきた国というのは欧米先進国の中でも存在しなかったわけで、現状ではとうとうその歪みが表立って出てきているのだと言う解釈も出来るかと思いますね。
結局のところ誰も幸せにならなかった、そればかりかお金を本当につかうべきところに使えなくなったと言うことになるのなら、高齢者に限らずいっそ一部の過剰な医療は保険適応から外して「自費をはたいても本気でやって欲しいと思う患者だけがやるようにすれば」という議論も出てくるでしょう。
まさに国民の皆さんが好きな(ちなみに私も好きですが)漫画「ブラックジャック」の主人公たる天才外科医の名台詞に通じるものがあると思いませんか。

「あなたに払えますかね?」
「い、いいですとも! 一生かかっても、どんなことをしても払います!きっと払いますとも!」
「それを聞きたかった」

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2008年10月28日 (火)

改善すべきシステムの問題とは何か?

週が明けてもまだ話題が続いていることに驚いている仮称「東京妊婦たらい回し事件」ですが、昨夜はご遺族であるご主人が記者会見されたようですね。
しかし厚労省での会見というのは何かしら政策的意図と絡めてといった厚労省の思惑もあるのかと邪推してしまいますが…

安心して産める社会に=「誰も責める気ない」-死亡妊婦の夫が会見

 東京都内で8つの病院に救急搬送を断られた妊婦(36)が脳内出血で死亡した問題で、夫の会社員男性(36)が27日夜、厚生労働省で記者会見し、「妻が浮き彫りにしてくれた問題を、力を合わせて改善してほしい。安心して赤ちゃんを産める社会になることを願っている」と訴えた。
(略)
 搬送要請で、医師は頭痛が尋常でない状況を伝えていたといい、「伝わらないはずがないと思うが、誰も責める気はない」と夫。最初に断った同病院の当直医について「傷ついて辞めるようなことになったら意味がない。絶対辞めないでほしい」と話した
 さらに脳死状態で3日間を過ごした妻が亡くなる日、保育器に入ったままの赤ちゃんを連れてきて妻の腕に抱かせてくれて、親子水入らずの短い時を過ごしたエピソードを披露。「墨東病院の医師も看護師も本当に良くしてくれた。彼らが傷つかないようにしてほしい」とした。
 夫は、医師不足や搬送システムなど浮き彫りになった問題について「のど元過ぎれば忘れるのではなく、具体的な目標を持って改善に向かってほしい。何かが変われば『これを変えたのはおまえのお母さんだよ』と子供に言ってあげたい」と話した。

自分が苦しい状況で他人に思いやりを示すことが出来る人間というのは本当に大人なんだなと思います。
改めて亡くなった妊婦さんのご冥福とともに、ご主人の今後ますますのご発展とお子様の健やかなる成長をお祈りします。
そして同時に(厳しいことを言うようですが)、事態は改善に向かうというよりも「日暮れて道遠し」というべき状況であることもお伝えしておかなければならないでしょう。

さて、今回の件を通して一貫して思うことに、マスコミの医療バッシングが妙に切れ味を欠いていたのでは?と感じられた方も多かったのではないでしょうか。
マスコミ報道のトレンドもようやく新しい段階に至っているようにも思えるのは、過剰な期待のこもった欲目なのかも知れませんが、十年一昔の現状無視な話よりはよほどマシだと思います。
一部では未だに搬送システムを改善しようという方向に話をもっていきたがる人がいるようですが、基幹病院クラスの大病院が軒並み受け入れ不能(患者を受け入れた墨東病院に至っては過重労働によって崩壊寸前)という状況にあった事実を見なければ話になりません。

要するに救急医療に従事すべきスタッフも用いるべき病床もとっくに使い果たされており、根本的かつ最大の問題は医療リソースの不足であるということです。
医療、特に急性期医療を取り巻く状況はすでに「うまくすれば回避できた」から「必然的だった」と言うべき状態にまで至っているのであって、小手先の改善策を弄したところで更なる深みにはまっていくだけだと言う点が議論の出発点であるべきでしょう。
桝添大臣も昨日は病院から事情を聞いたそうですが、現場の状況への認識が不足していたということに一応反省の意を示してはいるようですね(今どき猿でも反省くらいはするとも言いますが…)。

妊婦受け入れ拒否死亡:厚労相、国の情報収集不足反省 江戸川区医師会を聴取 /東京

 脳内出血を起こした都内の女性(36)が8病院に受け入れを断られた後に死亡した問題で、舛添要一厚生労働相は27日、江戸川区医師会の幹部から意見聴取した。医師会側が、都立墨東病院(墨田区)の産科医不足は以前から問題化し、地元医師会などが補充を訴えていた経緯を説明したのに対し、舛添厚労相は「早くSOSを発していただければ、お手伝いができたかもしれない」と指摘、国の情報収集の不足も反省点に挙げた。

 医師会によると、墨東病院では07年1月から常勤の産科医が3人まで減ったため、病院側が東部医療圏(墨田、江戸川、江東区)の医師会と産婦人科医会に産科医派遣の協力を求め協議を重ねていた。しかし異常分娩(ぶんべん)を扱う機会が少ない開業医から希望者は集まらず、医師会と産婦人科医会は今年2月、都病院経営本部と墨東病院に補充の見通しなどを示すよう要望書を提出したが、回答はなかったという。

 徳永文雄医師会長は「今回の事件は、医師不足から起きた悲劇で、医学部定員減や新しい臨床研修制度の導入などで医師は疲弊している」と指摘。舛添厚労相は「私どもの反省を言えば、周産期医療センターを全国に作ったけれど、どうなっているかの情報収集を欠いていた。緊急に全国の状況を調べさせている。墨東病院も1人、医師が来ていただければ何とかなるので、全力でお手伝いしたい」と述べた。

さて、こうした問題点の改善策については根本的には今まで以上のコストをかけて医療リソースを整備するという点に尽きるかと思いますが、問題はどの程度を目標にどこまでやるかということですね。
救急搬送の受け入れ不能問題に関しては大きく問題となるのはほぼ休日、時間外に限られているという現実がありますから、手っ取り早く考えれば救急に関しては平日日勤帯並みのリソースを常時維持できるようにするというのは一つの考え方でしょう。
そうすると労基法の基準等も考えて(笑)救急部のスタッフを今のざっと三倍増というのが最低限の水準かと思いますが、逃散相次ぐ今の時代にそんな野戦病院で働きたいと思う医師や看護師がそう大勢いるかどうかがまず問題ですね。
空きベッドがなく受け入れ不能ということもしばしば起こる問題ですが、急患用に常時ベッドを空けておくということは経営上不可能なことも根本原因であるわけで、政府厚労省が本気でやるなら空きベッドがあっても経営がなり立つ診療報酬を設定しなければならないでしょう。
いずれとんでもないコストがかかる上に、それだけの数のスタッフをどこから捻出するかという問題が重くのし掛かってくる話で、しかも全く即効性はありません。

こうした先の長い話はともかくとして、現場レベルで当座出来ることはないでしょうか?
搬送システムの改善はあちこちで試みがなされていますが、今のところ大概の情報システムを組むより電話で直接話した方が早いというのが現実ですから、大金をかけて新しい検索システムを導入なんて話に貴重な予算を浪費されてしまうことだけは避けなければなりません。
ただし、特に複数科にまたがるような難しい患者受け入れの場合の連絡・調整役などはサポートするスタッフの働き次第で多少は円滑化できるかも知れません(受け入れ可否の連絡が今より早くなるといった点で)。
実際のところはこうした非医師の介在による「伝言ゲーム」も受け入れ困難の一因となっている場合もあるわけですが、そろそろ医師も業務を下請けに出していくことを試みないと本当に首が回らなくなってきているのも事実ですからね。
残念ながらこうした現場レベルの対応では状況を大幅に改善するような妙手とは到底思えないですが…

いずれにしても一つ確実に言えることは、政府や国民、マスコミが少しでも現場の負担を強化する方向で動けば(動くと現場が感じれば)現場の志気は容易に崩壊し更なる逃散が発生するだろうと言うことです。
医療現場は既にそれだけの状況に来ているわけで、まずは普通の日勤後に救急当直をこなし、翌朝からまた平常勤務という現状を何とかしようかってレベルから改善、あるいは改革をしていかなければならない。
いきなり医療費倍増だの医師養成数三倍増だのといった話が現実的でないのも確かですが、そうした抜本的対策でもなければ状況に大きな変化もないだろうというのが現場の実感ではないでしょうか?
日本人お得意の現場の創意工夫で何とかできるような段階を、医療はとっくに通り過ぎてしまったということを国民にまず認識してもらわなければなりません。

先日は読売の「医師強制配置計画」だの、厚労省幹部の「医師再配置の野望」だの香ばしい話題が明らかになったところですが、今は崩れかかっている現場の志気を維持することこそが最大かつ緊急の課題なのだということを理解しているようには思えません。
現実問題として今まで奴隷労働で医者を使い潰してきた病院には軒並み研修医が来ていないわけで、今の若い連中はそれだけの情報収集力とまともな判断力があるということなんですね。
桝添大臣の下記のような発言を見ると一応そういう認識はあるようですが、過去の例を見る限り大臣の個人的意向ってものがどれだけ実際の医療行政に反映されるか、甚だしく疑問としか言いようがないのが残念ですね。

医師の計画配置は「憲法違反」―舛添厚労相インタビュー(上)

■人はインセンティブで動く

―厚労相は医師不足に対する長期的対策として、医師養成数を将来的に1.5倍にまで増やすことを決めました。現在は短期的対策として医師養成の在り方を見直すため、「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」を厚労省・文科省合同で立ち上げましたね。医師の養成について、何が最も重要と考えますか。

 人間は、給料が高いといった報酬や、生きがいなどのインセンティブがあって初めて動きます。特に今のように自由な世の中では、インセンティブ指導主義でなければうまくいきません。救急患者の受け入れ不能の問題や、医療の地域格差などの問題がある中で、どうすればへき地に行ってもらえるでしょうか。例えば、へき地医療を専門に行っている素晴らしい先生がいたとして、「どんなに給料が安くてもそこに行きたい」という使命感が生まれればよいのです。小児科や産科、外科は勤務が大変だから医者の数が減ってきたからと言って、「大変なところに行かない若者はたるんでいる。だからへき地に行かせ、産科に就かせる」と言っても成功するわけがありません。学生が進路を選ぶには、いい恩師に出会うことが重要です。自分の家が産婦人科だからという理由で来る人は置いておいて、「産科のこの先生はすごい。この激務の中でこの成果を上げていて、自分もこうなりたい」と、薫陶を受け、あこがれて、というのが基本的な姿です。「18歳からの教育体制を見直しなさい」とわたしが言っているのは、そういうことを含めています。そのインセンティブをどう考えるかです。

■ただの規制は“裏”を生む

-一方で、厚労省保険局の佐藤敏信医療課長が、医師の計画配置について「よい規制だ」と発言したとの一部報道がありました。読売新聞も医師を地域や診療科ごとに計画配置しようとする提言を紙上で発表するなど、医師を計画的に配置するという考えもあるようです。

 わたしは「計画配置がよい」などとは一度も言っていません。インセンティブと組みにした規制なら意味を持ちますが、インセンティブのない規制は最悪です。独裁者的に抑え付けてうまくいったケースがあったら教えてほしいです。もし規制してうまくいくのであれば、ソ連は今ごろ世界で繁栄していて、日本のような自由な社会は沈没しているはずです。読売新聞の提言のようにすれば、医師の失業者は一人もいなくなり、ぴしっとはまるでしょう。しかし、そこで何が起こるでしょうか。もしわたしなら、仕事を午後5時でやめ、給料分しか働きません。「一日も早く研修の2年間が終われ」と思います。そして5時以降に、裏でアルバイトをするでしょう。これがソ連でなされていたことです。ソ連の国営農場で栽培されていたジャガイモは、作る方にやる気がなくて小さかったといいます。一方で、裏庭のジャガイモは自由市場で売れるようにするために、丸々と太っていたそうです。がんじがらめにやられたら、人間は手を抜きます。そういう人間というものに対する基本的な理解がないから、社会主義や共産主義は駄目なのです。ソ連が崩壊した今日、そんなことも分からないのでしょうか。

■「そもそも医者になりません」

 もしも「お前は何県で、何科に行け」とすれば、学生は「そもそも医者になりません」と言うでしょう。悪い方向に向かえば、希望に燃えた志を持つ若手医師が減ってしまいます。規制論者は、「今の若者は駄目だから、国が引っ張らないといけない」と言って若者の能力や向上心、意識を過小評価しています。こんな人をばかにした話はありますか。神戸で震災があった当時、若者は誰に何も言われなくてもボランティアに参加していたでしょう。

 計画配置論では、「税金で養成してるんだから言うことを聞け」と言いますが、医学部だけでなく法学部など、どこでも税金を使っています。「この職業に就け」というのは、職業選択や住居選択の自由を保障する憲法に違反しています。そんなところまでしないといけないというのは、医療政策のこれまでの失敗の積み重ねということですから、どこが失敗したかを見ていく必要があります。

 現場の研修医の実態調査がまず必要なのです。霞が関で座っているだけの連中が、調査をしないで決めたりしてはいけません。読売新聞も意識調査などをした結果で提言しているものではありません。そういう意味では「失格」です。「読売規制案」が圧倒的多数から支持を得るならそうすればいいでしょう。そうなるとは思いませんが。

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2008年10月27日 (月)

東京妊婦たらい回し事件 またまたその後

一昨日にて打ち止めにしようと思っていたのですが、週末の新聞、テレビでもまだやってましたねえ。
色々と調べて検証してくださるのはいいんですが、調べれば調べるほど産科も小児科も絶望的に足りないことが明らかになるばかりでマスコミさんも振り上げた拳のおろし先に困っているような気配もちらほら。

受け入れ拒否、妊婦死亡 『みんなギリギリ』墨東病院 産科医不足浮き彫り

 脳内出血を起こした出産間近の妊婦(36)が七つの医療機関に受け入れを断られ、その後に死亡した問題は、産科医不足にさらされる医療現場の危うい実態も浮き彫りにした。地元医院からの最初の要請を断った墨田区の都立墨東病院は「複数の当直医をどうしても手当てできず、原則として救急搬送は断っていた。みんなギリギリのところでやっている」と訴えた。 (石川修巳)

 都によると、墨東病院は妊産婦の救命救急に二十四時間対応する「総合周産期母子医療センター」として都の指定を受けており、周産期医療を支える中核病院の一つ。都の基準では「複数の医師の確保が望ましい」とされるが、医師の退職で二人の当直体制が維持できず、七月から休日には一人体制としていた。

同病院の常勤産科医は現在、四人。都が提示する定数の九人を大きく下回っている。

 同病院周産期センターの林瑞成産科部長は「産科医を簡単に増やせる状況ではなく、産科救急を目指す人はもっと少ない。その中で、どうしたら安全が維持できるか、関係機関と話し合っている」と話す。医師確保のため大学医局への働きかけや待遇改善、女性医師の短時間雇用など「打てる手は打っている」(病院経営本部)という。

 都内の産科医は一九九六年の千五百七十三人から、二〇〇六年には千四百十一人に減少している。

受け入れ拒否、新生児治療室不足が一因 妊婦死亡問題

 脳出血をおこし、8病院に受け入れを断られた東京都内の妊婦が死亡した問題で、病院側が転院搬送の受け入れを断った理由として最も多かったのが、新生児集中治療管理室(NICU)の不足だった。同様の事態は全国で頻繁に起きている。産科医がいたとしても、小児科の施設が確保できない関係で急患が受け入れられない実態が改めて浮き彫りになった。
(略)
 東京都内では年間10万人の新生児が誕生するため、都は200床を目標に整備を進めてきた。その数字は達成されたものの、早産が増えるとされる高齢出産の増加があり、「都内では300床は必要」と指摘する専門家もいる。

 都内の総合周産期母子医療センター9病院のNICUは現在、計105床。増設計画があるのは昭和大学病院(品川区)と東京女子医科大学病院(新宿区)だけで、今年度から来年度にかけて計6床しか増えない見通しだ。

 なかなかベッド数が増えない背景の一つには、専門医の問題がある。杏林大学病院産婦人科の谷垣伸治講師は「NICUの担当は、小児科医の中でも新生児を診られる医師に限られる。その医師が少ない」という。

 さらに、愛育病院の大西三善・事務部長は「NICUを増やすと、看護師がたくさん必要になる」と話した。保険診療上の施設基準では、3床に看護師1人を配置することなどが求められている。このため看護師増員という問題にも直面する。

しかしまあ、医師確保のために打てる手は打っていると言いますがどうなんですかねえ?
医師確保のため本年度の人事院勧告では11%という割合大きな公立病院医師給与引き上げが求められましたが、実のところこれさえも以前から問題視されていた民間との大きな給与格差を埋めるだけの最低限の引き上げでしかないのですね。
ところが何を隠そう、この最低限の待遇改善すらやらないと言ったのが今話題の東京都なんですが、その理由が「それなりの給与改善をしてきているから」なんだそうで。
そうまで言うのならさぞや東京の医師給与は高いんだろうと誰でも思うでしょうが、なんと笑えることに!これが堂々の全国最下位なんですね(注:決してネタではありません)
石原さんもでかいこと言う前にこういうところをきっちりしないとねえ(苦笑)。

別に東京に限らない話ですが、待遇の悪い公立病院の中でも墨東病院のような基幹施設の労働環境と言えばそれはもう、まさしくここはラーゲリか?と思うような素敵な状況にあるわけです。
都は今回の事態を受けて「週末に産科医一人じゃやっぱり駄目だ!全力で二人確保するようにします!」なんてぶち上げちゃったそうですが、いやこれ当直が一人とか二人とかいう問題じゃないでしょ?

以前から「看板下ろしたい」=減員で総合センター維持厳しく-妊婦死亡の墨東病院

 東京都内で8つの病院に救急搬送を断られた妊婦(36)が脳内出血で死亡した問題で、最初に断った都立墨東病院(墨田区)は、以前から高度産科医療を提供する総合周産期母子医療センターの「看板を下ろしたい」と、都に窮状を訴えていた。医師が減り、体制維持が厳しくなっていたが、地域の拠点施設をなくすわけにいかず、踏みとどまっている形だ。
 墨東病院の常勤産科医の定数は9人だが、2006年4月には6人に減少し、同年11月からは新規の外来患者の受け付けを中止した。その後も減り続け、今年4月には3人に。10月から1人増えたものの、定数の半分に満たない
 都病院経営本部の谷田治課長によると、7月に週末当直が1人体制となる以前から、同病院の医師から「看板を下ろしたい」「きつくて対応できない」という話を常に聞いていたという。

ヤバイ。都立病院マジヤバイ。まさに月月火水木金金。
現場は「もうこれ以上勘弁してくれ!」と泣いて頼んでんのに都立病院は全然平気。もっとがんばれ。超がんばれですよ。
そりゃ幾ら世間知らずでお馬鹿な公立病院の医者でも逃げだしますって。

一応東京都と石原知事の名誉のために言っておきますが、別にこういうことは東京だけの話ではなくて全国どこでも同じなんですね。
兵庫県というところは割合都市圏であるにも関わらず早くから救急危機が叫ばれていたことでちょっとした聖地扱いなんですが、いよいよ最終段階に入ったようです。

2病院が輪番撤退 姫路市の夜間・休日救急

 姫路市の夜間・休日の救急医療を支える「後送輪番制度」について、内科、外科の計二病院が十月から医師不足を理由に撤退していたことが二十三日、分かった。うち一病院は「救急指定病院」の看板も下ろしており、関係者は「残りの病院の負担が重くなる」と懸念している。

 同制度は、市休日・夜間急病センター(西今宿)に開業医が交代で詰めて外来の急患を診察。入院が必要と判断すれば、空きベッドと当直医を確保している輪番の病院が受け入れる仕組み。市は一診療科当たり最大一日六万二千円の待機料を支払っている。ピーク時には内科十四院、外科十六院が参加して効果的に機能していたが、最近は医師不足で病院数が激減。今年四月からは外科が四院、内科が五院の体制だったが、二病院が撤退した十月以降は外科が二院、内科は四院になった。

 二病院のうち、市内中心部にある病院は、輪番撤退と同時に、県知事に指定を受けていた「救急告示医療機関(救急指定病院)」の指定を取り下げ、時間外の急患受け入れを休止したという。
(略)
 市医師会の清水一太理事は「輪番病院に勤務することは医師の負荷が大きく、大学病院が医師を派遣しようとしない。何とか医師の確保に努めたいが、難しい」と説明している。

いや、大学病院が派遣しようとするとかしないとかじゃなくて、単に労働基準法無視で働く奴隷が確保できなかっただけでしょうがよ(笑)。
で、当然のように御当地でもこういうことが起こっているわけですが、もはや稀少価値もなさすぎな話ですかね。
しかし「今回のようなケース」って、妊娠しているのにかかりつけも持たない俗に言う何とか妊婦のことなんでしょうか…?

姫路でも妊婦14院拒否 救急搬送 腹痛収容まで1時間

 姫路市で先月25日未明、腹痛を訴えた同市飾磨区の妊婦(20)が14病院に受け入れを拒否され、15番目の病院に収容されるまで1時間かかっていたことがわかった。妊婦、胎児とも無事だったという。救急関係者は「医師不足で、夜間は特に搬送先を見つけるのが難しくなっている」と説明し、対応に頭を悩ませている。

 市消防局によると、同日午前3時頃、この妊婦が腹痛を訴えて119番。駆けつけた救急隊員は周辺の病院に順次、受け入れを打診したが、「医師が不在」「ベッドがない」「治療中」などと相次いで断られた。

 このあと、隣接する高砂市や加古川市の病院にも要請したが同様に拒否され、一度あきらめた姫路市の病院に改めて要請して搬送した。病院到着は、午前4時頃だった。

 市によると、日曜や祝日の日中は12病院の産婦人科が交代(輪番)で診療に当たっているが、夜間は平日、休日とも担当する病院がないため、今回のようなケースがあると近くの医療機関へ要請し、受け入れを求めているという。

それでも搬送先を選ぶほどの選択枝があるところはまだ良い方なので、ほんとの田舎になってくると選びようがないというのも実情であるわけです。
今のところ何とか現場が踏ん張って受け入れをこなしていますが、こういう状況を見るとどう見てもこれが永続できる体制とは思えないんですよねえ…

妊産婦100%受け入れ…和歌山・橋本市民病院、24時間体制で

1日平均28人誕生 昨年度2倍に 県立医科大など協力

 和歌山県橋本市立橋本市民病院の産婦人科で、2007年度の一日平均の出産数が28人と、06年度(15人)の2倍近くになった。24時間の診療体制で、妊産婦の100%受け入れを維持。周辺の病院で産婦人科がなくなるなか、橋本・伊都地方だけでなく、奈良県南部からの利用も相次いでいる

 同病院は2004年12月、現在の橋本市小峰台に移転してから、患者数が年々増加。05年度、産婦人科の患者は、外来6884人、入院4920人だったが、07年度には、外来は1・82倍の1万2563人、入院は1・36倍の6724人となった。そうしたなか、外来患者は、100%の受け入れを続ける。

産婦人科医は、県立医科大の協力で常勤2人、非常勤2人を確保。副院長でもある古川健一医師ら常勤医は、月に7~8度の宿直をこなし、非常勤の派遣医も3日に1度は宿直勤務をする。今年7月からは、産婦人科の経験がある乳腺外科医が外来診療に協力し、24時間体制を維持している。

 京奈和自動車道の整備が進んで便利になったことで、奈良県南部の妊婦が受診するケースも増加。ナースステーションの前には、生後2時間以内に撮影した赤ちゃんの写真がずらりと張り出され、見舞いに来た家族らの笑顔が絶えない。

 搬送先を探していた東京都内の妊婦が8か所の病院で受け入れを拒否され、出産後に死亡するなど、産科医療の充実が課題となるなか、石井敏明・同市民病院管理者は「受け皿としての期待を感じる。県立医科大の協力と医師らの頑張りのお陰です」といい、山本勝廣院長は「紀北の拠点病院として安心して出産できる現体制を維持したい」と話している。

奈良県南部からの利用も相次ぐって(苦笑)。
ここの外来表を見ても確かに産科医は四人しか名前が挙がっていないんですが、常勤二人と非常勤二人で一日28人のお産…??外科医まで動員…???(注:くどいようですが、決してネタではありません)
こういう綱渡りな状況を和歌山界隈では「安心できる体制」と言うのですか???

人間なんでもそうですが、ある程度の期間であれば死ぬ気でやれば結構何とかなるものです。
しかしそれがいつまでも続くかと言えば気力も体力もいずれ限界に達する、まして緊張感というものはそんなに永続するものではない。
そしてぷっつり切れた頃に限って何かしら大きな事故が起こってくるものなのです。
そうなってしまってから「俺はこんなに頑張ってたんだ!」なんて叫んでみたところでどうなるでしょう?
いやそれ以前に、仮に自分が患者や家族の立場だったとしたら、過労死寸前のフラフラの医者に命を預けたいと思うでしょうか?

医療に限らず何の仕事であれ、責任を持って扱える限度というものはあるのです。
間違った責任感の発露は結局のところ、本人にとっても周囲にとっても不幸を招くことにしかならないのではないでしょうか?
近年の国民ニーズの変化を思うとき、医療現場の抜本的な意識改革が必要な時期になっているのかなと考えさせられます。

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2008年10月26日 (日)

今日のぐり「うどん宥紀屋」

人間とんでもなく駄目な日ってありますよね。

朝飯にパスタ食おうかとフライパンでソース作りながら鍋で湯を沸かしていたんですよ。
そろそろ湯が沸いてきたんでパスタ茹でるべと思ってたっぷり塩入れちゃったんですね…フライパンの中に。
さすがにこれは…と思ってとりあえずソース半分ほど皿に回収していましたらば皿ごと床にダイビング。

こういう日は何をやっても駄目な日と思って大人しくしておいた方がよさそうです。

今日のぐり「うどん宥紀屋」

大元駅前から青江の方に抜ける幹線道路沿い、古本屋の隣にあるうどん屋です。
ここはわりあい遅くまでやっているので昔からちょくちょく利用するんですよね。
昼の時間帯は普通日替わり定食(二種類)なんかが中心になるんですが、ここは例によってぶっかけうどん(冷)を注文。
とことんワンパな奴やな~とは自分でも判ってはいるんですよ、ええ…

運ばれてきたぶっかけはちょい大きめのエビ天が目立つくらいで見た目どうと言うことはないんですが、ここのうどんは面白いんですね。
舌触りがなめらかなうどんは噛むと一見して柔らかい、これってちょっと柔らかすぎるんじゃない?と思うくらいに柔らかい歯触りがどこまでも続いていく。
しかしひとたび噛む力をゆるめるとあら不思議、さんざん痛めつけて噛み切ったと思っていたうどんがまた元の姿を取り戻すんですね。
最近ダイエット絡みやら缶詰麺やらでこんにゃく麺ってのがありますが、ちょっとああいう感じにも通じる「噛み切れそうで噛み切れない」食感ですかね。
しこしこでももちもちでもない、この独特の食感を楽しんでいるうちにいつの間にかうどんは喉を通りすぎていく。
なるほどこれがのど越しを楽しむうどんと言うやつかと、一人で勝手に納得。

べつだん目立って特徴があるわけでもない出汁ですが、味の塩梅もこのうどんとのバランスもなかなかよろしい。
揚げたてのホカホカという天ぷらはさくさくとした衣の食感とぷりぷりしたエビの食感とが楽しめて合格。
個人的にぶっかけうどんのキモは薬味にあると思っているのですが、添えられたワサビを好みで溶かしてみればまた違った味わいも楽しめるというもの。

うどん屋としてのこの店は近ごろの讃岐うどんブームに乗っかるような一口食べてなんじゃこりゃ?!なつかみがあるわけでもなく、またセルフ系のような安さがあるわけでもなく、深夜営業とリーズナブルで腹の膨れる定食が売りの至って地味な町のうどん屋にしか過ぎません。
一方でぶっかけうどんとしては今のところここがベストチョイスかなとも思うくらいにバランスがいいんですね。
うまいうどん屋が必ずしもうまいぶっかけうどんを食わせる訳ではないというのが持論なんですが、逆にこういう場合もあるからあなどれません。
食い物屋というものはほんとに自分で食べてみないと判らない、まあそれがあるから食べて回るのが楽しいとも言えるわけなんですけど。

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2008年10月25日 (土)

東京妊婦たらい回し事件 さらにその後

一昨日昨日と続けて書きましたが、桝添厚相がいち早く墨東病院に自ら乗り込むなど未だに事件の余波が続いています。
今回はマスコミ諸社が「たらい回し」をあまり連呼してくれないので代わりに当サイトで連日連呼させていただいておりますが、それはともかくとして地方でも自県の搬送体制を見直す動きが出ているようです。
まずはこちら新潟から記事を紹介してみましょう。

本県は産科医が連携して受け入れる体制 /新潟

 東京都内の妊婦が七つの医療機関から受け入れを断られて出産後に死亡した問題は、お産を巡る医師不足、連携不備を浮き彫りにした。県内の医療関係者らは、同様の事例は県内では起きないとみるが、産婦人科医が厳しい勤務環境の中にあることに変わりはない。

 今回の問題は、緊急対応が必要な妊婦を受け入れる周産期母子医療センターが相次いで受け入れを断ったことにある。県健康対策課によると、妊婦の受け入れを最初に断った都立墨東病院と同様の「総合周産期母子医療センター」は、県内に新潟市民(常勤の産婦人科医6人)と長岡赤十字(同6人)の2か所あり、産婦人科医が原則24時間体制で待機している。

 比較的高度な医療に当たる「地域周産期母子医療センター」は、県立新発田(同3人)、県立中央(同3人)、済生会新潟第二(同6人)、長岡中央綜合(同4人)の4か所で、新大病院が協力病院として一部患者を受け入れている。

 同課によると、県内で妊婦が救急搬送中に、この7医療機関から受け入れを断られたのは昨年1年間で81件あったが、妊婦が死亡したり、死産したりするケースはなく、長時間受け入れ先が見つからなかった例もほとんどなかったという。

 一方で、県内の産婦人科医の数は1998年の185人から2006年に150人に減少し、人口10万人あたりの医師数は全国平均(7・9)を下回る6・2

 新潟市民病院の新田幸寿副院長は、「新潟では受け入れられる機関が少なく、『自分たちがやるしかない』という意識があり、ほかに搬送先がなければ医師を呼び出してでも受け入れる。今回のようなケースは起きない」と話す。

新潟大学医学部産科婦人科学教室の田中憲一教授は、今回の問題を「都市部の東京は(医師数も病院も)多いので、患者に対する無関心もあったのでは」とした上で、「新潟は、医師同士が知り合いで、連携が取れずに受け入れ手が見つからないケースはないはず。医師が少ない中で全員が協力して何とか維持している」と話した。

さすが全国産科医から信頼も厚い御高名なる田中憲一大先生、何とも力強いお言葉で新潟県の救急医療はもはや盤石の体制にあると万人が確信せざるを得ないほどの説得力に満ちあふれていますが、残念ながら他県ではいささか事情が異なっているようです。
事件を契機に実態を調べたはいいが、あちらでもこちらでもお寒い実情が発覚して関係者が青くなっているという状況ですから、どうも全般にマスコミお得意の医療バッシングも今ひとつ気合いが入らない気配なのが残念ですね。

それでもワイドショーなどを中心に受け入れられる体制も整えていないのにセンターと称するなとか、逆にベッドが一杯だろうが医者がいなかろうが取りあえず受け入れろというご意見もあるようですが、過去の判例を見る限り対応する能力もないことを承知の上で受け入れることは医療機関にとって単なる自殺行為にしか過ぎません。
特に墨東病院などはかねて産科医不足から週末は対応できませんと周囲施設に広報していたような状況ですから、逆に対応も出来ないのに何でもこいと安請け合いするほうがよほど無責任というものではないでしょうか。
ところが何故か(予想通り?)「周産期母子医療センターのくせにさっさと受け入れないとはけしからん!」と墨東病院の対応を吊し上げようという動きが一部にあるようなのですが、天漢日乗さんでこのあたりの搬送に関するやり取りをまとめていただいているのがなかなかに興味深いところです。

初期症状が嘔吐、下痢で始まり、その後頭痛が出てきたと言う経過について初診のかかりつけ医側では「脳出血などを疑っており、普通でない強い頭痛であるということを伝えた」と言っていますが、墨東病院側では少なくとも最初の搬送依頼の段階では嘔吐、下痢が主で頭痛もあるという認識だった、少なくともかかりつけ医が主張するような頭部疾患を疑うような話ではなかったと主張しています。
注目すべきなのは墨東以降に搬送を依頼された慶大病院においても下痢、嘔吐といった症状から「感染症の疑いがある」と考えて対応しようとしている一方、かかりつけ医が疑っていたという脳出血疑いで緊急の対応が必要と認識していた病院はなかったようなのです。
報道を根拠にするならば搬送依頼の際のやり取りではかかりつけ医の伝えようとしていたことは伝わっていなかったとみなすべきで、その点では施設間・医師間の連携に抜かりがあったとは言えるように思いますね。

また、そもそも当日は産科救急対応していないことが判っている墨東病院がファーストチョイスというのはどうなのよと思えますが、実際にかかりつけ医は墨東病院のごく近所と言っていい位置にあり、しかももともと墨東病院の勤務医あがりだったということで、気安いからと真っ先に頼んだというのが一番ありそうに思えます。
いずれこうした判断の経緯などは今後の聞き取り調査で解明するのでしょうが、本件で最も今後に生かすべき教訓として追求されるべきなのは、墨東病院が総合周産期母子医療センターとしての機能が果たせない現状にありながらその看板を掲げ続けていたことにあるのではないでしょうか?

総合周産期母子医療センター
相当規模の母体・胎児集中治療管理室を含む産科病棟及び新生児集中治療管理室を含む新生児病棟を備え、常時の母体及び新生児搬送受入体制を有し、合併症妊娠、重症妊娠中毒症、切迫早産、胎児異常等母体又は児におけるリスクの高い妊娠に対する医療及び高度な新生児医療等の周産期医療を行うことができる医療施設をいう。

田舎病院などでもよくあることですが、およそ事務方や病院上層部と言うものは一度掲げたこの手の看板を降ろすことにひどく抵抗するもので、さっさと基準を満たせと現場の尻を叩く一方で特例だの何だのと理由をつけては何とかその場しのぎでやりくりしようとします。
今回の件を受けてのNHKの調査によれば、全国の総合周産期母子医療センターの実に1/3が厚労省の定める指針を満たしていなかったということですから、看板倒れなのは墨東病院に限らずむしろ常態化しているとも言っていいのかも知れません。

噂に聞くところでは墨東病院産科の勤務状況も決して楽しいものではないようですから、今後さらに逃散が増えこそすれ大規模増員など考えがたい状況でありながら漫然と欺瞞的行為を続け現場に過重な負担を強要していた病院としての責任はなしとは言えないでしょうね。
そしてもちろん、ER構想をぶち上げたきりでその内実には無関心だった都や、施設を指定するだけでその後の管理指導も行わないまま放置していた厚労省もまた責任なしとは到底言えない状況でしょう。

ところでこの件では桝添厚相と石原都知事が互いに非難合戦をしているようですが、いささか低次元すぎてどうよと思われる内容はともかく都知事の「これは医療事故ではない」という発言には注目しておく必要があります。

妊婦たらい回し死亡問題 石原都知事「国への報告責任はない」と舛添厚労相に反論

 脳内出血を起こした出産間近の女性が8つの医療機関から受け入れを断られ死亡した問題で、舛添要一厚労相が「とても東京には任せられない」と述べたことに対し、石原 慎太郎都知事が「国への報告責任はない」と反論した。
 舛添厚労相は24日午前、「とてもじゃないけど、都には任せられない。そういう思いで、怒りを込めてね」と述べた。
 これに対し、石原都知事は午後、「東京都に任せてられないじゃない! 国に任せてられないんだよ」と反論した。
 舛添厚労相と石原都知事のバトルのきっかけとなったのは、10月4日、36歳の妊婦が都内8つの病院から受け入れを拒否され、死亡した問題だった。
 妻を亡くした男性(36)は「死にそうな人間がいるのに、そこから1時間待つっていう、そのシステム...、なのかわからないですけど」、「彼女が残してくれた子どもがいるので、2人で頑張っていくしかないという気持ちだけですよ」と妻を亡くした無念を語っていた。
 これに対し、舛添厚労相は「2週間もこういう事故について、厚生労働省に上がってこないっていうのは何なんだっていう。
わたし、知らなかったんだよ。報道で初めて知ったって...」と都から報告がなかったことに、怒りをあらわにした。
 一方の石原都知事は「これは医療事故ではないんですよ、それだったら、国に対する報告の責任もありますけどね」と話し、国への報告責任はないと主張した。
 さらに、石原都知事は「赤ん坊を産む産科とね、産んだ子どもを育てる小児科がね、絶対的に医師が足りないってことだね。これはやっぱり、国の責任じゃないですか。舛添君しっかりしてもらいたいよ、本当に」と産科や小児科の医師不足を解消できないのは国の責任と切り捨てた。
 舛添厚労相は午前、「そりゃあね、文句言うときだけは厚生労働省しっかりしろと言うけど、こんな事故の情報もわたしのところに上げないで言われてもしょうがありませんよ」と話したあと、都立墨東病院を視察した。(後略)

桝添氏は何故報告も上げないんだとお怒りのようですが、そもそもこの難症例で約一時間で搬送できているのであり、経過からも医療事故などと呼ばれるような事例ではないというのが医療関係者の感覚なのではないでしょうか?
判例的にも世間の眼的にも「手に負えない症例に手を出す=悪」と言うコンセンサスが成立している以上、対応能力に疑問のある施設が敢えて手を挙げるはずもないのは当然のことで、今の時代にもし大病院に連絡すれば何でもかんでも受け入れてもらえるはずという感覚があるのだとしたらその方が問題でしょう。
結果として妊婦がお亡くなりになったのは残念というしかありませんが、逆に30分で搬送出来ていたら助かっていたのかと言えばそうとも思えない症例であったわけであって、まして東京以外ではそうした短時間での搬送という想定自体が現実的ではないというのが今の日本の医療事情であるわけです。
こんな難症例を年中いつでも100%躊躇なく受け入れてくれる施設が存在する地域というのがどれくらいあるのかと考えてみた場合に、そもそも何故この症例がこうまで大騒ぎになっているのか?という素朴な疑問すらわいてくるわけです。

実際に全国ほとんどの地域での実感としては「こんな症例でも一時間やそこらで救命救急センターに搬入できるのか!さすが東京!」というものだったのではないでしょうか?
何しろ市町村から最寄りのセンターまでの物理的移動時間だけをみても、平均30分以内を達成しているのは全国でわずかに東京と大阪のみ、全国平均ですら59分と言うのが現実であるわけで、東京、大阪といった大都市圏は搬送時間に関しては全国でも成績上位という医療資源に恵まれた地域なのです。
それだけ多数の受け入れ施設を整えている東京ですら需要が供給をはるかに上回り、重症患者のうち搬送を10回以上断られた数では全国の年間約1000件(重症患者の約1.4%)の6割以上を東京が占めているという状況なのです。
地方では二時間かけて他県の基幹病院まで搬送するということが当たり前の日常であること、東京においてもこの程度の件数の受け入れ不能事例はごくありきたりであることなどを考えた場合に、訴訟になったわけでもない現段階で大騒ぎするほどの事件性がどこにあるのかと考えざるを得ません。

結局のところ大騒ぎになっている一番の理由は、石原都知事の言うところの東京ER構想なんてものが単なる嘘っぱちだったことがバレてしまい、日本で一番なはずの東京の医療ですらマスコミの空想的な批評に耐えるレベルにないことが明らかになってしまったからであるように思いますね。
地方にとっては今さらという話題ですが、マスコミや政界人にとっての足許である東京の実態が明らかになったことで、初めて医療崩壊という現象が対岸の火事から現実的な問題へと迫ってきたという危機感が彼らにもあるのかも知れません。

残念ながら現状ではこうした事例は全国どこにでも当たり前にみられることであり、しかも今後増加することはあっても改善する見通しは全くと言っていいほど存在しません。
そうであるならばこの事件を契機として多くの人びとが少しでも真剣に医療の問題を考えるようになり、もはや日本に安心して受けられる医療などどこにも存在しないのだという逃れられない現実を直視するようになるならば、初めて亡くなった妊婦さんの命は無駄にはならなかったと言えるようになるのかも知れませんね。

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2008年10月24日 (金)

東京妊婦たらい回し事件 続報

昨日に続いて続報です。

しかし何かこの事件、意外にと言いますか結構世間の注目を引いちゃってるみたいですね。
麻生総理も事件に言及して「あの日はあれが一番の問題だと、僕はそう思った」なんて言ったそうですし(まあこれは、マスコミに対する揶揄半分なところもあるんでしょうが)。

しかし各社報道管制でも敷いてんのかってくらいに見事に「たらい回し」を使いませんね。
仕方がないので当ぐり研だけでもしっかり使ってしまいますけど(←本末転倒)。

さて今日も昨日に引き続き、各社のその後の報道が揃ってきましたので順次紹介していきます。
まずは「スーパーモーニング」の放送内容から。

産科患者の救急 「受け入れない方がいいと医者が相談?」

   中原英臣(医学博士・ゲスト)「土日祝日は東京といえども産科・小児科は無医村と考えた方がいい」

   鳥越俊太郎「産婦人科医は、母体と胎児、2つの命を見なければいけない。今回の場合、当直医が1人いたのに断ったのは、母体の処置と胎児の帝王切開の両方を1人ではできないと判断したのだろう」「医療事故が起きると、訴訟のために産婦人科医は天国から地獄に落とされる。ハイリスクで、しかも少子化が進んで将来性もあまりないこともあって、10年前に比べて、産婦人科医は1割、日本全体で1万人減っている。1日も早く手を打たないと、またこんなことになる」

   江上剛「まさか、緊急性、リスクが高い、特に産科の患者は受け入れない方がいいと、お医者さん同士が相談しあっている、という話ではないでしょうね

   中原「そこまでは行っていない。政治の問題だ」

   石丸幸人「行政的な問題だとしたら、行政による犯罪といってもいいくらいだ。命の問題は行政にとって最優先の話だ」

   白石真澄「国は平成19(2007)年にも医師不足対策に92億円をつぎ込んでいるが、効き目がきいてくるのが遅い。今から医師を増員しようとしても1人前になるのに10年かかる。こういう事態になるのは目に見えていた。産婦人科・小児科医の医療報酬を上げるべきだ」

コメンテーターがかのウイルス進化説の中原英臣って時点で何かしらネタなのかと思ってしまうのは自分だけでしょうか(苦笑)。
て言うかこの御仁、医療なんて何も知らないくせして近ごろでは何か医療コメンテーターもどきのことをやってるみたいですね(汗)。
それはともかく、今頃になって「行政による犯罪といってもいいくらいだ」なんて言ってますが、これは本来の意味での確信犯であり国策の結果ですよ?
その意味でこれはそういう医療政策を推進してきた政治家を選んだ国民が単に自己責任を迫られているだけという見方もできるわけでしょうね。

さて、つづきましてはかねて医療問題に関して香ばしさでは定評のある「朝ズバッ!」
さすがにみの氏をはじめとして素晴らしいコメンテーターを揃えてらっしゃいます。

また妊婦死亡 「ERって何のためにあるの?」

   東京医科歯科大の川渕孝一教授は、「共通言語があるようで、ない」という。地方によっては、症状をコード化して、正確に伝えるようにしているところがあるが。「東京は遅れているかなぁ」という。「ただ、たらい回しじゃない。受けたいけれど受けられない」とも。

   みのもんたは、受け入れを断った病院の事情を一覧にしてみせた。なかで、日本赤十字社医療センターが「満床。電話では切迫感が感じられなかった」というのにかみついた。「切迫感があったら受け入れたの? 赤十字だよ」

   大林素子は、「2つ3ついってる病院があるので、どうしたらいいのかと思ってしまう」

   嶌信彦も、「どれも日本を代表する病院でしょ」

   川渕教授は、「真のリアルタイムじゃなかった」という。刻々と変わる病床などのデータをきちんと提供していたのか。「産科と脳外と診療所とが情報を共有しなければ」という。

   みのは、「ERって何のためにあるんです?」と聞く。

   教授は、「何でも診るER」の必要をいう。「日本ではERに段階があるが、アメリカには何でも診るERというのがある。そのかわり、医者もお金もつけないといけない」。

   みのは、「厳しい勤務なのに、給料はエッというほど安い。だったら、10倍の待遇にすれば、人も増えるんじゃないか

   同教授は、「ブレア首相はそれで10兆円つけた。その代わりたらい回しをするなと。政治の問題ですよ」

やっと「たらい回し」キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!
ま、子細にみていくとそれなりに議論展開していくべきネタの提示はされているのですが、無論それらに対する突っ込みなど期待できるはずもなく。
医療崩壊の原因が何だったのかという点については未だに諸説入り乱れているわけですが、待遇を10倍にすればホントに人が増えるのかなんて面白いテーマだと思うんですけどね。
ちなみに本気でERをやるつもりだったら一人や二人の医者を集めたところで話にならないわけで、当然それだけの数をかき集めるためにどこの病院を潰して医者を捻出するかって議論と表裏一体だし、集約化するほど遠くへ搬送しないといけない理屈なんですけど、はたして彼らに理解されてるものやら。

さてお次、司会者の帽子の下以外はいまいち押しに欠けるとも言われる「とくダネ!」
小倉氏は視聴者に知性の輝きを見せつけることが出来たのでしょうか?

妊婦の命も救えずに 「東京五輪どころじゃないだろう」

大都市・東京の週末は妊婦にとって「無医村」同然なのか……。出産真近の女性(36)が7つの病院から受け入れを拒否され死亡した問題を取り上げた。
(略)
  他府県から見ると羨むほど大病院が林立しているはずの東京で、いったい何故??

   女性が亡くなった直後から取材しているという医療ジャーナリストの伊藤隼也は、墨東病院は、「7月から産科の当直医師は1人で周産期母子医療センターの機能を持っていない。医師の数が足りないのが基本的にある」と。

   さらに「脳疾患でもお産にかかわりがあれば、脳外科医がいても受けつけないのが東京のルール。そこが問題なのです」と。

   その結果、消防庁が2006年にまとめた「産科・周産期傷病者搬送実態調査」では、(受け入れ先を探すのに先を探すのに)1時間以上待たされた件数は東京43件、神奈川14件、大阪10件。このうち最も多く待たされた時間が東京3時間37分、大阪2時間17分、神奈川1時間44分だった。

   またタライ回しの件数は、東京が91件、大阪30件、神奈川22件

   このうち20回以上もタライ回されたのが東京は6件もあった。

   これほど病院が多いのに、なぜ「無医村」同然なのかといいたくなるが、背景について伊藤は、「病院が多すぎて、どこかが見てくれるだろうと、責任感が低下しているのも一因」という。

   小倉は「僕はオリンピック誘致賛成ですが、人の命も守れないのに、銀行救済で何百億も出したり、オリンピッどころではないだろうという声が必ず出てくる」と。

またたらい回しキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!
ここでも人の命を守るという重大事を何とも軽く見ているというか、ゼロリスク症候群の蔓延が見て取れるのは興味深いところではありますね。
けっきょく「責任感が低下しているのも一因」などという、「足りぬ足りぬは~」な精神論に還元しちゃうところがさすがではあるんですが(笑)、全体としてみるといつものように真面目に見るほどの価値もなくネタとしても面白みに欠けるというところですかね。
他府県から見ると羨むほど大病院が林立しているのか知りませんが、他府県から見るとあり得ないくらいに人口も集中して医療需要も大きいわけで、実際東京は全国一救命救急センターが身近にあるという地の利を得ながら、搬送に要する時間も全国一長いという不思議な現象を誇っているのですよね。
そういうデータを無視して「東京ルールが問題」だの「責任感の低下」だのと語っちゃうような御仁が自称・医療ジャーナリストとして商売になるってあたりが、この国マスメディアの暗部を証明しているのかなという気もします。

見た目のインパクトとイメージが勝負のテレビに対して、こちら新聞報道は情報の深さが命(なんだそうです…)。
まずは最近なにかと話題の読売新聞から紹介してみましょう。

妊婦搬送拒否 一刻も早い医療改革が必要だ(読売新聞)

 医療体制の見直しは、もはや一刻も猶予できない。医師不足や救急対応の不備により、妊婦がまた一人、命を失った。

 出産を間近に控えた東京都内の女性が、脳出血を起こしたにもかかわらず、七つの病院から救急搬送の受け入れを断られていた。搬送できたのは約1時間後で、赤ちゃんは帝王切開により無事生まれたものの、妊婦は3日後に亡くなった。

 2年前にも奈良県で分娩(ぶんべん)中に脳出血を起こした妊婦が、19病院に受け入れを断られて死亡する出来事があった。同じ悲劇が繰り返される原因は、どこにあるのか。

 しかも今回のケースは、医療体制が全国で最も整っている東京で起きた、という点で問題は一段と深刻である。
(略)
 墨東病院は、出産や新生児の集中治療に対応できる「総合周産期母子医療センター」に指定されている。原則として常時2人以上の産科医がいるはずだった。

 さらに同病院は、24時間態勢でどんな患者も受け入れる「ER」の看板も掲げている。たらい回しを起こさないために、都が全国に先駆けて開設したものだ。役割を果たせないようでは困る。都は今回の出来事をよく検証し、態勢を改善する責任があろう。

 しかし、都や墨東病院のみ責めれば済む問題でもない。

 背景には、深刻な医師不足と、必要な医師が計画的に配置されていない現状がある。それが最も顕著な分野が産科と救急だ。

 今回の出来事は、日本の医療体制の危うい現状を改めて突きつけたと言える。

 読売新聞は先日公表した医療改革案で、医師を計画配置するとともに、きちんと機能するERを全国400か所に整備することなどを提言した。国や医療界は本気で検討し、取り組んでほしい。

いきなり「医師不足や救急対応の不備により」妊婦死亡って根拠のない印象操作から入るあたり、さすが手慣れているなというところでしょうか。
しかしまあ「役割を果たせないようでは困る」って、だから墨東はとっくに産科医不足で産科崩壊してて、週末は救急受けられませんよって周りの施設にも連絡してんだってのに…
救急対応の不備を非難するなら週末は無理だってあらかじめ宣告していた墨東じゃなくて、それを承知の上でファーストコール先にわざわざ墨東を選んだかかりつけ医なんじゃないんですか?
もともと墨東の勤務医だったって言うくらいですから、まさかそういう事情を知らなかったってはずもないですよね?

そもそも今まで日本には本当のERなんてものはなく、単に高次救急施設があるだけでした。
最も高度な医療に対応できる三次救急に何でも患者を搬送すればあっという間にパンクする、そうであるからこそ軽症は一次、二次救急へという振り分けで何とかやりくりしてきたわけです。
東京都は名目上ERなんて看板を掲げた施設を用意しましたが、ではその実態がERにふさわしい内容を伴っていたかと言えば、産科は週末ご遠慮願いたいという程度のお寒いものであったわけです。
読売さんも全国に400のERをなんて好き放題ぶちまけるのは勝手ですが、どうやってその実を伴わせるかの議論がなければ誰も相手にしない話で終わるんじゃないですかね?

妊婦死亡―救急医療にもっと連携を(朝日新聞)

 大都会の救急医療に、ぽっかりと大きな穴が開いているようだ。

 東京都内で、具合が悪くなった出産間近の36歳の女性が七つの病院に受け入れを断られた。約1時間15分後に病院に運ばれて出産したものの、3日後に脳内出血で亡くなった。

 同じようなことが一昨年、奈良県でもあった。入院中の妊婦が重体になり、転院が必要になったが、隣の大阪府も含めて19病院に受け入れを断られ、やはり脳内出血で亡くなった。

 背景には、全国的な産科医不足がある。急な患者を受け入れる余力が、医療機関に乏しくなっているのだ。

 それにしても、医療機関がたくさんあるはずの東京で、と驚いた人も多かったのではないか。厳しい条件の中でも、なんとか急患を受け入れる態勢をつくるにはどうすればいいのか。今回起きたことを点検し、今後のために生かさなければならない。
(略)
 総合周産期母子医療センターは最後のとりでだ。そこが役割を果たせないようでは心もとない。産科医不足という事情があるにしても、東京都には急患に備える態勢づくりにさらに努力してもらいたい。

 いくつもの病院で受け入れを断られた背景には、都市圏ならではの要因もある。地方と違って医療機関が多いため、ほかで受け入れてくれると考えがちなのだ。

 そうした考えが、危険な出産に備える医療機関のネットワークが必ずしも十分には機能しないことにつながる。医療機関同士でもっと緊密に連絡を取り合うことに加え、ネットワークの中で引受先を探す司令塔のような存在をつくることも考えたい

 もう一つ大切なことは、全く別々に運用されている産科の救急と一般の救急の連携を強めることだ。産科の救急で受け入れ先が見つからないときは、とりあえず一般の救急部門で受け入れる。そうした柔軟な発想が必要だ。

 医師不足を解消する努力はむろん大切だが、病院や医師の間で連携に知恵を絞ることはすぐにでもできる。

「産科の救急で受け入れ先が見つからないときは、とりあえず一般の救急部門で受け入れる」って、なんか判例無視した無茶苦茶な提言してるんですけど…(汗)
柔軟な発想って言うよりこれはあれですか朝日さん?あまりに柔軟すぎて脳が溶(r
朝日の論調は「日本で一番医療機関が充実している東京」→「トータルの能力的には不足しているはずがない」→「足りぬ足りぬは(r」ってロジックに終始していて素敵です(苦笑)。
まあそれでもね、それなりに自制してむやみやたらに医療バッシングに突っ走らなくなっただけでも朝日にしては頑張っているってこと、なんですかねえ…?

妊婦受け入れ拒否 救急システムを改善せよ(産経新聞)

(略)
 墨東病院は妊婦や新生児の緊急治療に対応できる「総合周産期母子医療センター」と24時間重篤患者を治療できる「ER」(救急治療室)の指定を受けている。断ったほかの病院も高度な設備や技術を持つところばかりだ。

 これでは救急搬送システムが十分に機能していないからとしか思えない。東京都や厚生労働省、それに病院関係者は、今回の事例を検証する過程でシステムのどこに欠陥や問題点があるのかを詳細に調査してシステムを見直し、改善すべきである。

 まず墨東病院と、受け入れを依頼した女性のかかりつけの産婦人科医院との間に食い違いがある。当直医が1人しかいないことを理由に断った墨東病院側は「初めは脳内出血の疑いがあるとは認識していなかった。分かっていればすぐに受け入れた」とする。

 これに対し、かかりつけ医は「吐き気や下痢もあったが、尋常じゃない頭の痛みを訴え、それを墨東病院にも伝えた」と脳内出血を疑った。病状が正確に伝わっていれば女性の命は助かったかもしれない。明らかに病院間のコミュニケーションに問題があった。

 次に受け入れ病院を即時にコンピューターで検索できる「周産期医療情報ネットワーク」の問題である。病院が空き病床情報の更新を怠る傾向が、以前から指摘されていた。今回もネットワーク上の情報と実際の受け入れ状況に食い違いがみられた。

 病院内部の連絡体制についても、墨東病院の当直医は最初の時点で一般救急のERには連絡していなかったという。

 

大阪府では奈良県のケースを教訓に妊婦の受け入れ先の病院を調整するコーディネーターを置いて効果を上げている。救急搬送システムを機能させるにはこうした支えが必要である。背景には医師不足の問題もあるが、まずは即効性のある対策が求められる。

ん~産経と言うと昨今医療バッシングの最右翼というイメージがあるんですが、何か今回は重箱の隅つつきに徹していてインパクトが足りないんですよねえ。
朝日もそうなんですが、医師(医療資源)偏在論ってのが頭にあるとこういうふうに「東京=医師が偏在して多い地域」ってイメージから抜け出せなくなっちゃうんでしょうか。
ま、コミュニケーション不足解消は大いにやってもらったらいいんですが、それがまたぞろいつもの利権がてら新規ハードウェア導入なんて話になった日には(r

妊婦受け入れ拒否 事実究明し安心の体制作れ(毎日新聞)

 

またも悲劇が繰り返された。妊娠中に脳内出血を起こした東京都内の女性が都立墨東病院など七つの病院に受け入れを断られ、最終的に搬送された同病院で手術を受けたが、3日後に死亡した。

 都から24時間態勢でリスクの高い妊婦と新生児のトラブルに対応する「総合周産期母子医療センター」に指定されていた墨東病院がなぜ、妊婦を受け入れなかったのか。まず、徹底的な調査を行って事実関係を明らかにし、その上で早急に対応策を立て直してもらいたい。
(略)
 妊婦の死亡と搬送が遅れたことの因果関係が解明されていない段階で、断定的なことは言えないが、今回の問題の背景には、救急医療のあり方や地域の医療機関のネットワークの整備、そして産科医不足という問題があるという点については指摘しておきたい。

 救急搬送の受け入れ拒否の問題が起きるたびに、対応が叫ばれていたが、今回は東京でも同じことが繰り返された。総務省消防庁によれば、妊婦の受け入れ拒否は大都市圏で多発している。医療機関が多いはずの大都市で、なぜ拒否が起きるのか。墨東病院と周辺地域の病院との協力体制についても検証し、医師のネットワークの再点検を行い、地域住民の不安を取り除いてもらいたい。

 産科医不足も深刻だ。墨東病院の場合、当直医が2人そろっていれば、受け入れができたとみられる。「総合周産期母子医療センター」の指定病院が産科医不足で妊婦の受け入れを制限する事態になっていたというのだから驚きだ

 過酷な勤務状況や、常に訴訟のリスクをかかえた産科医は減少傾向にある。結婚や育児などで離職する女性医師も多く、厚生労働省の検討会が医師不足対策の提言を行っている。

 医療に対する信頼を取り戻すために、何が必要か。悲劇を二度と起こさないためにも、この問いに答えを出さなければならない。

さて、最後はもちろんあの!毎日新聞です(笑)。
まあ毎日の場合は何を言っても「お前が言うな!」で終わっちゃうんですが、さすが「常に訴訟のリスクをかかえた産科医は減少傾向にある」と自己の業績をアピールすることは忘れていません。
しかしおかしいですね?他の新聞各社が軒並み奈良・大淀病院事件に言及している中で、なぜ本家本元とも言える毎日新聞だけが「またも悲劇が」なんて言いながら全く奈良の奈の字も出してないんでしょうか?
毎日さんと言えば確か大淀事件の捏…もとい、すっぱ抜き記事で新聞労連ジャーナリスト大賞特別賞なんてものまで受賞されてたんじゃなかったんですか?ねえ毎日さ~ん?
医療に対する信頼を取り戻すために何が必要かを考える上で、是非とも信頼失墜の先達たる毎日新聞さんのすばらしい処方箋を拝見したいものですね。

総じて見るところ、それでも各メディアとも抑制口調になってきたのかなという印象を受けるところではありますね。
相変わらず飛ばしてらっしゃる方々ももちろん一部にはいらっしゃるわけですが、何といいますか編集方針自体が変わってきたのかなという印象です。
しかしその実態は医療現場の状況への理解が進んできたからかと言えばさにあらずで、内容自体は相変わらずなところが彼らの限界なのかなという感じですが。

近ごろは医療もちゃんとネタになるってことがそれなりに滲透してきているわけですから、怪しげな美容外科医やら自称神の手やらばっかじゃなくて、まともな医療側発言者がもうちょっと増えてくればいいのかなとも思うんですけれども…

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2008年10月23日 (木)

またたらい回しかっ!?

東京都内で妊婦が脳出血を発症し最終的に亡くなった症例が各メディアで取り上げられています。
すでに皆さんご承知だと思いますが、ざっと各メディアから第一報の論調を中心にして見てみましょう。

7病院に受け入れ断られ、出産後死亡 (TBS)

 今月4日、東京で脳出血とみられる症状を訴えた出産間近の女性が7つの病院に受け入れを断られ、その後、死亡していたことがわかりました。
 今月4日午後7時ごろ、妊娠中で出産間近の都内の36歳の女性が頭痛や下痢・嘔吐などを訴え、江東区のかかりつけの産婦人科に救急搬送されました。
 産婦人科の医師は脳出血の疑いもあるとして、墨田区の都立墨東病院に受け入れを打診しましたが、「受け入れ態勢が整っていない」と断られました。
 その後、7つの病院に次々と断られ、およそ1時間後に再度、墨東病院に打診。結局、墨東病院は別の医師を呼び、女性を受け入れました。
 この時すでに女性の意識はなく、帝王切開で出産したのち、頭部の手術を受けましたが、3日後、脳出血のため死亡しました。
 この日は土曜日で、墨東病院は土日は当直医が1人しかおらず、緊急の手術は原則として断っていたということです。
 この問題について、22日午後、墨東病院を管轄する東京都が会見を開きました。
 「ご遺族の方々に心よりお悔やみを申し上げます。当初、下痢とおう吐が強いということで、頭痛という話もあったが、
極めて激しい頭痛で、脳内出血が疑われるような症状は産科医に伝わらなかったというふうに聞いております。したがいまして、
通常の周産期の母体の受け入れということで、他の周産期センターに依頼した方が早く対応できるという判断から、
受け入れ可能な医療機関名をお伝えした」(東京都の会見)

“産科医欠員で急患断る”(NHK)

 今月、東京で脳内出血を起こした出産間近の女性が、7つの医療機関から次々と受け入れを断られたあと死亡した問題で、最初に要請された都立病院は、緊急の治療が必要な妊娠中の女性を受け入れる医療機関に指定されていましたが、産科の医師に欠員が生じたため、ことし7月からは休日は原則として急患の受け入れを断っていたことがわかりました。
 今月4日の夜、出産を間近に控えた都内に住む36歳の女性が脳内出血を起こし、7つの医療機関から次々と受け入れを断られたあと、赤ちゃんを出産してから3日後に死亡しました。女性は、体調の不良を訴えたあと、かかりつけだった産婦人科医院に運ばれ、医師は最初に墨田区の都立墨東病院に受け入れを要請しましたが、「当直の医師が1人しかおらず手術ができない」として断られ、ほかの6つの医療機関からも拒否されたあと、最終的に墨東病院に搬送されていました。墨東病院は、緊急の治療が必要な妊娠中の女性を受け入れる医療機関として都から指定されていましたが、医師不足でことし7月からは本来は2人だった土日と祝日の産科の当直の医師を1人にしていたため、原則として急患の受け入れを断っていたことがわかりました。
当日も2回目の要請があったあとに別の医師を呼び出して対応していました。これについて東京都では「土日や祝日は手術に対応できないので、ほかの病院を紹介していた。なんとか早く改善したいと考えている」と話しています。この問題について東京都の石原知事は「あってはならないことだが、残念ながらこうした事故は都内で頻発している。せっかく東京都でER=緊急救急施設を整備したのだから、なぜそれが機能しなかったのかを調べてしっかり対処します」と話しました。

7病院拒否、妊婦死亡 都指定機関も『対応できない』 (東京新聞)

 脳内出血を起こした東京都内の妊婦(36)が、墨田区の都立墨東病院など七カ所の医療機関に受け入れを断られた後、帝王切開で出産した三日後に死亡していたことが二十二日、分かった。赤ちゃんは無事だった。都は、受け入れを断った医療機関から当時の状況を聴くなど、詳しい経緯を調べている。 

 墨東病院は、緊急対応が必要な妊婦を受け入れる「総合周産期母子医療センター」として、都の指定を受けた二十二病院の一つ。産科の当直医は通常二人だが、七人いた産科医が三人に減ったため今年七月から土・日曜と祝日には一人態勢とし、受け入れ制限を関係機関に知らせていた。妊婦が症状を訴えた今月四日も土曜だった。

 だが、その後も六カ所の医療機関に「対応できる医師がいない」などと断られたため、医院が同日午後七時四十五分ごろ、再び墨東病院に依頼。女性の容体が悪化していることもあり、墨東病院は当直以外の産科医一人を呼び出して態勢を整え、同八時二十分ごろ妊婦を受け入れた。

 女性は帝王切開で赤ちゃんを出産、脳内出血の手術も受けたが、容体が悪化。三日後の七日に死亡した。

 都によると、総合周産期母子医療センターの指定を受けている二十二医療機関は、救急搬送に対応するため、ベッドの空き状況を端末で確認できる「周産期センターネットワーク」を構成。墨東病院は当時、ネットワークを見て、ほかに受け入れ可能な病院があることを確認し「より適切に症状に対応できる」(都病院経営本部)として、ほかの病院を紹介したという。

脳出血「対応できぬ」7医療機関が拒否、妊婦死亡 (読売新聞)

 脳出血を起こして緊急搬送先を探していた東京都内の妊婦(36)が、七つの医療機関から受け入れを断られ、出産後に死亡していたことが22日、わかった。

 いったん受け入れを断り、最終的に対応した都立墨東病院(墨田区江東橋)は、緊急対応が必要な妊婦を受け入れる病院として都の指定を受けていた。都は詳しい経緯を調べている。
(略)
 墨東病院は、母体、胎児、新生児の集中治療に対応できる「総合周産期母子医療センター」として1999年6月に都が指定。

同センターに関する都の基準では、「産科医を24時間体制で2人以上確保することが望ましい」とされている。しかし、同病院では、産婦人科の常勤医が2004年に定員の9人を割ってから、慢性的に不足しており、現在は、4人にまで減っていた。

 そんな中、当直も担当していた非常勤産科医が6月末で辞め、7月以降は土日、祝日の当直医を1人に縮小しており、妊婦が搬送された4日は土曜日だった。

 都の室井豊・救急災害医療課長は「搬送までの時間と死亡との因果関係は不明だが、もう少し早ければ、命が助かった可能性も否定できない。産科の医療体制が脆弱(ぜいじゃく)だった点は問題で、早急に対策を取りたい」として、受け入れを断った他の病院についても、当時の当直体制など、詳しい事情を聞いている。

妊婦搬送7病院が拒否、出産後に死亡 東京 (朝日新聞)

 出産間近で脳内出血の症状が見られた東京都内の女性(36)が7病院から受け入れを断られ、出産後に死亡していたことがわかった。手術を受けた病院に到着するまで約1時間15分かかっており、東京都は詳しい経緯を調べている。
(略)
 都立墨東病院は、リスクが高い新生児と妊婦に24時間態勢で対応する総合周産期母子医療センターに都から指定されている。同病院の当直医は本来は2人体制だが、産科医不足で7月から土曜日と日曜日、祝日は1人になっていた。4日も土曜日で1人しかおらず、1人の時間帯は原則として急患受け入れを断っているため、最初の要請に対応できなかった。2度目の要請があった時は、当直以外の医師を呼び出して対応したという。

 

都の担当者は「改善を検討していたが、都内でも産科医不足が深刻なため、十分な体制が確保できていなかった」と話している。石原慎太郎都知事は22日、救急搬送拒否について「そういうことのないために東京ER(救急室)をつくった。調べて対処します」と述べた。

妊婦死亡:7病院に受け入れ拒否され手術3日後に 東京 (毎日新聞)

 妊娠中に脳内出血を起こした東京都内の36歳の女性が今月4日夜、都立墨東病院(墨田区)など七つの病院に受け入れを断られ、約1時間20分後、最終的に墨東病院に搬送されたものの、3日後に死亡していたことが分かった。墨東病院はリスクの高い妊婦に対応する「総合周産期母子医療センター」に指定されているが、産科医不足で休日の当直医が1人態勢となり、救急患者の受け入れを制限していた。都は一連の経緯に問題がなかったか調査している。
(略)
 墨東病院を運営する東京都は22日、及川繁巳・病院経営本部経営企画部長らが記者会見した。病院が当初受け入れを断ったことについて及川部長は「(女性の主治医から)頭痛があると聞いていたが、脳内出血が疑われるとは伝わらなかった」と釈明した。

 墨東病院は都内に9カ所ある総合周産期母子医療センターに指定されているほか、すべての救急患者を24時間受け付ける緊急救急施設「東京ER」も兼ねる都の拠点病院だった。しかし、産科は医師の退職が相次ぎ、定数9人の常勤医が4人まで減少。7月から休日当直を1人態勢とし、救急受け入れを制限していたという。

 会見で「このような問題が起きる危惧(きぐ)はなかったのか」と問われた同病院の林瑞成・周産期センター産科部長は「それはあったが、産科医を目指す人は少ない。医師を増やす努力はしてきたが、本当に残念なこと」と沈痛な表情を浮かべた。【須山勉、木村健二】

7カ所診療断られ妊婦死亡 医師不足、研修医が当直 (中国新聞)

 体調不良を訴えた東京都内の妊婦(36)が都立墨東病院(墨田区)など七カ所の医療機関に診療を断られた後、最終的に救急搬送された墨東病院で赤ちゃんを出産後、脳内出血の手術を受け、三日後に死亡していたことが二十二日、分かった。赤ちゃんは無事だった。

 墨東病院は、緊急対応を必要とする妊婦や新生児を受け入れる都が指定した医療機関。当直に当たる産科医師の一人が退職し、妊婦が搬送された今月四日の土曜日は研修医一人が当直していた。都は、指定医療機関としての態勢に不備がなかったか経緯を詳しく調べる。

 都によると、妊婦は吐き気などを訴え、江東区のかかりつけの産婦人科医院を訪れた。医院は緊急な措置が必要と判断し、墨東病院への搬送を手配。しかし墨東病院は産科の当直医が一人しかいなかったため対応できず、いったん断った。

 妊婦の診療がほかの六カ所の医療機関にも断られたため、医院が再度依頼し、約一時間後に墨東病院が受け入れを決めた。墨東病院は医師一人を呼び出して対応。妊婦は、帝王切開で赤ちゃんを出産後、脳外科で脳内出血の手術を受けた。

 墨東病院の産科医師は、七月からは常勤三人、研修医三人で当直に当たった。平日の当直は二人だったが、週末は一人で、妊婦が搬送された当日の当直は三十代の研修医一人だった。

 重大なケースになると、別の医師を呼び出していたという。

 都は「限られた人材で精いっぱい対応した。痛ましいことで救えなかったのは残念」と話している。墨東病院は、救急患者の診察や緊急手術、救命措置などに当たる「東京ER」を開設。産科は直接は対象外だが、石原慎太郎都知事は「あってはならないことで残念。経緯を調査したい」と話した。

それでも指定医療機関か 7カ所診療断られ妊婦死亡 (スポニチ)

 体調不良を訴えた東京都内の妊婦(36)が都立墨東病院(墨田区)など7カ所の医療機関に診療を断られた後、最終的に救急搬送された墨東病院で赤ちゃんを出産後、脳内出血の手術を受け、3日後に死亡していたことが22日、分かった。赤ちゃんは無事だった。

 墨東病院は、緊急の対応を必要とする妊婦や新生児を受け入れる都が指定した医療機関。産科医師は7人いたが相次いで退職し、7月からは3人になった。妊婦が搬送された今月4日は土曜日で、週末の当直医は1人だった。重大なケースになると別の医師を呼び出していたという。
(略)
 都は「限られた人材で精いっぱい対応した。痛ましいことで救えなかったのは残念」とし、経緯を詳しく調べている。

こうして並べてみると各紙の微妙な論調の違いが見え隠れして興味深いのですが、今回気付いたことに案外「たらい回し」表記が少なかったですね。
なんだかんだと言いつつひと頃盛んだった電突をはじめとする抗議行動がそれなりに効いているということなんでしょうか?

以前「たらい回し」報道全盛だったころ、某所のカキコでこんな話がありました。

タクシーを拾おうとしたところ、来るタクシー来るタクシーみな満車で乗せてくれない。
こういうのをたらい回しと言うのか?

もしかしたら「そんなに満車続きならタクシーを増車すればいいじゃないか」とタクシー会社に苦情が殺到しているかも知れません。
しかし昼夜連続、休みは無しという過酷な勤務で乗務員はさっぱり集まらず、燃料代高騰で走らせるほど赤字がかさむのにお上は運賃値上げを認めてくれないという状況だったとしたらどうでしょう?
それでも悪いのはタクシー会社ですか?

全国の病院の半数が赤字、国公立に限ればほぼ全てが赤字という現状で、それでも政府は更なる医療費抑制政策邁進中です。
既に沈みかけた船ならぬ過酷な現場から医師・スタッフが逃げ出している状態なわけですが、だからといって医療に要求される水準が切り下げられたという話は寡聞にして知りません。
であるならば、限られた医療資源でも何とか責任ある対応が出来る範囲内にまで診療体制を縮小するのが唯一の正解であって、足りぬ足りぬは何とやらでひたすら猪突猛進した挙げ句に無謀な自爆事故を引き起こすような態度こそ無責任と言うべきでしょうね。

何しろ日本の医療費は相変わらず高すぎるということになっているし、病院支払いの踏み倒しは増える一方なのが現実であるわけです。
国民の間では医療機関が困っているというコンセンサスなど存在していない以上、今の段階で医療費を値上げすることは「(財政支出増は政府が悪いんじゃないということに対する)国民の理解が得られていない」という政府の立場ももっともなことでしょう。
もっと医療機関が悲鳴を上げ、更に国民の間から「こんなに医療が受けにくくなったら困るからもう少し医療費を上げてあげたら」という声が出て初めて、政府としてはノーリスクで値上げに踏み切ることができるわけです。
ついでにその過程で政府の望む病院数削減が達成されれば言うことなしであるのは言うまでもないことですが。

さて、今回の報道を見ていて気になった点をいくつか。

妊婦死亡、当初脳内出血分からず 診療拒否めぐり都が会見

 東京都内で7カ所の病院に受け入れを断られた妊婦(36)が、いったん拒否した都立墨東病院で脳内出血の手術を受け
死亡した問題で22日、都と病院が記者会見し「当直医は当初、脳内出血だと分からなかった。分かっていれば最初から受け入れたはず」
と説明した。その上で「一連の判断は妥当」と主張し、医療過誤ではないとの認識を示した。
 一方、妊婦のかかりつけの産婦人科医院長は共同通信の取材に「吐き気や下痢もあったが、尋常じゃない頭の痛みを訴えており、
墨東病院にも伝えた」と話すなど、双方の認識に食い違いがあることが判明した。
 かかりつけの産婦人科医院の医師が、当初から脳内出血の診断を墨東病院の当直医に伝えていたのではないかとの質問に、
都の幹部は「詳しいやりとりは調査中で分からない」と答えた。
 また当直医は、受け入れ可能な周産期医療センターなど複数の医療機関を端末で検索し、かかりつけ医に教えたが、
それらの施設からも断られたことも会見で判明。断った医療機関の当直体制について、都側は「調べてみないと分からない」とした。

公立病院のくせに一応都も病院も(今のところ)当直医を擁護するような姿勢を示しているところが時代の流れなのか、たまたま食あたりでもしているのかですが(苦笑)。
初診の産科医はCTを撮ってまで頭をみたというわけではないようですから、症状からみて疑いもありというくらいに伝えたとみるべきでしょうね。
そして紹介側のそうしたニュアンスが受け入れ側に伝わっていなかったと言うのも各紙報道から確かなようです(かかりつけ医が直接電話をかけていた訳ではなく救急隊からの受け入れ要請だったという噂もありますが、実際のところはどうなんでしょう?)。
墨東病院ばかりではなく他の病院でも同様な状況であったとすれば、それが受け入れを妨げたのか、あるいは正確に伝わっていれば更に受け入れ先が限定されていたのか?
このあたりは都が調査をする意向のようですから、今後の情報を待ちたいと思います。

妊婦死亡:検索ネット機能せず 「可能」3病院も拒否

 妊娠中に脳内出血を起こした東京都内の女性(36)が都立墨東病院(墨田区)など7病院に受け入れを断られた後に死亡した問題で、
インターネットで受け入れ先が探せる都の「周産期医療情報ネットワーク」が機能していなかったことが分かった。ネットの表示では
3病院が受け入れ可能だったが、実際にはいずれも受け入れ要請を拒否していた。システムが機能していれば、
女性はより早く搬送された可能性もあり、都は詳しい経緯を調査している。
 周産期医療情報ネットワークは、リスクの高い妊婦に対応する周産期母子医療センター(都内22カ所)と都、消防をつなぐシステム。
緊急の場合に患者の受け入れが可能なセンターが一覧できるようになっている。
 都によると、死亡した女性は4日午後7時ごろ、下痢や吐き気、頭痛などを訴え、救急車で江東区のかかりつけの産婦人科医院
「五の橋産婦人科」に運ばれた。主治医が近くの墨東病院に受け入れを要請したが、産科の当直医は「土曜日のため当直が1人しかいない」
と説明。主治医から「受け入れ可能な医療機関を教えてほしい」との依頼を受けた当直医は周産期医療情報ネットワークを検索し、
受け入れ可能の表示があった▽東京慈恵会医科大病院▽慶応大病院▽日本赤十字社医療センター--の3病院を紹介したという。
 しかし、主治医がこの3病院に電話をしたところ、いずれも受け入れを「満床」などを理由に拒否。主治医はこのほか
▽東京慈恵会医科大青戸病院▽日本大板橋病院▽順天堂大医院--に電話をしたが、受け入れられなかったという。
 厚生労働省によると、コンピューターで周産期医療情報を共有化するシステムは昨年1月現在、39都道府県が導入。
しかし「(空き病床の)情報の更新が遅い」などの問題も抱え、一般救急で使われる医療情報システムでは、今年1~2月の
総務省消防庁の調査で、全国の消防本部の53%が「システムを利用していない」と答えた。
 今回の問題でも、病院が情報を更新していなかった可能性もあり、都は「調査している」と説明している。
 奈良県橿原市の妊婦死産を受け、厚労省が昨年12月に行った救急搬送の総点検でも「夜間・休日も空床状況を更新できている」
とした自治体は福島、広島県など6県しかなかった。【須山勉、清水健二、木村健二】

ま、この手のシステムについては以前から役に立たない役に立たないと言われ続けているわけですが、むしろ今回の件で当直医がシステムを活用しようとしていたという報道の方に驚きました(苦笑)。
今後予想される最悪の状況としては、「では当直医が責任を持って随時更新を行うように」と強要されるようになるというものですが、さてどうなりますことやら。
特に医療資源が限られる地方では実際にどういう症例かという情報も含めて検討しないと受け入れ出来るかどうか判らない場合がほとんどですから、むしろシステムを簡素化してせいぜい「本日の当直医の専門は○○です」くらいなところにまでシンプルにしてみてもいいのかも知れません。

妊婦死亡:拠点病院なのに… 産科医不足、また悲劇

 医師不足を背景とした同様のケースはこれまでも相次いでいる。

 奈良県大淀町立大淀病院では06年8月、分娩(ぶんべん)中に高崎実香さん(当時32歳)=奈良県五條市=が意識不明となり、19病院に受け入れを断られて緊急搬送先の病院で亡くなった。

 高崎さんの義父憲治さん(54)は「東京にはいくらでも病院がありそうなのに、このようなことが起きて驚いている」と繰り返される悲劇を憤った。そのうえで「搬送先が決まらない間、家族らはやきもきしたことだろう。救急に対応する病院は、無駄だと思わず、医者の数にゆとりを持たせるべきではないか」と指摘した。

毎日だけにやはりこちらに絡めて来ましたか…
妊婦の脳出血という点で確かに共通点は多々ありという見方も出来ますが、今回の事件と併せてみた場合の教訓としては「日本中どこであれ、医療リソースが余っている地域など存在しない」ということではないかと思いますね。
しかしお父さん、真実を知りたいと裁判を起こすことはよろしいのですが、失礼ながらこの程度の認識にとどまっているのであれば真実を追究する実をあげられるかどうか疑問と言わざるを得ませんね。

そしてもう一点、この事件に関して各報道が「産科医不足」を連呼しているという点はどうでしょうか。
実のところ首都圏こそお産難民最先進地とも言えるのですが、特に今回の舞台となった墨東病院に関しては既に昨年の時点で産科崩壊のニュースが伝えられていたわけで今さらという気もします。

そうした産科不足はともかくとして、本症例に関しては単に産科医不足のみという問題ではないこともきちんと言及しておかなければならないでしょうね。
この妊婦の場合、亡くなったのは産科的問題によるものではなく脳神経領域の問題であって、産科医が完全に充足したからと言って同様の事態が発生しなくなるわけではないでしょう。

奈良の大淀病院事件でも同じような事情であったわけですが、特に地方では妊婦でなおかつ脳出血という時点で自ずから受け入れ可能施設は極めて限定されてきます。
まして週末、時間外と言うことになれば、地方でこんな症例が出たならば送ろうにも送り先がないという地域の方が多いのではないでしょうか?
その意味ではこうした難症例がわずか一時間で受け入れできたということにむしろ意外と言いますか、やはり東京はまだまだ医療資源に恵まれているのかなと感じた人も多いのではないでしょうか。

最後に、たまたま耳にしたワイドショーのセリフ「妊婦はなぜ亡くならなければならなかったのか」についてひと言、本症例に関して言えば、どう見ても病気のせいであったのではないでしょうか。
亡くなった妊婦さんのご冥福をお祈りすると共に、胎児の命が助かった幸運を御家族と共に喜びたいと思います。

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2008年10月22日 (水)

生きていくことはゼロリスクではない

某所でちょいと笑えるコピペを見たので紹介しておきます。

小学生の頃、無茶をする奴がヒーローだった

給食でスイカが出ると、限界まで食う挑戦が始まり白い部分まで食ってた
最後は皮まで食った奴がヒーローになった
後日、給食に「ゆで卵」が出た。僕は今日こそヒーローになろうと思い
「俺は噛まないで飲み込むぜ!」と言って丸ごと飲み込んだ
しかし、そんなことは他のクラスメートも楽々クリアーして次のステップに進んだ
「俺は殻ごと食うぜ!」と言った奴が殻ごとバリバリ食い始めた
クラスの視線はそいつに集中し、今日のヒーローそいつに決まりかけた
だが、僕もこのまま引き下がれない。何かないか考えた
ゆで卵に付ける塩としてアジシオの瓶が数本用意されていたので
「俺なんて、このアジシオを一気しちゃうもんね!」と言って内蓋を外し、アジシオを一気に飲み込んだ
焼けるように喉が熱かったが、涙目になりながら牛乳で流し込んだ 苦しそうな僕の姿を見てクラスメートは賛辞を送った
そして僕は今日のヒーローになれた
しかし、5時間目の授業中に急に具合が悪くなってきた
ヒーローが保健室に行くのはまずいと思い必死に耐えたが限界だった
僕は机の上に吐いてしまった
そしたら先程食べたゆで卵が丸ごとゴロンと出てきた

その日から僕のあだ名は「ピッコロ」になった

一昔前なら(今でも)こういう笑い話はどこの学校でもありふれたものだったわけですが、時々笑い話で済まなくなってくるのが現実世界というものです。
すでにご存知の方も多いと思いますが、給食でパンを喉に詰まらせて児童が死亡するという事故がありました。

男児パンを詰まらせ死亡 千葉・船橋

 千葉県船橋市宮本の市立峰台小学校(末永啓二校長)で6年生の男児(12)が給食のパンをのどに詰まらせ、窒息死していたことが21日、分かった。

 同小などによると、男児は給食の時間の17日午後0時45分ごろ、直径約10センチの丸いパンを食べてのどに詰まらせた。ちぎって一口を食べた後、残りを2つに割って一度に口に入れたという。

 気付いた担任の女性教諭がやめるよう注意。周りにいた児童がスープを飲ませるなどして廊下の手洗い場ではき出させたが取り除けず、男児が「苦しい」と訴え始めたため、教諭が廊下に寝かせて救急措置を施し、119番通報。救急車で病院に搬送されたが、同日夕に死亡した。

 同小は20日の全校集会で児童に男児の死亡を伝え、市教委は児童のショックが大きいとして同小にカウンセラーを派遣した。

テレビ報道を見たところでは、10cmほどの直径の丸いパンだったそうですが、さすがに丸のみは無茶だろjkと。
こんにゃくゼリー事件で開陳された野田聖子理論に基づけば、モチはのどに詰まるものだという常識を多くの人が共有しているがパンはそうではないので、早速パンを規制の対象にしなければならないと言うことになるわけでしょうね。

ちなみに2006年の厚労省調査によると窒息死症例数でこんにゃくゼリー2例に対してモチ169例、パンは90例と堂々のワンツーフィニッシュを占めるほどの極めて危険な食品なんですけれども(ちなみに御飯は89例と僅差の3位)。
野田理論に基づけばこうやって事故が多発することでパンが危険な食品であるという認識が共有されることこそ望ましいなんて結論になりかねませんが、これだけ多数の事故が発生していてもまだ危険意識が滲透していないということになれば何人の犠牲者が必要になるのでしょうか。
世間では何でもこんにゃくパンなどというトンでもない危険食品まで売られているらしくて、こうした国民の生命を危うくするものは即座に法的規制の対象にしなければならないってことですよね。

まあ野田理論の妥当性はともかくとしても、近ごろではこういう事例と絡めて大きな問題となってくるのが損害賠償請求です。
医療機関においては色々な弊害が顕著になってきている訴訟リスク問題ですが、近ごろでは社会一般にまで広まってきているということですね。

デイサービスで窒息の男性、後遺症で法人提訴 神戸

 デイケアサービスの利用中に食事がのどにつまり障害が残ったのは、職員が安全保護義務を怠ったためとして、神戸市東灘区の男性(77)と妻(75)が二十日、同市灘区の医療法人「康雄会」を相手に、慰謝料など約六千四百万円の損害賠償を求める訴訟を神戸地裁に起こした。

 訴状によると、男性は、同法人が経営する東灘区の介護老人保健施設を利用。六月、回転ずし店で食事中、誤っていかのにぎりずしが気管に入った。付き添いの職員が、異物除去の措置をとったが、すぐに救急通報はしなかった。約十分後、男性の心肺が停止。その後、駆け付けた救急隊員によって心拍は再開したが、低酸素性脳症で機能障害が生じ、寝たきりの状態となった。

 原告側は「早く窒息を発見し、即座に救急通報しなかったのは重大な過失」と主張。同法人は「訴状を見ていないので、コメントできない」としている。

無論どのような場合であれ、民事訴訟にうって出る権利というものは万人に対して開かれたものでなければなりません。
しかしあまりにゼロリスクを追及し過ぎることは結局のところ国民の不利益という形で還元されてくるということも知っておかなければならないことではあります。

デイサービスでの業務から考えると利用者に回転寿司店で食事させるというのは本来の仕事ではないことは容易に判るわけです。
どこで何を食べても一定の確率で事故は起こるわけですが、今後は施設外で利用者の好物を食べてもらおうなんて行為はハイリスク行動として忌避される可能性が高まることでしょう。
さて、その結果一番損をするのは誰になるかということですよね。

医療という現場はたまたま様々な要因からこうした不利益の還元が早くに達成されたという事情もあるわけですが、今や広く国民生活の全ての面でそうした影響が現れ始めていることは認識しておかなければならないでしょう。
たとえばこんな記事からも「ここまで意識改革が進んでいるんだ」というメッセージを受け取ることは可能かと思います。

カルガモ小屋撤去 県南部運動公園、県「危険」と処分へ

 徳島県南部健康運動公園(阿南市桑野町)の池に浮かべてあったカルガモ用の小屋が「子どもが乗って遊ぶと危険だ」として県により撤去された。小屋は市の依頼で住民が手作りしたもので、住民は「いい公園にしようと、せっかく協力したのに残念だ」と肩を落としている。

 小屋は昨年七月、池に放したカルガモのすみか用にと、市が近くの桑野公民館に製作を依頼。鎌田武館長ら住民五人が材料を持ち寄って作った。
 小屋は岸から約三メートル離して浮かべて使用。カルガモも気に入ったのか、三月には二度にわたって小屋の中に卵九個を産みつけた。

 ところが、管理する県南部県民局県土整備部の担当者が九月に入って突然、市に「小屋は水難事故の危険性がある」と指摘。「子どもが上に飛び乗って遊ぶと池に落ちておぼれるかもしれない」と同月下旬、公園内のトイレ脇へ撤去した。
 鎌田館長らは子どもが近寄れない池の中心部に移すなどの存続方法を提案したが、県の方針は変わらず、小屋は近く処分されるという。

 設置から一年余り過ぎての対応に、関係者は困惑している。鎌田館長は「風景の一部として、利用者にも親しまれていただけにやり切れない」と話している。

近未来における可能性の高い状況として、国民生活全てにおいて「過度のリスク排除」が徹底された社会というものを想像してみてください。
すでに医療の世界ではそうした事態が進行していますが、その結果がマスコミの言う「医療崩壊」という現象の一端として明らかになってきているわけです。
良い悪いという評価は各人の価値観もあるでしょうが、少なくともなんだかあまり楽しそうには思えないじゃないですか?

日本人は世界的に見ても比較的我慢強い国民性だと思いますが、逆に言えばお互いが少しずつ我慢し合うことでうまく回ってきた社会的背景もあるわけです。
あれだけ平和が続いた江戸時代の人口が自給できる限度一杯の3000万人ほどでずっと横ばいだったという話は有名ですが、地理的に閉鎖された国土で国の総体としてのパイの大きさが限られていた事がそういう人間性を養ってきたのかも知れません。
しかし最近国が豊かになってきたせいか、妙なところで妙な塩梅に国民性が変化してきているのかなと感じる人も多いのではないでしょうか。

時代の流れと言ってしまえばそれまでですが、「あれ?それって何か違うんじゃね?」という社会的な共通感覚は残していきたいものです。

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2008年10月21日 (火)

揺らぐ医療制度の根幹 いっそもっと揺らすべき?

かつては国保などに比べてずいぶんとお得感があった組合健保ですが、最近はずいぶんと様変わりしてきているようですね。
まずはニュースから紹介します。

相次ぐ健保組合の解散 サービス消え募る不安

 企業などが独自運営する健康保険組合の解散が相次いでいる。陸運の西濃運輸グループ、持ち帰りすしの京樽など、本年度すでに十三組合が解散。今春始まった高齢者医療への拠出金増加が主な原因だ。解散で付加金サービスなどがなくなり、加入者に不安が広がっている。  (山本哲正)
(略)
 健保組合は、一社単独なら被保険者七百人以上、同業複数社なら三千人以上を要件に、国の認可を受けて設立でき、医療保険給付などを代行する。加入者は、法定給付とは別に高額療養の付加金が受けられるほか、定期健康診断や人間ドックの補助や出産育児付加金など独自のサービスもある。
(略)
 健保組合の解散が増えているのは、今春から高齢者医療への拠出金が増加したからだ。健康保険組合連合会(東京都港区)の集計では、本年度の全保険料収入から見た高齢者医療への支出額は46・5%で、前年度の39・4%から大幅に増えた。この結果、赤字組合は九割に達する見込みだ。さらに社会保障費の削減を進める国は、本年度予算で旧政管健保への国庫補助を減らし、健保組合に約七百五十億円を肩代わりさせる法案を国会に提出した。法案が成立すれば、健保組合の負担はさらに増し、解散がさらに増加する可能性もある。

 解散した健保組合の加入者は、協会けんぽへ移る。「公費が投入されている協会けんぽの加入者が増えていけば、国の財政を圧迫する」と懸念する声も出る。
 健保組合連合会は、来年度の国予算編成に注文をつける。「これ以上の負担は健保組合制度の崩壊につながる。消費税やたばこ税の引き上げなどの税制改革で、社会保障の安定的財源の確保に努めるべきだ」と主張する。

ご記憶の方も多いと思いますが、この話題の発端になったのが今夏の西濃運輸健保組合解散のニュースでした。
夏の段階では「きわめて異例」で「制度崩壊の予兆」にとどまっていたのが、わずか数ヶ月でこうなるわけですから事態の進行は早いですね。
ま、これも政府の主導するところの国策のなせる業ですから仕方がありません。

西濃運輸、負担増で組合解散 「健保」制度崩壊の予兆

   5万7000人が加入する大型の健康保険組合(健保組合)が解散していたことがわかった。倒産以外で健保組合が解散するのはきわめて異例だ。「高齢者医療改革で負担が増え、保険料率の引き上げが避けられないため」というのがその理由だ。健保組合に加入していた人は「政府管掌健康保険(政管健保)」に移ったが、そうなると国庫負担が増えてしまう。「高齢者の医療費を健保組合に肩代わりさせ、財政再建を図る」という制度そのものの狙いが揺らぎ始めた形だ。

自前で組合を持つ意味がなくなった!!

   2008年8月1日に解散していたことがわかったのは、陸運大手の西濃運輸(岐阜県大垣市)の関連企業58社のうち、31社の従業員と扶養家族約5万7000人が加入していた「西濃運輸健保組合」。西濃運輸の広報課の説明によると、 07年度には、老人保険制度と退職者医療制度への負担金が35億8700万円だったのが、08年度は前年度比約62%増の58億円にまで増加。これに耐えられなくなったのが解散の原因だという。

   具体的には、08年4月に高齢者医療制度が改革されたのにともなって、65-75歳の「前期高齢者納付金」25億2500万円と、75歳以上の「後期高齢者支援金」21億1000万円の負担を、新たに強いられることになった。この組合の保険料率は、月収の8.1%だったが、この負担増をまかなうためには、これを10%以上に引き上げる必要が出てきた。ところが、「政管健保」の保険料率は、これよりも低い8.2%だ。そのため、
    「自前で組合を持って、10%の保険料を徴収する意味がなくなった」
として、解散を決めた、というのだ。

   この組合に加入していた組合員が移行した「政管健保」は、社会保険庁が運営する医療保険で、中小企業の従業員と扶養家族、約3600万人が加入している。全国に約1500ある健保組合(約3000万人が加入)への国庫負担は50億円なのに対して、政管健保への国庫負担は8250億円。今回の西濃運輸のようなケースが増えれば増えるほど、国庫負担が増えていく、という構図だ。

08年度は、健保の約9割が赤字

   08年度は、健保の約9割が赤字に陥る見通しだ。現段階での健保平均の保険料率は7.39%で、これが負担増などで政管健保の8.2%に近づくについて、「解散リスク」が高まる、ということになる。西濃運輸の健保組合は、もともと保険料率が8.1%と高めだったことから、解散へのハードルが低かった、という面はありそうだ。
(略)
   「財政再建のために、これまでは公費負担だった高齢者の医療費を健保組合に肩代わりしてもらう」というのが新制度の枠組みだったはずだが、仮に「解散ラッシュ」が起これば、制度自体の意義が問われることにもなりかねない情勢だ。

そもそも大元をたどれば例の高齢者医療制度によって健保組合の負担が増したという背景事情があるわけですが、国は健保組合に金を出させることで医療費公費支出の削減を狙っていたのですから肝心の健保組合が潰れる一方では本末転倒な事態でしょう。
医療において近年相次ぐ診療報酬改訂などでもままみられる事ですが、どうも近ごろ政府がこういう方向に持っていこうという意図とは全然異なった方向に事態が流れていくという事例がありすぎるように思えるのは気のせいでしょうか。
特に看護の7:1新基準など明らかにどういうことになるか容易に想像できることをわざわざ強行して予想通りの大混乱を招いたあげく、さっさと空文化するという頭の悪さ、場当たり行政はいい加減にしてもらいたいものです。
そのたびに少なからぬ人手とお金が浪費されているわけですから、当事者はちゃんと責任感と危機感をもってやってもらわないと困るわけです(そして公務員体質のなせるところ、それが最も難しいことでもあるわけです)。

さて、場当たり行政と言えば、上記諸問題の元凶とも言うべき後期高齢者医療制度も早速見直すと桝添大臣は言っていますが、どうなのでしょう?
高齢者医療の現場におけるこの制度の評判というものは実のところ、決して悪くありません。
ことある毎にマスコミが叩く年金からの天引きについても、高齢者に払い込み手続きなんて面倒くさいことをやらせるよりよほどシンプルで分かり易い話ですし。

もちろん政府厚労省の本来の狙いであったと想像されるところの「こんなに金がかかるんなら年寄りの医療なんて程ほどのところでいいじゃん」という国民世論の喚起であるとか、医療費公費支出の削減であるとかの是非と実効性に関してはまた別問題かも知れません。
しかし財布に優しすぎる国民皆保険制度下の高齢者医療がそうした金銭的問題からも離れた部分で、何かしら倫理的にも人道的にも歪んでしまっているのではないかという危惧は医療現場に携わる人間の多かれ少なかれが共有するものであったわけです。

「私はお爺ちゃんを自然に看取りたいと思ってるけど、でも後で人から何を言われるか判らないから出来るだけのことをしてください」なんてセリフがどれだけ現場のモチベーションを低下させてきたか。
しかも誰からも感謝される訳でもなくマスコミからはスパゲッティ症候群などとバッシングされ、国からは医療費の無駄遣い扱いをされ保険査定で切られてきた経緯を考えれば、そろそろ高齢者医療も世界標準並みを目指していくべき時期ではあるんじゃないでしょうか。

日本では北欧と言うと高福祉の夢のような国とされていて、マスコミなどでも税金は高いけれど老後に何の心配もない、ほらこんな立派な老人ホームでお年寄りが生き生きしてます!なんて盛んにヨイショされていますが、その実態が「自力で食事をとれなくなれば放置されてそのまま餓死させられる国」であるということは誰も言わない。
そういう国民コンセンサスのもとでやられている根本的な差を無視して「日本の高齢者はなんと人権無視のひどい扱いをされているんだ!」なんて言ったところで、知っている人間からすれば何を言ってんのかって話なんですよね。

まあ北欧式が日本でそのまま同じシステムでやれるかどうかは別として、もしかしたら半世紀続いた国民皆保険制度下でいつの間にか歪められてしまった日本人の死生観を修正する好機ともなり得たかも知れない制度改革が役所のゴタゴタ絡みで妙なことになってしまうというのであれば、長い目で見て良かったのか悪かったのかですよね。
桝添大臣も後期高齢者医療制度は根本的に見直すだのと言っていますが(ついでに官僚から思いっきり否定されちゃいましたが)、どうも持病の口先病が再発しちゃったのか、あるいは選挙を睨んで妙にさじ加減をしているのか、妙に迷走してそうな気配なんですよね。
口当たりがマイルドになっていくほどに国民の意識改革につながる刺激としては弱くなっていく道理ですが、さて結局のところ増税の根拠につなげて終わりってなことになるんでしょうか?

国保と後期医療を一体化、運営は都道府県単位 厚労相案

 舛添厚生労働相は7日、後期高齢者医療制度(後期医療)の見直し私案を公表した。国民健康保険(国保)を都道府県単位に再編したうえで後期医療と一体的に運営する。75歳での線引きを改め、すべての年齢層が加入する新制度とすることで、「切り離された」という高齢者の不満解消を狙った。財源については、「税の比率を増やさざるを得ないので、福祉目的税構想につながるのかなと考えている」と述べた
 厚労相が設置した「高齢者医療制度に関する検討会」(座長・塩川正十郎元財務相)で明らかにした。

 私案では、都道府県が新制度の運営主体となる。75歳以上でも企業で働いている人は、後期医療への加入を強制せず、被用者保険に引き続き加入できるように改める。
 再編後の医療費財源について、舛添氏は福祉目的税に触れたが、具体的な負担割合は「今後解決すべき課題」として言及を避けた。現在の後期医療は「保険料1割・公費5割・現役世代の支援金4割」と負担割合が明確だが、再編により大部分の高齢者を抱えることになる国保に対し、被用者保険からどれだけ「支援金」が必要になるかは未知数だ。
 また、後期医療などの保険運営の引き受けに抵抗してきた都道府県に対する条件整備も今後の課題とされた。

 後期医療の保険料について、年金天引きの見直しを打ち出している舛添厚労相は、介護保険料の支払い方法についても、年金からの天引きか口座振替かの選択制にすることを「今後検討する」と述べた。7日の衆院予算委員会での答弁。介護保険料は現在、年金額が年18万円以上の場合、天引きされている。

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2008年10月20日 (月)

こういうのも同床異夢と言うのでしょうか?

先日読売新聞が素晴らしい医療改革案を提示してくださったことを紹介しましたが、読売新聞によると厚労省も医師強制配置に前向きなのだそうです。

読売提言の医師計画配置、厚労省課長が前向き発言

 厚生労働省の佐藤敏信医療課長は18日、秋田市内で講演し、医師の計画配置について「結論から言うと、計画配置をする考えはある。よい規制だ」と導入へ前向きな考えを示した。

 佐藤課長は、医師の計画配置には、職業選択の自由や官僚統制などを理由に批判があるとしながらも、「今はハコ(病床数)の規制があるのに、人の規制はできない」と現状に疑問を投げかけた。講演後の質疑に答えた。

 医師の計画配置を巡っては、読売新聞は16日に発表した医療改革の提言で、医師不足解消を図るため、若手医師を地域・診療科ごとに定員を定めて配置するよう求めている。

医療崩壊と言う現象の最大の理由が「現場の志気崩壊」であることを理解していれば、更に志気崩壊を促進する方法論を取るなんて私などには怖くてとてもとても…
まあこの件に関しては、面白そうだからどんどん推し進めてみるのも楽しいことになっていいんじゃないかなという気もしているのですけどね(苦笑)。
最近は医者という人種もそれなりに社会から情報を集めてこれる程度には知恵がついてきていますから、まともな知性と理性を持っている有能な人材ほど適切な対処ってやつを見せてくれることでしょう。

さて、先頃厚労省から医師臨床研修のマッチング結果が発表されました。
細かく見ていくと勝ち組病院、負け組病院というものが見えてきて面白いなと思うのですが、同じく読売さんの地方版から記事をひいてみましょう。

研修医配置で地域格差

 2009年度から臨床研修を受ける研修医と県内の臨床研修指定病院12か所の希望を突き合わせる「マッチング」の結果、研修医の希望が和歌山市などの5病院へ集中し、7病院ではゼロとなった。医師不足のなか、研修医は戦力として期待されるだけに、「地域間の格差」という課題が改めて明らかになった。

 臨床研修制度は、研修医が自由に病院を選び、医師免許取得後、2年以上の研修を義務付けている。医師臨床研修マッチング協議会(東京)によると、県内では09年度から75人が研修を受ける見込み。12病院の募集定員の72・1%だったが、全国平均の69・6%は上回った。
(中略)
 全国的に、臨床件数が多く、医療設備が充実した病院に人気が偏る傾向にある。県内でも、県立医科大付属病院では卒後臨床研修センターを設置し、研修内容を充実している。

他の病院でも研修医を確保するため、大都市の合同説明会に参加するなどしており、県医務課は「県としては各病院の研修内容などの情報提供を強化したい。国にも地域偏在の現状を考えるよう訴えたい」としている。

「臨床件数が多く、医療設備が充実した病院」に人気が偏ることが判っているなら、こうした点を完全して研修医にとって魅力的な病院にしようと言うのがまっとうな考えですよね。
いくら「大都市の合同説明会に参加」しようが、「各病院の研修内容などの情報提供を強化」しようが、肝心の中身が伴ってなければまともな人材ほどそうした研修先は敬遠して当然です。
教育のための能力もない病院が何の研修医募集ですか?医師として最も重要な最初の二年間に何をどう研修させるつもりなんですか?
そもそも臨床研修というものは医師が医師として必要な能力を身につけるために行うものであって、場末の病院が安価な労働力として研修医という名の奴隷を使い潰すために存在するシステムではないという事を未だに理解できていないからこういうことになるのですよ。

先の毎日新聞提唱、厚労省推奨の素敵な医師強制配置計画の実行面を考えていった場合に、まず第一段階で行われるのはこうした臨床研修医募集枠の定数規制でしょうね。
上の記事を見ても判ると思いますが、基本的に求職している新卒研修医数に対して求人の総数が多すぎるのです。
例えば現状で医師が集中している「症例数が多く、医療設備も整っており、素晴らしい研修プログラムを用意している」病院の定数を削減させ、「症例は少なく、医療設備などろくなものがなく、研修プログラム?何それ食べられるの?」な病院の定数増に回す。
さて、何やら素晴らしいスキルをもった臨床医が次々と巣立っていきそうな素敵な未来図が思い描けませんでしょうか?

ちなみに冒頭の記事で挙げました佐藤敏信氏ですが、こちらの記事に見られるように熱心な医師集約論者と言うことのようです。

「医療の問題を整理すると、まずは人、そして箱、お金です。箱の対策としては集約化をやろうということですね。地域の医療施設を整理するというのは、地元にとってとても大変なことですよ。病院開設者の立場もあれば、選挙もあります。それでもやっていかないと、地域によっては、産科施設がすべて倒れてしまうおそれがあります」(佐藤氏)

今年度要求される医師確保対策の予算概算は、この事業に最も大きな比重がかかっています。これは、日本では医師が「広く薄く」配置されているために、ひとつひとつの施設で医師の労働環境が非人間的になり、安全性も低下するという考えから、医師など「医療資源」を一施設に集約あるいは重点配置していこうとするプランです。 

かねてから「遠くまで産みに行かなければいけない」「個人産院から分娩業務をとりあげるもの」などと議論の的になってきましたが、プロセスはすでに平成 18年夏からスタートしており、現在、都道府県は集約化の計画を提示するように求められています。そして平成19年度は計画が実施に移されます。平成19年度は、集約化が本格稼働する年になるのです。 

プランが実施される場合、県全体ではなくある地域のみですが、すでにある総合周産期母子医療センター、地域周産期母子医療センターなどが「連携強化病院」になります。そして、まわりの施設の産科は、「分娩をやめて妊婦健診や婦人科診療のみにする」「リスクが十分低い分娩のみを扱うことにする」など現在の業務の一部を削り、その際ベッド数を削ることになるかもしれません。

この場合、機能やベッド数を縮小した施設が収入減になってしまう、産科を他科にする改装費用が必要になるなどさまざまな問題が出てきますが、来年度に要求する予算は、その補填などに当てられます。この事業を実施するか否か、具体的にどの施設を対象としておこなうかを決定するのは都道府県です。

読売さんの主張する医師強制配置が「医師のいない地方へ医師を強制的に送り込む」ことを主眼としているとすれば、佐藤氏の主張する医師強制配置とは「地方に分散配置されている個々の医師を強制的に集約化する」と言うことになりそうです。
当然ながら医師を引き抜かれる側の地方にすれば今まで以上に医者がいなくなってしまう理屈で、到底読売さんの主張するような未来絵図になるとは思えませんがね。

なんだか読売さん、「どうだ見てみろ!厚労省も俺たちのアイデアをかってるんだ!」なんて自画自賛してる場合じゃなさそうですよ?

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2008年10月19日 (日)

今日のぐり「定食・喫茶 亀山」

ちょいとカキフライでも食ってみようかと思ったのですが、どこの店にいってもカキをおいてないんですね。
今年はどうも出荷が遅れているらしいんですが、この時期になってもまだ出ないというのはちょっと残念です。

カキに限らず秋本番になってくると色々と食べてみたいものが増えてきます。
そろそろ新蕎麦の季節ですし、サンマは安くてうまいし、秋サバなんかも脂の乗った奴が飯に合う合う。

というわけで最近ちょいと体重が増え気味で要注意な感じなのが気になるところなんですが…
昨今ではメタボメタボと何かとうるさいご時世ですので、皆さんもカロリー摂取はぜひ計画的になされることをおすすめします(苦笑)。

今日のぐり「定食・喫茶 亀山」

AMUDA本部のある「アスカ国際クリニック」の近く、幹線道路からも外れたのどかな田園風景の中にぽつんとたたずむ店。
この界隈は吉備津神社や最上稲荷にも近く、また山の上にはお城風の建物が建っていたりとなかなか風情もあるところなのですが、まず普通に生活していたならば通りかかることもないような場所でもあります。
とても流行りそうには思えないのですが、昔からほとんどクチコミで広まってきた「チキン南蛮の店」がここなんですね。

開店直後の比較的早い時間帯に行ったせいか今回初めて「お食事ですか?」ときかれましたが、してみると定食屋だ定食屋だと思っていたのにちゃんと喫茶としても機能しているということなのでしょうか。
ここは定食系は日替わりを含めて色々とあるのですが、当然ここはチキン南蛮定食一択です(苦笑)。
ちなみにチキン南蛮もさることながら、この店の鶏唐も山盛りで有名なんですね(食ったことないですけど)。
仕入れ先なども決まっているという話で、鶏にはそれなりのこだわりがあるようですね。

まだ客が入り始める前の店内で新聞を読みながらしばらく待つと、お盆に載ったチキン南蛮定食が運ばれてきました。
このたっぷりとしたこのチキン南蛮を飯と一緒にわしわしかき込むのが、また何とも具合がよろしいんですね(腹具合に余裕があるなら是非飯は大盛りがおすすめです)。
チキン南蛮と言えば発祥の地・宮崎でもそうとう食べましたが、こと飯に合う味という点からみてこの店に勝る店はなかなかないと思います。
少なくともこの近隣でここ以上の店をご存知の方、是非ともご一報くださいませ。

この店の悪い点としては、メニューと言えるものがレジの上の壁に張り出したものしかないことですね。
ちょうど店内の席の約半数からは死角になる場所で、慣れない客は身を乗り出して壁を見上げるしかありません。
今回はテーブルごとに紙が置いてあったのでメニューなのかと思ったんですが、単にチキン南蛮の紹介記事のコピーだったという…
いやあのね、こんなものを並べておく余裕があるのならチラシの裏にメニューでも印刷しとけよと突っ込んでおきます。
あとは明らかに見た目からしてアレな漬け物も何とかして欲しいところですが、この界隈なら結構地元の漬け物なんてのもありそうなのにもったいないですよねえ。

おかずを受け止める飯のほうも普段の食として合格出せる水準はいっていますから、全般に定食屋としてもそれなりに評価に値する店ではないでしょうか?
とはいえ、チキン南蛮以外食べたことはないですが…(苦笑)
ちなみに営業時間が限られている上に飯がなくなり次第さっさと閉店してしまうこともありますので、時間には余裕を持って来店されることをおすすめします。

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2008年10月18日 (土)

マンションセールスうぜー!とお思いの貴方に

年金支給日の15日に全国ATMで警察官が立ちんぼをして振り込め詐欺に目を光らせたそうですが、世の中金をむしられる誘惑には事欠きません。
多忙な時にほどよくかかってくる気がするのがマンションセールスその他の電話勧誘です。
ひと頃沈静化していた気配もあったのですが、最近またぞろ増加しているような気も…と思っていましたら、どうやら実際に増えているらいいんだとか。

悪質な販売勧誘増加 マンション 昨年度2800件 断ると嫌がらせ

 国民生活センター(東京)は九日、マンションの悪質な電話勧誘に関する相談件数が二〇〇七年度は
五年前の二倍近い二千八百三十八件に増えていると発表した。勧誘を断ると脅迫まがいの対応をとる業者が目立ち、
同センターは国土交通省と不動産適正取引推進機構などの業界団体に勧誘の適正化を求める要望書を送った。
 同センターによると、相談は〇三年度の千五百三十八件から〇六年度の
二千八百六件まで年三百-五百件増加。マンション不況が背景とみられる。
 多くは企業名をはっきり明かさないのが特徴で、職場に何度もかかる電話勧誘を断った直後に、
宅配ピザ店に七十人前の注文をされた嫌がらせも。電話を切ってもすぐ掛け直され、断っても
「会って話すまで電話は切らない」「家に火をつける。乗り込んでいくぞ」と、意に介しない業者が目立つという。

 道内からは、勤務先の病院に何度もマンション購入を勧める電話があり
「病院なので電話に出ない訳にはいかない。何とかならないか」などの訴えが寄せられた。

それなりに礼儀を保っての勧誘ならともかく、「赤の他人の名を騙ってかけてくる」「用件を告げずにとにかく繋げの一点張り」「断ろうが拒否しようが何度でもかけ直してくる」など、明らかにまっとうな商売やっている人間とも思えない行為に走られるとまともに相手にする気にもならないのは当然ですね。
一般に電話勧誘販売を規制しているのは「特定商取引法」なのですが、この法の対象になるのは物品など別表に示す通りのものに限られていまして、残念ながらマンションセールスには適応されないようですね。
それでは投資マンションの勧誘を取り締まる法律が何かと言えば、どうやら「宅地建物取引業法」が相当するようです。

こういうセールスへの対応については色々な場所でアドバイスがされていますが、ほぼ共通する第一選択は「話を聞かずに断る、直ちに電話を切る」ということですね。
もともと電話勧誘を利用する気があるという人はともかく、大多数の人間はそんなものに興味はないわけですから、勧誘の電話と判った時点ではっきり断って直ちに電話を切る。
もちろんこの場合も「いいです」「けっこうです」などと承諾の意ともとられかねない言葉を使ってはならないというのはお約束ですね。

一説によると業者の中には「電話で話した時間あたり幾ら」で給与が決まるというところもあると言いますが、確かに勧誘そのものよりもあからさまに話を引き延ばすこと自体が目的であるかのような意味不明の電話も見受けられます。
そうでなくともこの手の勧誘は流れてきた名簿で片っ端からかけまくってくる訳ですから、うっかり話を聞いてしまって「こいつは付け込めるな」と思わせてしまったらあっという間に波状攻撃を食らう羽目になってしまいます。
「興味ありません」「お断りします」で有無を言わさずガチャ切りが最も正しい対応とされる所以です。

しかし中にはとんでもない悪徳業者もいるようで、こういうものにはそれなりに慎重な対応が必要となってきます。
うっかり契約しちゃったなんて言う場合には直ちに最寄りの消費生活センターに連絡して対応を相談するのがよいでしょう。
電話勧誘業者も免許制でやっているわけですから、相手の業者名を聞き出して所轄の役所(各都道府県の宅建業法の所管課、国土交通省、国土交通省の地方整備局等の行政の担当課)に届け出て免許取り消し攻撃というのも有効なようですが、問題はどこの誰とも名乗らない悪徳業者(何のために電話してんのやら…)。
執拗に電話攻撃が続く場合には威力業務妨害等の対象になってきますので警察へ相談することになりますが、こういう場合にはやはり録音なども取っておいた方がいいでしょうね。
ちなみに地域によって所轄の警察がやる気なさそうな場合には「被害届」を出せばシステム上動かざるをえなくなるということですので、ご参考までに。

某所のカキコによれば実例?としてこういうものが挙げられていますが、幾つかはネタなのかネタのような実話なのか判りかねるところが凄いというか…

最近後輩に聞いた話。
この後輩、学生時代に英会話キャッチセールスのバイトしていたそうだが、

マンション業者(以下マ)「先生の節税対策にマンションを…」
後輩(以下後)「こんな仕事していて楽しい?」
マ「関西にある駅前一等地の物件でして…」
後「俺もキャッチのバイトしていたから分かるけどさ、
  人を騙して仕事するのって辛いよね…。
  完全歩合制なんでしょ?上司にいびられてない?
  お金が必要だから仕事してるんだろうけど…、
  空しくならないか?」
マ「…」 ガチャ。

今度かかってきたら是非試してみようと思い1週間。
こういう時に限って電話が来ません。


節税対策?のマンションの勧誘はしつこいので
「3年前に12戸の中古マンション1棟買ったら家賃収入で所得増えちゃて
余計税金払ってるんだよね、おたくの会社でウチの物件買い取ってくれない?」
って言ったら電話切られた。


ある先生が代わりに電話に出て
「お亡くなりになりました」といったらそのまま「えっ」
といって切れてしまった。
しかし業者の電話ではなく,知人からのものだったらしく
院長宛に確認の電話が入り大騒ぎになった。


オタクはドコの会社ですか、2ちゃんねるに御参考までに会社名をカキコ致したく存じますと言った。
すると先方は、あなたはは脅迫している つもりですかと。言ってきた。
こちらも、はあ、コレはしたり。さて、2ちゃんねるに単に貴社名だけをカキコしただけで脅迫とはどういう趣旨でしょうか。問い詰めた。
さらに私にはその趣旨というか意味がわかりません。単に貴社名がネットで宣伝になっただけだと思いますがと質問。
相手は、返答に困ったようだが。
でも分からない、何故単に会社名がカキコするぞというと脅迫なのか。宜しくお願い致します、宣伝してくれて有難うございますとならないのだろうか。
彼等は何か疚しい事でもしているのかなあ。


「私、日動不動産の●●と申します」
「札幌?はん?先行き真っ暗の北海道の物件買う馬鹿がいるわけないじゃん」
「いえ、底値で買えます。北海道経済は・・・・・札幌は・・・・・・」
「それはそうと、札幌には、男性でも試着できるランジェリーショップありませんか?」
「はぁ?」
「2chの病院・医者板見てないの?僕はブラ男だよ!」
「いえ」
「僕に会いに来るんだったら、90のDかEのカワユイお揃いのブラとショーツをお土産に持ってきてね」

その後、2度とかかってこなかった。


私にもかかってきました。

受話器を取った瞬間、向こう側からザワザワと、いつもの騒がしい感じが聞こえてきました。
私が一言も発さないでいると、相手も沈黙のままで、10秒位で切れました。

念のため、非通知でその番号に電話をかけ、「ローン返済の件なんですが」
と言ったら、「名前は?」と、偉そうに言われた。

すぐ切った。
ブラック企業のために電話代を10円浪費したことを、後悔した。


>「先日送った資料の事で電話しました、えっ?届いていない?
>それでは説明させて頂きます。 わが社はです・・・」

うちにも同じような電話、かかってきたことあるよ。
本当は資料など送ってないのに、話のつかみでそう言うセリフが決まってるみたいだね。
その時、からかってやった。

セールス「お送りしました資料は、もうお読みになりましたでしょうか?」
私「はい」
セールス「えっ?じゃあ、どんな内容だったか、言ってみてください」
私「資料を読んだ結果、興味がないから要らないと判断しました。よろしいでしょうか」
セールス「内容、言えますよね。読んだなら。言ってみてください」
私「え?あなたの会社が資料を送ったんですよね?送ったのなら、そんな質問不要なはずですよね?」
セールス「だったら内容を…」
私「資料の内容の件は、私には不要です。電話をお切り下さい」
セールス:ガチャ

メンタル系の医者をなめんな

暇だからと遊んでみるのもいいですが、皆さんほどほどにしておいた方がよろしいのでは(苦笑)。
ところでこれも某所のカキコによれば、「偽名を使ったしつこいマンション営業の勧誘電話で、証拠が残らないように嫌がらせを続け、その後「こういった電話は多いんですか」としらばっくれて、カッとさせ、反撃の言葉を誘発させ、被害者面で警察沙汰にし、示談でなんらかの契約(批判を禁ずる?)を結」ばせるなんて話もあると言うのですが、真偽のほどはどうなんでしょうね…

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2008年10月17日 (金)

これも医療の正常化? その道程に横たわるものは

まずは記事を紹介します。

病院への入院依頼“困難”が35%超

 医師不足、公立病院の閉鎖や縮小など医療基盤の崩壊が進む一方、高齢化の進行などで医療需要が高まる中、開業医が病院に入院を依頼する際、支障をきたすケースが35.5%に上ることが、全国保険医団体連合会(保団連)の「開業医の病診連携に関する実態調査」で明らかになった。救急搬送依頼の受け入れ困難も34.5%に達しており、保団連では、「病診連携の上で、病院の医師不足や病床数不足が困難に拍車を掛けている。行政を含む解決への取り組みが急務だ」と指摘している。

 同調査は、地域医療に不可欠な病診連携の現状や課題を把握するため、保団連に加盟する会員8465人を対象に実施。仙台市でこのほど開かれた保団連の「医療研究集会」で発表された。

 開業医が病院に入院を依頼する際、「(入院先が)見つかる」が62.5%だった一方、「見つからない場合もある」27.5%、「見つけるのに苦労する」8.0%の合わせて35.5%が入院に支障をきたしていることが明らかになった。
 救急搬送時にも、「(受け入れ先が)見つかる」が64.5%だった半面、「見つからない場合がある」20.8%、「見つけるのに苦労する」13.7%の計34.5%が“困難”を経験していることが分かった。

 また、診療所がある市町村で、心筋梗塞や脳梗塞などの重危篤患者や高度先端医療を扱う第三次医療機関が「ない」ところが30.7%に上った。さらに、地域の救急搬送システムについて、開業医の24.3%が「十分とは言えない」と受け止めていることも分かった。

 保団連では、「このような実態の背景には、病院経営の悪化や勤務医の過酷な勤務実態がある。これらの改善が医療基盤の整備に不可欠で、国民の命と健康を守るためにも、診療報酬の適正な改正と社会保障重視への国政の転換が求められている」と強調している。

病床削減、病院減らしは国策ですから、そう簡単に方向性が変わるものとも思えませんが、こういうところで影響は確実に滲透してきているわけです。
しかし一方では皆保険制度の下で医療費が安いということもあって、今までは入院適応を厳格にしていく、ひいては医療費を削減していくというモチベーションが医者、患者双方とも薄かった事は確かでした。
時おり新聞に呼吸器を外して医師が送検されたなんて話が載っていますが、あれも外国であれば「先生頼むから止めてくれ!今度は俺たちに首を吊らせる気か!」と家族が泣いて頼む国の方がむしろ普通であるわけです。
そういう意味では普通の庶民がお金の心配をせず「先生なんでもやれるだけの治療をやってください」なんて事が当たり前に口に出来る日本の医療事情は随分と恵まれていたのは確かでしょう。

日本の医療現場には未だに昔日の甘い思い出に浸っていらっしゃるのか、「何かよく判らないので取りあえず入院」なんてことを仰る(そして若い者に丸投げする)愉快な爺医の皆さんも大勢生き残っていらっしゃいます。
何とかも山の賑わいなんてことを言いますが、実のところ上の記事もそうした古い医師と今風の厳格な入院適応を実践している医師との軋轢という側面もあるのかなとも感じています。
今後医師の世代交代が進んでくると「入院は入院でなければ治療できない患者だけ」という本来の入院適応が当たり前になってくるんじゃないでしょうか。

さて、こうした課題山積する医療現場にとうとうしびれを切らしたのでしょうか、医療に強い(笑)読売が「医師を全国に計画配置、医療改革で読売新聞社提言」をまとめたそうです(苦笑)。
まあ言うのが商売の仕事ですから何を言おうが自由なんですが、その内容がまさにキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!なんですよ。

医療改革読売案 国民の不安を払拭する時だ(10月16日付・読売社説)

 医療と介護の現場から大きな悲鳴が聞こえている。現状を早急に改善しなければならない。
 読売新聞は4月に公表した年金改革案に続き、医療・介護の包括的な改革プランを提言する。
 衆院解散が遠くないと見られる今、これを世に問うのは、与野党が総選挙で社会保障改革を真っ向から争点に掲げ、内容を競い合うべきだと考えるからだ。
 この提言をたたき台の一つとして、各党がそれぞれ医療・介護に関する公約を深化させ、年金を含む社会保障改革について国民的議論が広がるように願う。

 ◆若手医師を計画配置◆

 読売新聞は日本の医療・介護が直面する現状を俯瞰(ふかん)し、問題点をあぶり出した上で、「ただちに実行すべき緊急対策」と「着実に取り組むべき構造改革」の二段構えで処方箋(せん)を書いた。
 最重要かつ最優先の課題は、医師不足の解消である。
 医師の数はできるだけ早く、大幅に増やすべきだ。だが、医学部の定員をいくら拡充しても、一人前の医師が育つまでには10年近くかかる。それを待てる状況にない。
 ならば、医師不足がより深刻な地域や分野に、集中的に人材を送り込まねばならない。

 即効性ある方策として、卒業後2年間の義務研修(初期研修)を終えた若手医師のうち、さらに専門医を目指して3~5年の後期研修に臨む人を、大学病院など全国の基幹病院に偏りなく、計画的に配置する。
 研修中とはいえ、この段階の医師は一人前だ。その“配属先”を国が決定する。地域・診療科ごとに人数枠を定め、本人の希望ともすり合わせて配置を行う。
 そして、人材に余裕が生じる基幹病院から、医師不足が深刻な地域へ中堅・ベテラン医師を派遣する。その計画を立て、調整する公的な医師配置機関を都道府県ごとに創設する。
(略)

 ◆医療と介護を連携◆

中長期的には若手のみならず、医師全体の人材配置を計画的に行わなければならない
 現状は医師免許さえあれば、何科を名乗ろうと、どこで開業しようと、ほとんど制約がない。医師の偏在を招く、過度な自由は改めるべきだろう。
 各地域で診療科別の必要医師数を定め、救急、産科、小児科といった緊急性の高い不足分野からまず増員されるよう、医師配置機関が権限をもって調整する。
 24時間型救急「ER」を全国400か所に整備することや、技量の高い真の専門医、患者を総合的に診られる家庭医の育成も盛り込んだ。さまざまなレベルの医療機関と医師を過不足なく配置し、連携させることが重要だ。
(略)

惜しむらくは読売さん、これは日曜版の芸能面あたりで取り上げるべきネタでしたね。
「医療の現場から大きな悲鳴が聞こえている」のに、現場に更なる悲鳴を上げさせてどうする気なんだ(爆笑)

こういう脳内お花畑な人びとにとって、「人が逃げ出すのは職場環境が悪いからであって、まず環境を改善していかないと人は戻ってこないよね」なんて発想は全くないんでしょうね。
逃げ出すならとっ捕まえて働かせればいいとばかりに強権で人を縛り付けることを考える、「個人の権利?何それ?御国のために黙って働け!」ですよ(笑)。
まあ読売さんが主観的世界の中で歪んだ医療業界に正義の鉄槌を下したいと考えられるのはご自由ですが、こういう人たちに個人の権利の尊重だの社会的平等だのと言うきれい事のセリフを口にする資格はありませんわな。

何か悪いモノでも食ったのか知りませんが、読売さんは社をあげて医師の人権抑制を推し進めようという気になっているようです。
医者共に好き放題やらせたからこんなザマだ!と一生懸命アピールしていますが、欧米並みの医療を目指すと言うなら医師の待遇も欧米並みにしようって言わないと、お得意の印象操作って言われちゃいますよ(苦笑)。

医師不足招いた「自由選択」 

「外科、産科」「地方」がピンチ

 各地で医師不足が深刻になり、病院の縮小、閉鎖が相次いでいる。解決のため、読売新聞社は、若手医師を計画配置することを提言した。こうした方法は、欧米先進国でも取られている
(略)
 欧米では、医師の偏在を防ぐため、様々な規制が行われている。
 フランスでは、国が地域や診療科ごとに必要な医師数を調査し、各病院の研修医の数を決めている。
 医学生は、卒業時に国の試験を受け、成績上位の学生から順に、希望する地域や診療科に進む。心臓外科などの専門診療科で研修できるのは、毎年5500~6000人いる卒業生の約半分だ。希望通りの分野や地域に進める学生は1000人程度。中でも放射線科などは狭き門だ。
 研修医になる段階で定数が決められ、診療科の偏在は、ある程度なくすことができる。
 ただ、研修が終われば働く病院を自由に選ぶことができる。パリや南仏などの病院は就職先として人気が高く、地域的な偏りは避けられない。パリ第5大学のパトリック・ベルシュ医学部長は「地域ごとにも、医師を強制的に配置する必要がある」と強調する。

 地域ごとに、開業医の計画配置を実施しているのがドイツだ。
 1993年、州ごとに人口当たりの医師定数を設けた。定員の110%を超える地域では、保険診療を行う保険医として開業することはできない。東京医科歯科大の岡嶋道夫名誉教授は「開業医の定員制は、医師の偏在を防ぐ一定の効果をもたらしている」と言う。
 ドイツ保険医協会のローランド・シュタール広報担当部長(40)は「93年以降、定数を変えておらず、旧東独地域では医師が足りない。『村』単位まで適正な医師数を出すよう、改定作業を進めている」と話す。

 米国では、医療団体や市民らでつくる協議会が、心臓外科、脳外科など24の分野について、専門医になるための研修を行う病院を選定する。研修医1人当たりの症例実績が十分ある病院が対象で、募集枠の人数も実績に応じて決まる。この結果、特定の診療科や地域に医師が偏ることを防止できる。
 例えば脳外科専門医は、米国は約3000人と、人口当たりの医師数で日本の約5分の1に制限されている。このため、一人の医師がこなす手術件数は、日本の医師の5倍に上り、医師の技量も向上する。
(略)
 欧米のように、医師配置に関する規制策を求める声も聞かれる
 熊本大病院の山下康行教授(放射線科)は「熊本大では、かつて年20人ほどいた外科志望者が、最近では1~2人だけになった。政府は全国の医学部定員を増やす方針を打ち出したが、それだけでは各診療科に必要な医師数が確保される保証はない。それどころか、産婦人科や外科などは敬遠される状態が続き、ひずみはますます大きくなるのではないか。診療科ごとの医師数に定員を設ける必要がある」と話す。

ま、敬遠されて人が集まってる場所がどこになっているのかは知りませんが、少なくとも日本で医者が余って困ってる診療科ってのは聞いたことがありませんけどね。
いずれにしても現場の人間が何を求めているのかは人によって違うと思いますが、少なくとも読売さんの主張する未来絵図とは望むものが異なっていることだけは確実でしょう。
比較的意識が高いと思われる医者の卵達のこんな声がありますので、最後に紹介しておきます。
読売さんの記事を読んだ全国の医者の卵達が希望に燃え、不安を解消することが出来たかどうか、一度くらいは彼ら自身に尋ねてみたらよいのではないでしょうか?

未来のドクターたちの希望と不安

 これから医療の世界に飛び込もうとしている未来のドクターたちは、何を考え、何を求めているのか-。10月11日から13日まで開催された「国際医学生連盟日本(IFMSA-JAPAN)」の総会に出席した医学生に、将来の希望と不安を聞いた。(大戸豊)

  5年生の男子学生は小児科を希望している。誰かに志望を話すと、「大変じゃないの。大丈夫か」と心配されるという。「自分はつぶれてしまうのではないかという不安がある。でも、やりがいのある科。ぜひやってみたい」と話してくれた。一方、3年生の女子学生は、「産婦人科医になりたいと思っていたが、家族に反対され、将来の志望について悩んでいる」という。
 5年生の女子学生は、ドクターと併せ、医系技官も選択肢に入れている。「社会を変えていこうと思った場合、技官として働く方が近道なのかもしれない」と考えるようになったという。3年生の女子学生は、選択肢の一つとして産業医を考えているという。「病院よりも、むしろ企業と接している方が向いているかもしれない」という。地方の大学で学ぶ彼女は、全国の医学生と接する機会は貴重だという。
 3年生の男子学生は、「医療崩壊といわれるが、いっそのこと米国に行こうか」と友人に話すことがあるという。「医師は『職人』ではないか。腕があれば、どこででも食べていける。自由診療の国で技術に見合った報酬を受けるのもよいのではないか」と語り、「日本には海外への人材流出を引き止めるシステムがないのでは」と指摘した。

 いつか裁判に掛けられるのではないかという不安もある。
 別の5年生の男子学生は「医師不足で、科によって医師の偏りがある。どの科を選ぶべきなのか悩む」という。また、「医療事故が起こった場合、自分に過失があれば認めるが、間違っていなくても裁かれるのだろうか。医者が安心して仕事ができる仕組みがほしい」と語った。
 別の3年生の男子学生は、外科か救急医療の道を志している。日本も訴訟が増え、「医師が狙われるのでは」という不安感があるという。「わずかでもチャンスがあれば、患者を救う方に賭けるのが医者のはず。その行為で訴えられるのなら、医者はどう仕事をすればよいのか。どんな場所でも『ドクターはいませんか』と求められれば、すぐさま手を挙げ、訴訟を気にすることなく、全力を尽くして患者を助けることができる環境がほしい」と語った。

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2008年10月16日 (木)

こんにゃくゼリーとゼロリスク症候群

第二戦目、ホームで勝ち点1のドロー…
まあ皆さん好き放題危機感煽ってくれてますが、今の時代楽に勝てる相手ってのはそうそういないってことですね。
どんな田舎に行っても世界トップレベルのプレイを目に出来る時代なんですから、「こんなすげえの見たことねえ!」なんてありえないわけです。
それだけ最低線のレベルも底上げされてくるのは当然のことなんで、内容自体は決して悪くなかったと思いますし、まだまだ焦るような時期じゃないですよ。

それはともかく、中国産食材など食の安全問題が巷間賑わせて久しい今日この頃ですが、こんにゃくゼリーで子供が死んだということで一部で大騒ぎになっているようです。
「こんにゃくゼリー自体を規制すべきだ」なんて声も飛び出しているそうですが、当然と言いますか予想通り議論は真っ二つのようで。

形は国が決める? こんにゃくゼリー 自民、議員立法へ 消費者行政迷走

 こんにゃく入りゼリーを食べた子供が窒息死した事件を受けて、自民党内で10日、ゼリーの形状などを規制する新法制定を検討する動きが出てきた。消費者庁設立のきっかけともなったゼリー被害の防止に焦点を絞った新法だが、窒息による死亡事故が多いモチの規制との兼ね合いなど課題は山積する。新法制定の背景には、政府が消費者の安全をはかるため国会に提出した「消費者安全法案」でも根本的解決にはならないとされる事情があり、ゼリー規制の議論は政府・与党肝いりの消費者庁構想にも影を落としそうだ。(酒井充)

 「子供が見て、食べたら死ぬと分かるようにしないと。それぐらいはできるでしょ!」

 こんにゃく入りゼリーの規制を議論した10日の自民党消費者問題調査会(会長・岸田文雄前消費者行政担当相)は、河野太郎氏ら出席議員らが怒声を発するなど、さながらゼリー糾弾の場となった。ほかにも「外国並みに規制する法律をつくるべきだ」といった意見が続出し、議員立法による新法の国会提出を目指す方針が確認された。

 政権与党の議員がゼリー規制に熱くなるのには事情があった。9月に兵庫県の1歳の男児がこんにゃく入りゼリーを食べ、のどに詰まらせて死亡する事件があり、平成7年以降で17人目の犠牲者となったためだ。
 国外では、EU(欧州連合)が独特の硬度を生み出すこんにゃく成分を添加物とし、ゼリーへの使用を禁止しているのに対し、日本国内では食品衛生法の対象は食中毒などに限られる。
 このため、今回のような死亡事故を防止する取り組みが「生産者重視から消費者の安全を重視する行政への転換の象徴」(中堅)と位置づけられている。
 そのためか、この日の会合では厚生労働省側が「製造中止や回収させる法制度はなく、強制力のない指導が限界」と説明しても、議員の怒号は消えなかった。

 だが、新法でゼリーの形状などを規制するには「法の下の平等」という点で大きな壁が立ちはだかる。こんにゃく入りゼリーはだめで、モチは規制しなくてもいいのか-という問題だ。
 実際、10日の調査会でも谷公一衆院議員が「モチは昔から死亡事故が多い」と指摘した。一方、野田聖子消費者行政担当相は10日の会見で「モチはのどに詰まるものだという常識を多くの人が共有している」と強調したが、「ゼリーだけを規制し、モチやアメを規制しない合理的な根拠は見つかりにくい」(厚労省)というのが実態だ。
 厚労省の調査では、平成18年中に食品を原因とする窒息で救命救急センターなどに搬送された事例は、把握できた計803例のうち、モチの168例が最多で、「カップ入りゼリー」は11例だった。
 政府が今国会に提出した消費者安全法案には首相の権限で商品販売などを最大6カ月禁止できる項目が盛り込まれた。だが、法案審議は民主党の難色でめどは立っていない。どの商品がどれだけ危険かという判断も容易でなく、ゼリー規制新法も、「なぜゼリーだけかと野党に突っ込まれても答えようがない」(政府関係者)のが現状だ。

しかし規制を主張する一派が多数派かどうかはともかく、少なくとも声の大きい側であることは確かなようですね(苦笑)。
マスコミがヒステリックに騒いでる時には用心すべしとは過去数多の教訓から得られた経験則ではあるのですが、実際のところ食品による窒息事故の件数はどうなのでしょうか?
厚労省の調査(2006年1月1日からの1年間、消防本部および救命救急センターを対象とした事故事例の調査)を良い具合にまとめてくださった方がいらっしゃったので転載させていただきます。

「こんにゃく入りゼリー」よりものどに詰まって死亡した件数が多い危険な食べ物ベスト10

1位:もち(168例、「こんにゃく入りゼリー」の84倍危険)

2位:パン(90例、「こんにゃく入りゼリー」の45倍危険)
3位:ご飯(89例、「こんにゃく入りゼリー」の44.5倍危険)
4位:すし(41例、「こんにゃく入りゼリー」の20.5倍危険)
5位:あめ(28例、「こんにゃく入りゼリー」の14倍危険)
6位:だんご(23例、「こんにゃく入りゼリー」の11.5倍危険)
7位:おかゆ(22例、「こんにゃく入りゼリー」の11倍危険)
8位:流動食(21例、「こんにゃく入りゼリー」の10.5倍危険)
9位:カップ入りゼリー(11例、「こんにゃく入りゼリー」の5.5倍危険)
10位:ゼリー&しらたき(それぞれ4例、「こんにゃく入りゼリー」の2倍危険)
☆選外:こんにゃくゼリー(2例)

こうしたデータから何を読み取り、どう考えるかは消費者であり有権者である国民の仕事ですが、同様に悲惨な小児死亡の事例として一つ思い出すべき教訓があるのではないでしょうか。
それは刑事、民事の裁判にまでなったあの有名な「杏林大学割りばし事件」です。

かの事件に対しては色々な意見があるでしょうが、少なくとも口にモノをくわえたまま走る子供がいれば止めさせなければならない、それがしつけというものです。
では、子供に与えてはならない食品をあえて子供に与える、そうした行為を我々は何と言うべきなのでしょうか?
少なくともヒステリックなこんにゃくゼリー糾弾を行うよりも先に、我々はそうした点についてもう一度考え直さなければならないはずです。

【眼光紙背】コンニャクゼリーと安全安心

先月、祖母が凍らせたコンニャクゼリーを1歳10ヶ月の子供に与え、死なせてしまった事故があった。
この事態に対して、野田聖子消費者行政担当相は、今回の事故で食されたコンニャクゼリーを製造した会社の会長と社長を呼んで説明を受けたという。(*1)
このやり取りの中で、現行商品の自主回収が野田の側から提案されたが、業界団体は3日に回収はしないことを報告している。(*2)
また、コンニャクゼリーによる事故によって子供を失ってしまった人(*3)や、主婦連合会事務局長(*4)、そして社民党党首、福島みずほ(*5)は、コンニャクゼリーの市場からの廃絶を訴えている。

報道を見ていると、野田担当相は「コンニャクゼリーで17人の命が失われた」と言っているそうだが、この数値はあくまでも1995年以降に判明している分の累計であって、一年に1、2人程度の話である。
こうしたことを皮肉って、ネットでは「餅の方が、毎年たくさん事故が起きている。餅こそ規制するべき」という意見をよく目にする。(*6)
これに対して「消費される総量が違うのだから、比較しても意味がない」という比較的冷静っぽい意見を見ることまあるが、それはこの問題の正しい意味を見間違えた意見だ。

また、今回の事故を起こしてしまった「蒟蒻畑」を製造するマンナンライフ社は、以前に自社製品で事故を起こしてしまった時に、容器1個あたりのサイズを大きくして、子供が一口で飲み込めないようにする。容器を従来の吸い出す構造ではなく、ハート型にしてつまんで押し出して歯を使って引き出す方式にする。そして、「コンニャクゼリー」という表記をやめ、「フルーツこんにゃく」と表記するなど、事故防止のためにさまざまな製品改良を行ってきた。
その一方で、いまだにおかし売り場で堂々と「コンニャクゼリー」を名乗り、昔ながらの小型でギザギザなカップゼリー容器で売られているコンニャクゼリーもあることを考えると、マンナンライフの企業努力はフルーツこんにゃく業界のリーディングカンパニーとして、非常に自覚があるものだったといえよう。
 そうした努力が、市場全体の2/3の売り上げを上げながら、窒息死亡事故17件中、マンナンライフ社製品での事故は3件(*7)という事故率の低さに繋がっている。

コンニャクゼリーを問題視する人たちは、「何かを食べる」ということが、決してゼロリスクではないという現実を完全に無視してしまっている
餅やご飯といった、私たちが普段当たり前に口にするもので窒息事故が起きる。それが現実である以上は、そのリスクを私たちは当然のように受け入れなければならない。
自動車事故があるからといって、外に行かないということができないように、私たちはリスクがあると知りながらも、食べ物を食べずにはいられないのだ。そうしたなかで、不慮の事故が起きて、人が死ぬことがある。それは人間の命が有限である以上、避けられない現実である。
そうした現実を「子供が口にするものは、ゼロリスクであるべきだ」という議論は、あっさりと無視してしまう。

いや、彼らが本当に見たくなかった現実は、「子供が事故で死んでしまったこと」か。
この事故で言えば、「おばあちゃんが不注意で凍らせたコンニャクゼリーを子供に与えて死なせてしまったこと」。そんな不幸な現実から目を背けるために、コンニャクゼリーをことさらに敵視しているのだろう。
辛い現実から目を逸らすためなら、コンニャクゼリーを製造しているメーカーをバッシングし、そこで働いている人間が不幸になっても構わないという感覚が優先される社会で、本当にいいのだろうか?

結局のところ、子供の安全安心を錦の御旗にした、監視カメラの設置や、公費でのスクールバス運行要求、そして偏見に満ちた不審者情報メールが飛び交う現状の一つとして、今回のコンニャクゼリー排除の問題もあるのだと、私は考えている。

子供にゼロリスクを与えるために、「家族」にとって少しでも怪しいものは全部排除という、マイノリティー排除の思想がそこには確かに働いている。
この問題は、決して野田聖子の就任直後のパフォーマンスが露骨過ぎるというだけの話ではない。

「危ないから禁止しよう」では結局のところ「生きているのは健康に悪い」になってしまいますから、議論の前提として相対的な危険度や社会に対する有益性といった客観的な指標が必要なのは当然なことです。
身近に見聞する範囲でもかまぼこ、うどん、おでんのスジ肉、天ぷらなどなどによる窒息の事例があるわけですが、これらが禁止食品リストに挙げられたことがあったか?
そもそも食品に限らず世の中に危ないものは多々あるのですが、何故こんにゃくばかりをこれだけ大騒ぎするのか?
そういった背景を考えてみれば、例えばこれが他の業界の話であったらどうだったか?という話にもなってくるわけです。

たとえば毎年パチンコ屋の駐車場で放置された子供が熱中症死しますが、「長時間入場を許容しているパチンコ業界の怠慢」だとか「パチンコ店が駐車場に日除けを用意していなかったのが問題」といった議論がなされたことがあったのかと考えてみれば判りやすいかも知れません。
マスコミも商売ですから仕方のないことですが、三十兆円産業であるパチンコ業界に対して、トップ企業のマンナンライフですらしょせん中小の地場産業に過ぎないこの業界の弱みと言うことなのでしょう。
このあたり法的に広告を打てない医療業界がバッシングされる一方で、トップ企業を叩こうと思えば縦読みでも仕込むしかない(苦笑)のと同じ構図で、何しろマスコミ業界事情というものは分かり易すぎます。

業界トップのマンナンライフでは結局自社製品「蒟蒻畑」の製造中止を決めたそうです。
既に流通している商品は「商品が危険だから製造中止にするわけではない」として自主回収せず、テレビCMなどで子供や高齢者は絶対に食べないよう注意を呼びかける予定だと言いますが、自社の取ってきた安全対策にはそれなりの自負があるということなのでしょう。

Yahooがネットで行っている意識調査では、「こんにゃくゼリーの事故対策で必要なのは?」の問いに対して販売中止という意見はわずか6%、一方で何も必要ないという声は実に48%となっています(10月14日現在)。
特定業界の思惑や一部の人びとのパフォーマンスに踊らされる人びとがどれくらいいるのかは判りませんが、案外国民は醒めた目で事態を見つめているのかも知れません。

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2008年10月15日 (水)

産科無間地獄 ~ 出口のない暗闇の中で

日本市場の株価はようやく上向きになってきたようですが、世界各国ではまだまだ先行き明るいとはとても言えない状況のようです。
しかしつい先日までは失われた十年と色々言われてきましたが、なんだかんだ言いつつ苦労は後でタメになったと言うことなんですかね。

それはともかく、福島・大野事件で無罪が確定した加藤先生が業務を再開されたそうです(パチパチパチ)。

無罪の産科医が勤務再開 民間病院で常勤に

 福島県立大野病院で2004年、帝王切開で出産した女性=当時(29)=が死亡したことをめぐり、業務上過失致死罪などに問われ、無罪が確定した産婦人科医加藤克彦さん(41)が14日、民間の会津中央病院(同県会津若松市)で勤務を再開した。

 同病院によると、加藤さんは産婦人科の常勤医として、外来診察や手術などを担当する。武市和之病院長は「特別扱いはしない。地域のために、1人でも多くの元気な赤ちゃんを取り上げてほしい」としている。

 加藤さんは県職員として県立大野病院に勤務していたが、06年に逮捕、起訴された後、休職扱いになっていた。無罪が確定した今年9月、県が復職の辞令を出したが、民間病院で働くことを決めた。

 加藤さんは弁護団を通じて「地域医療のため頑張っていく」とコメントしており、主任弁護人を務めた平岩敬一弁護士は「無事、医師として仕事ができるようになってよかった」と話している。

「特別扱いはしない」なんて言うと何やら格好よさげにも聞こえるのですが、既に産科医不足は特別扱いなんてしていられるような状況ではないのです。
「1人でも多くの元気な赤ちゃんを取り上げてほしい」というのは文字通りに取るべき本音ではあるでしょうね。

全国的に産科崩壊が進んでいますが、新規入局者増加が夢物語である以上は既存産科医の掘り起こしが次のターゲットになってくるのは当然の流れでしょう。
ひと頃は「女性の身体を扱うのだから先生も女性がいい」なんて話で女性産科医がもてはやされた時代がありましたが、実際のところ産科の現場の状況は女性には過酷すぎたというのが実態のようです。
いや、女性医師の先生の中にも幾らでも頑張っておられる優秀な先生方はいらっしゃる訳ですが、一番の問題はそうした先生方が自ら女性であるということを放棄しなければならない状況にあるということですよね。
もともと医師という職業は結婚していても子供がいないという女医さんが昔から多かったのですが、こういう現状を見ればそれも当然かという気もしてきます。

女性産科医:妊娠中も当直減らず 4割が育休制度なし

 産婦人科で働く女性医師の3分の1は妊娠・育児中であるにもかかわらず、病院が子育て支援のために当直を減らしたり、院内保育所を設けているケースが半数以下であることが、日本産婦人科医会の実態調査で分かった。法律で義務付けられた育児休暇制度も約4割の分娩(ぶんべん)施設が「ない」と答えており、医会は「女性医師は医師不足にあえぐ産科の貴重な戦力なのに、管理者の意識が低すぎる」と嘆いている。

 産婦人科の女性医師の割合は2割を超え、一般の診療科(約15%)よりも高いが、免許取得後10年で半数が分娩から離れており、職場の育児環境整備が急務になっている。今回、全国853カ所の分娩施設から回答を得た調査では、女性医師の33%が妊娠・育児中で、リスクが高い妊娠を扱う大学病院や日赤病院でも3割を超えていた。

 こうした女性医師に配慮し、当直回数を減らしている施設は、妊娠で46%、育児で41%と、いずれも半数以下。特に国公立病院は、育児中でも6割以上が通常の当直を余儀なくされていた。代わりの医師を手当てする制度がある施設も13%だけだった。

 院内保育所を設けている分娩施設は47%で、日本医師会調査による全病院平均(31%)よりは対応が進んでいる。ただし病児保育や24時間保育があるのは1割程度しかなく、利用者は約4割にとどまっていた。また育児休暇については、38%の施設が育児休業法に反して「ない」と回答しており、実際に3割の女性医師が休暇を取れていなかった。

世に産科崩壊なんて言いますが、ある意味では医療崩壊という現象と同様に「労働者としての医師の権利主張」であるという見方もできるわけです。
権利の主張に応えることの出来る職場には労働者が集まるし、出来ない施設からは逃げ出していく、少なくとも今の医療業界のような売り手市場であれば医師にとっては当たり前の行動にしか過ぎません。
妙な浪漫の世界で生きてるようなところのある男と違って、こういう局面での女ってのは結構シビアなんですよね。

「最近の研修医は5時になったら帰るんだよ」なんてお嘆きの指導医がいらっしゃいますが、本来労働者としては勤務時間が過ぎたら帰るのは当然の権利であって、適正量の仕事を割り振れない指導医の管理能力こそが問われるべきという見方も出来るわけです。
「いや研修医が動いてくれないと回らないし」と言うのであれば、自らが先頭に立って業務量が適切な範囲に収まるよう職場改善に努めるべきでしょうし、そもそも病院の業務量というのは医者が幾ら働くかというところから決まってくるはずなのですよ。
今の時代そうした業務改革、あるいは意識改革が出来ない職場は他によほどのメリットがない限り人が集まることはないでしょうし、長年放置されてきた医療業界の歪みがたまたま先鋭化したのが産科であったというだけの話ではないでしょうか。

各地で医師の待遇を引き上げようと言う動きが出ている今の時代、さんざん医師を使い捨てしてきた公立病院もやっと給料を増やすと言い始めているとか。
しかしよく見れば増やしているのはあくまで手当だけであって、本給の部分には手を付けてないんですね。
どうせ医師なんてあっちこっち転勤するんだから本給さえ低くしておけば退職金も安く済むと思っているのか、手当だけなら人手が足りてくればいつでも減らせると思っているのか、いずれにしても随分と人を舐めた話です。

まあ今の時代の若い医者はそういうところもしっかりしていますから、目先のエサに釣られて道を誤るということもそうそうはないんじゃないですかね。

実際に自治医ばりの僻地勤務が漏れなくついてくる奨学金制度もあちこちの自治体で導入してはみたものの、さっぱり応募がないという話も聞きますし。

騙そう、引っかけようという気持ちばかりが先走っていると、釣れる魚も釣れなくなるということですよ。

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2008年10月14日 (火)

身体を張るならこれくらいやらないと

食品汚染問題は今や全世界共通の関心事と言ってもいいかと思いますが、特にこのところ中国産の話題がにぎやかなようです。
少し前に汚染ミルクで乳児が腎結石になったという記事をご記憶の方も多いと思いますが、結局かなり広範囲にやっていた故意の混入だったらしいのですね。

中国汚染ミルク事件 22社69品目で有害物質検出

 【北京=野口東秀】有害物質メラミンが混入した粉ミルクを飲み、乳児が腎臓結石になった事件で、中国政府は16日、メラミンが大手メーカー「三鹿集団」以外に、全国21社の乳製品69品目から検出されたと発表。中国中央テレビを通して会社名を明らかにした。一方、中国公安当局は同日までに、有害物質を含んだ製品を生産・販売した疑いで4人を逮捕したもようだ。

 メラミンが入った製品はすでに一部が海外に輸出されており、中国政府は製品の回収を命じたという。中国衛生省のまとめでは、16日午後の時点で、この粉ミルクを飲んだ乳児2人が死亡。飲んだ乳児は1万人近くに上っている。1253人が診察を受け、このうち53人が重症という。

 中国のニュースサイト「中国新聞網」は同日、この事件で4人が逮捕されたと伝えている。報道によると、逮捕された4人のうち2人は河北省石家荘市正定県に住む搾乳業の兄弟。2人は昨年末、利益目的で自分たちの搾乳場の牛乳に水を入れて量を増やしたが、三鹿集団の検査で不合格となった。このため、水増し牛乳にさらにメラミンを混ぜ、タンパク質含有量を高く見せる偽装をし、検査を通過していたという。2人はメラミンを近くの化学原料販売店で購入していた。

 兄弟は容疑を認めているが、「メラミンが有害であることは知らなかった」と供述しているという。

 この牛乳から製造された粉ミルクを飲み、甘粛省で5月1日に男児が、7月22日に女児が死亡している。逮捕された兄弟のほか、牧場や授乳場数十カ所の経営者らにメラミンを混入させた疑いがあり、当局はすでに22人を拘束している。逮捕者はさらに増える見通しだ。

この件については既に中央政府筋が激怒しているなんて話もあるようですから、彼の国のシステム的に当局の追求も厳しくなるのでしょうが、問題は世界中に輸出されているという中国産製品の行方です。
少し前にも中国産ペットフードを食べてアメリカでペットが多数死んだとか、中国産風邪薬を飲んで中米で多数が死亡したとかいった事件で大騒ぎになりました(が、日本では何故かあまり報道されませんでした…)。
今や中国と言えば世界の工場とも言って良いくらいにどこにでも中国産製品がありふれている時代ですから、ひとたびこうした問題が起これば下手をすればパニックなわけです。
欧州委員を務めるイギリス人ピーター・マンデルソン氏は、早くからこの問題に警鐘を鳴らし続けてきた一人でした。

マンデルソン欧州委員、中国製品の安全性問題は今後も続くとの見通しを示す(2007年11月27日)

欧州連合(EU)のピーター・マンデルソン(Peter Mandelson)欧州委員(通商担当)は26日、北京(Beijing)で開催された食の安全確保に関する国際フォーラムで中国製品の安全性に言及し、「このような問題が発生した後で、なお近年の輸出の伸びを維持したいならば、中国が最優先で取り組むべき課題は、消費者の信頼の回復・維持に務めることだ」と指摘した。

 今週、北京で始まる中国EU首脳会談に参加するため訪中したマンデルソン委員は、最近のデータをもとに中国製品の安全性問題は今後も急激に高まるとの見通しを示した。

 中国はこの数か月、中国製品の信頼構築のため粗悪品の取り締まりを強化している。

 中国の呉儀(Wu Yi)副首相は、中国製の食品の安全基準が国際基準に追いついていないことを認め、より安全な制度を導入している各国に問題解決に向けた支援を要請した。

 だがマンデルソン委員は、中国が食の安全性に真剣に取り組む気があるなら、偽造品に関する問題にも取り組む必要があると指摘している。同委員によると、2006年にEU圏内で差し押さえられた偽造品の8割が中国製だという。

マンデルソン氏の偉いところは、単なる批判屋ではなかったということです。
今年9月28日には中国製ミルクの安全性を自ら立証するためにわざわざテレビの前で中国産牛乳を飲んでみせ、温家宝首相自ら「我心裏非常感動(感動した!)」なんてお言葉を頂戴していたりもするわけです。
さて、その勇気と男気にあふれるマンデルソン氏が先頃英国政府に入閣したのですが、いきなり初日からこんなとんでもないことになってしまいました。

中国産牛乳を試飲した英国閣僚、就任当日に腎臓結石で入院

 【大紀元日本10月11日】英国「ビジネス、企業および規制改革大臣」として入閣したピーター・マンデルソン氏(54)は就任初日の6日朝、下腹部の激痛により病院に救急搬送され、検査の結果、腎臓結石によるものと診断された。同氏は先月26日、天津で開かれたEU・中国合同経済通商委員会の席上で、中国産乳製品の安全性をアピールするために、メディアの前で自ら牛乳を飲んで見せ、温家宝首相を感動させた。その9日後に、同氏は腎臓結石が発症し、入閣初日に入院することになった。

 英紙「デーリー・メール」によると、同夜、結石の摘出手術が行われた。

欧州連合の消費者による中国産乳製品への不信感を払拭するために、マンドルソン氏は公で中国産牛乳を飲み、消費者に安全性をアピールした。中国の温家宝・総理は同氏のこの行動に感動し、「マンデルソン氏は、(中国の)現在のみならず、未来がわかっている」(チャイナ・デーリー)と述べたという。

 中国産牛乳の試飲と腎臓結石発症の関連性は不明だが、中国人著名ブロガーの宋石男氏は、この件には二つの可能性があるとした。①マンデルソン氏は腎臓結石持ちであることを知っていながら、中国産ミルクを飲んで中国をコケにした②腎臓結石のことは全く知らないで、善意からミルクを飲んだが、恐ろしい結果を招いたとしている。

 ネット上でも「因果応報を早くも現れた」「中国当局に迎合すると、このような悲惨な結果を招く」などの書き込みが相次いだ。

いいよマンデルソン!あんた本物の男だよ!(号泣)

中国製製品の安全性を立証するという目的に照らし合わせた場合に氏の行動の是非はともかくとして、まさに温家宝首相のこの言葉は未来永劫記念碑として残すべき偉大なる予言となったわけですね。

「マンデルソン氏は、(中国の)現在のみならず、未来がわかっている」

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2008年10月13日 (月)

マスコミさんの感覚

久しぶりに毎日ネタ…だけではなくて、今回は広くマスコミネタと言うべきでしょうか。
「クール・クリティーク」さんのところで取り上げている9/17の記事「毎日新聞記者と飲みました」、ひと頃結構あちこち貼り付けられましたからご存知の方も多いと思います。
で、ここのコメント欄に自称毎日社員さんがカキコをされてるんで引用させていただきます。

    * 3. 毎日社員

    * 2008年10月03日 10:37
    * 毎日の社員ですが、勘違いされると嫌なので書き込みます。
      ブログの中で、「同級生」とされている社員の話はかなり事実と異なると思います。
      毎日で働いている方は分かると思いますが、「WAIWAI問題」は社内では、労組からも社員の間からも相当問題視されています。社長の責任を問う声も上がっていますし、社員も会社がどうればこういう問題が起こらないのかを考えています。もし、取材力がある方がいれば、労組の機関紙を手に入れて読んでみて下さい。
      それと、毎日は上に対して自分の意見を言える空気があります。年に1回程度、編集局長ら幹部と職場単位で意見を交換する機会がありますが、意見のほとんどは、記者からの会社批判や体制批判です。それ以外でも、直属の上司に対して、堂々と意見する記者は多いです。また、それが当たり前になっている雰囲気もあります。あまり批判はされていませんが、社内自由がないのはY新聞だと思いますが。
      社内の思想に関しても本当に色々な人がいます。今、自分がいる職場の半分は、どちらかと言えば右よりの意見の方だと思います。たぶん、ネットに書き込んでおられるような方は毎日新聞を読んでいない方が多いと思うので、
      左よりの記事ばかりがクローズアップされているのだと思います。硬派な保守的な内容の記事も本当はあるのですが……。
      多くの方に毎日新聞という会社が誤って伝わっているのが残念です。

で、以前にも取り上げました「マスコミ倫理懇談会全国協議会」と言うイベントの件。
地元新聞の記事ではこんな感じだったそうです。

マス倫懇全国大会始まる ネット社会など論議

     新聞社や放送局、出版社などでつくるマスコミ倫理懇談会全国協議会の第五十二回全国大会が二十五日、熊本市内で始まった。百五社・団体の編集責任者や記者たち約三百人が参加。分科会では、インターネットに端を発した毎日新聞社攻撃などが論議され、裁判員制度に向けた事件記事の見直しも報告された。

     毎日新聞社の英文サイトにわいせつな記事が掲載された問題をめぐり、ネットユーザーが同紙の広告主に電話をかけ、広告の継続をただす「電凸(電話突撃)」が相次いだ事例は「ネット社会とメディアの倫理」の分科会で取り上げられた。

     講師のウェブコンサルタント伊地知晋一さんは毎日新聞社のケースを踏まえ「ネットユーザーはマイノリティーではなく、その威力は侮れない」との見方を示した。

     ネット事情に詳しいジャーナリストの藤代裕之さんは「英文サイト問題への謝罪が十分とは受け止められなかった。ネット社会を特集した連載記事へのネットユーザーの評判が悪かったことも影響したのでは」と指摘。毎日新聞社はこの問題についての報告を、「時期尚早」として見送った

で、「WAIWAI問題」を相当問題視しているという毎日新聞さんの報道では、これがこうなるらしいのですね。

マスコミ:責任、影響力を考える--倫理懇全国大会の議論から

 「メディアの力、責任、そして可能性」をメーンテーマに25、26日に熊本市で開催されたマスコミ倫理懇談会全国協議会の全国大会。新聞、出版、放送など各メディアから出席した約320人が、より高い倫理観と責任感を持ってマスコミ倫理の向上に努めることを申し合わせ、終了した。三つの報道分科会の議論を紹介する。

 ◇匿名社会--不祥事を中心に困難になる取材

 「匿名社会と取材・報道の自由」をテーマにした分科会では、個人情報保護法(05年4月施行)の影響で、行政や民間企業の不祥事などを中心に、取材が難しくなりつつある現状が報告された。

 ある全国紙記者は「学校や地域などの緊急連絡網や同窓会名簿の廃止、不祥事の当事者名を隠すなどの過剰反応は法施行後3年たった今も多く、逆に社会の基本が個人情報の共有で成り立っていることが再認識されつつある」と指摘。「同窓会名簿の廃止などは、個人情報保護法が事実上国民すべてを規制対象とする包括法であることから発生しており、『過剰反応』というよりも個人情報保護法が構造上持つ問題だ」と分析した。
(略)

 ◇犯罪被害者--感情の伝え方の難しさを再確認

 「犯罪被害者の取材と報道」をテーマにした分科会では、山口県光市の母子殺害事件を取り上げ、被害者感情の伝え方について議論した。

 同事件をめぐっては、放送界の第三者機関「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の放送倫理検証委員会が今年4月、差し戻し控訴審判決を前に放送されたNHKと民放のニュースやワイドショーなど33番組を具体的に取り上げ、「被告・弁護団を強く非難し、被害者遺族に同調・共感を示すことを繰り返した」などとして批判する内容の意見書を公表した。

 分科会では、検証委員会の委員長代行を務めた小町谷育子弁護士が「被害者遺族の発言の圧倒的な存在力の前に、裁判に関する分析や検証を被害者遺族の語ったことで安易にまとめてしまい、それを超えるものを提示しなかったのではないか」と指摘した。

 これに対してテレビ側の当事者からは「被害者に安易に食いついたという反省はあるが、世論を反映した側面はある」などといった反論があった。

 また、委員会の意見では「集団的過剰同調」という表現で、一方的に被害者側に沿った報道をする姿勢を批判したが、これに関しては「90年代後半から被害者がどんどん立ち上がって発言し始めた中で、引きずられないよう書く側は心していかねばならない」と同調する意見が出る一方で「集団的過剰同調という言葉には違和感がある。こういう言葉が使われると、被害者がまた置き去りになる」との反論もあった。
(略)

 ◇裁判員制度--予断与えるのか、報道のあり方は?

 来年5月の裁判員制度スタートに向け、「変わる刑事司法と報道--裁判員制度、犯罪被害者の法廷参加」をテーマにした分科会では、2班に分かれて活発な意見を交わした。裁判員に選ばれた国民が裁判官と一緒に重大事件の被告を裁くことになるため、裁判前の事件報道が国民に予断を与える恐れがあるのか、事件報道のあり方を改める必要があるのか、報道の自由と公正な裁判との調和をどう図るかなどが論点になった。

 朝日新聞と読売新聞がそれぞれ、報道指針を独自に作って試行・運用している取り組みを報告した。いずれも▽犯人視しない報道に努める▽情報の出所をできるだけ明示する▽容疑者・弁護側の言い分もできるだけ報道する--など共通する考え方が示された。

 具体的な記述では、ともに「調べによると」といった従来の表記から、「発表によると」「捜査関係者によると」などと、あくまで捜査当局の見方であることがわかるような表記に改めた。こうした変更で捜査関係者からは「取材に応じにくくなる」などと厳しい反応も出ているという。

 一方、毎日新聞も現在、できるだけ情報の出所を明記するよう努めることなどを盛り込む報道指針づくりを進めていると説明した。NHKや共同通信も同様に、報道のあり方の見直しを検討中と報告した。
(略)

あれ?相当問題視しているはずの「WAIWAI問題」への言及はまったく無しなんですか?(笑)
こういう隠蔽体質をいつまでも放置しているから毎日さんは世間から見放される一方なんだと思うんですけどね。

毎日新聞の体質もさることながら、実はこうした「他人には厳しく、自分には徹底的に甘く」という姿勢がマスコミ全般に蔓延していることこそが大きな問題でしょう。
たとえば西日本新聞のコラムから拾ってみます。

とんでもない事件だ

んでもない事件だ。北九州市と福岡県苅田町にまたがる自動車メーカーの部品工場に
爆発物が投げ込まれ、地面に穴が開いた。工場を建設した会社のトラブルとみられるが、
問題はそのメーカーの対応。広報担当者は当初「事件については言えません」の一点張りだった。

うやく数時間後に「再発防止を望む」とコメントした。後で聞くと、
捜査の関係で極端に口をつぐんでしまったという。このメーカーは大手自動車会社の子会社で、
被害者側ではある。しかし、工場の起工式が昨年開かれたときも非公開だった。
式典風景を公道から写真に撮ろうとすると、建設会社の人や警察官から制止された。

だ、企業の社会的責任がこれだけ求められている中、
事件が起きれば十分な説明が必要なはずだ。メーカー名はこの欄では名指ししないが
(各段落の頭文字がヒントです)、説明責任を考えてほしい。 (根井)

「各段落の頭文字がヒントです」ってあ~た、ネラーのカキコかよ(爆笑)。
と言いますかね、どう見ても取材断られた逆恨みとしか思えない怨念の混じった記事なんですけど(笑)。
下っ端の記者が思わず書いてしまって上もうっかり見逃して記事になっちゃったってな話ならともかくコラムですよ、デスク日記ですよこれは。
それなりに責任ある立場にある者が自ら率先して「うちはネタ新聞です」って公言するような真似をしてどうするんですか?

記者クラブなんてものの存在に象徴されるように、日本のマスコミは駄目だとは噂に聞いていたところですが、ここまでレベルが低いと笑うしかないってとこですか。
こいつらにとって取材というものは他人が全てお膳立てをしてくれて「はいどうぞ」で初めて成立するものって認識なんですかねえ?
企業が説明会を開いてくれない!なんて駄々こねてる暇があるんなら、独自の取材力を発揮して他者にないネタをすっぱ抜いてこそジャーナリストとしての存在意義があるなんて発想はないんでしょうかね?

毎日が悪いとか西日本がレベルが低いとか言う話にとどまらず、彼らマスコミ業界が一日も早く他人に要求する水準の1/10程度でも厳しく自らを律するようになればと願ってやみません。

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2008年10月12日 (日)

今日のぐり「北京料理 桃李」&「やさいたっぷり幕の内」

当「ぐり研」の本分を忘れてご無沙汰していましたが、久しぶりにちょいとやってみましょうか。
しかし世間では株価下落で大騒ぎしている最中、あれがうまいのこれがまずいのと贅沢なこと言っちゃってていいんですかねえ。

今日のぐり「北京料理 桃李」
グランドプリンスホテル新高輪の地下二階にある中華料理屋で、どうやらプリンス系列にはあちこち入店しているチェーン店のようです。
昼食時ということもあって、ごく無難にランチセット(\1800)を頼んでみました。
数種類の中から二種類のおかずを選択して、これに飯とスープ、デザートがつくというものです。
おかずには麻婆豆腐と青梗菜炒めを選択しましたが、待つと言うほどのこともなくトレイの上のちまちまとした器に盛られて料理が出てきました。

麻婆豆腐はオイスターソースの風味が効いているあっさり味。
挽肉はきちんとパラパラに粒が別れて炒められているし、豆腐も煮すぎず形崩れせず、スープの味で喰わせる万人向けの味というところでしょうか。
しかし赤坂・四川飯店の陳麻婆豆腐などに比べると、あまりに無難過ぎて面白くないってのも確かではあります。
青梗菜は味自体はさっぱりといいのですが、しゃきしゃきと言うよりは僅かに硬い食感が気になりました(料理のせいと言うより元々の野菜自体の性質かも知れません)。
スープは飯にも合う程よい味付け、デザートの杏仁豆腐は風味がたって結構好みと、おかずも含めてランチとして見ればまあそう悪くはないかなというところなんですがね。

問題は飯なんですが、味、色艶とも日本料理店でこれを出したら幾らなんでもというレベル。
これは米自体もあまり関心しないけれども、調理とその後の過程に問題があるようですね。
まあ中華料理屋であまりうまい銀シャリを食わせる店というのもみたこともないし、そもそも北京あたりは小麦文化圏と言うから問題ないってことでしょうか(そういう問題か…?)。

総じてそこそこ食えるんだけれど特にこの店でなければというものはないということで、まさにホテルの料理とはこんなものかなという感じです。
ディナーであるとか単品でいろいろと面白そうなものを頼んでみればもっと違う色も出てくるのかも知れないですが、このランチの味では今度は夜にも来てみようって気になるかと言えば…ねえ?
店員のサービスも特によいわけではなくほぼ放置プレー状態ですし、そもそもホテル側からアクセスするとどう見ても客が通る道とは思えない通路を延々歩かされるのもどうなのかと(何故かこの店だけが地下二階の奥底にぽつんとあるんですね)。

強いて良い点を挙げるなら、昼食時とはいえあまり込んでいるわけでもなく食後のお茶をゆっくり楽しめる点でしょうか(ってオイ)。
一人だけのランチでもちゃんとポットでお茶が出てくるのはよろしいんですが、ぐるめピアさんには申し訳ないが自分だったらここで大切な人をもてなしたいとは思わないかな、と。
まともな中華料理屋が増えている今の時代、地方でこの味と量、そしてこの値段設定だと全く客は来ないとは思いますから、そういう意味では「東京」を感じさせてくれる店ではありました。


おまけのぐり「やさいたっぷり幕の内」
弁当まで取り上げずとも良いかと言う気がしないでもないんですが、たまにはこういうのもアリってことで一つ。
JR東海が出しているらしいこの弁当、20品目以上の食材を使い約500kcalの低カロリーと言うのが売りらしく、健康を前面に出しているパッケージにも気合いが入ってます。
つかまあ、ノリはファミレスの能書きなのがJRの限界かもですが…

おかずは全く動物性蛋白質がなく煮野菜と焼き野菜だけ、普通こういうものは大豆蛋白で肉を代用することが多いんですが、それも生麩一品だけと至ってシンプル。
ちょっと検索してみたんですが、どうも使ってる素材は季節によっていろいろ変わってるみたいですね。
季節感無視の料理が蔓延しているこの時代にこういう心配りはありがたいものです。

さて食べてみてですが、それぞれの野菜の味も悪くなく、食材ごとの味の違いがよく判るのは楽しいものです。
逆に言えば味の相乗効果は乏しく、単独の素材の味の和だけに終わってる点は少し物足りなかったかなと。
しかし駅弁というもの自体長年食ってなかったのですが、このレベルのものが食えるんだったら侮れませんね。

気になった点はこの容器、仕切られた一区画が小さいわりに深いので、電車のテーブルに載せると底の方が見えにくいんですよね。
特に煮豆なんて最後は弁当箱を手で持って食べましたが、食べやすさにも気を使って欲しいこの手の弁当としては正直ちょっと気疲れするかなと。
また量的にはカロリー相応で軽食という感じですが、動かない列車の中ではむしろこれくらいがちょうど良いだろうとも思います。

これを食べると最近弁当と言えばどれもこれも脂気べったりになってたんだなってことを改めて思い知らされた気がしましたね。
コンビニ弁当はひたすら安さだけを追求している感じでちょっと口に合わなくなってきているんですが、これくらい(\1000)のコストをかければちゃんと食える弁当も出来るってことですね。
これそのままでは駅弁以外で売れるかどうかはともかくとして、こういう方向性で作られた弁当ってのももっといっぱい出てきてくれるといいかなと思いました。

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2008年10月11日 (土)

医療機関を悩ます未収金問題

医療機関の半数が赤字という時代、あちこちでこの話題があがっていますが、ようやく回収に本格的に乗り出すという動きが出てきています。

回収を民間委託 公立病院悩ます治療費滞納

 患者の治療費滞納が社会問題となる中、回収業務を民間委託する動きが、県内の公立病院で出始めている。横須賀市は先月、民間のノウハウを生かして徴収率の大幅アップを図ろうと、公立病院では初めて債権回収業者などに委託。県も今月中、厚木市は12月にも実施に移す。未収金は、赤字経営に悩む公立病院にとって頭の痛い問題で、追随する動きが広がりそうだ。

 県病院事業庁などによると、県立がんセンターなど7病院(2003年度に厚木市に移管した旧厚木病院も含む)の未収金総額は2007年度末時点で約3億9700万円(1万2080件)に上る。1年以上過ぎても支払われていない06年度以前分を見ると、約2億2500万円(6876件)と半分以上を占める。

 未収金は、サラリーマン家庭の負担割合が3割に引き上げられた03年以降、全国的に急増。特に救急医療を担う病院で「持ち合わせがない」などと未払いが目立ち、公立病院の経営を圧迫する要因になっている。

 担当者が電話や文書、自宅訪問で支払いを督促しているが、生活困窮者が支払いできないだけでなく、「求めていた治療ではないから、払いたくない」「治療費が高すぎる」などという理由で拒否されるケースが目立ってきているという。

 同庁では、このままでは赤字が拡大、一部診療科の廃止など県民に悪影響を及ぼすと危機感を募らせており、昨年度から回収対策の強化に乗り出していた。

 こうした状況は全国の病院でも同様で、今年3月末、総務省が「回収には民間委託が有効」との見解を示すと民間委託の動きが拡大、新潟など8府県が民間委託を導入しているという。

 同庁では9月下旬、公募に応じた「ニッテレ債権回収会社」(東京都)を委託先に決定。対象は原則1年以上が過ぎた未収金で、指定管理者が管理・運営する汐見台病院を除いた6病院の計約3800万円。故意に支払いを逃れる悪質なケースを主に想定しており、生活困窮者や分割納付者などの未収金は除くという。

 一方、横須賀市立市民病院は、債権回収会社と法律事務所との2団体と契約した。委託対象は県と同様、原則1年以上過ぎた未収金で、全体約7500万円の約6割が該当する。未収金が過去5年間で約5000万円(1160件)にふくらんだ厚木市立病院も近く、委託業者を公募する。

 同庁は「公的な病院として支払わないからといって診療を拒否するわけにはいかないが、病院職員による督促はどうしても甘く見られがち。専門のノウハウを持つ業者なら、未納者は支払い請求から逃れにくくなるはず」と期待している。

平成19年に総務省から自治体病院の未収金回収に関する通達が出ていますが、これによると民間業者に委託できる回収業務として以下のようなものが挙げられています。

・滞納者に対する電話や文書による自主的納付の呼びかけ業務
・滞納者宅への訪問による自主的納付の呼びかけ業務及び収納業務
・居所不明者に関わる住所等の調査業務
・脳入通知書、督促状等の印刷、作成、封入等の補助業務
・強制処分に関する補助的な業務 など

こういうものを踏まえた上で「民間委託も含めて適切な措置が講じられるよう、周知に努めてまいりたい」とのことですが、最近になってようやく民間委託ということが増えてきているようですね。
ちなみに厚労省も昨年から「医療機関の未収金問題に関する検討会」を開いてこの未収金問題を検討していますが、この報告書が今年の7月に出されました。
この資料について見てみるとなかなか面白い国民意識と言うのも垣間見えてくる気がして興味深いですね。

未収金問題、国民の3分の2が「知っている」 日医が調査結果報告 厚労省検討会(2007.6.1,23:50)

 日本医師会が行なった調査の結果、医療機関の未収金問題について一般国民も患者も3分の2が「知っている」ことが明らかにされました。厚生労働省が設置した「医療機関の未収金問題に関する検討会」が6月1日、第1回目を開催、その中で日本医師会常任理事の今村氏が報告しました。
 「強制的に取り立てるべき」は4分の1程度で、6割弱は「払えない人には一定の配慮をし、払える人からは強制的に取り立てるべき」としています。「強制的に取り立てるべきでない」は16から19%でした。

 調査は今年3月から5月にかけて、国民は無作為抽出による4000人を対象に個別面接調査、患者は医師会員の医療機関の協力を得て窓口で協力依頼した3250人を対象としたもので、回答率は国民65.6%、患者89.0%です。

 未収金問題は、患者負担の増大に伴い増えているとされ、調査ではまず患者負担の水準について質問しています。現状について、「高くなりすぎ」が国民63%、患者45%、「ほぼ妥当」は国民37%、患者55%で、「もっと高くすべき」は国民・患者とも1%未満でした。

現状では医療機関の負担となっている「未払い治療費」を誰が負担すべきかでは、医療機関は国民14%、患者6%と少なく、保険者(地方自治体、健保組合)が国民37%、患者45%、国が国民・患者とも49%となりました。

未収金は医療機関が負担すべきという意見が14%あると言うのは結構笑えるのですが、このあたり制度の上でどうなっているのか気になるところです。
そもそも法的に見れば患者負担分を医療機関での窓口徴収とすることになった昭和33年の国保法改正の時点で、

被保険者(患者)が一部負担金を支払わない場合には、保健医療機関等が善良なる管理者と同一の注意をもって、支払いの受領に努めたが、なおその支払いがない場合に、保険者が被保険者から徴収し保健医療機関等へ交付する

という保険者徴収制度が定められているのですね。
債権債務関係で見ると患者と医療機関との間に存在するのか、保険者と医療機関の間に存在すると見るのか未だ異論があるようですが、とりあえず患者がどうしても金を払ってくれないという場合には保険者に請求する、少なくとも保険者から患者へ請求させるというのが正道と言えるのではないでしょうか。
検討会報告書でも保険者徴収はまだまだ件数が少ないとされていますが、医療機関側もこうした制度をもっと活用すべきだと思いますね。

ちなみに「滞納は診療を拒む正当な事由に相当するか」の問題については厚労省から「社会通念に基づき、個々のケースに即して、診療の必要性を基本に判断されるべきもの」で、不払いを理由に直ちに診療を拒むことが出来ないと言う見解が示されています。
基本的には拒むべきではないが、拒んではならないわけでもないといういつもの玉虫色の見解と言うべきものですが、応召義務が存在し、一定確率で医療費が払えないという患者も必ず存在する以上、払えない患者が発生した場合にどうするのかというのは現実的問題であるわけです。
零細な末端医療機関では悪質常習者は公立病院送りなどといった自主的対応?をしているのやも知れませんが、今や私立医療機関には未払い患者を抱え込めるほど余裕のあるところはそうないんじゃないでしょうか。
各県にER型救急施設を整備するなどと言う話と平行して、こうした患者の受け入れ体制についても早急に話をまとめておかなければならないでしょうね。

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2008年10月10日 (金)

大野事件判決は、判例とは言わない

だそうです。

「大野事件判決は、判例とは言わない」―前田座長

 「大野病院事件の判決は、法律家の間では重視されない。一審判決でしかない。地裁の判断でしかない。法律の世界はそこが非常に厳しくて、原則として最高裁(の判決)でなければ判例とは言わない」―。医療事故の調査機関の創設に向けて7か月ぶりに再開された厚生労働省の検討会で、前田雅英座長(首都大学東京法科大学院教授)は、最高裁の判断を重視することを強調した。「反発する医療界をいかに説得するか」という問題に多くの委員が腐心する中、「言葉だけで、だましてはいけない」との厳しい指摘もあった。(新井裕充)

 医療事故の原因究明や再発防止に当たる第三者機関「医療安全調査委員会」(仮称)の創設をめぐっては、11の病院団体で構成する「日本病院団体協議会」も意見を集約するには至っていない。

 「医療界の反発をいかに抑えるか」という課題を抱えたまま、政局の行方が不透明な中で、法案化が暗礁(あんしょう)に乗り上げた格好になっている。

 このため厚労省としては、次の衆院解散・総選挙までに医療界を説得するための材料を用意し、法案化に向けて一気にアクセルを踏みたいところ。反対する学会などのヒアリングを実施して、病院団体の合意を取り付ける「準備」を入念に進めておく必要がある。

 そのような中、厚労省は10月9日、「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」の第14回会合を開催し、732件のパブリックコメント(国民からの意見)をまとめた23項目の「Q&A」を示した。意見交換では、厚労省案と福島県立大野病院事件判決との関連や、刑事責任を問われる「重大な過失」の意味が議論の中心になった。

 樋口範雄委員(東大大学院教授)は、大野病院事件の判決が一定の基準を示したことを評価し、「福島地裁判決で、こんなことを言っているということを『注』などで出していただくと、標準的な医療行為から著しくかけ離れた場合はこういう場合で、こんなに厳しい要件だから、刑事裁判ではない別の仕組みで医療者が頑張るという本筋が伝わる」と述べた。

 これに対し、前田座長が次のように述べて反対した。
 「大野病院事件の判決は、法律家の間では重視されない。それはやはり、一審判決でしかない。地裁の判断でしかない。法律の世界は、そこが非常に厳しくて、原則として最高裁でなければ判例とは言わない。(大野病院事件は)最高裁まで争って決まったものではなく、一地方裁判所の判断。同じ医療過誤の問題に関しては、最高裁の判断もある。それとの整合性を持たせつつ整理して、医療界の心配を解くことが必要だ」

■「重大な過失」では説得しにくい?
 「重大な過失」の意味について、厚労省が4月に公表した「第三次試案」では、「死亡という結果の重大性に着目したものではなく、標準的な医療行為から著しく逸脱した医療であると、地方委員会が認めるものをいう」としている。
 また、第三次試案を法案化した場合の「イメージ」として、6月に公表した「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」では、「標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡」などとした上で、地理的環境やシステムエラーの観点などを総合的に考慮して、医療の専門家を中心とした地方委員会が「個別具体的に判断する」としている。

 この日の意見交換では、「標準的な医療から著しく逸脱した医療」の意味が問題となった。議論の口火を切ったのは、山口徹委員(虎ノ門病院院長)。「医療界の多くの関心は、委員会に届け出た後に捜査機関に通知されること。『標準的な医療行為から著しく逸脱した医療』という定義は、専門家の中でも見解が違う。多くの医療行為は、全力を尽くして良心的にやっているはずなので、刑事責任を問われるのは、限られたものではないか」

 医療安全調査委員会の設置を強く支援している日本医師会常任理事の木下勝之委員は、「むしろ、『重大な過失』とした方が、『故意に準じるようなひどい過失なんだ』という意味が伝わり、納得してもらえる」と指摘。医療界を説得する上で、「標準的な医療から著しく逸脱した」という表現ではなく、「重大な過失」を使用すべきと主張した。

 これに対し前田座長は「そんなに差はない」と返し、オブザーバーとして出席した警察庁と法務省の担当者も、「重大な過失」と「標準的な医療から著しく逸脱」は同じ意味であると説明した。

 その後も、「重大な過失」か「標準的な医療から著しく逸脱した医療」かといった、“言葉遊び”とも思える議論は続いた。
 児玉安司委員(弁護士)は「この場(検討会)が、医と法の交差点として、社会に向けてきちんとしたメッセージを出していくことが大切」とした上で、次のようにクギを刺した。
 「議事録で、言葉だけで、オーラル・コンポジションだけで、だましてはいけない」

まあ、あのですね、好きに議論していただいていいんだと思いますが、結局一番の問題は第一線でやっている臨床医がついていくかどうかだと思いますよ。
現場にとっては「重大な過失」か「標準的な医療から著しく逸脱した」かが問題なのではなくて、事故調がそのまま刑事裁判へとつながっていくのか、事故調の資料が法廷での証拠として採用されるかどうかといった事の方がずっと大きな問題です。
そのあたりのことをどう処理していくかが、このシステムが患者の言うところの「真実を知りたい」という要求に適うものとなるかどうかの分かれ目になると思いますね。

しかしまあ、今のこの時点で指導力を全く発揮できていない厚労省が何を言おうが誰も相手にしていないんじゃないかと思っていましたら、やっぱり相手にされていなかったみたいですね(苦笑)。

事故調検討会再開「信じられない」―小松秀樹氏

 「こんな時に開催するとは信じられない。今の政治状況でやること自体、むちゃだ」―。医療事故調査機関の設立に向けた厚生労働省の検討会再開について、臨床医の立場から医療崩壊の危機を訴えてきた小松秀樹氏(虎の門病院泌尿器科部長)が主張している。衆院解散・総選挙など政局の先行きが不透明な中、「検討会としてのゴールは決まっていない」や、厚労省案に反対する団体からヒアリングをして抑え込もうとしているとの指摘もある。これまでの会合のように、厚労省が敷いたレールに委員が乗ってしまうだけの “儀式”となってしまわないだろうか。(熊田梨恵)

 厚労省は10月3日、医療事故調査機関の創設について検討する「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」(座長=前田雅英・首都大学東京大学院教授)の第14回会合を9日の午後に省内で開催すると発表した。

 同検討会の開催は3月以来、7か月ぶりとなる。この間、厚労省は4月に第三次試案を発表し、6月にはそれを基にした「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」を公表して、パブリックコメントを募集していた。厚労省案には医療界からの根強い反発があったものの、このまま大綱案が法案化されるものと誰もが思った。しかし、その一方で、同じ6月に民主党から医師法21条を削除するなどの内容を盛り込んだ、厚労省案の対案となる通称「患者支援法案」が発表された。
 こうした中、超党派の議員立法によって臨時国会で法制化しようとする動きも見られたが、9月末の福田康夫首相(当時)の辞任以来、政局の先行きが不透明になっている。

 「なぜこのタイミングで会合を開催するのか」―。衆院解散・総選挙など政局の見通しが立たない中、医療現場からはいぶかる声が上がっている。

 厚労省によると、今回の会合では第三次試案や大綱案の概要説明が行われるほか、寄せられたパブリックコメントが提出される予定だ。
 担当者は、「事務局としては政局などの動きは関係ない。パブリックコメントなど報告できていないことがあったので開催する。会議は1回の予定だが、今後委員から意見を聞き、どうしていくか検討したい」と話している。民主党案を議論のための資料として提示することはないという。

小松先生も露骨すぎるなあ(苦笑)。
いつ如何なる時であれ議論はどんどんすべきだと思いますが、厚労省の場合こういうどたばたの中で適当にやりましたという既成事実だけ作っておいて、「こういうことに決まりましたから」と流してしまいそうで怖いんですよね(苦笑)。

それはそれとして、政府厚労省が何を決めようが、法的観点からどれだけ整合性を追求しようが、医師会なりの団体がどんな合意をしようが、結局のところ医療崩壊という現象はそんな話とは全く無関係に起こっているものです。
別に民主党の肩を持つつもりもありませんが、近い将来民主党が政権担当した場合に、こういうところで出た結論というものがどう扱われるかというのも興味あるところですがどうなんでしょうか?
いずれにしても、この政局のどさくさに紛れてやっつけてしまおうなどと画策していると受け取られてしまったならば、厚労省にとってもうれしくないことになるのではとも思いますが。

しかし近ごろでは皆揃いも揃って事故調事故調と言っていますが、異論数多のこういうところを無理矢理現場無視でまとめるよりも、患者補償制度の拡充などを話し合う方が優先されるべきなんじゃないかと思うんですが…

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2008年10月 9日 (木)

延命処置と安楽死・尊厳死

まずは記事を紹介します。

呼吸器外しの意思尊重を  倫理委が異例の提言

 千葉県鴨川市の亀田総合病院の倫理委員会がことし4月、全身の筋肉が動かなくなる難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の男性患者が提出した「病状が進行して意思疎通ができなくなった時は人工呼吸器を外してほしい」という要望書について、意思を尊重するよう病院長に提言していたことが6日、分かった。

 個別のALS患者のこうした要望について病院の倫理委が判断したのは異例という。

同病院の亀田信介院長は「現行法では呼吸器を外せば(殺人容疑などで)逮捕される恐れがあり、難しい。社会的な議論が必要」として、呼吸器外しには難色を示している。難病患者を支援する関係者らも「自分の意思で外すことを認めれば、患者が周囲に気兼ねして死を選んでしまう恐れがある」と懸念している。

 患者は同県内に住む68歳の男性で、49歳でALSを発症。1992年に呼吸困難に陥り、同病院で呼吸器を付けた。現在はかすかに動くほおにスイッチを付けてパソコンを操り、執筆活動などをしている。

以前から呼吸器外しで担当医が送検されたなどと言う話題が何度か出ているところですが、今回は珍しくイケイケな話です。
安楽死、尊厳死といった言葉の定義もいささか議論あるところだと思いますが、今回は詳しくは突っ込みません。
少なくとも医療業界がこの種の問題、特にその実行面に関してかなり及び腰になっているのは確かだと思いますが、その理由は何かと言うことですね。

とある病院での例ですが、療養病床に入ってくる患者の急変時に人工呼吸、心マッサージなどを含めた積極的な延命処置を行うかどうか、入院時に確認しようと言うことになりました。
こういうところに入ってくる患者というのは基礎疾患持ちの超高齢者ばかりですから、病室に行ってみると息をしていなかったと言うことが多々あるわけです。
一度呼吸器につないでしまうと外せなくなるものですから、もしそうまでせずとも…という希望があるのなら最初から行わないということですね。

実際に行ってみて判ったことは、担当医によってこうした処置を希望する家族の率というのが随分違うらしいと言うことです。
ある医師は「大半の家族は積極的延命処置など希望していない」と言い、またある医師は「延命処置をしなくていいという家族はほとんどない」と言う。
個々の医師による説明時の言い回しの違いなど色々な要因が絡んでいることだと思いますが、こうした問題で確固たる自分の意見を持っている患者・家族というものはそれほど多くはないのではないかなという印象を与える事例だと思いますね。
もちろんこれに加えてよく言われる年金や恩給絡みでの家族内利権などもあるわけですから、よほどしっかりとした説明と同意をやっておかないと後でどこからかトラブってくる可能性は常にあると考えておくべきでしょう。

安楽死・尊厳死の問題が話題になるたびに思うのですが、実行面における一番の問題は患者本人意思を尊重する主体が誰かということではないでしょうか。
そもそも法的な話をするのであれば呼吸器を外すのは治療などというものではなく、別に医師でなければ行ってはならないという類の行為ではないわけです。
安楽死、尊厳死といったものに関して、法的問題がクリア出来るのであれば積極的にとは言わないまでも本人選択枝の一つとして許容するという医師は割合に多いのではないでしょうか。
しかし何故腰がひけているかと言えば、治療でもない(医師の本分でない)行為に善意で手を出したあげく後々のトラブルに巻き込まれると言った場合に救われないからでしょう。
ぶっちゃけた話をするならば「望むのなら止めはしない、ただし後でこっちに責任おしつけないでね」というのが本音なのではないかと思いますね。

法曹界からは「延命処置の停止はガイドライン等に則って行われるのであれば、刑事責任を問われるリスクはほとんどない」という声も聞こえます。
しかし「普段病院に顔を出さなかった遠い親戚」を筆頭に、民事訴訟のリスクは決してなくなることはありません。
法曹関係者からは「民事と刑事を一緒くたにするな」とよく言われますが、はっきり言って現場の感じるストレスからすると刑事と民事のどちらも大きなものであるのは間違いないわけです。
例えて言うならば料理屋で飯を食ったら食あたりしたと言う場合、原因は外国産の食材に毒物が入っていたせいだから大丈夫ですと言われてどうなのかと言うようなものです。
確かにそう言われて店の腕は信用できるかも知れませんが、安心できるかどうかは全く別問題ですよね。
ただでさえ頭を悩ます問題が多数山積している今の医療界において、敢えて危ない橋を渡ってみせるようなメリットなどどこにも見あたりません。

現状で法的に限りなくグレーな領域を敢えて希望すると言うのであれば、その希望する主体である本人または家族が自ら行うのが筋ではないかと思いますね。
何らかの法律ができるならば理想的ではありますが、そうでなければ医療側からは訴追のリスクを考え謙抑的運用というものにならざるを得ないのは当然だと思います。
実際に海外ではいわゆる「自殺装置」の類が用いられている場所もありますし、何らの専門知識がなくとも技術的にも手技的にも実行に問題はないわけです。
「いやよく判らないので先生お願いします」と言うのは単なる当事者の責任回避であって、無関係な他人に謂われなき法的責任を押し付けようという態度こそ一番の問題でしょう。
どうしても自分が手を汚したくないと言うのであれば世論に訴えて法を整備すればいいのであって、それこそが権利を求める人びとが取るべき行動ではないでしょうか。

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2008年10月 8日 (水)

医療に対する被医療者の誤解をとくには

まずはお三方、ノーベル物理学賞受賞おめでとうございます。
ところで皆さん、新聞テレビを見て何の業績で受賞に至ったか理解できましたでしょうか?

どこの分野でも同じだと思いますが、専門分野になればなるほど部外者にとっては話がちんぷんかんぷんになってきます。
PCのように開き直って?解説自体が商売になっているジャンルもありますが、一般的には技術(専門)職と顧客との間にクッションとなる者(営業職など)がいて、両者の仲立ちをするというスタイルが多いんじゃないでしょうか。

もちろん医療分野においてもこうした試みが過去何度もなされているし、業務が多忙化する一方の医師達からも「ムンテラ(患者への説明)くらい誰かやってよ~」という声が日々上がってきているわけです。
この辺りの橋渡しについては前世紀終わり頃から医学教育でも盛んに取り入れられようやく成果も出てきたかなと言うところですが、今回まずは被医療者(一般人)でもある言語専門家の立場からの声を少し長くなりますが紹介してみましょう。

医療用語を患者の視点で 言葉遣いの工夫(田中牧郎・国立国語研究所言語問題グループ長)

 健診の超音波検査で「血管腫」が見つかったことがあった。郵送されてきた通知票で、精密検査の勧めとともに「腫」の文字を見たときは「腫瘍」を、そして「がん」を連想した。CT検査を受け、心配ないと分かるまでは、不安な日々を過ごした。腫瘍は悪性でなければ大丈夫という知識はあっても、不安を打ち消してくれるわけではなかった。医学的には「腫」だとしても、別の呼び名も書いておいてくれていれば、そんなに不安にならなかったのにと、そのとき思った。医療用語は医学の歴史の中で作られてきた専門語だが、患者の目や耳に飛び込んできて、自分の身体のこととしてとらえなければならなくなると、医学の文脈を離れて、患者の文脈に取り込まれる。患者の視点で医療用語を見ることが、もっと必要ではないだろうか。

 ■言葉遣いの問題

「○○剤の副作用で、重篤なショック状態に陥る危険があります」。医療従事者にとっては普通の言葉だろうが、これをきちんと理解して、自分で判断しようとする患者には、とてもわかりにくい言葉だ。こうした言葉が、何の注釈もなく、検査や治療の際の同意書に書かれていたり、医師の口から話されたりするのは、改善すべき問題だ。医療者による説明と患者の同意とが重視されるようになったものの、説明と同意の間に本来あるべき患者の理解や納得が抜け落ちているという問題は、言葉の面からもうかがえる。

 この言葉には、患者にとって二つのわかりにくさがある。第一に、副作用の危険があると言っても、その危険が自分の検査や治療の場合に起きる可能性を意識するべきなのかどうかがわからない。数字で確率が示されればわかりやすいと思う一方で、数字があっても自分の場合に起こるかどうかを考えて判断するのは難しいかもしれない。このように、医学の知識のない患者が的確に理解し納得することが困難な部分が、医療にはどうしてもつきまとう。

 わかりにくさの第二は、「重篤なショック状態」というのが、どのような状態を指しているのかが、わからないということだ。これは、医学の知識の有無には関係なく、言葉遣いの工夫によって解決できる問題だ。この、第二のわかりにくさを解消するだけでも、医療現場のコミュニケーションは、ずいぶん改善されるはずだ。言葉について研究活動をしている者として、この部分に発言したい。

 ■わかりやすくする言葉遣いの工夫

 まず、「重篤」という言葉は、一般の人にとってなじみがない。国立国語研究所が07年2月に、国民2000人に対して、単語を書いたカードを示して行った調査では、「重篤」という言葉を見たり聞いたりしたことがあると回答した人は40%、意味が分かると回答した人は28%しかいなかった。「重篤」は、患者の4人に1人強にしか通じない。症状の程度を表す医療用語は多いが、誰にでも通じる言葉は「重い」「重症」などだろう。「重篤」が、「重い」「重症」よりもひどい状態を指すのであれば、「ひどく重い」「ひどい重症」などと言えばよい。患者になじみのない言葉は、日常語で言い換える工夫をすべきだろう。

 次に、「ショック状態」という言葉だが、冒頭の文では、血液が循環しなくなり死の危険がある状態という意味で使われているようだ。しかし、医療の場に慣れていない患者は、日常語での「ショック」の意味から類推して、からだに衝撃が走る危険があるのだと誤解してしまうおそれが大いにある。誤解を生む「ショック」という言葉は使わずに、「血液の循環がうまくいかなくなって命を落とす危険があります」などのように言い換えるべきではないか。

 ■医療者の言葉遣い

 国立国語研究所では、08年3月に、医師3000人、看護師・薬剤師1280人に、医療用語100語を患者に対してどう使っているかについて回答してもらった。その選択肢と「重篤」「ショック」の結果を示すと、表の通りである。

【重篤】

そのまま使い、言い換えや説明を付けない  医師31.3% 看護師・薬剤師8.5%

そのまま使うが、言い換えや説明を付ける  医師34.4% 看護師・薬剤師21.4%

そのままでは使わず、内容や概念は別の言葉で表す  医師30.7% 看護師・薬剤師34.7%

使わない  医師3.7% 看護師・薬剤師35.5%

【ショック】

そのまま使い、言い換えや説明を付けない  医師15.1% 看護師・薬剤師25.1%

そのまま使うが、言い換えや説明を付ける  医師59.0% 看護師・薬剤師45.4%

そのままでは使わず、内容や概念は別の言葉で表す  医師18.7% 看護師・薬剤師13.1%

使わない  医師7.2% 看護師・薬剤師16.4%

 現状では、患者にとって分かりにくい「重篤」や、誤解を生みやすい「ショック」を、多くの医療者が使っている。適切に言い換えや説明がなされていれば、その言葉を使う方が効果的に伝わる場合もあろうが、「そのまま使い、言い換えや説明を付けない」とする回答も多く、問題だ。医療者の言葉遣いには、改善の余地がある。

 ■国立国語研究所の「病院の言葉を分かりやすくする提案」

 このほか「炎症」「潰瘍」「合併症」など、患者にとってわかりにくい言葉を、何の説明も加えずに使っている医療者が多いことが明らかになった。一方、別に実施した、医師が患者への説明に苦心している事例を集める調査では、同僚が「ショック状態」と言って、患者の家族に全く通じていない様子を見てからは、「心臓からの血液の供給も不十分で、危険な状態です」と言うようにしているなど、医師が様々な体験や工夫を重ねていることもわかった。

 医療現場で問題を起こしがちな言葉について、言葉遣いをどう工夫すれば、患者の理解と納得につながるのか、知恵や工夫を集めた指針づくりが望まれる。国立国語研究所が、医療の専門家と言葉の専門家からなる「病院の言葉」委員会を設置して活動に着手した、「病院の言葉を分かりやすくする提案」は、そうした指針作りに向かうきっかけになることを目指している。

参考になるサイト「病院の言葉を分かりやすくする提案」(http://www.kokken.go.jp/byoin/)に、本文で紹介した調査結果の一部も掲載しています。

一昔前には「患者に言いにくい話はドイツ語で話すようにしていたら、ドイツ帰りの患者でバレバレだった」なんて笑い話?があったようですが、今やカルテ開示を視野に入れてカルテ記載は原則日本語なんて言っている時代です。
現場の意識は日々変わってきているのも事実ですが、よくある「医者の言うことが判りにくいんじゃゴラァ!」なだけの批判と違って、こうやってある程度定量化してもらえると判りやすいのは確かですね。

医療を判りやすくという総論についてはもちろん大多数の医療従事者にとっても異論ないところだと思いますが、問題はそれに要する業務量の増加です。
例えば「肺にバイ菌が入って」なんて言いかえてみたところで、実のところ「肺って何ですか?」レベルな人が多いというのも確かなんですよね(中学校の時に「肺の面積は畳80畳分」なんて習った記憶が…)。
医者がいちいちそこまで戻って説明するのも実際のところ無理ですから、何とか説明文を定型化して医師以外のスタッフにやらせようと努力している病院が多いのではないでしょうか。

ところが医療というものが他の分野と少しばかり違うのは、一つには直接的に命を扱うというシビアな領域が多いということ、そしてもう一つは扱う対象の個体差が極めて大きいということです。
これが何を意味するかと言えば、重要な局面ほど後々トラブって訴訟などにつながりやすいと言うことは容易に理解できると思いますが、そうした場面ほど最も多忙を極めているはずの医師本人による微妙な説明のテクニックが要求されるということなのですね。
医者の方でもそういう患者理解の難しさを承知している(おおむね説明もうまい)医者ほど、患者説明を人任せにして妙にこじれさせられてしまう事を心配するもので、結果としていつまでたっても仕事が減らない。

昨今ではこれに防衛医療という概念が濃厚に絡まってきていますから、従来からの「医者はまず患者の治療をやるのが仕事」的な職業観を持つ医師と「十分な説明と同意の上でなければ治療を行うことなど許されない」と考える医師との間でかなり面倒なことになってくる場合もあるわけです。
例えばこういう笑い話のようなエピソードがあります。

重症患者が救急車で搬送されてきた。
診察に当たったベテラン外科医は患者を一目見て、ただちに緊急手術を要する状態であると判断した。
医師「今すぐ手術を行わなければ命に関わります!一分一秒を争う!この場ですぐに決断してください!」
家族「判りました!よろしくお願いします!」
即座に手術のための準備が開始され、患者は大急ぎで手術室に運び込まれた。
手術開始に先立って担当する麻酔科医から、家族に麻酔をかけることのリスクについて説明が行われたが、この説明は懇切丁寧なものであったため一時間以上を要した。

こういうことはどちらが正しいというわけではないのでしょうが、ある意味で今の時代はこうした多様な医師達が混在する過渡期であることは事実と言えるでしょうね。
何十年かたって医療が再び安定期に至ることがあるとすれば、医療現場でどういう対応が一般化しているかは想像してみると興味深いものがありますが…

さて、医療に関する誤解と言えばもう一つ、こういう話もあります。

産経新聞【主張】 がん生存率 データ公表病院を増やせ

 厚生労働省研究班が、がんの治療5年後の「生存率」を集計し、インターネット上に公表した。安易な病院ランキングも氾濫(はんらん)するなか、信頼できる情報を出すことは大きな意味がある。

 しかし今回のデータ提供は国公立のがん専門病院がほとんどで、一部は病院名を公表しなかった。情報を提供する病院を増やすとともに、データも基準を統一し、精度を上げるなどの改善が今後の課題となろう。

 研究班は平成11年と12年の2年間に初めて入院治療を受けた患者について「全国がん(成人病)センター協議会」加盟の32病院のうち26施設からデータの提供を受けた。症例数100以上で、生死を把握できた追跡率が9割を超えるなど基準を満たした病院について生存率を求めた。

 その結果、算出できた病院数は胃がん20、肺21、乳18、大腸17、子宮頸(けい)8で、それぞれ1~4病院がデータ不足でほかの病院との比較ができないと判断され、病院名を出さなかった。実名を公表したのは19病院だった。

生存率公表で病院名を明らかにできれば、患者は治療先を選びやすくなる。その半面、落とし穴もある。生存率はがん患者の重症度に大きく左右され、データの精度が低いと誤差も生じるからだ。

 研究班主任研究者の猿木信裕・群馬県立がんセンター手術部長は「今回の生存率は病院の優劣をそのまま示すものではない。参考資料の一つと考えてほしい」と説明している。その通りだろう。

 がんは30年ほど前から死因の第1位となり、死者は年間30万人を超える。国民の3人に1人はがんで死亡している。国家戦略としての対策が求められる。

 昨年4月には、がん研究の推進と治療技術の向上を基本理念に掲げた「がん対策基本法」が施行された。その2カ月後の6月には「がん対策推進基本計画」が閣議決定されている。

 この基本計画で重点的課題の一つに挙げられたのが「がん登録」だ。患者の罹患(りかん)状況を集めて分析するシステムで、生存率も登録データから算出される。地方自治体や病院、学会が協力して精度の高いデータをまとめるシステムを築き上げる必要がある。

 がんの予防には喫煙率を減らすことはもちろん、検診による早期発見が重要なカギを握ることも忘れてはならない。

ま、医療に激弱(あるいは確信犯的反医療マスコミ?)と定評のある産経らしい記事と言えば言えるんですが…
ちなみに元データを公開しているサイトはこちらのようですね。

この手の「ランキング」もまさに「誤解」を招いている一例ではないでしょうか?
ちなみに癌患者の場合、一般的に「五年たって生きていれば治ったと見なす」と言う意味で五年生存率というものを治療成績としてもちいます。
例えば今回の調査の対象となっているのは以下のようになっています。

1999年、2000年に各施設で初回入院治療を受けたがん患者
上皮内がん、ステージ0の患者は除外した15歳以上95歳未満の患者
手術だけでなく、化学療法、放射線療法を受けられた患者、積極的な治療を受けなかった患者も含まれる

実際によく聞く話ですが、癌と診断のついた患者から希望されて専門施設に送っても結構送り返されてくることが多いわけです。
一般的に肺癌や胃癌などでは外科的に切って取ることが最も効果的な治療となる場合が多いのですが、十分に切って取れそうな(勝算の見込める)症例なら受け入れてくれるでしょう。
手術が無理でも化学療法や放射線療法でそれなりに対応できそうな患者、特にその施設が熱心にやっている治療に適合する患者も受け入れてくれるかも知れません。
しかしどこからどう見ても勝ち目のない患者というものは得てして癌センターなどでは治療対象外と判断される場合も多く、結局は追い返されて元の病院に戻ってくるわけです。
では勝ち戦にしか手を出さない病院と、負け戦になることを覚悟の上で受け入れてくれる病院、どちらが良い病院と言うべきなのでしょうか?

そしてもう一つの問題はこれとは逆な話とも言えますが、専門施設とは本来「専門的医療に特化した病院」であるべきであって、どこの病院で行っても変わらないことであればそれは専門施設で扱うべきではないということです。
一例を挙げるならば、「風邪をひいて大学病院にかかる」と言う行為が大学病院でしか治療し得ない患者の受診をどれほど妨害しているかを考えてみるのがよいと思います(残念ながら、日本の場合そういう例が幾らでもあるという世界でも希な医療事情を誇っているわけですが…)。
一般病院では9割が亡くなるが専門施設にかかれば2割は助かる可能性があるという状況において、その2割を確実に助けられるように最大限の努力をするのが専門施設の存在意義というものです。
どこで扱っても大差ない症例にまで手を広げて見た目の治療成績を引き上げてみても仕方がない、というよりも、現在の医療リソースの不足を見れば扱うべきでない症例にまで手を広げた病院は軒並みスタッフの疲弊を招き医療の質を低下させていっていると言えるわけです。
「生存率公表で病院名を明らかにできれば、患者は治療先を選びやすくなる」などと言う単純な話に結びつけていますが、安易な情報を氾濫させて産経は医療を潰したいのでしょうか?

マスコミさんは一昔前に偏差値至上主義をさんざん叩いておきながら、今また全く学習することなく同じ轍を踏もうとしているのでしょうか。
お気楽な記事を書く前に、本当に患者のために必要な情報とは何か、望ましい医療実現のためにどう行動すべきかを一般市民に啓蒙していくことこそがジャーナリズムの役割なのではないでしょうか?

残念ながら日本にはまともなジャーナリズムが根付いていないなどと言われる現状では、国民自らがまず「そもそも患者にとってよい病院とは何か?」ということを考えてみるところから始めなければならないでしょうね。

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2008年10月 7日 (火)

みんな貧乏が悪いんやっ!

週明けからさらに一段と株価下落に拍車がかかっているようです。
世界恐慌の再現なんてことになってもらわないよう祈るしかないですが、特に震源地のあちらウォール街では色々と大騒ぎになっている様子。
今日はちょっと畑違いのそちら関連のニュースからはじめてみます。

【米金融危機】「なぜウチだけ…」リーマンCEO議会で恨み節

 【ワシントン=渡辺浩生】経営破綻した米証券大手リーマン・ブラザーズのファルド最高経営責任者(CEO)は6日、米下院公聴会で証言し、破綻に至った経営判断について「全責任が私にある」と述べた。ただ、その一方で、リーマン破綻翌日に当局の線引きで米保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)が救済されたことについ「なぜリーマンだけ救済されなかったのか」と恨み節も漏らした。

 先月15日の連邦破産法11条適用申請から3週間。ファルドCEOは、やつれた表情で「当時の情報に基づきとった判断と行動の全責任は私にある」と強調した。金融危機の引き金となり「会社に起きたことやその影響の大きさを考えると、恐ろしくなる」とも打ち明けた。

 しかし、AIG救済をめぐり、議員から「リーマンだけ救済されなかった正当な理由はあるか」と尋ねられると、ファルドCEOは「なぜ私たちだけだったのか分からない」と政府の線引きに疑問を呈した。

 さらに、リーマン破綻後に株価が急落した証券大手ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーが銀行持ち株会社化への移行を米連邦準備制度理事会(FRB)に認められたことについて、「そうした変化がもっと早かったら、リーマンには非常に大きな助けになっていたに違いない」と述べ、当局の支援策を受けていれば破綻が回避できたという認識を示した。

 下院監視・政府改革委員会はファルド氏の2000年以降の報酬を現金・株式合計で約4億8000万ドル(約504億円)という試算結果を発表。ファルド氏は「大半はリーマン株式でいまだ持っている。現金報酬は6000万ドルだと思う」と反論した。

しかし改めて見ると、あちらのお偉いさん達ってホント日本の感覚からするとあり得ないくらいにもらってますよねえ…

一度下院で否決された金融安定化法はようやく再可決されましたが、未だに選挙民たる国民からは「あんな高給取りの連中をなぜ庶民の金で助けないといけないんだ!」と議員達に不平不満の声が殺到しているとか。
まあ素朴な感情としてそういう感覚は十分に理解できるしわけですが、一方で例えば野球界トップクラスの選手のイチローたちが年俸何十億という世界にいるわけですから、金融界トップである人びとも同じように何十億の世界にいてもおかしくはないという考え方もあるわけです。

ただこの場合金融業界の住民達が留意すべきなのは、例えばメジャーでストライキをやったときの野球ファン達の冷めた目線ではないですかね。
別に希少な能力を発揮して稼ぐことに対して文句はないですが、それ相応の態度でもって自らに科せられた責任も果たしてもらわないといけないということでしょう。
トップが権力に見合った義務を果たさなければ下からそっぽを向かれるというのは、どこの業界でも全く同じことですからね。

といった前振りはそれくらいにしておいて、今日の本題はこちら。
微妙なニュアンスの違いを感じていただきたいので二つの記事を併記してみます。

タッチで対応迅速に 救急医療情報システム改良

 救急搬送における情報を集約、発信する大阪府内の救急医療情報システムが1日、リニューアルスタートした。
タッチパネル式入力専用端末などが導入され、医療現場では「より迅速に対応できるようになる」と期待の声が上がっている。
 同システムはインターネットを通じて、医療現場が空きベッドや対応医師の状況などを随時発信、救急隊が救急搬送に利用する。
これまで「リアルタイムの入力が困難」といった使いづらさが指摘されていた。
 リニューアルでは医療現場の大きな負担となっていた項目ごとの確認チェックなどを廃止。ボタン一つで
表示可能な登録を新設するなど、実用性を考え入力項目を整理、救急隊による携帯電話でのアクセスも可能とした。
 また、従来はパソコンを使っての操作だったが、タッチパネル式入力専用端末の導入により、立ち上げや入力にかかる手間を短縮。
10月1日現在で、全12の救命センターのほか二次告示病院や消防機関、行政機関などに計276台が設置された。
 大阪市中央区の「国立病院機構大阪医療センター 救命救急センター」では、担当の医師がタッチパネルを操作し
「簡単で非常に使いやすい」と評価。同センターの定光大海センター長は「今、大阪の救急医療は危機的な状況にあるが、
その問題点の一つが情報。これで100パーセント解決できるとは思わないが、改善につながる一つの要素として期待している」と話していた。

受け入れ病院、携帯で検索 大阪府、即時把握可能に

 大阪府は10月から、病院側が消防機関に提供する救急受け入れ態勢のデータを、患者を搬送する現場の救急隊員が携帯電話で検索できる新システムを稼働させた。

 病院の入力作業も簡略化。どの病院が患者の受け入れが可能か、従来のシステムよりリアルタイムでの把握が可能となり、府は“たらい回し”解消につなげたい考えだ。

 府によると、新システムは、各病院がタッチパネル式専用端末で「ベッドが満床になった」「当直の医師が別の診察で対応できなくなった」といった情報を入力。救急隊員は携帯電話からインターネットで空き病院を探す。一般の人はアクセスできない。

 これまでのシステムは救急車に専用端末を搭載する必要があった。システムが古く動作が遅い上に、治療中の患者数など入力項目が多すぎたという。このため病院側の更新が遅れがちで、救急隊からは「リアルタイムの状況が分からず役に立たない」との声が上がっていた。

何も知らずに記事を読んだ人は誤解するかも知れないので言っておきますが、大阪というところは日本救急医療発祥の地だけあって従来から救急医療が充実していまして、実際に救急搬送時間の全国ランキングでも上位なのです。
一方で大阪府と言えば財政破綻で知られており、はっきり言って無駄金を使う余裕などどこでもないわけなのです。
その大阪でですよ、またこうやって巨額の金を使って専用のシステムまで組む、これで救急医療も万々歳だ!ってあ~た、金もないのにまたハコモノだけ充実ですか…orz

この旗振りをしている連中は根本的な救急搬送の問題点が判っていないのでしょうか?
以前にも何度か書きましたが、救急の問題というのは現場のマンパワー不足とコスト、法的問題などなど多岐にわたっていますが、根本的には「受けることに何のメリットもないから誰もやりたがらない」ということに尽きるわけです。
これに対する抜本的対策というのは「頑張ってくれたらちゃんと見返りは用意するよ」と言う上の断固たる意志を現場に認めさせることであって、今いちばん金をかけるべきなのは役立たずの高価なおもちゃなんかじゃないでしょうよ。

想像するに今頃府内の公立病院では「救急受け入れの可否は医師にしか判断できない」とか何とか理由を付けて、こういう機械の操作も当直医の仕事ってことになってるんじゃないでしょうか。
国の医療政策でも往々にして見られることですが、現場がオーバーワークで息を切らしているのに更に現場に負荷をかける方向でしか対策できないというのは何と呼ぶべきなんですかねえ。
ほんと、上がアレだと下が苦労するってのはどこの世界でも同じことですよ。

それとも実は全ての問題点は理解していながら、人材よりもハードウェアに金を使いたい何かしらの理由でもあるというのでしょうかね…

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2008年10月 6日 (月)

足りぬ足りぬは…が足りぬ

まず始めに、医療過誤原告の会ホームページにこんな素晴らしいイベントの広報が出ていましたので紹介します。

人権講座 「ネット社会と人権侵害-医療被害者の経験すること」

奈良女子大学で、下記の企画がございます。 ご多忙中恐れ入りますが、ご出席いただけましたら幸いです。恐れ入りますが定員の都合がありますので、ご参加のときは、お手数ですが事前にお知らせ下さい。よろしくお願い致します。

人権講座 「ネット社会と人権侵害-医療被害者の経験すること」

 杉野文栄 (杉並割り箸事故事件) 30分
 高崎憲治 (大淀町立病院事件) 20分
 山口研一郎 やまぐちクリニック院長 20分
 質疑応答 20分

 日時 10月10日(金) 16:30-18:00
 場所 奈良女子大学 生活環境学部会議室 約80席

 趣旨
    医療事故被害者は、事件そのもので本人および家族に身体的・精神的・社会的被害が及ぶだけではなく、その後の社会から受けるバッシングによっても大きな被害を受ける傾向がある。この講演会では、1999年7月に杉並区の養護学校行事で綿飴を咥えて転倒し、口蓋内に折れた割り箸が残留してなくなった事件の当事者である杉野さんと、大淀町立病院で出産中に脳出血を起こし搬送先が6時間見つからずにようやく受け入れられた病院で1週間後に亡くなられた女性の義父に当たられる高崎さんから、事件後に、とくにネット上で医師等から受けたバッシングについて語っていただく。
   また、医師の立場から、山口研一郎氏よりネット社会において医療被害者の人権をどう守って いかなければならないかについて語っていただきます。

              奈良女子大学 栗岡幹英

演者の方々のうち前二者は皆さんご存知の通り有名な両事件における患者ご遺族の方、山口氏はこちらのように以前から大淀事件などでコメントを出している方ですが、御高名な功名心先生のシンパということでよろしいようですね。
これで協賛が毎日新聞とかであったらば医療関係者必聴と言うことになるところですが、いずれどなかたが講演内容をレポしてくださることを期待しております。

イベントの紹介はそれくらいとして、こちらも興味深い記事がありましたので紹介しておきます。

医療改革テーマにフォーラム―構想日本

 民間の非営利シンクタンク「構想日本」(加藤秀樹代表)は9月30日、「医療改革」をテーマに東京都内でフォーラムを開いた。6人の医師とNPO関係者らがそれぞれの立場から医療現場の現状と改革の必要性を訴えた。

 山形大医学部の嘉山孝正部長は、外資系コンサルタント企業のマッキンゼー・アンド・カンパニーの就職説明会に「東大医学部の学生が23人も訪れていた」ことも取り上げた。フォーラムにはマッキンゼーに入社した国立大医学部卒の元医師も来場していた。元医師は医学部を卒業して2年間の研修を終えた後、医療現場を離れたという。嘉山部長らに「なぜ医師を辞めてマッキンゼーで働こうと思ったのか」と尋ねられ、元医師は「研修を終えて、医療現場は明らかにおかしいと感じた」と率直な感想を述べた。これに対し、東京医科歯科大大学院の川渕孝一教授が「多くの国税を使って医師になれたのに、良心の呵責(かしゃく)は覚えないのか」と質問。元医師は「(マッキンゼーは)最初から3年だけと決めていたので、来年4月には退職して医療現場に戻る予定だ」とした。

 また、嘉山部長は、臨床現場でろくに仕事もせずに高収入を得ている医師がメディアに頻繁に登場しているとして、「『美人整形外科医』などと持ち上げられて、命に関係ない仕事で金ばかり稼いでいる」と痛烈に批判した。同時に、「楽で高収入を得られる仕事ばかりを評価する」一部メディアの姿勢と、「(それを受け入れる)国民性と価値観」にも疑問を投げ掛けた。

 医療現場の疲弊と医師不足問題も論じられた。北里大医学部の海野信也教授は産婦人科医療の崩壊について説明した。海野教授が産婦人科医約160人の「在院時間」のデータを取ったところ、月平均295時間(週70時間以上)にも上ったという。「分娩できる医療機関は、毎年100以上減っている。分娩施設が減ると、残った施設に分娩が集中し、診療の質は低下。余裕がなくなって産婦人科医から撤退、という悪循環になっている。わたしも同じように週70時間以上働き、月10回の当直をこなしていた。現在、若い医師にも同じことをやらせている。人手が足りないので、そうしないと現場が回らない状況だが、そういった積み重ねが産婦人科医を減らしたのかもしれない」と述べた。
 川渕教授は、「10年前と比べて分娩数は8%減っているが、分娩できる施設は32%減っているというデータを見たり、産婦人科医の2割が70歳以上と聞いたりして驚いた」と話した。
 埼玉県済生会栗橋病院の本田宏副院長は、「医療には限界と一定の割合で不確実性がある。全力を尽くしても、治療の途中でお亡くなりになる方もいる。最近ではそういったケースも医療事故を疑われることもあるし、訴えられる危険性もある」と語った。また、絶対的な医師数の不足により、一人で何役もこなさなければならない状況についても言及。「本来なら専門医がやるべき抗がん剤治療、救急治療、緩和ケアをわたしがやっている。患者は当然のように専門医がやってくれていると思っているが、実態はそうではない」と述べた。
 大阪府立母子保健総合医療センターの森臨太郎企画調査室長は、新生児科で1か月間病院に住み込んで、通常の診療と並行して3時間置きにNICUで新生児の血液検査をした経験を話した。「意識がもうろうとしていた。医師の間ではこの手の話は武勇伝として語られるが、治療を受ける患者側から見たらどうだろうか。そんな状態の医師に診てもらいたいだろうか」と、長時間労働に疑問を投げ掛けた。

 医師不足を一時的に解消する案も幾つか挙がった。川渕教授は、「余っているといわれている歯科医に研修を受けてもらって、麻酔医として活用するのはどうか」と提案。これに対し、嘉山部長は「全身管理は麻酔のプロでなければ難しい。しかし、チーム医療の一員としては戦力になるかもしれない」と述べた。
 嘉山部長は、「医学部生の5年時での国家試験受験」を提案。「4年時に一度臨床をやって、また卒業して2年やるのは時間の無駄。5年で国家試験を受けさせて臨床研修の期間を短縮すれば、それだけで一気に16000人増える」と説明した。
 医師不足を解消する手段として、治療だけでなく予防に焦点を当てた話題も出た。森室長は英国が2003年に始めた「家庭医制度」を紹介。各地域にプライマリーケアを担当する家庭医を配置して、地域住民の健康度がアップすると、医師にインセンティブが付くシステムだという。森室長は「これだけで医療崩壊を防ぐことはできないが、防ぐための一つのパズルにはなり得る」と話した。

登場人物にそうそうたるメンバーが揃っているだけのことはあって、突っ込み所が多すぎてどこから突っ込もうかと迷うような話ではあるのですが(苦笑)。
ちなみに記事中の川渕孝一なる人物は医大教授と言うことになっていますが、元々医学畑出身ではない厚生省官僚上がりです。
彼がどのような経緯で現在のポストに就任しているのかも興味あるところですが、彼の発言には厚労省という組織の感覚が見て取れて面白いなと思いますね。
しかしまあ、今どきこのレベルの認識で医療改革を語ろうとは逆に恐れ入りますね。

ちなみに某便所の落書きで使用されているコピペを紹介しておきます。

★Q 医者を1人育てるのに、数千万の税金が注ぎ込まれているというのは本当ですか?

☆A 医学生にかけられる純粋な教育費用の一例として、医系単科大学である浜松医大を見てみましょう。

財務諸表 http://www.hama-med.ac.jp/university/report_open/PDF/zaimushoryo.pdf
事業報告書 http://www.hama-med.ac.jp/university/report_open/PDF/jigyouhoukokusho.pdf

これらのデータによれば、浜松医大は教育経費は2億5391万円、学生数は1027名(うち医学生595名)。
すなわち、全学生平均で年間24万7千円。6年間では256万円にしかなりません。
仮に全教育経費が595名に集中したとしても、年間42万6千円にしかならないことが分かります。
言うまでもなく、国立大医学生は年間50万以上の学費を支払っており、
医者1人育てるのに数千万かかるというのは単なる「都市伝説」でしかないことが分かります。

参考までに、一橋大・東工大・東京藝大の教育経費と学生数を見てみましょう。

http://www.hit-u.ac.jp/guide/information/pdf/H16zaimu.pdf
http://www.hit-u.ac.jp/guide/pdf/06-30-1.pdf
http://www.hit-u.ac.jp/guide/pdf/06-30-2.pdf
http://www.titech.ac.jp/about-titech/j/fs.pdf
http://www.titech.ac.jp/about-titech/j/gakuseigaiyou-j.html
http://www.geidai.ac.jp/guide/public/publicinfo_pdf/20050915_01.pdf
http://www.geidai.ac.jp/guide/public/publicinfo_pdf/20050915_03.pdf

同様に、年間教育経費はそれぞれ、10万2千円、38万8千円、26万6千円になります。
これにより教育経費は、 理工系>芸術系、医学系>文型 であることが分かります。
いずれにせよ「私大は論外、国立大の学費でさえ高すぎる」というのが現実でしょう。

さて、世の中には「楽で高収入」の仕事もあれば、「きつくて低収入」の仕事もあります。
人間どちらか好きな方を選べと言われれば、他の条件が同じであればまず前者を優先的に選ぶ人間が多く、そちらが一杯になってきて初めて後者にも人が流れてくるというのが当たり前の現象ではないでしょうか。

もちろん「資格が取れるから」「社会に貢献できるから」等々色々な理由付けによって厳しい環境でも進んで献身的に業務をこなすという人間もいるでしょうが、決して多数派ではないでしょうね。
医師は長らく普通でない選択をする人びとが多く存在してきた得意な職業ですが(苦笑)、さすがにこの情報化社会において労働者として当たり前の選択を自ら回避するほど浮世離れした人びとは多くはなくなってきた、少なくとも国民が求める医師数を充足するほどにはと言うだけのことなのです。

しかしそうした当然の選択をする人間が多くなってきたことは、果たして「痛烈に批判」されるようなことなのでしょうか?
特別な聖人君子や奴隷根性の人間でなければ務まらないような場所ではなく、当たり前の良識と誠実さ、そして社会一般と共通する価値観をもった「ごく普通の人間」が携われる職場環境であってこそ、社会に求められる規模を持ち当たり前の社会常識が通用する医療現場が維持し得るのではないでしょうか?
とすれば批判されるべきは当然の選択を行った現場の臨床医ではなく、彼らにとって魅力的な職場環境を提案できなかったばかりに現場の離反を招いた人びとであったということが言えるのではないでしょうか?
例えば医学部長であるとか医学部教授であるとか、あるいは厚労省官僚といった人びとこそが。

彼らのような人びとがどこで何を言おうが第一線の臨床医の耳に届くことはあっても心にまで届くことはまずないでしょうが、最後に彼らに送るべき言葉として、有名な次のエピソードを紹介して終わりにしたいと思います。
国民の皆さんが医師に求める資質とは佐藤師団長のそれでしょうか、それとも牟田口軍司令官のそれでしょうか?

昭和19年3月、牟田口廉也中将率いる第十五軍(第15、31、33師団)を中心とする約10万の日本軍が、インパール平原に拠る英軍を駆逐せんとした「インパール作戦」が実行に移された。軍司令官の功名心とインドの革命家チャンドラ・ボースへの政治的配慮により作戦は発動された。

日本軍は補給計画がなく、牛や山羊といった輸送用の家畜を食料に転用する計画であったが(ジンギスカン作戦)、頼みの家畜の半数がチンドウィン川渡河時に流されて水死、たちまち破綻した。物資が欠乏した各師団は相次いで補給を求めたが、牟田口の第15軍司令部は「これから送るから進撃せよ」「糧は敵に求めよ」と空電文を返すばかりであった
第31師団はイギリス軍の不意を突く事に成功し、インパールの北の要衝コヒマを占領していたが、一粒の米、一発の弾薬も届かない状況を危惧した第31師団長・佐藤幸徳陸軍中将は「作戦継続困難」と判断して度々撤退を進言する。
しかし、牟田口はこれを拒絶し作戦継続を強要したため双方の対立は次第に激化し、佐藤は、
「善戦敢闘六十日におよび人間に許されたる最大の忍耐を経てしかも刀折れ矢尽きたり。いずれの日にか再び来たって英霊に託びん。これを見て泣かざるものは人にあらず」
と返電し6月1日に兵力を補給集積地とされたウクルルまで退却させた。その後7月3日作戦中止命令が出され、作戦は失敗に終わる。
戦死者3万。傷病兵4万、チンドウィン河の右岸に集結できた第十五軍の3個師団の残存兵力は作戦前の三分の一であった。そしてその退却路は「白骨街道」といわれた。

7月10日、司令官であった牟田口は自らが建立させた遥拝所に幹部を集めて次のように訓示した。
「諸君、佐藤烈兵団長は、軍命に背きコヒマ方面の戦線を放棄した。食う物がないから戦争は出来んと言って勝手に退りよった。これが皇軍か。皇軍は食う物がなくても戦いをしなければならないのだ。兵器がない、やれ弾丸がない、食う物がないなどは戦いを放棄する理由にならぬ。弾丸がなかったら銃剣があるじゃないか。銃剣がなくなれば、腕でいくんじゃ。腕もなくなったら足で蹴れ。足もやられたら口で噛みついて行け。日本男子には大和魂があるということを忘れちゃいかん。日本は神州である。神々が守って下さる…
以下、訓示は1時間以上も続いたため、栄養失調で立っていることが出来ない将校たちは次々と倒れた。

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2008年10月 5日 (日)

宇宙船「神舟7号」の悲喜劇(続報)

前回ちょっとおもしろおかしいネタとして取り上げた中国の宇宙船「神舟7号」の騒動ですが、どうも妙な塩梅に延焼しちゃってるみたいですね。
まあ近ごろでは中国絡みのニュースと言えばネタか?と思えるようなものも数ありますから、どうしてもハナから身構えちゃうのはやむなしなところもあるわけですが。

中国国内のネットで議論騒然、「神舟7号」の船外活動は捏造映像なのか?

【Technobahn 2008/10/2 16:10】9月25日に打ち上げられ、28日には中国初の船外活動を行い、その模様の地上に生中継することに成功した有人宇宙船「神舟7号(Shenzhou VII)」に関して、今、中国国内のネットでは熱い議論が繰り返される状態となっている。

 中国国内向けに生放送された「神舟7号」の宇宙飛行士による船外活動の映像の中に、何度も「気泡」のようなもの(画像上の赤い円で囲った部分)が上昇するシーンが写りこんでいたからとなる。

 中国語系の掲示板には宇宙空間で「気泡」が生じるおかしいとし、この映像は事前に用意された捏造映像ではないかとする書込みが続く一方で、熱心な愛国主義者からは「台湾人は黙っていろ!」といった中傷的な書込みも続くなど、今、中国語系の掲示板は、この問題を巡って意見が真っ向から対立するところとなっている。

 実は、中国国内のネットで中国の宇宙開発の捏造説が飛び出すのは今回が初めてのことではなく、昨年打ち上げられた中国初の月探査衛星「嫦娥1号」の撮影した月面映像を巡っても、映像はNASAが打ち上げた映像を利用して捏造されたものではないかとする議論が飛び出し、中国の宇宙機関となる国家航天局(CNSA)の責任者が異例とも呼べる反論を行わなければならない状況となった。

 今のところ、当局はネットで続く「神舟7号」捏造説の書込みに関しては「黙視」する姿勢を示しているが、こうした書込みが続くようであれば、「嫦娥1号」の時と同じように何らかの説明を行わざるを得ない状況に発展することも危惧されている。

 それはそうと、「神舟7号」の宇宙飛行士が船外活動を行った際に写りこんだ「気泡」のようなものは一体、何なのだろうか?

 この「気泡」のようなもの、宇宙船内で凝結してできた水分が温度低下と共に固体化、それが何らかの力が働いて船外活動のために開かれたハッチから船外に放出されたとか、考えれば、いろいろな原因を思いつくことは可能だが、解像度が低い映像しか公開されていないこともあり、この気泡のようなものが一体、何なのか部外者が割り出すことは難しいのが現状だ。

 ただ、中国国内のネットでは同じ捏造説に対する反証説の一つとして、1965年に行われた米国初の船外活動となる「ジェミニ4号(Gemini IV)」の動画映像にも今回の「神舟7号」の船外活動と同じような「気泡」が写っているという書込みが多くあるのは面白い。

 実際に指摘されている「ジェミニ4号」の映像(下)を確認してみたところ、40年以上も前の映像なため、不鮮明ながらも気泡のようなものが何度も上昇する様を確認することができた。

 この気泡の正体は何なのかは今のところは判らないが、実はこうしたカプセル型の宇宙船のハッチを開いて、宇宙船に近い範囲で行う船外活動では、以前から生じていたものなのかもしれない。

日本ならこういうのは公的には黙殺と言うのが相場ですが、あちらさんでは皆さん真面目なのか律儀に反論してらっしゃいます。

宇宙遊泳中に水の泡? 飛行士「メモ紙片だ」―神舟7号

神舟7号に搭乗した劉伯明飛行士は、タク志剛船長(指令長)が船外活動をしている時の映像に見えた小さな物体を、自分たちが使ったメモの紙片だろうと述べた。
 新京報などによると、神舟7号に搭乗した劉伯明飛行士は、タク志剛船長(指令長)が船外活動をしている時に見えた小さな物体を、自分たちが使ったメモの紙片だろうと述べた。問題の物体はテレビで中継された映像でも見え、これまでに「水泡だ。地上のプールで撮影した証拠だ」などとする意見も出ていた。(タクは「羽」の下におおとり)

 神舟7号が船外活動を実施したのは27日。景海鵬飛行士は帰還船に残り、タク船長と劉飛行士は軌道船に移った。船外に出たのはタク船長ひとりだが、劉飛行士も宇宙服に身を包み、船内からタク船長を補助した。両氏によると、軌道船内部は狭く、ハッチの取っ手にはひとりしか力を入れることができなかった。かなりの力が必要なことは想定内だったが、地上のプールでの訓練とは異なり、船内に残っていた空気の圧力の問題などがあり、予想外に大きな力を必要とした。

 記者が「ハッチから出る時などに、紙片が漂ったが」と尋ねると、劉飛行士は「その時はハッチを開けるのに集中していて気づかなかったが、メモとして使った紙だろう」と答えた。(編集担当:如月隼人)

ま、アポロ計画以来宇宙飛行と捏造疑惑というのはいわばお約束のようなものですが(苦笑)。
ちなみにかねて宇宙開発の取材を続けている科学ジャーナリストの松浦晋也氏は、自サイトでそのものズバリ「このっ、バカ共が!」のタイトルでこうした捏造騒動を一喝しています。
仮に中国の宇宙開発が最初から最後まで全部ネタだったとしても、日本にとっては松浦氏の言うがごとく、

 努力する者となにもしない者との間で、差が付くのは当然なのだ。

 幸いにして、衆議院選挙が近づいている。中国の宇宙開発をくやしく思う心があるなら、選挙で科学技術に、そして宇宙開発を支援してくれそうな政党と候補に投票しよう。

 日本のことは、日本で、しなくてはいけないのだから。

というあたりが最終的な結論になりそうではあるのですが、何かしら妙な方向に突っ走る人びとというのはどこの国にも大勢いらっしゃるようですね(苦笑)。
2chあたりを筆頭とするネット掲示板を評して「トイレの落書き」なんて言う人もいらっしゃいますが、日本に限らずネットってのは世界的に「疲れた親父が愚痴る飲み屋」的な役割も果たすようになっているわけです。
まあこうやって小さな毒をこまめに吐きだしている方が人間得てして平和なものなので、これがどこかの業界のように黙って逃散しちゃうようになったら本気で終わってるなというところでしょうか。

そんなわけで中国さん、落書き一つない清潔な国を目指すなんてあんまり気張りすぎない方がいいんじゃないですかね。

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2008年10月 4日 (土)

大野病院事件 県が加藤医師への処分取り消し

加藤医師が県立病院への辞意を表明した今の段階になって、ようやく正式に処分が取り消されたようです。
思いがけない形で有名になってしまった加藤医師ですが、今後は新たな職場で今まで以上にご活躍いただければと願っています。

加藤医師の処分取り消し/大野病院事件で県

 県病院局は1日、大野病院事件で無罪が確定した加藤克彦医師の懲戒処分(減給1カ月)を取り消した。
 無罪の確定によって処分の根拠がなくなったことが理由。
 ただし、加藤医師のミスを指摘した当時の県事故調査委員会の報告書は改めないとした。
 県病院局は今後、遺族に対する民事的な責任がないのかをあらためて検討し、必要な措置を講じていく方針
 県病院局の尾形幹男局長は裁判で医師に過失がないという判断が示されたことに触れ、
「多数の専門家の鑑定や証言に基づき裁判所が法的に判断を下しており、精密で客観性が高い」との考えを提示。
処分取り消しの根拠とした。
 県は遺族に対する民事的な責任の有無は検討が必要との認識を持っており、今後、弁護士と相談して必要な対応を講じていく考え。
 尾形局長は「できるだけ早くに結論を出したい」と述べた。
 加藤医師とともに戒告の懲戒処分を受けた病院長の処分も取り消した。

県の担当者が陳謝したという表現の報道もありますが、単に間違っていましたと訂正するとか関係者を処罰するとかではなく、なぜそういう報告書が公に採用されてしまったのかという点を検討し問題点を改善していくことこそが再発防止につながるはずです。
この点については今回の裁判の中でも問題になった鑑定人の問題とも深く関係するところであって、そもそも結論ありきという今回のような報告書は論外としても、適格な鑑定人を選任するためのルール作りは是非とも早急に進めていかなければならないのではないでしょうか。

さて、こういう結果になってもう一つ持ち上がる問題として、民事的賠償を行うとして刑事裁判でああいう判決が確定したこの事例に対して、素直に保険金が下りるかどうかという点があげられるかと思います。
公立病院でのことですから最終的には公費で出すという手はあるわけですが、その場合は当然ながら議会での承認を得なければならないでしょう。
財政厳しい折どのようなロジックによってこれを納得させるものなのか、そうしたあたりも今後まだまだ注目していかなければならないのかなという気がしています。

医療事故ということに関連して、法曹界の住人である和田仁孝氏のコメントがあります。
医療と司法という関わりの中で色々な面で示唆に富む提言が含まれていますので、少しばかり長いのですが紹介しておきます。

医療事故、「医療界の意識改革」を

―産科医が逮捕・起訴された福島県立大野病院事件で、無罪判決が確定しました。
 遺族はやり切れない思いだったことでしょう。しかし、もし有罪だったとしても、恐らく、ご遺族の真の“思い”は満たされなかったのではないでしょうか。今回の事件で、果たして何が残ったのか。「医療には、裁判という仕組みがなじまない」ということだけが残ったのかもしれません。医療側も「無罪でよかった」と言うのでなく、より本質的な課題を考えるべきです。医療関係者に刑事罰を与えることで、「医療安全」が高まるとは思えない。むしろ、“委縮医療”につながることは明らかです。しかし、他方、被害者の方が刑事手続きに持ち込むに至る理由、その前に医療側としてすべきことは何かを考える視点が重要でしょう。なお、大野病院事件では、ご遺族が告発されたのではないことも、指摘しておきたいと思います。

―医療事故を刑事手続きで扱うのが妥当かどうかという問題ですね。
 以前、米国の学者に大野病院事件のことを話したところ、「医療事故がなぜ刑事の対象になるのか」と驚いていました。それが、医療事故に関する諸外国の一般的な認識です。警察が医療事故にかかわる国はほとんどありません。多くの医療事故は、医師が一生懸命に治療行為を行った結果、発生しています。これを過失として、刑事責任を追及するとなると、リスクの高い診療科を選ぶ人が減るのは当然です。外国のように刑事罰を謙抑的にし、代わって医療界の透明で信頼性の高い自浄的統制システムを確立すべきです。

―しかし、「重大な過失がある場合には処罰するべきだ」との意見も根強くあります。
 医療事故を交通事故と比較すると分かりやすいかもしれません。交通事故の場合、居眠りや脇見運転など、「過失」は比較的明確です。事案のパターン化も可能です。ところが、医療行為は事案ごとに個別性があり、類型化することが難しい。もちろん、手術中に居眠りをしてしまう可能性がゼロとは言い切れませんが、極めてまれなケースでしょう。高度化・複雑化している現在の医療では「チーム医療」が中心ですから、執刀医個人の過失責任を追及する仕組みが妥当かどうか疑問です。医療事故を引き起こしたシステム要因を明らかにできなければ、裁判が再発防止につながることはないと言えるでしょう。

■避けられない「リスク」がある

―医療者個人の「不注意」が医療事故を引き起こしているという側面はありませんか。
 確かにその可能性もあると思いますが、医療行為が本質的に備えている「リスク」を考慮する必要もあるでしょう。米国のある統計に基づいて推計すると、医療事故による国内の死者数は年間約4万人です。交通事故による死者数は年間約8000人ですので、この5倍の人が医療事故で亡くなっている計算になります。交通事故の5倍ということは、それほどまでにリスクが高い領域だと考えるべきです。ですから、医療事故を交通事故と同様に扱うのはどうかと思います。
 また、「なぜ医療事故だけを特別に扱うのか」という意見を聞きますが、交通事故についても、海外では刑事罰が適用されることはよほどの場合に限られています。刑事罰が「不注意」の抑止にあまり効果がないことは、共通した認識です。「過失」について刑事罰を厳しく適用するのは、わが国固有の傾向と言えるでしょう。ただ、何度も言いますが、医療事故への刑事罰の適用はできるだけ回避すべきですが、その代わり医療側は自己統制システムを確立し、被害者への対応など、きちんと課題に取り組まなければなりません。

―しかし、遺族としては、「真相を明らかにしてほしい」と願う。医療機関としては、医療事故が報道されると致命的なダメージを受けるので隠そうとする。そこで、遺族は「真相を究明するには裁判が必要だ」と考えるのではないでしょうか。
 裁判は、「有罪」「有責」という法的効果を導くために必要な要件事実を明らかにするシステムです。個々の患者の健康状態や手術時の状況などを考慮すると、個別性が強く、過去の判決(判例)の考え方を適用することが不適切な場合も多々あります。「標準的な医療行為から著しく逸脱したか」という過失の判断や、「当該行為から当該結果が生じたことが相当か」という因果関係の判断が難しい。しかも、「どうして事故が起きたのか」という微細な真相究明を願う患者さんに対して、裁判の事実認定には限界があります。「客観的な医学的原因究明」と、「そこで何が起こっていたのか」について、より微細な情報の共有が求められているのだと思います。それに適したシステムが必要です。

―民事裁判には弁護士費用が掛かります。そこで、民事で争う前に、刑事で「過失の認定」を勝ち取っておきたいという思いはありませんか。
 弁護士の戦略として、刑事告発により証拠収集を容易にするということがあるかもしれませんね。米国では、医療事故などの事案では「完全成功報酬」が多く取られています。いわば、着手金もなく無料で訴訟を引き受けて、勝ったら報酬を受け取り、負けたら一切費用は取らないというシステムです。日本でも、2004 年4月1日から弁護士報酬が自由化され、医療事故につき同様の仕組みを取る弁護士も出始めています。ただ、医療事故は決まったパターン(定型性)が少ないため、個別の案件ごとに時間と手間がかかります。弁護士にとっても大変な労力が必要で、それほど報酬が得やすい領域とは言えません。

■裁判外の紛争解決は「対話自律型」も

―日弁連は9月、「裁判外紛争解決手続き」として、医療紛争を処理する第三者機関(医療ADR機関)を全国に広げる方針を決めました。
 昨年4月に施行された「ADR法」(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律)では、「合意型ADR」も「法的紛争解決」をするものと定義されています。「ADR機関」は法相の認証を受けることができますが、それには弁護士の助言を得るシステムを完備させることが一つの条件です。英米では、「合意型 ADR」は、むしろ法から距離を置いた紛争解決や対話の場と考えられています。あくまでも当事者が解決を図る場であって、第三者は評価や解決案の提示などを一切しません
 そもそも、医療事故を裁判外で解決する「医療ADR」の必要性が主張された背景には、「医療事故を法律的な枠組みで解決することに限界がある」との認識があったからです。従って、法律的な解決方法を「医療ADR」にまで広げる考えには疑問を感じます。弁護士会の医療ADRは、医療側・患者側の弁護士が一定の解決案を提示するようですから、そういう意味では、従来型のADRの仕組みに近いと思います。もちろん、訴訟と比べてさまざまなメリット、有効性はあるかと思います。

―そのような「従来型の医療ADR」は、今後広がるのでしょうか。
 ADR では、医療機関側と患者側の双方が応じないと手続き自体が始まりません。患者側としても、医療側との直接の対話、説明を求めることも多いでしょう。弁護士会ADRがどういう手続きをとるか不明ですが、従来、多いのは、当事者が直接向き合うのでなく、順次、第三者が別途に各当事者と話す「別席方式」です。むしろ、同席での直接対話の機会を提供するADRが必要だと思います。
 患者側には、説明不足や誠意の欠如など病院の対応への不満や感情の揺れがあります。お金や攻撃が目的ではありません。他方、医療側はそれをクレーマーと位置付けていたりします。大きな認識のギャップがあります。だからこそ、情報を共有し、感情的な葛藤に対応できる「直接的な対話の場」が必要なのです。紛争解決というより「関係の再構築」が必要とされているのです。それが満たされないと、ADRでの解決もニーズに応答的にはならないかもしれません。当事者同士が向き合い対話するという意味での「対話促進型ADR」も必要と考えます。また、ADRではありませんが、院内での初期対応で、まず医療機関が患者さんにきちんと向き合う仕組みが必要です。院内の医療メディエーターもその一つです。

―法的な解決方法が医療事故の特殊性になじまないことは理解できました。しかし、「医療メディエーター」や「院内の事故調査委員会」ならば、事案の真相を明らかにして遺族の感情に応えることができるのでしょうか。医療機関側の“手先”として、防衛的に機能する恐れはありませんか。
 院内の医療メディエーターは、医師の代弁をしたり、評価や解決案を提示したりしません。あくまでも医療側と患者側を直接向き合わせ、対話の場を設定し促進する役割です。院内メディエーターや、院内事故調査委員会が機能するためには、医療機関が積極的に情報を開示する姿勢を持つようにならないといけません。全国社会保険協会連合会(全社連)が真実開示・謝罪促進と院内メディエーションを連動させる試みをしていますが、こうした姿勢が必要です。「卵が先か、鶏が先か」という話になりますが、情報開示と院内初期対応システムが連動していかないと、いずれもうまくはいかないでしょう。また、姿勢や文化、意識の問題ではあっても、精神論でなく具体的なシステム、モデルとして提示・展開していく必要があります。

■「情報開示法」の制定が必要

―医療機関側の意識改革が必要でしょうか。しかし、「悪いうわさ」が外部に広がることを医療機関は嫌います。
 院内メディエーションや医療ADRが機能するために、わたしは理想的には「情報開示法」の制定が必要と考えています。米国でも幾つかの州で制定されています。対話による合意を図るのであれば、医療機関が事故に関するすべての情報を開示することが前提になります。医療機関が保有する一定範囲の情報を開示することを法的に義務付けた上でなら、院内の事故調査委員会の透明性も増します。ただし、その前提として、刑事適用の回避と、それに代わる医療界の透明な自己統制システムの確立が必要でしょう。

―最後に、医事紛争を院内で解決する「院内医療メディエーター」をめぐる現在の状況や今後の課題をお聞かせください。
 05 年より日本医療機能評価機構で養成を始め、現在ではいくつかの常設プログラムのほか、全社連、国家公務員共済連合会、地方医師会など、継続的、組織的に導入を図る団体も出てきています。個別病院では、武蔵野赤十字病院や北里大学病院、大阪けいさつ病院など10を超える病院で、院長主導で積極的に導入しています。専従メディエーターだけでなく、メディエーションの発想が日常診療やICの場面でも適用できる、患者と医療者との関係構築に役立つという理解からです。今年度だけで、延べ1000人に研修を提供するまでになりました。
 ただ、メディエーターを導入することで、医師が患者対応で楽になるとか、厄介事を減らせるとか、そういう発想で導入しようとするのは間違っていますし、期待に応えることにはなりません。なぜならメディエーターは、患者と医師を向き合わせることが役割ですから。患者のための医療、情報開示、真実開示、そうした姿勢を実現し、促進するのが院内メディエーターの役割です。医療界が率先して、医療事故をめぐる患者さんへの対応の改善に取り組んでいけるかどうか、医療界の意識改革が求められていると言えるでしょう。

医療事故に限らず、金銭的補償と言うものの意味を過大ないし過少評価すべきではないと考えています。
どこかのCMではありませんが、お金で解決できないものは数多くありますが、お金によってある程度沈静化できる問題もまた少なくはないわけです。
「誠意」や「気持ち」といったものが客観的、定量的に定義づけることが困難な以上、社会的に唯一の共通解としての金銭というものは最も普遍的な補償の道として「あり」ではないかと思うのです。

しかしながら交通事故に対してはほぼ自動的に、ほとんど例外なく補償金支払いが約束されている現状に対して、同様に悲惨な結果を招く医療事故に対する補償制度は産科という特定診療科の中でも極めて限定された領域で始まったばかりで、あまりにお粗末というしかありません。
いずれの形を取るにせよ補償制度を設計する上で考えておくべき事は「不幸な医療事故が起こった場合に、患者側のみならず医療側にも何らかの補償を行いたいと言う素朴な感情が存在するのだ」ということです。
しかし仮に医療側が補償を行いたいと思ったとしても、先に示した通り医療側の過失が公に認められなければ保険金すらおりない可能性がある日本の現状があるわけで、これは医療側、患者側双方にとって極めて不幸なことではないかと思います。

以前にも紹介しましたが、スウェーデンでは医療事故補償の届出に際してその40~80%に医師や看護師など医療側スタッフが手助けをしているという話があります。
医療事故を挟んで対立関係に陥りがちな患者側と医療側とが、医療補償という同じ目的に向かって協調関係へと変化していく、単に金銭的問題のみならず心情的な問題に対してもそれは両者の関係を改善する一歩となり得るのではないでしょうか。
まずはほんとうに小さな一歩ですが、産科無過失補償制度の行く末を見守っていく必要があると思いますね。

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2008年10月 3日 (金)

泥沼の公立病院に出口は見えているのか?

今どき病院が儲かるなどと言う幻想は誰も抱いていないと思いますが、特に公立病院ともなるとどこもかしこも青息吐息という状況のようです。
医師が集まらない、それどころか常勤医は逃げ出す、相変わらず経営は赤字続きで年々悪化する一方。
公立病院の赤字率が8割だ、いや9割だとデータによって幾らか差があるわけですが、ああいうものをよく見ると必ず「自治体からの繰入金がなければ赤字」なんて表現が入っています。
要するに公金で赤字補填をしてもらわなければどこもかしこも赤字経営であり、医局なりから強制派遣でもしてもらわなければ医者が誰も行きたがらないのが公立病院というのが現実であるわけです。
長年続くそうした問題点の数々を放置したまま、未だに「いやぁ新臨床研修制度による医師不足で仕方ないんですよアハハ」なんて決まり文句で誤魔化しているのが現状というわけですね。
まあ公立病院については赤字になって当然な体質ではあるし、そもそも医師不足などと言ったところで過去の悪行の当然の報いとも言うべきで「頑張って自助努力してね」としか言いようがないわけですが、問題は国の対応です。

【リポートみえ】公立病院 膨らむ赤字

◇◆医師不足→患者減少→収益悪化◆◇
 地域医療の中核となってきた県内の公立病院で、慢性的な赤字が続いている。医師不足や診療報酬の減額改定の影響で収益が下がり、診察体制を縮小する病院も出始めた。各自治体は病院改革プランづくりに着手しているが、住民の不安は消えないままだ。(月舘彩子)

◆診療縮小に住民不安◆
(中略)
 医師不足の背景には、04年に始まった新臨床研修医制度がある。新人医師は2年間の研修先を自由に選べるようになり、都市部で待遇のいい民間病院に医師が集中。大学病院を研修先に選ぶケースが減った。そのため大学病院は、地域の公立病院に派遣していた常勤医を引き揚げた。

 医師不足で患者数は減り、06年には診療報酬が3・16%引き下げられる改定もあって収益はさらに悪化した。同病院の小児科には、07年の場合、入院患者が2793人、救急患者が2044人いた。外来患者数も減って、年間約1億円の減収になる。

◆改革の行方 不透明◆
 「県立病院の経営難は深刻で、改革を先送りする状況にはない」野呂昭彦知事は12日の記者会見で、県立病院の改革を急ぐ考えを強調した。

総務省は昨年12月、自治体病院の健全化を目指し「公立病院改革ガイドライン」を策定。今年度中に改革プランをつくらせ、3年以内に単年度の経常収支を黒字化するという努力目標がうたわれた

 県は昨年8月、「病院事業の在り方検討委員会」を立ち上げ、今月答申が出た。県立総合医療センター(四日市市)は独自の給与体系を導入できる一般地方独立行政法人に移行し、志摩病院は民間の運営ノウハウを活用できる指定管理者制を導入することなどが盛り込まれた。

 松林さんも「公立病院は公務員としての給与体系や定数が条例で決まっている。医師不足で診療科が減っても、事務職員などのスタッフ数が変えられず、人件費が抑制できない。運営形態の見直しが必要だ」と話す。だが、県職員組合などは「運営形態を変更しても、医師不足など医療環境の変化は改善できない」と答申の内容には否定的だ。
(中略)
 総務省は、改革プランの中で、地域での必要性に応じ周辺病院との統廃合などを視野に入れた再編計画も検討すべきとしている

かねてから国は「地域の実情に応じて適宜やってね」と言う言い方で廃止や統合・再編、病院から診療所への縮小などを誘導したがっていたわけですが、いよいよゼニ金の面から本格的な攻略に取りかかってきているようです。
基本的には縮小していくという方向の話ばかりで規模拡大して薄利多売?でもっと儲けましょうという話が出てこないのは、さすがにお役人の皆さんも少しは現場の空気を読んだ(あるいは診療報酬削減という現実をよく知っている)ということなのでしょうか(苦笑)。
いずれにしても民間なら黒字化できる部門であっても何故か赤字にしてしまうのが公立病院マジックというものですから、縮小均衡で少しでも赤字という痛みを減らすというのは現実的ではあると思いますが。

公立病院への財政支援で論点案―総務省

 総務省の「公立病院に関する財政措置のあり方等検討会」は10月1日、第4回会合を開き、事務局が最終報告に向けた論点整理案を提示した。これまでの普通交付税措置を見直し、病院建物の建築単価に上限を設定して、浮いた財源を充実が必要な分野に重点化する方向などを示している。

 総務省が提示した論点整理案では、▽病院建物の建築単価に枠を設定する▽許可病床数に応じて普通交付税を措置する仕組みに、新たに病床利用率を反映させる―の2点を挙げ、これらにより浮いた財源を過疎地の医療や救急医療に重点配分する考えを示した。
 また、公立病院の経営主体や存在意義のほか、他の医療機関や保健・福祉・介護との連携を推進する視点からの検討も促した。

 この日の検討会では「地元の建設業界にお金を落とすため、過大な規模になりやすい」などの意見があり、無駄を見直す必要があるという点では認識が一致した。ただ、公立病院では耐震構造を施して災害拠点病院を目指すなどのケースが多いため、民間病院との比較で慎重な取り扱いを求める声もあった。

 また経営主体については、複数の自治体が加わる広域連合や、都道府県による運営を主張する意見があった。
 次回の検討会では、不採算医療や過疎地の医療に対する財政支援などを話し合う。同検討会では当初、5回程度の会合で合意形成を目指す方針だったが、意見の隔たりが大きい部分もあり、審議がずれ込む可能性も出てきた。

そもそも公立病院と言えば何より無駄な人件費や医師を使い捨てにする公務員気質といった人事面、値引き交渉など縁遠く言い値で仕入れる納入価格の無駄などに加えて、何かにつけて無駄に新築移転したがる上にその建設費の高さでも知られているところです。
一病床あたりの建設費でみると民間病院の実に二倍とも言われますが、おもしろいのは現場で働く医療スタッフの設備環境が優れているだとか、利用者である患者や家族にとって素晴らしい利便性であるとか言う噂は全く聞こえてこないことですかね。
貴重な血税を惜しみなく投入した巨額の建設費用はいったいどこにどんな形で活用されているのでしょうか(笑)。

そうやって高い金を投じているわけですから当然ながら昨今の財政緊迫している折、どこの自治体も病院維持には四苦八苦しているのが現状です。
そうした自治体の足許をみるかのように、政府は平成今年度に限っての「公立病院特例債」発行を認めるなどと言い出したわけですね。
この公立病院特例債なるもの、CBニュースの記事によればこんな感じです。

公立病院改革で特例債の発行容認

 総務省は12月21日、地方自治体による公立病院改革のガイドライン(GL)をまとめた。
病床利用率が3年連続で70%を下回った公立病院に対して診療所への移行を含む
抜本見直しを求めるなどの内容。資金不足の病院に対して、不良債務を長期債務に振り返る
「公立病院特例債」の発行を認めるなど財政面での支援措置も講じる。

 総務省は24日付けでGLを自治体に通知。公立病院の改革プランを
08年度中に策定するよう自治体に促す。

 GLでは、これまで明らかになっていなかった財政支援措置の具体的な中身を示した。
それによると、医師不足などによって03年度以降に発生した不良債務を長期債務に振り返るため、
「公立病院特例債」の発行を08年度に限って認める。償還期間は7年。
 特例債を発行できるのは、医業収入に対する不良債務の割合(不良債務比率)が
07年度時点で10%以上の公立病院事業。自治体が08年度内に改革プランを策定することが条件。

 

特例債の発行容認には、資金不足が足かせになり抜本改革に踏み切れない
病院事業の債務返済を支援することで、再編・ネットワーク化を促す狙いがある。
 総務省によれば、不良債務比率が10%以上の病院事業は06年度末時点で全国に67ある。
債務の総額は03年度から06年度までに約560億円増えているといい、
特例債の発行額については600億円を見込んでいる。

なんと言いますか、いかにもその場しのぎの付け焼き刃的対策と言いますか、いつもの政府お得意の思いつき政策と言いますかなシロモノではあります。
まさか今どきこんな甘言に乗る奴もそうそういないだろうと思ったら、結構いるものなのですね。

56自治体が発行申し出 病院特例債500億円超

 公立病院の経営悪化で不良債務を抱えた自治体の支援策として、国が2008年度に限り発行を認める
「公立病院特例債」について、25道府県の計56自治体が、判明しただけで総額500億円超の発行を総務省に申し出たことが
1日、共同通信社の調査で分かった。総務省は今月から各自治体にヒアリングし、08年度内に発行額を確定する。
 千葉県銚子市の市立総合病院が医師不足と財政難で休止するなど、公立病院の赤字問題がクローズアップされている。
自治体財政健全化法では、08年度決算から病院など公営企業会計の赤字も、自治体の財政破たんを判定する重要な要素となる。
 発行を希望している自治体は病院事業の収支赤字を補てんするため、金融機関からの借り換えを繰り返し
一時借入金が不良債務化している。特例債を発行できれば、長期間にわたり計画的に償還することが可能になる。
 調査は、政令指定都市と都道府県に市町村分を含め、総務省への申し出状況を聞いた。
 都道府県別で申し出が最多だったのは北海道の12自治体で、希望総額は約136億円。道は自治体名を明らかにしていないが、
すでに赤平市が12億円超の発行を希望する計画を公表。特例債の発行により、08年度決算で国の財政破たん判定を
ぎりぎり回避する試算も示している。
 発行希望額が判明している個別の自治体では、最高は名古屋市の33億7000万円。沖縄県や神戸市、徳島市なども発行を申し出ている。

別に政府のやってることを擁護するつもりもないのですが、そもそもこの特例債と言うのは「抜本的改革はしたいが金がなくて出来ない」という自治体病院に対しての一度限りの支援策であったはずなのです。
ところが記事を見た印象ではどうも単なる赤字返済の先延べに使うつもりなのではないかという印象が拭えないところで、これでは本当に問題を単に先送りにするだけになるのではないでしょうか。

医師一人が平均一億の医業収入を稼ぎ出すと言われていますが、病院の収益というのは結局のところ収入を決める医師を何人抱え込めるかによって決まると言っても過言ではありません。
9時5時の公務員事務が「先生~収益落ちてんだからもっと頑張って働いてもらわないと困りますよ~」なんて幾らハッパかけたところで、気の利いた医師から先に公立病院から逃げ出している現状では屁の役にも立たないわけです。
やる気のある多くの病院が血眼になって医師確保に走っている中で、医師が逃げ出していく公立病院の現状というものを真剣に考え改革していかないことには、幾ら金をつぎ込んでもドブに(あるいは誰かの懐に、ですか?)捨てるようなものではないでしょうか。

こうした公立病院の現状を一般企業に置き換えてみればどうでしょう?
社員からの忠誠心を全く期待できない企業などというものは、業務成績が悪いのに社屋が立派すぎるとか言う問題以前に何かしら根本的に間違っているのではないかという気がしてきませんか?
要するに今どき医者を大事にしない病院などにわざわざやってくる奇特な医者など多くはないということであって、本気で医者を呼ぶ気があるならまず自分から待遇改善の努力を示せってことですね。

黙っていてもどこからか医師はやってくるものだという馬鹿げた妄想もいい加減にしておかないと、遠からず公立病院などに来てくれるのは自治医大出身者だけということになるのではないでしょうか。

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2008年10月 2日 (木)

療養病床削減は医療に何をもたらすか?

慢性期医療学会のアンケート結果が公表されていますので、まずは記事から紹介します。

救急医療はもはや押し寄せる患者に対応しきれない――療養病床アンケート結果

日本慢性期医療協会(旧名称:日本療養病床協会)は9月19日、急性期病院と療養病床との連携に関するアンケート結果を公表した。近年、慢性期医療を受ける患者が急性期病院で治療を受け続けることにより、医療費が莫大になり、ベッド数が足りずに「救急難民」を生むなどの問題が指摘されている。同協会は慢性期の患者を治療する「慢性期病棟」が急性期の治療を継承し、医療連携を円滑化することでこれらの問題は大きく改善されるとしている。

調査対象は三次救急指定の全国202の病院で、回答数は74病院。8月にアンケートを実施した。病床種別についてみると、総病床数50,551に対して救急病床は2,145、一般病床は43,919、回復期リハビリ病床は153。医療療養病床は43で全体の0.1%にすぎないことがわかった。

一般病床の平均在院日数は15.3日で、救急外来患者のうち75歳以上の割合は15.7%。入院患者は75歳以上が3割を占め、外来に比べ入院では高齢者の率が2倍になっている。退院先の確保ができずに入院を延長することがあると答えた病院は87%にのぼり、救急の受け入れを断らざるを得なかった病院は 76.7%、受け入れを断った1病院1か月あたりの平均患者数は56.2人であり、ベッドが埋まっていたり、職員体制が不十分だったりして、「救急難民」が日々生じている実態が明らかになった。

救急病床の患者を直接「他院の療養病床」に移したことのある病院は59.7%、一般病床から直接「他院の療養病床」移したことのある病院は97.1%だった。療養病床との連携の必要性はすべての病院が感じており、8割を超える病院が連携システムに参加したいと答えている。また、介護保険施設や在宅の要介護者に急性期医療が必要になった場合、一部を療養病床が担うことは「できる範囲で積極的に行うべき」という回答も8割あった。

協会は今回の調査から「救急医療はもはや押し寄せる患者に対応しきれ」ないとし、高齢者疾患のノウハウをもってあたるべき患者は療養病床にゆだねたいという意識が読み取れる、と分析している。

厚労省はもともと2012年までに療養病床を35万床から18万床に削減すると主張していましたが、さすがに反対論数多という状況に配慮したのかこれを22万床にまで緩和すると方針転換したようです。
療養病床の削減は専らいわゆる社会的入院をはじめとする長期入院患者の追い出しにつながるという側面から非難されてきたわけですが、実のところ現場から最も危惧されているのが急性期病床の飽和問題です。

診療報酬の関係で急性期病院ではとにかく満床近い状態を常時維持した上で、入院期間を最短に保つことが要求されています。
ところが一方では急性期病院は新規発症患者の受け皿でもあり、救急搬送を受け入れるためには一定数の空きベッドを確保しておかなければならないという二律背反を強いられているわけです。
ひと頃話題になった「救急たらい回し」という現象も、元はと言えば政府・厚労省のこうした矛盾する政策誘導の結果当然に発生した結果に過ぎないわけです。

この問題を解決するためには急性期病院では急性期病院にしかなし得ない治療を行い、可能な限り早期に慢性期病院に患者を送って新たな患者受け入れのためにベッドを空けるという作業を繰り返していくしかありません。
このサイクルの障害になるのが一つには患者・家族の抵抗(「なぜ治るまでここで診てくれないのか!?」)であり、もう一つが送り先である慢性期病院のベッド不足であるわけです。
患者問題は「政府の政策です」と納得いただくしかないとしても、物理的な慢性期病床の不足(これも政策の結果ですが)に対しては国策として病床削減を続ける限りは如何ともしがたいものがあります。
要するに政府は治療の対象外として長期入院患者を追い出すつもりで、その実は最も治療が必要な急性期患者を閉め出す方向に一生懸命舵を取っているということです。

さすがにこのままでは政府・厚労省が悪役であるかのように誤解されてしまい(苦笑)マズイとでも思ったのでしょうか、近ごろではベッド数ではなく(またしても!)診療報酬削減という政策的誘導によって病院に患者を追い出させようと画策しているようです。

【社会】医療:脳卒中患者ららに退院圧力も  入院基準厳格化…「療養病床や介護施設に移ってほしい」と厚労省

 障害者対象の病棟や難病患者らの特殊疾患病棟で、10月から脳卒中や認知症が原因で障害がある患者の入院基準が厳しくなる。これらの患者の割合が少なければ入院は可能だが、多いと医療機関に医療費がこれまでのようには支払われなくなるため、退院圧力が強まる恐れもある。

 対象となる「障害者施設等一般病棟」では、患者のおおむね7割以上が障害者でなければならないが、脳卒中などが原因の場合は重い意識障害などを除き、10月から障害者の人数として算定できなくなる。

 特殊疾患病棟でも、同様にこれらの患者も算定できなくなる。

 厚生労働省によると、障害者病棟は約6万床、特殊疾患病棟は約1万4000床。脳卒中などの患者数は不明としているが、同省の昨年の調査では、これらの患者が9割を占めるところもあるという。

 同省は、「他の患者にベッドを空けるのが狙いで、療養病床や介護施設などに移ってもらいたい」としている。

医療あるいは介護の面から考えるならば、元々の原疾患が何であれ要する手間は全く変わらないわけです。
重度の要介護者をより点数の安い(当然スタッフの手薄い)病床あるいは介護施設に誘導すればするほど逆に誤嚥や褥創等のリスクが増大し、結果としてかえって余計な手間と医療コストを要するという事態になりかねません。
このあたりは一昔前に「日本の医療費が安く済んでいるのは、受診が容易で早期発見早期治療が行われているからだ」と言われていたことと幾らか似たような面があるかも知れませんね。

実際に幾つかの介護施設ではその能力を超過した重症患者を引き受けざるを得なくなっているのが現状で、入院中は全く熱も出なかった患者が退院して施設に帰った途端に逆戻りという事例が散見されるわけです。
そのたびに大騒ぎで治療を行う必要が出てくるわけですから、こういうのは「安物買いの銭失い」とでも言うのでしょうか。
個人レベルでの失敗であれば一時の笑い話で済むかも知れませんが、国として毎回同じような失敗を繰り返しているといずれどうなるのかということですね。

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2008年10月 1日 (水)

迷走する産科はどこへ逝く?

全国どこでも産科の減少傾向が続きいています。
日本産科婦人科学会が産科医の勤務実態を調査したレポートを出していますが、CBニュースの記事から紹介します。

産科医の「過酷な勤務実態」が明らかに―月295時間在院

産科医が病院にいる時間(在院時間)は月平均295時間で、緊急時の電話対応のための待ち時間(オンコール時間)は同144時間であることが、日本産科婦人科学会(吉村泰典理事長)の調べで明らかになった。同会では、「病院産婦人科医の在院時間が非常に長いことが示され、いわゆる『過酷な勤務』の実態の一端が数値として示された」として、産科医の労働環境の改善を訴えている。

 日本産科婦人科学会は9月29日、「産婦人科勤務医・在院時間調査」の第1回中間集計結果を発表した。調査は、同会の「卒後研修指導施設」となっている 750病院などを対象に7月から8月にかけて実施。一般病院に勤務する産科の常勤医163人のデータを年齢、性別などに分類した上で、「在院時間」「オンコール時間」「当直回数」などを分析した。
 それによると、産科医の平均年齢は42.1歳で、女性が占める割合は26%。一か月平均の在院時間は295時間で、オンコール時間は144時間だった。年齢別に見ると、在院時間が最も長いのは30歳未満(328時間)で、次いで40-44歳(308時間)、45-49歳(291時間)。オンコール時間は、50-54歳(195時間)、30-34歳(155時間)、45-49歳(148時間)などの順だった。
 「在院時間」には、休憩時間、宿直時間、時間外の診療時間などがすべて含まれ、このうち時間外の診療時間は月平均 117時間で、当直回数は同4.1回。当直回数は、あらかじめ定められた日に当直した場合のみをカウントし、重症患者の対応などのために臨時で泊まり込んだ場合は含んでいない

 同会によると、産科医の数が少ない病院で当直体制を取ると、医師一人当たりの当直回数が多くなり、在院時間が長くなる。また、オンコール体制の場合、帰宅後もいつでも呼び出しに対応しなければならないため、「その間は精神的緊張が持続する」としており、「二十四時間体制」とも言える産科医の過酷な勤務実態があらためて浮き彫りになった。今回の集計では、オンコール時間が月500時間以上の医師が4人、200時間以上の医師が22人いたという。

 今回の集計結果について同会では、「病院産婦人科医の在院時間が非常に長いことが示され、いわゆる『過酷な勤務』の実態の一端が数値として示されたと思う。また、その在院時間の長さは、医師の年齢によって差が少ないことが分かった。20歳代から40歳代後半まで、月間在院時間には有意の差が認められなかった」としている。
 その上で、「今後、さらにデータを集積するとともに、勤務実態の施設間差を解析し、産婦人科勤務医の勤務条件改善のための基礎的な検討を行っていく予定」としている。

産科医不足がようやく公的にも認められるようになった今の時代においても、残念ながらその改善の目処は全く立っていません。
産科関連の訴訟リスクも周知徹底された結果、例えば大野病院事件後に一人産科のお産取り扱い中止が相次いだことに見られるように、今まで多少無理目でも頑張ってきた身近なお産の場が減少を続けています。
新規の参加志望者も全く増加に転じる気配すら見えず、大学病院ですら全く人手不足という有様が更に地域産科医の引揚げを招き、スタッフ減少による労働の激化が更なる志願者減少を招くという悪循環。
そうしたお先真っ暗な状況は現場の人間が最も深刻に感じ取っているようです。

産科勤務の環境 「1年前より悪化」が半数

 日本産科婦人科学会の意識調査によると、ほぼ半数が1年前より勤務状況が悪化したと回答した。「医師不足が改善されていない」「周囲の施設が減り、残った施設の負担が増加している」などの理由が多く挙がったという。

 調査は7月に実施。対象は医大生の卒後研修を実施している約750病院。産婦人科の責任者の医師に回答を求めた。332病院が回答し、回答率44%。
 産婦人科全体の状況について1年前と比べてどう感じるかを問うと、「悪くなっている」「少し悪くなっている」が合わせて47%。「良くなっている」「少し良くなっている」の計18%を大きく上回った。

 学会で医療提供体制の検討委員長を務める北里大医学部の海野信也教授は「全体状況が改善する段階には来ていない。研修医らの参入を促す方策を推進する必要がある」としている。

研修医らの参入を促す方策を推進ってのも正直なところではあるんでしょうが、一体どうやって?と訊いてみたくもなりますがね(苦笑)。
政府もようやく今にして医師不足対策などと言っていますが、今のところ産科医減少に対し役に立ちそうな対策を立てるに至っていません。
元々お産というものは保険対象外ですから(これもそもそもお産の現場を面倒なことにしている一因ですが…)、政府お得意の診療報酬による誘導など夢のまた夢。
そもそも現場で働く産科医の疲れ切った表情と大野事件などに代表される世間の扱いを見てみれば、彼らを間近で見て育つ研修医達が「俺も将来は産科を目指そう」などと思うはずもないわけです。

最も効率的な運用と言う点で産科医の集約化は既に避けては通れない状況ではないかと思いますが、これに対する最大の抵抗勢力が地域住民です。
「病院まで一時間もかかるのは困る」「いざと言うとき不安だ」などと未だにオラが町の産科医待望論が根強いようですが、そうまで心配されるのであれば自分が近いところに移っていただくしかないでしょうね。
将来的にもし十分な産科医が確保できるようにでもなった時代であればまだしも、今の時代そんなわがままを言っていると本当に国全体で産科というシステム事態が崩壊してしまいますから。
そうした点では産科崩壊と言う現象は前世紀末頃から患者サービス向上を至上命題としてきた日本の医療が、持続可能なシステムという公共福祉的側面へと意識改革していく一つの契機になるものなのかも知れません。

一方で訴訟リスクの恐怖というものは理屈ではないだけになかなか難しいところがあるのですが、ようやく限定的ながら無過失補償制度が始まったのは医師と国民の双方にとって基本的には喜ぶべきことではないかと思います。
ただしこの制度にも大きな問題点が幾つかあり、特に訴訟リスクという点から見ると「補償金を原資に訴訟を起こす」という危惧が少なからずあることは現場の医師達にとって無視できないことではないでしょうか。
実際のところはそうした事例がどの程度あるのかやってみなければ判らないとしか言いようがないのですが、少なくとも現状以上に訴訟リスクが増えることはないだろうと無理にでも納得していくしかないのかも知れません。

【ゆうゆうLife】医療 問われるお産の質 産科医療補償制度(下)

 医師の間では「補償を行うことで、訴訟を誘発するのではないか」との懸念もある。補償金が出ても、妊婦側が訴訟を起こせば、司法手続きは始まる。医療機関に過失が認められれば、補償金のほかに、賠償金が求められる可能性もある。医師からは「一時金の600万円が訴訟原資となる可能性もある。訴訟を減らすために始めた制度が、逆に増やすことになるのでは」との声も上がる。

 こうした見方について、石渡常務理事は「可能性は否定できない」としながらも、「利害が対立する裁判と違い、新制度では原因分析も示される。補償対象外になっても、不服申し立てもできる。こうした姿勢が理解されれば、長期的には訴訟は減少していく」と期待する。
 脳性まひの長女(29)を介護する「東京都重症心身障害児(者)を守る会」の岩城節子会長は「補償されても、納得できる原因が示されなければ、訴訟を起こしてでも説明を求める」としたうえで、「そうはいっても、家族にも訴訟は負担。公平な制度にし、原因究明を迅速に行ってほしい」と求めている。

さて、利点欠点多々あるこの産科補償制度に関しては今もって末端の異論反論数多く、当然ながらと言うべきか残念ながらと言うべきか制度に加入しないお産取り扱い施設も相当数があるようです。
政府もこの件に関しては思うところがあったのか、通常医療機関においては認められていない広告をこの産科補償制度に関しては認めるという例外措置を取るという話も漏れ聞こえてきます。

もちろん全ての関係者が善意で行動していると信じられるならば幾らでも話に乗っていけば済むことではあるのですが、残念ながらこの種の新制度導入に付きものの利権の噂もちらほら。
政府は当面制度を運用してみて、実際の支出額を見ながら補償対象を拡大していくという方針だそうですが、どうも話はそれだけでもないようで…

産科補償制度、「余剰金は返さない」

 「余剰が出るのではないか」「財務の透明性を要求すべき」―。来年1月から「出産育児一時金」を3万円引き上げることを承認した厚生労働省の社会保障審議会医療保険部会(部会長=糠谷真平・国民生活センター顧問)で、産科医療の無過失補償制度(産科医療補償制度)の運営に対する注文が相次いだ。一分娩当たり3万円の掛け金と国からの補助金などを合わせると、余剰金が生じるのではないかとの指摘に対し、厚労省側は「(重度脳性まひの)原因究明も一つの大きな柱になっている」と理解を求め、余剰金が出ても制度に加入している分娩機関に返還する予定はないと回答した。(新井裕充)

 来年1月からスタートする産科医療補償制度は、分娩に関連して発症した重度脳性まひ児に対し、看護や介護のための補償金(総額3000万円)が支払われる制度で、一分娩当たり3万円の掛け金(保険料)が必要になる。医療機関の過失を証明しなくても補償金が支払われる仕組み(無過失補償)により、分娩に関連した医療裁判を減らす狙いがある。
 しかし、今回の無過失補償制度では、補償される対象が限定されているため、余剰金が出るのではないかとの指摘もある。補償される重度脳性まひの発生件数について、厚労省は年間500-800件と想定している。

■「余剰が出るのではないか」
 「出産育児一時金」の引き上げを承認した9月12日の医療保険部会で、対馬忠明委員(健保連専務理事)は「3万円という数字の根拠がよく分からない」との不満を表しながら、次のように指摘した。
 「分娩は年間約100万件で、これに3万円を掛けると300億円。ところが、補償対象となる年間500件に(補償金の)3000万円を掛けると150億円となり、相当乖離(かいり)がある。制度の運営費用については、来年度の概算要求の中でも数億円を要求しているはずだ」
 また、岩本康志委員(東大大学院経済学研究科教授)は「(年間500-800件というのは)リスクを高めに見積もっているような気がする。ノーマルにいけば、余剰(金)が出るのではないかが気になる」と指摘。余剰金が出た場合の処理について、「掛け金が『配当』という形で医療機関に戻るとか、そういう仕組みになるのだろうか」と質問した。

 厚労省の担当者は、同制度が重度脳性まひ児への補償だけではなく、事故の原因究明や再発防止策の検討なども目的としていることを理由に挙げ、「原因究明も一つの大きな柱になっている。これについては、国から補助金を入れて動かしていくが、この補償制度について国から補助金を入れているわけではない」と理解を求めた。
 その上で、「余剰については、お返しすることにはたぶんならない」と回答。保険金の支払い額が保険料収入を上回るような場合については、「リスクは保険会社が被るスキーム」と説明した。

もちろん民間の保険会社も関わることですから、儲けを出してはいけないなどと言うつもりはありません。
しかし政府が医療機関に認めている儲けのレベルと比べて、明らかに桁違いの金が患者に還元されることなく流れていくわけです。
それが保険会社の儲けだけで済むのか、あるいは更に流れ流れてどこかにたどり着くのかと言うことですが…

しかしまあ、毎度の事ながら厚労省という組織はどうしてこうも医療関係者の不信を招くのに素晴らしい手腕を発揮してくれますかねえ(苦笑)。

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