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2008年9月14日 (日)

医療という名の共有資源 その二

前回の引きで国民にとって医療とは何なのかと言う問題に言及しましたが、これに関連して昔から続いているのが「医療は贅沢品なのか、必需品なのか」という議論です。
一部では「日本人は水と安全、医療はいつでもただ同然で手に入って当たり前だと思っている」なんてことを言いますが、実際のところ日本ほどそれなりに高水準な医療が身近にありふれている国はそう滅多にはないと言えます。
この現実をごく簡単な例で示すものとして、一昔前の小説やドラマ、そして今現在の外国でも普通にある「金がないから治療も受けられなくて」といった類の話が現代日本ではほとんど聞かれないという一事で十分でしょう。
それほど国民皆保険制度の恩恵というものは小さからざるものがあるわけですが、一面でそのシステムが医療の首を絞め始めていることもまた確かなのです。

そもそも医療というものがろくに発達していなかった何十万年かの歴史を通じて人間は増え、栄え、発展してきたわけです。
医療が、少なくとも今の日本で行われてきたようなWHO公認世界一(だった)の医療が必需品であるとすれば、世界中のほとんどの国は必需品として欠くべからざる医療すら受けられない医療飢餓状態にあると言えるはずです。
食糧支援の如く大規模な医療支援が直ちに行われなければならないはずだが、現実にはどうでしょうか?
大規模災害の時に医療チームが送られることが話題になる程度で、時折貧しい第三世界の医療レベルの低さを報じるニュースに接しても「まああの国なら医療事情もそんなものだろう」と思っているのではないでしょうか?

実際のところ国別で一人当たりGDPと医療費支出とを比較してみると、見事な相関関係を示すことが知られています。
豊かな先進諸国ほど医療費支出が増大する傾向にあるという事実は、誰しも懐具合に余裕があれば健康で長生きしたいものだろうと考えれば容易に予想できることではありますが、まさにそれこそ医療の本質を示すものであるかも知れないわけです。

ちなみにこのGDP比での医療費支出が少ない国として日本やイギリスと言った国の名が上がってくるわけですが、この日本という国はコスト面からは最低限の必需品レベルでありながら、贅沢品なみのクオリティーとアクセスが揃っていた希有な国であり、同時にイギリスの後を追って医療崩壊まっしぐらな国であるという点には留意すべきでしょう。
こういう安い、早い、うまいと三拍子揃った日本の皆保険制度が成り立つ大前提が何かと言えば、必要最低限を越えて医療を過剰利用しない、過剰供給しないという節度が保たれているということであったわけです。
日本の医療を評したヒラリーの「医療従事者の聖職者さながらの忍耐によって支えられている」という言葉はしばしば引用されますが、彼女が日本の医療現場を視察した際に述べた「病室は雑魚寝、共同浴室でまるで50年代の米国の病院、米国人には耐えられない」と言う言葉の方はあまり広まっていないようです。
一連の発言を一つの文脈で眺めてみれば、かつて重巡足柄を見聞したイギリス人が言ったという「私は今日はじめて軍艦に乗った。我々が今まで乗っていたのは客船だった」との発言に相通じるものがあると言いますか、少なくとも単純な称讚の言葉ではないと言うことはご理解いただけると思います。
いずれにしても医療への自制いう暗黙の了解がなくなってしまえば容易に崩壊してしまうという点で、日本の医療は性善説に基づいて設計されてきたのだとは言えるかも知れません。

むろん放置すれば100%死ぬが、治療によって延命が行われるという類の疾患もあるじゃないか、そのためにいつでも医療を受けられる体制は必要不可欠だという考えもあります。
それでも最善の医療を施されたとして、いずれ全ての人間が死ぬという最終結果は変わりない、ただ数年、あるいは最大限で数十年の余命が手に入るというだけとも言えるわけです。
ある意味で矮小な人間の壮大な悪あがきと言いますか、最終的に決定づけられている結論を単に先延ばしにするだけというのが医療の一つの限界であるとは言えるでしょう。
無論のこと、そうやって手にした幾らかの余命に大きな意味を込めたくなるのが人間という存在であるのは事実でしょう。
では、あってもなくても本質的な違いはないかも知れないが、存在することによって人生が少しだけ豊かになるものを我々は何と言うべきなのでしょう?
それを贅沢品と言うのなら、医療は疑う余地なく贅沢品の範疇に含まれるべきものでしょう。

いつしか現代日本人は医療が必需品であるという思想にとらわれていますが、今まさに日本人に必要なのは、本質的に医療は贅沢品であると言う認識ではないでしょうか。
同時に、一面で医療に必需品としての側面があることも事実であればなおのこと、生物学的に一日何カロリーの栄養が必要というのと同じレベルで、人として生きることにあたって必要とされている最低水準の医療水準とはどのようなものなのかをまず定義付けしていかなければならないでしょう。
そして何より重要なことは医療のキャパシティーは有限であって、贅沢品としての医療を享受すればするほど必需品としての医療が削られていくという側面があることを周知徹底することでしょう。

思えば医師会あたりを主体にして、「不安があればすぐ医者にかかりましょう」などと言っていた時代も遠いことではありません(今でも時にお年を召された先生がテレビでそういうことを言っていたりもするようですが…)。
問題は不安があってかかる先が声の大きい医師会関係の開業医などではなく無関係な地域の基幹病院であったり、しかも「三日前から熱が…」などと言っては真夜中に時間外受診するという患者が増えたりという結果、勤務医疲弊が進んでいる点です。
その結果何が起こっているかと言うと、今や国を挙げて病院にかからないようにしようと言う時代になってきたというわけですね。
例のメタボ検診などもかつての「早期発見早期治療」から更に進んで「病気にならないことを目標にする(結果として医療費も下げる)」と言う点でこの文脈から出てきた発想ですし、更に一歩進んで不要な救急受診を控えようという動きも各地で具体化してきています。

兵庫・伊丹市:「不急119番減少に効果」 24時間相談電話が好評

 兵庫県伊丹市が7月から、市民向けに24時間無料の電話医療相談を始めたところ、同月だけで相談件数が2122件と、当初予想(1000件)を大きく上回った。相談電話は病院探し目的などでの119番利用を減らす方策として近畿で初めて導入した。同市の7月の119番通報は前年同月比4・7%減少しており、市は「定着すれば不要不急の119番も減るのではないか」と期待する。

 「いたみ健康・医療相談ダイヤル24」で、広報紙などで市民のみに知らせた番号に電話すると、看護師や医師らが急病時の対処などの相談に乗る。予算は年間約1500万円。

 市によると、7月の相談内容は、急病など「身体の症状」が21%と最も多く、次いで、治療法や薬について(12%)▽受診科目の選び方(11%)などが続く。また、1~6歳の幼児に関する相談が25%を占め、電話してきた人の80%が女性だった。子供の急な発熱などを心配し、母親が電話をかける、といったケースが典型的で、相談相手の少ない核家族化をうかがわせる。

 一方、市消防局によると7月の119番は1292件と前年比4・7%減少。市は相談電話の普及で徐々に効果が出ることを見込んでいる。【池内敬芳】

いずれにしても無自覚に、思い立ったままに気軽に医療を享受するという時代は終わりを告げつつあるのかも知れません。
例えば病院の外来で、初診でやってきた患者の過半数は放置しておいても大過なく治るものであるし、何より彼ら自身が経験的にそれを知っているはずなのです。
それなのに何故病院にやってくるのでしょうか?症状がつらいからでしょうか?
しかし実際問題多くの症状は売薬で十分に対応できるものであるし、実際かつての日本も現代の多くの他国もそうやって対応しているのです。
では万一重大な病気であったら大変だからという不安からでしょうか?
不安であるから保険に入る、心配だからセキュリティー会社と契約するという行動心理と同じと見なせるものだとしたら、それらは社会的には必須のものとはされてないもののはずなのです。
何故医療だけ、より正確には現代日本の医療だけがこうまで過剰反応とも言える受診動機をもたらしているのか、そしてその行動が何をもたらしているのかを考えていくべき時期だと思いますね。

最近では医療資源という言葉も用いられていますが、その資源は決して無尽蔵なものではなく、むしろ供給が需要を下回っていることで奪い合いが起き始めている状況にあるという認識が必要です。
金のある者が望む資源を最大限に、貧乏人は残った資源を手の届く範囲でという医療を行っている国もあるし、むしろ世界的にはその方が一般的でしょう。
日本の医療はかなりの部分で国家的に管理されており、実際にはともかく方向性としては公平な分配を目指しているといえるのでしょうが、その大前提となっているのは貪欲な欲望の赴くままに医療を過剰に利用しすぎないという被医療者各人の節度だと思います。
今や限りある資源を如何に最大多数の最大幸福につながるよう利用していくか、その配分こそが最も問われているとも言えるわけですが、その件についてはまた次回以降に。

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