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2008年9月 5日 (金)

大野事件後に医療事故調問題を考える その二

前回に引き続き今回はいよいよ医療事故調に関して検討していきたいと思いますが、この点で最重要なのは厚労省の目指すところではないでしょうか。
ちょうど厚労省側の見解を示す記事が出ていますので、今回まずこれから抜粋しながら検討していきたいと思います。

医療版「事故調査委」--厚労省の見解 再発防止が最大の目的

 厚生労働省は、医療死亡事故の原因を究明する第三者機関として、10年度の設置を目指す「医療安全調査委員会(仮称)」の第3次試案と、試案から法制定が必要な部分を抽出した「医療安全調査委員会設置法案大綱案」を相次いで公表した。調査委は、国土交通省の航空・鉄道事故調査委員会の医療版。従来は刑事・民事裁判に委ねられていた医療過誤による死亡事故などの解明に、医療関係者や法律家らがあたることで再発防止を目指す制度だ。ただ、医療界には調査結果が刑事手続きに用いられることなどへの反発もある。厚労省医政局の佐原康之・医療安全推進室室長に、これまでの経緯や現状、課題を聞いた。

 ◇事故前提のシステム設計

Q:そもそも、医療安全調査委員会を設置するということになったのは、どういう経緯からですか。

A:長い経緯があります。医療事故や医療安全ということについて、1990年代まで社会的にはあまり問題にされていませんでした。医療事故がなかったわけではないと思うのですが、医療機関から公表されることは少なく、また、患者側からの声も上がりにくい状況でした。しかし、1999年に横浜市立大学附属病院での患者取り違え事故や都立広尾病院での死亡事故を契機に社会的な関心が高まり、次第に医療事故の実態が明らかになってきました。一方同時期に米国で、「人は誰でも間違える」と題する報告書が出て、医療事故はどこでも起き得るのだから、それを前提に医療システムを設計していく必要がある、との提言がなされました。

 日本の医療法は1948年に制定されましたが、医療事故があることを前提に作られていませんでした。したがって、事故発生時の対応、例えば、何を事故と定義するのか、患者遺族への説明はどうするのか、事故をどこに届け出て、どのような調査を行うのか、その調査結果の取扱いはどうするのか、といった点できちんとした制度ができていません。事故があることが誰の目にも明らかな、例えば航空機事故の場合には、事故を起こした航空会社が国土交通省に報告し、航空・鉄道事故調査委員会が事故原因を調査する、という仕組みがありますが、これとは対照的です。

 医療事故の原因究明・再発防止を図る仕組みが必要ですが、医療事故についてはこれを専門的に行う機関がありません。結果として、捜査機関が犯罪捜査の観点から医療事故を扱う、あるいは民事裁判で真相を明らかにする、という流れになっていますが、これは、医療従事者にとっても患者・遺族にとっても満足できる仕組みではありません。

 医療行為は常に事故のリスクを伴うものです。医療者に過誤がある場合もありますが、不可避の合併症もあります。そのような医療事故の原因究明を、捜査機関が犯罪捜査の観点から行うことに、医療界には強い抵抗感があります。また、患者遺族には、自分の肉親はなぜ死んだのか原因を究明してほしい、また、自分の肉親の死を無駄にせず二度と同じような事故が起きないよう再発防止に役立ててほしい、との願いがあります。しかし、刑事手続や民事手続は原因究明や再発防止を目的としたものではなく、このような願いは十分にかなえられません。

 医療事故の原因究明・再発防止を担う中立的第三者機関の創設については、2001年の日本外科学会声明を皮切りに、2004年の日本医学会加盟の19学会の共同声明、2005年の日本学術会議の報告など、様々な提言がなされてきました。2005年からは「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」が開始され、医療事故発生時の診療内容を、第三者の医師等が医療機関からも遺族からも中立的な立場で評価するという事業も行われています。そんな中、2006年2月に、産科医が医師法21条違反と業務上過失致死容疑で逮捕されるという事件があり、警察に医療事故を届け出るのではなく、医療の専門家を中心とした中立的第三者機関に届出し、この第三者機関が専門的な観点からしっかりと原因究明を行うという仕組みが必要であるとの声が大きくなりました。2006年6月には国会の衆参厚生労働委員会での決議もなされました。厚労省では、2007年の3月に第三者機関の創設に関する第1次試案を公表し、併せて同年4月から有識者による検討会を設置し、様々な議論をしていただきましたが、これらの議論を踏まえて同年10月に第2次試案、そして第2次試案に対して寄せられたご意見を踏まえて2008年4月に第3次試案を発表したところです。

厚労省側は繰り返し「再発防止が目的」と言っていますが、さてどんなものでしょうか?
記事を見ると厚労省は航空事故調と同様のシステムを目指しているように見えますが、実はここにまず大きな問題があります。
日本の航空・鉄道事故調査委員会の本家とも言うべきアメリカの国家運輸安全委員会(NTSB)は警察、検察よりも強い捜査権限を持つ組織であって、調査の結果は基本的に一般公開されることになっています。
原因究明と再発防止のためには徹底して正確な情報を引き出すことが重要なわけですが、このためNTSBの調査レポートを民事訴訟の証拠に用いる事は禁止するよう法的に保証されているのですね(アメリカでは故意によるものなどでない限り事故の刑事責任は問わない)。
問題は日本版航空事故調においても、そして今のところ医療事故調においても、調査レポートを法廷に持ち出さないという保証が全く存在しないことです。

実はこの問題は単なる想像上の話ではなく、97年の日航706便の事故(乱高下によって乗客・乗員14人が死傷)において機長が業務上過失致死傷罪に問われた際(判決は無罪)航空事故調の調査報告が証拠採用されたことに、日本のみならず世界中の航空関係者から一斉に反発の声が上がりました。
事故機(MD-11)自体がかねて色々と操縦性に噂のあった機体と言うことで現在も原因ははっきり解明されていませんが、事故の原因究明と再発防止を徹底するためには事実を証言することによって証言者に不利益が及ばないことを保証しなければならないというのが国際的なコンセンサスです。
厚労省の医療事故調案においても色々と言葉は変遷していますが、結局のところ重大な「過失」に関しては警察へ通報していくという方針は当初から一貫していますし、そのために事故調の報告書を転用することも否定していません。
この点は過失に対して厳しく罪を問うという日本社会全体の問題とも言えるかも知れませんが、アメリカでは既に以前から「誰でも間違える」「過誤を罰しない」ことを前提に如何に過誤を減らしていくのかという実効的対策が取られているという点を強調しておきたいと思います。

さて、記事の続きを見ていきますが、結局のところどういうメンバーが調査委に含まれるのかという点も気になるところです。

 ◇メンバーに法律関係者も

Q:調査委員会のメンバーは、どういう方で構成されるのでしょうか。そして、それはどういうことを想定しているのでしょうか。

A:医療の専門家を中心に、法律関係者やその他の有識者で構成してはどうか、と提案しています。

 医療の専門家については、病理医等の解剖担当医、臨床医や看護師等が想定されます。これら医療の専門家が議論の中核を担うと思います。現在モデル事業では、全国8地域で約2500名の協力医リストがあり、医療事故の内容によって、例えば産科の事故なら産科医を中心に、心臓外科の事故なら心臓外科医を中心に集まっていただき、ディスカッションしています。

Q:調査委メンバーの「法曹界」や「医療を受ける立場を代表する者」とはどういう方をイメージしているのでしょうか。

A:「法曹界」としては、弁護士が中心になると思いますが、法学部の教官なども想定されます。また、医療を受ける立場を代表する者とは、広く医療のユーザーサイドの方が入ると考えていただければ良いと思います。調査委員会のメンバーは、医療者だけとすべきとのご意見もあります。ただ、委員会での審議は、その性格上非公開で行われることになりますので、委員会の透明性や中立性を確保し、社会の信頼を得ていくためには、医療者以外のメンバーが加わることが必要と考えられます。

 また、委員会は、医療という国民誰にとっても身近な事象を扱うため、その報告書は専門用語がちりばめられ、医療者しか理解できないというものでは、社会に受け入れられません。医療者以外でも理解できる内容にしていく必要があります。それともう一つ、モデル事業での審議を傍聴していて感じることですが、委員である医師等は本当に真剣に議論をしています。ただ、非公開なためにそれが十分に外に伝わりません。医療には一定の限界があり、不確実な点がたくさんある、避けられない事故もあるのだと言うことを、医療者以外の人たちにも理解していただく必要があります。医療者だけで議論をしていては、いつまでたっても、医療者以外の方々の理解が得られません。医療についてのサポーターを増やす、といったくらいの視点が必要なのではないでしょうか。

複数の医療側専門家の参加については必須条件として誰しも異論のないところだと思いますが、法曹関係者については結局のところどのような立場の者を加えるべきか議論の余地のあるところだと思います。
厚労省は医学的見解と司法的見解の仲立ちをする翻訳者のような存在をイメージしているのかなとも感じられるのですが、この辺りは記事中に「判断する責任を医療界自ら引き受けていただく」と言う文言が見えるように、問題があれば裁判にもっていくという前提での委員構成であることに留意する必要があるでしょう。
またかねてから異論数多の「その他の有識者」ということですが、結局のところ当事者である被害者やその家族と言うより一般論としての患者側の立場を代表してという程度の意味で語られているようです。
しかしそうなると出てくるであろうと予想される名前が幾つかあるわけですが、果たしてそれが適任かと言うとなお議論の余地多々ありというところでしょう。

大野事件でも問題となった医師法21条(異状死体の届出義務)については「医療死亡事故が発生した場合には、医師法21条に基づく警察への届出ではなく、医療安全調査委員会へ届け出るという仕組みを創設するとともに、医師法21条を改正し、医療事故の届出をすれば、警察への届出は不要とすることを提案」すると言っています。
文字通りに読めばいわゆる原義的な異状死体(たまたま見つかった死因不明の死体など)に関しては従来通りの取り扱いとも読めるのですが、この辺りはあまり詳しく語られていません。
いずれにしても厚労省としては少なくとも院内での異状死に関しては警察ではなく事故調へというビジョンを描いていることは理解できますが、相変わらず何をもって届出対象とするかという点に関しても明確な定義付けは行われていません
たまたまこの時の記者が問わなかったのか、あるいは意図して語らなかったのかですが、今までの話の流れから想像するに厚労省側の意向としては経過や死因に何らかの疑問がある場合は全例届出がベストというものだと見ていいでしょう。
問題はその場合何が起こるのかと言うことなのですが、これについては次回以降に回したいと思います。

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