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2008年9月20日 (土)

医療事故報道に寄せて

まずは例によって記事を紹介します。

血管内に空気、女性死亡 医師を書類送検

 脳血栓の手術中に誤って空気を血管内に混入させ、患者を死亡させたとして、宮城県警捜査1課と古川署は18日、業務上過失致死(医療過誤)の疑いで、宮城県大崎市の大崎市民病院に勤務する男性医師(43)を書類送検した。

 調べでは、男性医師は昨年6月6日、入院していた患者の女性=当時(40)=の脳内にカテーテルを挿入する手術をした際、点滴していた生理食塩水のパックが空になったことに気付かず、女性の血管内に空気が混入。女性の脳動脈内に空気塞栓(そくせん)症を発症させ、同月12日に脳循環不全で女性を死亡させた疑い。

 同病院と女性の遺族の間では、同年10月に損害賠償として約4500万円を病院が支払うことで和解が成立。同病院の大場周治事務部長は「患部が脳内の難しい場所だったため、通常は20分程度で終わる手術が1時間以上かかったと聞いている。民事上は解決しており、後は司法の判断に任せたい」と話している。

例によって記事だけでは何のことか判らずな話なのですが、静脈ルートから点滴していたと言うわけではなくカテのルート内に充填する生食が空になったと言うことらしいですね。
この場合生食を加圧バッグで押していたと想定するなら確かにエアー混入で塞栓症が発症するだろうと思われます。

民事的な争点がないということからも恐らく不起訴になると勝手に予想していますが、亡くなった患者さんには不謹慎ながらこれは病院にとって色々と興味深い学習機会になりそうな事件だと思います。
この種の状況は臨床の現場ではよくあって、例えば内視鏡での処置中に低酸素状態になったのに気付かずと言うような場合も時々新聞紙面を賑わせたりします。
処置を行っている術者にとっては次から次へと針穴に糸を通し続けているような状態ですから、視野の外側に位置するものにまで注意を払う余裕はありません。
そうであるからこそ、周囲の者がボトルの残量やモニターの数値をチェックし必要であれば術者の注意を喚起しなければならないし、例え気がつかなかったとしても大丈夫なようにあらかじめ完全なルート内のエアー抜きを行ったり低酸素アラームが鳴るようにしておかなければならないわけです。

いずれにしてもこれは病院内のシステム上の欠陥であって、執刀医の罪を問うて終わりというのは明らかな間違いでしょう。
このあと院内でこの事故がどう総括され、どういう再発防止の対策が取られるかの方がよほど意義があるし、特に公立病院だけにどんな斜め上の対策が飛び出してくるのか見ていくことに要注目なんですが、事後を追っかけての報道なんて間違ってもされないでしょうね。

ところでかねて医療紛争解決のための組織の必要性は言われていましたが、日弁連が動き出しているようです。

医療ADRを全国に拡大-日弁連

 日本弁護士連合会(宮﨑誠会長)は、解決が困難とされる医療紛争を処理する第三者機関(医療ADR機関)を全国に広げる方針を決めた。弁護士会が運営する「紛争解決センター(全国29か所・25弁護士会)」内に設置していくもので、来春までに高等裁判所の所在地など5か所以上で運営を始める予定だ。

 日弁連の医療ADRは、「患者側の仲裁委員」「医療機関側の仲裁委員」「双方のまとめ役となる仲裁委員」を配置するのが基本。3人がそれぞれ裁判官のような中立的な立場となり、双方の当事者も交えて話し合いながら、事実関係の説明や争点の整理などを支援する。場合によっては、患者側と医療機関側に代理人が付くこともある。

話し合いは一回当たり2-3時間をめどに行われ、原則的に3回で解決を目指す。渡部委員長は「裁判のように長期にわたらず、お互いに消耗することがない。非公開のため、デリケートな問題の解決にも向いている」と述べた。

  ADRは、法律判断を重視して仲裁委員など第三者の判断に従う「評価型」、当事者同士の話し合いに頼る「自主交渉援助型」などに分類され、どれを採用するかで議論が分かれている。これについて日弁連ADRセンターの渡部晃委員長は「話し合い中心の事案もあれば、法律問題の解決が中心の事案もあるため、ケースごとに柔軟に方法を選んでいる」と話す。

 申立手数料は1万500円(税込み)で、仲裁が開かれるごとに期日手数料5250円(税込み)が必要となる。申立人と相手側がそれぞれ支払う。成立手数料は紛争解決額によって異なるが、解決額が100万円の場合、8万4000円となる。成立手数料の負担割合は仲裁委員などが定めることになる。

 昨年9月に医療ADRを設置し、今回の全国展開のモデルとなった東京の3弁護士会では、今年7月までに45件の申し立てがあり、数十万円-数百万円の支払いや謝罪を内容とした和解が7件成立している。

三回で解決を目指すということですから、基本的な事実関係の争点がこじれているような場合にはなかなか解決は難しいかも知れませんね。
東京のADRでの支払金額を見ると基本的に大物の事例と言うものは扱っていないようですから、ある程度病院側も過失なりを認めているが訴訟に持ち込むのは躊躇するという事例での患者救済が主目的ということになりそうです。
こういうものは本来無過失補償制度なり医療損害保険なりが充実していれば随分と話が簡単になってくるものも多いと思うのですが、当分そういうものの実現はなさそうですね。

またこの手数料を高いと見るか、安いと見るかですが、患者側からするといっそ刑事告発というのが最も安い手段と言うことになるでしょうか。
昨今一部の噂に言われていることですが、まず刑事訴訟である程度話の道筋を付けてから民事に持ち込むというような法廷テクニックを用いるような動きもあるようですし、例えばこういう調停で得た賠償金を元手に訴えを起こすという可能性もあるわけですね。
その点では残念ながら、これは信頼関係の崩壊と報復感情の増強という負の連鎖を断ち切るシステムとはなり得ないかも知れません。

以前にも紹介した北欧諸国の例では医療上の損害賠償保険が導入されて以来、こうした負の連鎖反応が劇的に改善されたと言います。
例えばスウェーデンにおいても日本と同様、患者と医療との対立関係という中で肝心の補償が十分機能していないと言う現実がありました。
何らかの立法によって患者補償をするということは(日本におけるのと同様に!)色々と問題があって実現困難だったようで、結局は患者保険導入という方法が選択されたと言うことです。

患者障害法の一考察

この保険により、過誤や不作為に関係なく賠償金が支払われるので、治療傷害を被った人々が補償を受け取るチャンスは大きく改善された。この保険は客観的根拠に基づいて賠償金を支払う。患者保険の導入以降、賠償責任の問題は賠償支払いの問題から切り離された。それでこの保険は保健医療責任局とも保健厚生全国委員会とも結びついていない。したがって患者は賠償を受ける権利を得るためにもう医師を「やっつける」必要がない。この保険は医師などの医療要員と患者の間の信頼を強化するための基盤を創造した。現在の状況は、もし医療に関連して傷害が発生したら、傷害報告に着手するのは通常医療要員である。推定によると傷害報告の40‐80%は医師や看護師、民生委員が患者の報告を手助けしている。この事実に外国人、特にアメリカ人は驚いている。この保険の最重要機能は、賠償金の問題の他に、信頼の維持と、賠償金受け取りに当り患者が経験する是正されたと言う気持ちである。

このような具合に、患者保険の導入で治療障害を被った患者に賠償するチャンスは根本的に改善された。現在では、年間で9500件ほど治療に関する紛争が報告されている。その45%(年あたり4000件以上)に対して賠償金が支払われている。賠償金の年間合計は3億クローナと推定される。

1スウェーデンクローナは約16円くらいですから、一件当たりの賠償額はおよそ120万円と決して目を見張る高額と言うわけではありません。
それでこれだけの満足度が得られる、そして何より患者と医療との対立関係が是正されているという点は大いに学ぶべきものがあるとは思いませんか。
金銭という物的補償が全てを解決するとは言いませんが、確実な物的補償の道筋が存在することによって解消ないしは軽減されるものも確かに少なくはないのです。

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