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2008年9月17日 (水)

ある意味で予想通りの結末だった話

福島・大野病院事件の加藤医師がいよいよ復職だそうです。おめでとうございます。

無罪の産科医が勤務再開へ 10月中旬から民間病院で

 福島県立大野病院で平成16年、帝王切開で出産した女性=当時(29)=が死亡した事故で、業務上過失致死罪などに問われ、無罪が確定した産婦人科医、加藤克彦さん(41)について、平岩敬一弁護団長は16日、民間の会津中央病院(福島県会津若松市)で10月中旬から勤務を再開することを明らかにした。県職員は辞職する
 加藤さんは県職員として県立大野病院に勤務していたが、18年に起訴され、休職になっていた。無罪が確定した今月、県病院局が辞令を出し、復職した。
 加藤さんは弁護団を通じ「地域医療のため頑張っていく」とのコメントを出した。

まあね、あれだけのことをされて今なお県職員として復職するというならさすがにそれはちょっとどうよと人事ながら心配になるところだったのですが、さすが加藤先生空気を読まれたようです。
しかし辞令を出した直後に辞職された県病院局担当者の顔が見てみたかったですね(苦笑)。

ところで話は変わりますが、先日毎日新聞のこういう記事が一部方面で話題になっていたことがありました。

洛書き帳:「病院には遺体に対して『不浄』という意識がある」… /京都

 「病院には遺体に対して『不浄』という意識がある」。先日ある取材で医療関係者がそう打ち明けた。かつて彼がいた病院では、患者が亡くなれば地下の安置室に移し、裏口のドアから外に出していたという▼「死」を人目に触れない場所に隠す意識が働くのだろうか。どこか死者を冒とくしている気がして薄ら寒くなった。こうした対応に理不尽さを感じる医師も少なくないらしい▼彼が現在勤務する診療所では、患者が亡くなれば病室でお別れ会をし、顔にハンカチをのせることなく玄関から送り出す。遺族からは必ずお礼の手紙が届くという。私が患者なら死んだ後も人間としての尊厳を守ってほしい。【木下武】
毎日新聞 2008年8月10日 地方版

某便所の落書き医者板あたりでは「まあ毎日だから」とちょっとした笑い話のネタになった程度だったわけですが、何かしら意外なところで受けていたようです。
言われてみれば確かにそうかも…と思うところもあるわけですが、それはともかく、この記事にも意外なオチがついてしまったという話がこちらの記事。

斎場:出棺見える…隣人訴えにフェンスかさ上げ命令 京都

 京都府宇治市の葬儀場「宇治葬祭駕辰(かごたつ)」の近隣男性が「出棺の様子が見え、宗教的平穏を侵害されている」として目隠しフェンスを高くすることなどを求めた訴訟の判決が16日、京都地裁であった。井戸謙一裁判官は「ひつぎの搬入と出棺の様子を観望できるのは受忍限度を超えている」と述べ、フェンス(高さ1.8メートル)の1.2メートルかさ上げと20万円の損害賠償を命じた。
 判決によると、葬儀場は05年10月に開設。市道を挟んで向かいの住宅2階から敷地内の参列者や出棺の様子が見える。住民男性は「大声を上げて笑うことができず、カーテンを閉め切っての生活を強いられている」と主張し、フェンスの1.5メートルかさ上げと月額2万5000円の慰謝料などを求めた。
 葬儀場側は「葬儀場には高度の公共性がある。かさ上げは費用がかかり、威圧感も増す」と反論。判決は、参列者が見えるのは受忍限度内としたが、かさ上げについては「費用が営業を困難にするほどではない」と判断した。【熊谷豪】

同じ京都の話で先日の自社の記事を思い出しながらこの記事を書いたのであればなかなかその心理も想像すると楽しいものがありますが(苦笑)。
まあ法的措置を取るほどまでの話かという点では異論もあるかも知れませんが、基本的に日本人の感覚って最大公約数的にみて死=不浄ってものなんじゃないかなと言う気はします。
お葬式の時に塩を配ったりするのもそういう「お清め」の意識があるってことで、別にそれは死者を冒涜するとかそういう話とは違うんじゃないでしょうか。
それを無理矢理病院の意識の問題に結びつけるところはさすがに医療潰しに邁進する毎日新聞の素晴らしい感性と言えなくもないですが、問題は毎日新聞の感性が一般的な日本人のそれと合致するかどうかですよね。

毎日新聞の目指す方向性が垣間見えたと言う点では、結果として意外に良い記事だったと言えなくもないのかも知れません。

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