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2008年8月 5日 (火)

救急医療、崩壊!? その三

前回の「救急医療、崩壊!? その二」に引き続いて、今回も救急医療に手を出してはいけないわけを考えていきましょう。

題して「救急医療 やってはいけないこれだけの理由 ~病院編~」

病院が救急をやってはならない理由として最大のものは、なにより救急医療は赤字部門であるということでしょう。
一例として、消化管出血の患者が一人来たと考えてみます。
今の時代であれば多くの場合まず内視鏡で出血源を確認し止血を試みるでしょう。
当直医が消化器専門ならまだしも、普通は手が出ませんから消化器科医を呼び出します。
通常消化器科医一人で処置は出来ませんから、内視鏡技師(病院によっては内視鏡担当看護師)も呼び出します。
血液検査や場合によっては輸血も必要になりますから、血液検査技師も呼び出さなければなりません。
予想される疾患によっては他の画像的検査も必要になりますから、放射線技師も呼ばなければならないでしょう。
これで止血できればよいですが、出来なければ外科医や放射線科医を呼び出して別な方法を考えていかなければなりません。

もちろん平日日中で上記のスタッフが病院内にそろっているというのであればまだ話は別ですよ。
しかし、待機料に呼び出しの手当を出してこれだけの専門職を動員した上で病院の収入となる内視鏡的止血術の点数は4310点(\4.3万)。
無論これには使用する機材のランニングコストも込みですから、雀の涙の利益すらあっという間に消し飛ぶ消し飛ぶ。
今の診療報酬では止血用のクリップを一本余分に使っただけで赤字になるというような世界なのです。

最近もテレビ番組で頭の悪そうなコメンテーターが「病院は患者を長く入院させようと引き留める」なんて頓珍漢なコメントをしていました。
いったいどこの世界の病院の話をしているのか知りませんが、そんな事実があるなら患者が病院を追い出されたなんて何故騒ぐ必要があるのでしょう?
近ごろでは多くの急性期病院ではDPCというシステムに基づく定額払いになってきています。
このシステム下で利益を上げようとすれば、なるべく他院で診断も評価も済んだ患者を紹介してもらい、余計な検査や処置など一切せず必要最低限の期間だけ入院させるという方法にならざるを得ないわけです。
もし皆さんが入院したとしても「近ごろの先生は不親切で入院したついでに胃カメラでもと頼んでもやってくれない」などと嘆いてはいけません。
すべては医療費削減、医療縮小という国策から導き出される当然の結果なのですから。

逆にこうしたシステムにおいて最も儲からないのはどんな場合でしょうか?
何か診断は確定しないけど重症っぽい、とりあえず入院させて色々やってみながら様子をみようかというパターンですよね。
主病に関わるもの以外の全ての診療行為は結果的に無駄なものであったとして病院が負担することになるわけです。
そして救急医療というのはまさしくそうした何が何だか判らない、儲けにならない患者が大勢押しかけてくる部門なのですよ。
もちろん病院が儲かっているなら採算無視のボランティアに精出すのも社会的貢献と言えるかも知れませんが、今は公立病院の9割、民間病院も半数が赤字という時代です。
今どきこんな赤字部門にせっせと金をつぎ込んでいるような放漫経営の病院は財務省あたりから「医師の給与は依然高く、業務の合理化余地はある」なんて言われて真っ先に潰れていくわけです。

近ごろ何かと話題の訴訟リスクの問題に関しても、医師自身と病院で多少懸念すべき部分が異なってくるように思いますね。
診療に当たる医師にとっては過労、専門外といったリスク要因から何かしら思わぬミスをするのではないかという怖さがあるものです。
ところが救急医療として見た場合に、病院として全く当たり前の対応をしたとしても訴えられてしまうというリスクがあるのですね。

一例を挙げれば脳卒中、近ごろでは脳梗塞に対してtPAによる血栓溶解が話題になっています。
ところが実際こうした治療を行われている患者がどれくらいいるかと言えば、せいぜい全体の数%程度なのですね。
これは血栓溶解作用が強いだけに今度は出血のリスクもある、そうでなくても発症から時間がたつと効かないと言うことで発症後3時間以内に使用することというルールがあるからです。
専門病院でも搬入後最低限の検査を行って治療を始めるまでにまず1時間は見ておかないとならないようで、発症から2時間以内にそうした施設に搬送しなければなりません。

家族が倒れたと救急隊に連絡がある、搬送先を探して救急病院に搬入されるのに30分。
当直医が診察をし、検査をして脳梗塞の診察をつけ、あちこちに電話をかけ受け入れ可能な専門施設を探すのに1時間。
ふたたび救急車に乗せて専門施設に送り届けるまでに30分、これで合計2時間です。
むろん僻地では病院に来るまで1時間、専門施設までさらに1時間ということも全く珍しくないわけで、各人が最善の行動を取っても3時間ルールというのはかなり厳しいものであることが判るでしょう。

さて、こうした症例で実際に3時間が過ぎてしまいtPAが使えなかった、もし治療が出来ていれば障害が軽減されていた”可能性がある”となったときにさて、患者と家族はどこを訴えるでしょう?
移動時間は削れない、3時間のルールも変えられないとくれば、間に入った救急病院が訴えられる可能性が最も高くなることは道理ですよね。
「おたくの病院がよけいな時間を浪費していたからだ!医療ミスだ!謝罪と賠償を要求する!」
実は冗談でもなんでもなく、こうした訴訟は全国あちこちで起きているのです。

搬送の遅れと言えばかの有名な奈良・大淀病院事件もこの種の一例と言っても良いかも知れませんが、医療訴訟史上もっとも有名なのは何と言っても「加古川事件」ですね。

加古川市に3900万円賠償命令 心筋梗塞の男性死亡

兵庫県加古川市の市立加古川市民病院で03年、急性心筋梗塞(しんきんこうそく)で運ばれた男性が死亡したことを巡り、医師が効果的治療が可能な病院への転送を怠ったのが原因だとして、妻ら遺族4人が同市を相手取り、慰謝料など計約3900万円を求めた訴訟の判決が10日、神戸地裁であった。
橋詰均裁判長は「効果的な治療を受けていれば90%程度の確率で助かった」として、請求通り約3900万円を支払うよう同市に命じた。
判決によると、男性(当時64)は03年3月30日、自宅で心筋梗塞の症状が出たため、午後0時15分ごろ、妻が同病院に連れて行った。
担当医師は同0時40分ごろ、急性心筋梗塞と診断して点滴を始めたが、症状が変わらないため、同1時50分ごろ、効果があるとされる経皮的冠動脈再建術(PCI)が可能な同県高砂市の病院への転送を要請した。
しかし男性の容体は悪化し、同3時35分ごろに加古川市民病院で死亡した。判決は「約70分も転送措置が遅れており、医師に過失があると言わざるを得ない」とした。

この事件については以前から医療問題に関して精力的かつ判りやすい情報発信をしてくださっている「農家こうめ」さんのところで非常に詳細かつ判りやすい素晴らしい解説がありますので是非ご参照いただければと思います。
事情を知れば知るほどに、まさしく「どこに70分の遅れがあるんだ…?」としか言い難い状態。
そうでありながら加古川市民病院は3900万という見舞金レベルなどではない賠償の支払いを命じられているわけです。
おそらく限りなく最善に近い対応をしたと思われる担当医個人が訴えられなかったのが唯一の救いと言っていいかも知れませんが、判決でははっきりと医師に過失ありと断じています。
要するに今の時代にあって、救急はどんな適切な対応を取ろうが関わった時点で訴えられ、敗訴する可能性があると言うことなのです。

救急に関わるもう一つの大きな問題は、日本中の多くの病院で今もって主流である主治医(担当医)性というシステムの問題です。
この主治医性も日本の医療を蝕む大きな問題点の一つとして話せば長くなるのですが(そしてこれも何故か、マスコミはあまり取り上げませんよね)、今回は華麗にスルー。
とりあえず入院患者と言うものに対しては誰かしら専属の担当者をつけなければならないシステムであると言うくらいに理解しておいてもらいましょう。

皆さんもテレビドラマの花形「救急専門医」なるものの活躍を耳にされたことがあると思います。
次から次へと病院にやってくる救急車、運び込まれる重症患者達をちぎっては投げ、ちぎっては投げと八面六臂の大活躍ぶりは何とも格好良いではないですか。
ところで皆さん、救命救急室で彼らが診た患者さん達がその後どうなったかなんてことを考えたことがあるでしょうか?
初期診療を担当した救急専門医が入院から退院まで一貫して担当する…などと言うことはもちろんあるはずはありませんよね?何しろ彼らは「救急専門」なのですから。
というわけで初期診断に応じて各科の医師に患者が振り分けられ、主治医としてその後の診療を担当するわけです。

さてここで考えていただきたいのですが、近ごろは病院経営改善が日々叫ばれているわけですから、何科であれベッドなど空けているような余裕などないわけです。
空床率限りなく0%を目ざしてどこの科であれ一杯一杯の状態で患者を出し入れしている、当然それを担当する医師達も過重労働でひいひい言いながら常時フル回転しているわけですよ。
そこへ夜毎に「ええ格好しい」の救急専門医が勝手に受けた患者を自分で始末をつけるでもなく、他人にどんどん押しつけてくるのです。
他科医にしてみれば一医師として既に救急専門医と同等の仕事をこなしている上に、救急専門医の患者の後始末まで担わされるわけです。

言ってみれば運転手が常に過積載で昼夜の別なくトラックを走らせているところに、営業が「それじゃこれもお願いね」と荷物を勝手に積み上げていく状態。
営業が仕事を終わった後も必死で夜通し車を走らせたあげくに、過積載でお縄になったり過労で事故ろうものなら社会的制裁は全て運転手のみが負うことになるわけです。
当然ながら主治医たることを押しつけられる各科の医者としては面白くないと言う話になって当然ですよね。

こうした救急医対他診療科医の間での感情的対立が高じた結果、救急診療体制が縮小あるいは崩壊していく病院も結構あるものなのです。
実際にとある病院で、救急専門医が拾った診断未確定の患者を誰が引き受けるかで各科医師が3時間ばかり睨み合うという場面に遭遇したことがあります。
かくして逆説的なようですが、救急専門医が頑張れば頑張るほど、その病院の救急は崩壊していくという現象が起こってくるわけです。

そして何より一番の問題ですが、今どき救急なんてやってる病院にはそれだけで医者が来ないという現実があります。
近ごろではどこでも医師不足と言われますが、特に中小病院ではアルバイトの非常勤医で当直を回している病院が多いのです。
現実的にこうした病院は臨床に遠い基礎系の医者(医師免許所持者と言うべきか)まで動員して何とか員数合わせをしていたという歴史的背景もあります。
そんな元々が臨床をやる気のない当直医にとって、「救急やってます」「救急車が入ります」はそれだけで大きな忌避理由です。
ましてや今どき「我々は患者から逃げない」とばかりに「救急車は絶対断るな!全部受けろ!」なんて化石のような院長がいる病院なんて…
一昔前の、連日の奴隷労働ですっかりハイになって医師の社会常識が麻痺していた時代ならいざ知らず。
一度醒めた頭で考えてみれば、一宿一飯の恩義のために人生棒に振るようなリスクを犯したがる奇特な医者はそうはいないということですね。

またも長くなりましたので、続きは次回「救急医療、崩壊!? その四」にて。

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