« 大野事件判決続報 | トップページ | 「ポスト大野時代」を見据えて その三 »

2008年8月22日 (金)

「ポスト大野時代」を見据えて その二

判決から二日がたち、各マスコミ等の報道も一巡りした印象があります。
専門知識はない、経過も知らないと自称する方々があんなことこんなことを言っていたりするのもいつもの光景ですが(苦笑)、マスコミ報道だけを見ているだろう大多数の国民も正直こんな感覚なのかも知れません。
こういうネット上を中心にきちんと検証がなされているような事件を通じて、彼らの報道というものがどういうレベルにあるのかということを多くの方々に実感してもらえる機会を頂いたのだと前向きに捉えておくことにしておくべきなのでしょうか。

さて、昨日一昨日と拾いきれなかった報道のなかでも重要なものを見ていきたいと思います。
まず筆頭となるのはこの記事、警察庁長官がコメントを出していますので紹介します。

医療への捜査、慎重に…「帝王切開死」無罪で警察庁長官

 福島県立大野病院で2004年に起きた医療事故で業務上過失致死罪などに問われた産婦人科医に無罪判決が出たことについて、警察庁の吉村博人長官は21日の記者会見で、「医療行為への捜査については判決を踏まえ、慎重かつ適切に対応していく必要がある」と述べた。
 警察庁長官が、確定前の判決に踏み込んで言及するのは異例。

 吉村長官は「警察として医療の場での事件、事故への対処は簡単ではない部分がある」とし、「警察の捜査活動が(医師に)消極的な影響を与えてはならない」との考えを示した。民事訴訟や行政処分との兼ね合いについても言及し、「刑事だけが突出してはおかしくなる。総合的に判断する必要がある」と述べた。
 厚生労働省が設置を検討する「医療安全調査委員会(仮称)」については「患者や遺族が信頼、安心感を保てる制度が必要」とし、関係省庁と連携を強化していく意向を強調した

この発言の真意については色々と読み方があるかと思いますが、出されたタイミングというものを考えておくべきなのかも知れません。
判決を見てコメントを出したというより、判決が出たことでようやくコメントを出せたという印象も受けたのは自分だけでしょうか?
いかにも官僚的で言語明瞭意味不明瞭な内容を読み解いて見ると、「こんなに文句言われるんなら医療捜査なんてやってられねえよ!さっさと事故調でも何でも作ってお前らで勝手にやってくれ!」と言う裏の意図も読める気がするのですが…
いずれにしても警察とすれば事件があるならばオートマチックに捜査から送検まではやっていかないといけないという仕組みがあるわけですから、この点では今回の産科医業界と同様に「通常の職務活動で罪に問われるのならやっていられない」という意識は多かれ少なかれあるのでしょう(警官の逃散が進んでいるかどうかまでは知りませんが)。
警察、検察ともそもそもの端緒となったとも言われる例の「医療ミス認定報告書」に踊らされた格好とも言えますが、この件に関しては当事者である県がこのようなコメントを発表しています。

医師無罪、県内に波紋

 判決を受け、県立病院を管理する茂田士郎県病院事業管理者は20日午後、記者会見を開いた。茂田管理者は冒頭、遺族への哀悼の意を示した後、「引き続き医療事故の再発防止に全力を尽くしたい」とのコメントを読み上げた。

無罪判決については、「医療ミスではないと証明され、良かったというのが本音」と語り、現在、休職中の加藤医師については、「判決が確定すれば復職ということになる。(既に出されている処分についても)重大な事実誤認があった場合には取り消しもできる」と述べた。

 また、県が2005年3月にまとめた事故調査委員会の報告書で、加藤医師の処置をミスと判断したことについては、「(委員会は)医療事故の再発を防ぐために作ったもので、その時の結果は法的な意味はない。今回の判決の方がより正しい」とした。

しかし福島県立医大の佐藤教授の証言を見るならば、そもそも加藤医師に医療ミスであるとの立場を強要し減俸処分まで行い裁判への道筋をつけた当の本人がどの口を拭って言うかと言うところです。
医療に限らず何であれ、今の時代は自らに報いない他人に対して一方的な自己犠牲をという時代ではなくなってきています。
まずは処分取り消しや名誉回復といった面で彼らがきちんとした後始末が出来るかどうかを見守っていかなければならないでしょう。
福島県の医療が県民に信頼されるものになるかどうかと言う点と共に、福島県が医療から信頼を取り戻せるかどうかも彼の地の医療の今後を見る上で避けて通れない重要なポイントだと思いますね。

さて、今回の刑事裁判では直接的な関係はないということになりますが、亡くなった患者家族が積極的な発言を行っていることも注目されます。

手術時にビデオ記録を-福島県に要望書

 福島県立大野病院事件の無罪判決を受けて、死亡した女性患者=当時(29)=の父親、渡辺好男さん(58)が、「医療事故再発防止のための要望書」を福島県病院局の尾形幹男局長に提出した。手術時のビデオ記録やインフォームド・コンセントの徹底、各病院の連携強化などを提案・要望し、県がどう対応していくか返答を求めた。要望書を受け取った尾形局長は「この医療事故を重く受け止めており、再発防止に向けて病院局の方で医療安全対策の強化に努めてきた。他の関連機関とも協議して、対応させていただく」と答えた。
 渡辺さんは「事故後3年7か月が経過しても、県立病院を管理・監督する立場にある県病院局に具体的な動きが見られない」との不信感を抱き、医療事故の再発を強く危惧(きぐ)して、要望書を提出した。

 要望書では、医療事故を検証する有力な証拠になるとして、「手術におけるビデオ記録の保存」を提案。ビデオ撮影記録のない手術については、改ざん・隠ぺいと同等の扱いにしてほしいとしている。
 医療機関全体で取り組むべき課題としては、▽県立医大、拠点病院、地域病院の連携強化▽医療機関の風土改革▽ルール違反者への再教育とペナルティー制度の創設▽ハイリスク患者などの情報を医療機関で共有できるシステムづくり▽インフォームド・コンセントとセカンドオピニオン制度の周知徹底▽「一人医長」の禁止▽周産期医療システムの内容の見直し▽各医療機関の役割を明確化したルール作り-などを挙げた。

ちなみに渡辺氏の言うところの一人医長禁止などの課題については、既に加藤医師逮捕直後から具体的対策が取られています。
結果として現在の福島県における産科医療事故の発生確率は以前よりも格段に改善されているのではないでしょうか。
問題は、質の点で改善される結果なにが犠牲になっていくのかと言う点ですね。

「一人医長」改善の動き /福島

 事件の震源地だっただけに、県内の影響は大きかった。事件後、診療や手術を1人で行う「一人医長」の産婦人科が次々と閉鎖となり、
医師が中核病院へ重点的に配置される集約化が進んだ。
 日本産科婦人科学会によると、加藤医師が逮捕される2か月前の2005年12月時点でも、分娩(ぶんべん)を扱う県内の31病院のうち、
「一人医長」は35.5%(11か所)もあった。全国平均14.8%を大幅に上回り、石川県に次いで高かった。
 加藤医師が一人医長だったため、体制的な問題もあるとして、県は07年2月、県立医大から各地の病院へ派遣していた医師の集約化を開始。
今年8月時点で、分娩を扱う医療機関数は20にまで減少した。県医療看護課によると、「今では一人医長の病院はほとんどない」という。
開業医への転身などで、病院勤務の産婦人科医数も70人から60に減った。
 今年3~4月には、県立南会津病院(南会津町)と坂下厚生総合病院(会津坂下町)の産婦人科が相次いで休診した。
一方で、会津若松市の会津中央病院では今年5月、分娩取り扱い件数が例年より10件多い60件近くに増加した。
その後、件数は例年並みに戻ったが、同病院は「以前はお産が集中すると、他の病院に回していたが、
今ではすべて自分の病院で扱わなければならず医師らが手一杯」と話す。
 県立医大産科婦人科の佐藤章教授は、「事件後、付属病院内の総合周産期母子医療センターに送られてくる
前置胎盤の症例が以前より増えた」
と語る。

大野病院事件 産科医に無罪

◇論点違和感の女性も 妊婦「産む場所確保を」
「また、産む場所が確保できるようになってほしい」。無罪判決を機に、只見町に住む妊娠8カ月の女性(34)は、出産できる病院が増えることを願った。
 最近、産む場所がなくなる夢をみるという。長女(9)と次女(7)を南会津町の県立南会津病院で出産した。だが同病院が2月にお産の取り扱いをやめたため、2時間近くかけて会津若松市内の病院に車で通院している
 会社員の夫(35)に運転してもらうこともあるが、自らハンドルを握ることの方が多い。「周りの妊婦はみんなそんな感じですから」。出産予定は11月。雪が降る可能性もあり、冬道が心配だ。

 福島市南中央の女性(28)は無罪判決を歓迎し、こう話した。「田舎町の病院で、1人ですべてを背負って頑張っていた先生。そういう環境をつくってしまった自治体や国こそが問われるべきだ」
 3歳の長女の子育てに追われながら、いずれは2人目がほしいと考えている。「福島市は今は安心して産める場所だが、状況は厳しくなるかもしれない」と不安を語り、今回の判決が、産科医不足の流れに歯止めをかけることを願っていた。

以前にも書きましたが、医療に関わる「コスト」「アクセスの容易さ」そして「質」の三つを同時に満足することは不可能とされる中で、国民からはコスト増やアクセスの悪化に関してはもう少し我慢してもいいよという声はしばしば目にする一方、質の低下を受容するという意見はほとんど聞いたことがありません。
かねてから医療訴訟問題に積極的な提言を続けている「医療過誤原告の会」などが発表したコメントを見ても、「安全であること」「リスクは回避すること」を何よりも医療界に求めています。

「医療過誤原告の会」が意見-大野病院事件

国民が望んでいることは、安全なお産であり、リスクが予想されるお産については、事前の対策(複数の医師体制、対応設備のある病院に送る、輸血の準備をしておく)をしっかり取ることが、大野病院事件の最大の教訓ではないでしょうか。
 今後、医療界がお産における安産対策を一層進めることが、遺族や国民の願いに応えることではないか。

考えてみれば判ることですが、コストに関しては健康増進で診療の必要性自体を減らしたり自ら受診費用を稼ぐ、公的補助を利用するなどである程度対応できる、アクセスに関しても予約受診の徹底や最悪医療の充実している地域への転居などで対策は取れるわけです。
これに対して唯一医療の質という面に関しては患者である国民の側からはほとんど対策を講じる余地がないのですね。
医療を提供する側の責任として、たとえコストやアクセスの面で悪化を来そうとも最低限医療の質を守るという必要は再認識していかなければならないでしょう。

一人医長の廃止と産科の統廃合が進んだ結果、受診の機会(アクセス)は確実に減少し受診に関わる費用(コスト)も増大したでしょう。
実のところこれは福島に限ったことではなく、「今までお産を扱っていた近所の病院が受けてくれなくなった」「少しでもリスクがあるとすぐ遠い大病院に回される」といった大野事件の影響は全国的に顕著になっています。
しかし少なくとも受けられる医療の質に限って言えば以前より確実に向上しているはずであり、大野事件のような不幸な出来事が再び発生する確率は以前よりも減っているはずなのです。
この事件の社会にもたらした最大の好影響は、何よりも医療の質優先という現場の意識改革であったのかも知れません。

|

« 大野事件判決続報 | トップページ | 「ポスト大野時代」を見据えて その三 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/42239115

この記事へのトラックバック一覧です: 「ポスト大野時代」を見据えて その二:

« 大野事件判決続報 | トップページ | 「ポスト大野時代」を見据えて その三 »