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2008年8月23日 (土)

「ポスト大野時代」を見据えて その三

前回に続いて大野病院事件の影響について考えていきたいと思います。

今回の判決がこのまま確定したとして、最も気になるのは「医療、特に産科医療は復活するのか?」という点ではないでしょうか。
これについて一つ参考になるのが、今年のはじめに報道された医科研の上昌広先生らの「副作用報告・合併症報告が激減している」と言う報告です。

医学論文、処分恐れて急減

東京大医科学研究所の上昌広客員准教授(医療ガバナンス論)らのグループの調査で、治療の副作用や合併症に関する医学論文の数が昨年後半から急激に減少したことが明らかとなった。このうち、診療中に起きた個別の事例を取り上げた「症例報告」はゼロに近づいた。グループは、厚生労働省が検討する医療事故調査委員会の発足後、行政処分や刑事責任の追及につながることを医師が恐れて、発表を控えた為と推測している。グループは昨年12月中旬、国内の医学論文のデータベースを使って、06年1月-07年10月に出された副作用や合併症等に関する論文を探し、総論文数に対する割合を月ごとに調べた。その結果、国内では毎月、 1万-4万件前後の医学論文が発表され、一昨年から昨年前半までは合併症の論文が全体の13-17%あった。しかし、昨夏ごろから急減し、10月には約2%になった。副作用の論文も以前は4-6%あったが、昨年10月には約2%に減った。特に、副作用の症例報告は、以前は1%前後あったが、昨年10月にはゼロになった。合併症の症例報告も、以前は5-9%あったが、昨年10月には0.1%しかなかった。

Fig1

 

グラフを見ていただければ一目瞭然なのですが、まさに激減という表現が相応しいほどの急落ぶりにはそういうこともあろうと予想はしていた医療関係者の多くにも「まさかここまでとは」と意外性をもって受け止められた報告でした。
防衛医療だの萎縮医療だのと近ごろようやくマスコミにも取り上げられるようになってきましたが、医療界における訴訟リスクの認識は現役の医師に限らず学生の間にも広がっていることは以前にも取り上げました通りです。
特に近年の全般的な訴訟トラブルの急増の中でも産科はことに医療訴訟に関わる率が他の診療科に比べても高いことから、「産科=ハイリスクな診療科」という認識が完全に定着していると言えるのではないでしょうか。
こうした現実を見た場合に、少なくとも当分の間は新しく産科医を志す学生が増えるだろうと予想するような材料は今のところ全く見あたらないといっていいでしょう。

もう一つ考えておかなければならない点は、まさに今回の裁判のきっかけとなったと目されている福島県による事故報告書の問題です。
ある意味では幸いにもと言って良いのかも知れませんが、今回刑事訴訟となったことで加藤医師に罰せられるべき医療行為上のミスがなかったと言うことが広く認識されるようになった。
もしこの裁判がなかったとすれば、福島県がまとめた「妊婦死亡は加藤医師のミスによるもの」と言う事故報告書が公式の見解とされたまま未来永劫残ることになったわけです。
この件については今回「産科医療のこれから」でまとめていただいているものから引用させていただきますが、福島県側は以下のように主張しています。

「事故報告書はあくまで再発防止のために作成した」
 報告書には、「出血は子宮摘出に進むべきところを、癒着胎盤を剥離し止血に進んだためである。胎盤剥離操作は十分な血液の到着を待ってから行うべきであった」と記載されている。
 この点が今回の判決と大きく食い違う部分だが、福島県病院事業管理者の茂田士郎氏は記者会見の席上、以下のように語った。「調査委員会では、大野病院以外の産婦人科医に入ってもらい検討した。報告書をまとめたのは、再発防止のため、医療安全を図ることが目的であり、(刑事責任を問う)法的な意味はないと思っている。また報告書は約3カ月間でまとめたが、公判の審議の過程ではさらに細かい検討が行われており、今回の判決の方が正確性があると思っている」。
 しかし、加藤医師は、「報告書に違和感を持ったが、『患者への補償のため』と説明され、何も言えなくなった」と語っている。この点についても、県は「あくまで再発防止のため」とコメントしている

要するに報告書は患者への補償のためなどではなく、あくまで再発防止のために作成したと言う主張です。
ところが当時の状況を知るはずの加藤医師の所属する福島県立医大の佐藤章教授は、これと真っ向から対立する証言を行っているのですね。

――医療事故の調査と言えば、「県立大野病院医療事故調査委員会」がまとめた報告書が発端になっています。以前、先生に、「加藤医師の過失と受け取られかねない部分があるので、訂正を求めた」とお聞きしました。

 はい。ここ(佐藤先生の教授室)に院長と県の病院局長が来て、「もうこれで認めてください」と言うから、「ダメだ」と言ったんです。

――それは遺族への補償に使うからですか。

 そうです。「先生、これはこういう風に書かないと、保険会社が保険金を払ってくれない」と言ったんです。

――でも、県はそれを否定しています。

絶対にそんなことはありません。医療事故調査委員会の委員の先生方も、そう(補償に使う)と聞いているそうです。

――事故調査報告書が刑事訴追に使われることは想定されていなかった。

 私が「最後までダメだ」と言い張ればよかったのですが。
 今回のように刑事訴追に使われる可能性を考えると、事故調査報告書をどう書けばいいか、難しいですね。厚生労働省が考える「医療安全調査委員会」も、うまく機能するのか。だから私が思うのは、行政ではなく、医師同士、専門家同士が調査して、「これはお前、ダメだ」などと自浄作用を働かせる仕組みの必要性です。そうでないと、国民は納得しないと思います。

どちらの証言を信用するかは各人の判断に委ねられるところですが、現場と縁遠い管理者と当事者と最も近い所属医局教授のどちらがより詳しい状況を把握しているだろうかと考えてみれば答えは自ずから明らかになってくるのかも知れません。
仮に報告書作成の意図に関する県の主張を100%認めたとしても、少なくとも当事者たる加藤医師や報告書作成に関わった医師達にはその意図は伏せられていたということだけは間違いないと言えそうです。

そもそも福島県に限らず公立病院には現場の医師を大切にするという姿勢が欠けていることは以前から強調していたところですが、これは医療訴訟となった場合にも同じことのようです。
訴訟となれば病院がバックアップするどころか「自己責任で解決してください」という態度であるとか、民事訴訟の賠償金を後日病院から医師に請求されたとか、漏れ聞こえてくる香ばしい噂話には事欠きません。
そして今回の訴訟を通じて明らかになったのは、少なくとも福島県の公立病院とは医師を守るどころか、院長と県とが一緒になって医師の背後から平気で撃つような病院だったと言うことではないでしょうか。

以前から何度も繰り返している通り、今の時代に医者を大切にしない病院に医者が集まることはないのです。
他県はいざ知らず、こと福島県に限って言えば、大野事件無罪判決が確定しようがしまいが地域産科医療に明るい展望が開けているようには到底思えません。
医者がいない、地域医療を守れだと騒ぐのは結構ですが、胸を張ってそう主張するに足るだけの努力をきちんと行ってきたのかと言う点がまさに問われているのではないでしょうか。

願わくはせめて他の自治体においては、福島県を他山の石として公立病院改革を積極的に推し進めていっていただきたいものです。

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