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2008年8月

2008年8月31日 (日)

医師不足時代の医師集め

医師不足が叫ばれるようになった昨今、各地で医師を求める声が高まっています。
かつて三重県尾鷲市が年俸五千万円で産科医を募集したと話題になったことは記憶に新しいところです。
この件自体は色々とあって未だに尾鷲=聖地として語りぐさになるような事件で終わっていますが、今の時代に地元民も逃げ出す僻地に医者を呼ぶには他と同じことをやっていたのでは駄目だという認識に至った点は評価して良かったと思いますね。
実際にその後も産科医ばかりでなく各科医師の引き抜きは激化する一方で、今では高額年俸の保証などほとんどニュースにもならない日常茶飯事の話題になってしまいました。

「医師求ム」自治体に明暗…破格待遇や引き抜き合戦

 医師不足が深刻化する中で、各自治体は、手当や奨学金などの充実による医師確保に躍起になっている。経済的な支援という即効性のある方策で成功したケースがある反面、新設した制度になかなか応募がなかったり、自治体同士の〈引き抜き合戦〉につながったりしており、課題も目立ち、金銭面だけでなく、総合的な支援が必要との声もある。

 ■即効性

 大阪府阪南市立病院は、和歌山県立医大から派遣されていた医師が相次いで退職し、昨年7月に内科を休止した。今春には入院患者の受け入れもできなくなり、一時は病院廃止も検討された。市は「民間並みの勤務条件でなければ医師は相手にしてくれない」として、診療実績に応じた歩合給制度を導入。平均年収を1200万円から2000万円に引き上げた結果、4人の招へいに成功した。9月から、1年2か月ぶりに内科診療を再開する予定だ。

 麻酔科医4人が一斉退職した大阪府泉佐野市の市立泉佐野病院も今春、後任医師を年収3500万円(最高)の報酬で公募、2人を確保した。

 ■難航

 2006年に産婦人科医が不在となり、分娩(ぶんべん)の扱いを一時中止した島根県隠岐の島町の公立隠岐病院。運営する隠岐広域連合が4月から、月15万円の離島医師従事手当を創設、なかなか応募がなく関係者をやきもきさせたが、最近、ようやく1人から応募があり、交渉中。松田和久町長は「手当は、厳しい財政状況の町には大きな負担だが、医師確保は最優先」と話す。

 滋賀県は昨年度、出産や育児で医療現場から離れた女性医師への復帰奨励金の貸与を始めた。使途は医学書の購入や勉強会への参加費、通勤のための車購入などを想定、県と病院が計240万円を貸し、1年間勤務すれば返還を免除するが、まだ利用はない。

 和歌山県新宮市は今年度予算案に、医師向けに免震構造の2階建て住宅(延べ195平方メートル)5戸の建設を盛り込んだが、1戸7000万円の〈豪華住宅〉の計画に、市民から「ぜいたく」との批判が上がり、免震構造をやめるなどし、1戸3千数百万円に圧縮した。

 ■綱引き

 

兵庫県では、西隣の鳥取県の鳥取大に年間3000万円を支払い、寄付講座を開設。その見返りに、公立八鹿病院(兵庫県養父市)には昨年、鳥取大から医師2人が派遣され、研究と診療を行っている。県境を越えた大学への寄付は異例な措置で、兵庫県の担当者は「県北部と鳥取県は同一の医療圏」と強調する。

 医師を〈奪われる〉格好になる鳥取県の担当者は「兵庫県と違い、人口60万人の鳥取に財政的余裕はない。寄付講座を開ける自治体とそうでない自治体とで、医療格差が生じかねない」と心配する。

以前にも書いたことですが、医師不足だと言いながら僻地や激務であっても医師が集まり賑わっている病院もいくらでもあるわけです。
医師が集まる病院と集まらない病院の差は、ひと言で言えば医師にとってメリットがあるかないかです。
症例が多いとか指導医が優れているとかアカデミックな面であれ、給与が良いとか交替勤務制が確立されているとかいった待遇の面であれ、今の時代医師が集まる病院には必ずそれだけの理由があります。
逆に言えば医師が逃げ出す病院とは端的に言えば、医師を大事にしない病院であると言うことです。

さすがに最近はそうした事態に気がついてきたと言うことでしょうか、医師をさんざん使い捨てにしてきた各地の自治体病院ですら多少なりとも待遇面での改善を図ってきているようですが、さてどんなものでしょうか?
そもそも自治体病院はその性質上赤字部門であっても抱え込まざるを得ない上に、無闇に人件費率が高い、納入価が高い、施設コストも高いと無駄な支出があまりに多くその9割が赤字を抱えています。
加えて給与や待遇での大幅な譲歩は尾鷲の例を見るまでもなく議会や世論で叩かれますから、よほど他の面で旨味のある病院ででも無い限り今後は厳しいのではないでしょうかね?
比較的医師が集まっていると言われる東京都あたりでも近ごろでは危機感を持ったのかこんなことを言い始めているようですが、

働きやすい病院を!医師の勤務環境改善の取組を支援 … 東京都

 都では、周産期、小児、救急医療に従事する医師の離職防止と定着、復職支援を図るため、救命救急センターや周産期母子医療センターなどの病院が行う、医師の勤務環境を改善する取組を支援する補助事業「医師勤務環境改善事業」を新たに開始します。
 9月上旬より、対象病院からの申請を募っていきますが、本事業は提案型の補助事業として実施し、各病院の実情に応じた取組事例を他病院の勤務環境の改善にも役立てていきます。
1 対象病院

 救命救急センター、小児二次救急医療機関、周産期母子医療センター、多摩地域周産期医療連携強化事業の事業協力医療機関
 (※国、独立行政法人国立病院機構、都及び財団法人東京都保健医療公社が設置する病院は除く。)

いや、肝心の公立病院を除外してたんじゃ話にもなんにもならないんですが(苦笑)。
やっぱりお役人の考えることってどこかずれてんじゃないでしょうかねえ…

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2008年8月30日 (土)

毎日新聞はなお我が道を逝く

いずれ一過性で終わるだろうという毎日新聞側の予想に反して(?)、毎日新聞捏造問題への追及が終わりません。
と言うよりも、既にブームを越えて「毎日=捏造常習犯で反省するということを知らない組織」という認識が定着してしまった感すらあります。
何しろ毎日新聞が何かしらもっともらしいことを書いたところで、「お前が言うな!」で終わってしまうのが近ごろのネットでの定番ですからね。
あちらからもこちらからも日々の燃料補給には事欠かないのがこの会社のいじられ素材としての素晴らしさであるとは言えるのかも知れませんが、それにしてもあまりにも対応が幼稚すぎないか?と人事ながら心配になってくるのですが。

毎日醜聞の考える「ノブレス・オブリージュ」

まだまだ終わりませんよ、毎日追求キャンペーン。
毎日醜聞社内では、そろそろほとぼりも冷める頃と思っているのか、火消しに躍起になっているようで、電話抗議で広告を取りやめたスポンサーに対して謝罪行脚をしているようです。

以下に紹介するのは、とあるメーカーに謝罪周りに来た毎日新聞社員様のありがたいお言葉です。

    514 名前:その1[] 投稿日:2008/08/06(水) 20:39:47 ID:kTBrMefa0
    初めまして 派遣で某メーカーの総務に勤めています
    この件で今日ウチの会社で動きがあったので書き込んでみます

    出稿数も(多分)少ない小さなメーカーですがCSの部門で散々抗議電話を受けていたらしく、
    部門長が先月後半に毎日へ説明を求めていたようで、やっと今日担当と上司が来たんです

    私の直属の上長(総務部長)も同席して経緯を聞いたらしいのですが

    ●広告主に抗議が行くとは思いもよらなかった
    ●説明責任は十分に果たしている
    ●時期がくれば収まってくる 実際今は下火になってきている
    ●自分達に非があるのではなく一部の恵まれない境遇(?)の人間達が自分の不幸を
     転嫁した気でいるだけ
    ●直接的な購買層とは無縁の人間達の行動だから気にするな


    などと話していたと上長に聞かされました
    全く説明になっていないのでCSの部門長が怒り、厳しく問いつめたところ

    「今回の件に関して御社に伺ったのは基本的には私どもに非はなく、むしろ私たちは
    ノーブレスオブリュージュの精神で御社に伺っておりまして。。」云々と言われた
そうです。

    上長曰く、言葉の意味も理解せず使い方も知らない奴らは「驚異的なバカ」だそうです

    ノブレス・オブリージュか?

ところで以前に「毎日に限らず新聞業界全体が脅えている」という佐々木俊尚氏の記事を紹介しましたが、どうも複数ソースで同様の話が見え隠れしているようです。
こちら石井孝明氏の記事を紹介しますが、やはり同様にメディア側の脅え、恐れという表現が出てきます。

メディアが世論を怖がり始めた

この1カ月ほど、活字メディアの関係者が集まると、毎日新聞社の「変態」報道事件が話題となります。

毎日新聞はインターネット上で「日本人は性的に倒錯している」という趣旨の英文記事を数年に渡り配信し続けました。この問題について同社は「英文サイト出直します 経緯を報告しおわびします」と、謝罪と検証記事を発表しました。

メディア関係者の注目点は、この事件の「構造」と「余波」です。ネットメディアがこの問題を指摘し、ネット上で批判が広がったことによって、毎日新聞が謝罪に動きました。これまで、一般の人々がここまでメディアを追い込む例は、あまりありませんでした。

また、新聞・通信・出版という活字メディアは、広告の減少と絞り込み、さらには紙媒体の発行数の減少で、経営が厳しくなりつつあります。広告代理店の営業担当者は「クライアントがネットの怒りを気にしている。どの会社も不景気の中で広告予算を絞っているから、メディア各社の収益に影響が出てくるかもしれない」と、話していました。

「今」を切り取るさまざまな材料を提供するのに、この事件を伝える既存メディアの報道はあまりありません。なぜでしょうか。

ある大手メディアの元幹部に聞いたところ、「君も分かるでしょう。怖くて誰も記事にできないんです」と、予想した返事が返ってきました。下手にこの事件にさわったら、メディアの力の低下が知られ、スポンサーへの悪影響がでかねない──。こんな恐れが、報道を自粛させているようです。

「既存のメディアの力が低下していることが明らかとなり、同時に世論におびえ始めた」。

さまざまな論点を提供するこの事件で、私はこの点に一番興味を持ちました。しがらみのない子供たちが「王様はハダカだ!」と大人社会のおかしさを明らかにした寓話と同じように、どこにもおもねる必要がないネットユーザーがメディアの権威の低下、そして自らは「社会の公器」を唱えながら実際にはスポンサーの意向を気にする私企業にすぎないという欺瞞を、明らかにしてしまったのかもしれません。ぼんやりと感じていたことが具体的な形になり、メディアの関係者はこの問題に「怖さ」を感じるのでしょう。メディアの中で生活をしている私も、同じ「怖さ」を抱いています。

この毎日問題を報道しないことで従来型メディアの限界が自ずから明らかになったわけですが、毎日新聞の空気の読めなさぶりとも共通する一つの事実が見えてきた気がします。
つまり、今までメディアから視聴者へという情報の偏在と一方通行を当然視してきた従来型メディアが、双方向を基本とするネット時代に全く対応できていないと言うことです。
しかし考えてみればわかることですが、今の若い世代でネット経験を持たない人間などほとんどいないわけです。
従来型メディアからネットへと軸足を移していく動きは、この後に続く世代においても加速こそすれ衰えるなどとはまず考えられないわけですよ。

ならば何故こうした時代の変化に目を閉ざし耳をふさぐだけでなく、この新しいビジネスチャンスに自ら乗り出していかないのか?という疑問が当然出てくるのです。
今は守りを固める時ではなく、攻めるべき時でしょう。
新聞やテレビという、ほぼ完全にパイの大きさが固定化されこれ以上発展の余地のない世界にいつまでもとどまっているよりは、ネット時代対応のメディアを目指した方がよろしいんじゃないですか?と言うことです。

しょせんメディアが公正中立なんて幻想なんですから、旧来のメディアにおいて「○○新聞は経済界べったり」だの「△△新聞は左巻き」だのとそれぞれ色つきで見られていたのと同じように、「□□ニュースはネット世論の代弁者」などと言われるメディアが登場してもいいころです。
ある意味で2chなども一つの巨大なメディアと言う見方も出来るかと思いますが、ネットに受容されるだけでなくもっと積極的にネット世論を味方につけられる新時代のメディアが誕生してこないものなのか。
出てくるとすればどんな組織、企業がその先鞭をつけるのだろうかと、このところ少しばかり楽しみに眺めているのです。

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2008年8月29日 (金)

今日のぐり「大学うどん」

内山監督はついに解任だそうです。
いずれにしても勝たないことには何ともしがたい状況ですから、シーズン残りに何とか勝ち点をとりに行くしかないんでしょうかねえ。
う~む、個々の選手をみれば結構いいもの持ってると思うんですが…勝つ勝たないという以前にいいサッカーをしてもらいたいですホント。

今日のぐり「大学うどん」
古城池トンネルから笹沖方面に降りていくと下りきる手前にある「創業五十年」をうたううどん屋。
なぜうどん屋なのに大学?と以前から前を通るたびに気になっていた店ではあります。
となりに焼き肉屋だの日本食屋だのがありますが、急な下り坂で顧客心理上少しばかり立ち寄りにくい場所の割にはそこそこ客が入ってるなと言う印象ですね。

意外と広い店内は中央にカウンター席、周囲がテーブル席と言う構造。
メニューを見るとうどん各種が並んでいるのと別項目でぶっかけ各種もあり、さらに別紙で細麺なるものも同じくらいありと随分と種類があります。
別にこの店に限ったことではないんですが、うどん屋のメニューってこうまで複雑にする必要があるんだろうかとは以前からの個人的疑問なんですが…

看板にもちらっと出ていたぶっかけうどんがどうも主力メニューのようなので、それを注文。
運ばれてきたうどんの見た目は某ぶっかけ元祖をうたうチェーン店とそっくりですが、そう言えば値段もほぼ同じような?
もしや意識しているんでしょうか?

うどんは一見しての表面の光沢も舌触りのなめらかさもまずまず、やや柔らかめの仕上がりですが噛みしめると腰もあります。
好みから言えばもっと腰がしっかり感じられる方が好きなのですが、ごつい腰と称して単なるガチガチの硬いうどんを出す店が多いことを思えばこちらの方が百倍マシでしょう。

魚の風味ががっちり効いたダシは少し酸味も感じられるさっぱり目の味ですが、ネギやあげ玉と混ぜながら食べるとうどんとの相性も悪くありません。
一つ残念なのは味の方向性は良いのですが、ぶっかけうどんとしてはわずかにうどんに対してダシが弱い印象なのですね。
このあたりは別メニューにある細麺であれば相性ばっちりだったんじゃないかなと言う気もしますが、この店に限らず沢山のメニューを揃えるのであれば細かい相性のセッティングにも気を使ってもらえるとありがたいですね。

全体としてうどん屋を名乗るに水準はクリアしている味で、名店とは言わないものの値段的に考えてもまずまず妥当というところでしょうか。
店員の接客も格別気が利くというものでもありませんが、誠実な態度でわりあい好感がもてました。
このうどん単体では少し押しが弱いのも確かなんですが、このあたり評判がいいらしい天ぷら系のメニューで客単価を稼いでいるんでしょうかね?天ぷら定食系はけっこういい値段してるようですし。
近ごろではわりあい近いところにチェーン系のうどん屋も増えていますし、そう遠くない場所に天のもありますから、今後どうなっていくのか気になるところではあります。



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2008年8月28日 (木)

大野事件検察控訴を断念?>無罪確定しました

検察が控訴断念の方向 福島の大野病院妊婦死亡事件の1審無罪判決

 福島県大熊町の県立大野病院で平成16年、帝王切開で出産した女性=当時(29)=が手術中に死亡した事件で、業務上過失致死罪などに問われた産婦人科医、加藤克彦医師(40)を無罪とした1審の福島地裁判決に対し、検察当局が控訴を断念する方向で検討に入ったことが28日、分かった。

 検察側は公判で「直ちに子宮を摘出すべきだった」と主張したが、1審判決で鈴木信行裁判長は「根拠となる臨床症例を何ら示していない」として、立証不備を指摘した。

 大量出血の予見可能性など検察側の構図を一部は認定したものの、「標準的な措置だった」と過失を否定して、禁固1年、罰金10万円の求刑に対し無罪を言い渡した。

 控訴断念を検討し始めたのは、主張の前提となる臨床例の提示や新たな鑑定人の確保が困難なためとみられる。

控訴かどうか最終的な決定まではもう少し間がありますが、複数の新聞がほぼ同じ内容で報じているところから今のところやらないという線が濃厚とみてよいのでしょう。
色々と理由はあるのでしょうが現実的に今さら検察鑑定人を務めようなどと考える専門家もいないでしょうしね。
ところで裁判所が言うところの「検察側主張の根拠となる臨床症例」ですが、子宮摘出を行ったものの救命しえなかった一症例が最近話題になっているので「産科医療のこれから」から紹介します。

癒着胎盤で子宮摘出し、大病院であっても救命できなかった一例(投稿:by 僻地の産科医)

昨日の朝日新聞「時時刻刻」に以下のような記事が載っているそうですが、

その症例報告と思われる報告記事がみつかりましたo(^-^)o ..。*♡

癒着胎盤で子宮摘出し、大病院であっても救命できなかった報告書です。

=======(朝日新聞記事)
東京都内の大学病院で06年11月、癒着胎盤と診断された20代の女性が帝王切開で出産後に死亡するという大野病院事件と類似の事故が起きた。病院は胎盤をはがすことによる大量出血を避けるため、帝王切開後ただちに子宮摘出手術に移った。しかし、大量出血が起こり、母親を救命できなかった。病院は、リスクの高い出産を扱う総合周産期母子医療センターだった。

(中略)

「医療関連死調査分析モデル事業」での評価結果報告書の最後に「処置しがたい症例が現実にあることを、一般の方々にも理解してほしい」と記されている。
=======

以下ずらずらと当の報告書が引用されているのですが、ごく大雑把にまとめますとこんな感じでしょうか。

1) 過去2回の帝王切開歴がある20代女性妊婦、今回妊娠22週の時点で前置胎盤と前の帝王切開創にかかる癒着胎盤であることが経膣エコー、MRIによって診断できていた。
2) あらかじめ自己血1200mlおよび輸血2000mlを用意し帝王切開予定であったが、33週に性器出血が増量、破水を来たし陣痛が増強したため緊急帝王切開となった。
3) 胎盤剥離を行うことなく子宮摘出に移ったが、摘出直後の心拍停止、急激な大量出血(最終出血量9053ml)を来たし母体死亡に至った。

う~ん…よほど運がなかったんでしょうかねえ…
あらかじめハイリスク症例と診断できており、大学病院という(少なくとも名目上は)こういう難症例に対応可能な施設、術前の輸血等の準備も報告書で「現在行ない得る最善の方法」と言うほど整えられ、手術へ移行するタイミングも適時、かつ直ちに子宮摘出に移ったことも賢明であったという、それでも母体死亡に至った。
羊水塞栓やDICの発症も当然疑われたようですが、この症例では血清学的検討に加えて剖検(解剖)も行われているもののはっきりとした所見はなかったようで、結局のところ大量出血を来した部位も明らかとはならなかったようです。
さて、ここで注目すべきは報告書にまとめられた以下のような「再発防止への提言」ではないでしょうか。

1)当該病院への提言
今回各部門から提出された記録には不明な点があった。また時間的経緯のずれ、また不備もあり審議に苦慮した。院内委員会で十分に審議し統一見解としてまとめて提出しなければ真相は究明できない。モデル事業の参加は真相究明であるので、第三者が見ても良い限りなく透明性のある診療録にすることにより、医療の質も向上し医療不信を払拭できるのではないかと考える。本事例の調査委員会には小児科医が何故含まれなかったのか。また委員会の構成は当該科に呼応する外部の専門家や法律家も入れ、メンバ-を構築しなければ真理は追究できず、再発防止に繋がらない。さらに、モデル事業に提出された資料は委員会の議事録(開催日、場所、出席者、審議内容など)として体裁を整える必要がある。今回提出された資料は三部門(産婦人科、麻酔科、看護師)の資料を集めただけの内容であったことを追記する。

(1) 産婦人科医への提言:当該診療科から提出された資料には記載不十分な部分も多く丁寧なチェックを行い提出することを希望する。また執刀医が手術記録を書いていない。極めて稀な事例でもあるので手術記録は誠実に詳細に執刀医が記載するのは当然である。たとえ下位医師が上級医に依頼されても断ることも重要である。硫酸マグネシウムの投与方法・用量は守られ手術決定とほぼ同時に中止し、手術に臨んだが、添付文書の重要事項に硫酸マグネシウムを分娩直前まで持続投与した場合に出生した新生児に高マグネシウム血症を起こすことがあるため、分娩前2時間は使用しないと書かれている。また子宮収縮抑制薬の併用による母体への重篤な心筋虚血などの循環器関連の副作用も報告されているので、このような知識は周産期センタ-ともなればスタッフ全員がこの認識を持つ必要がある。

(2) 麻酔科医への提言:手術時の麻酔記録が極めて不十分であり、術中の記録から病態を解析するのに困難を極めた。稀有な症例であり、その時点での記録が困難であったものと推測するが、その後詳細な記録を残すことが重要である。硫酸マグネシウムの使用という情報が共有されていれば中和剤としてカルチコ-ルの選択もあった。
また今回使用した以外の別の昇圧薬やドーパミン薬の使用も考慮しても良かった。今後、大量出血が予想される手術にあたっては、麻酔開始前から中心静脈圧、動脈圧を連続的にモニタリング出来るように準備してから手術を開始すべきである。ただ現実に臨床の場で常に準備することは難しいことも理解出来る。しかし今後検討すべきである。

(3) 泌尿器科医への提言:当初、提出された診療録に膀胱修復の手術記録が含まれてなく、手術への拘わりなど時間の参考資料にはならなかった。手術記録は当然記載し診療録に入れ診療録を完成させて提出する必要がある。

(4) 看護師への提言:本事例は術中の大量の出血によると考え、真相究明には時間的経過を詳細に知りたく、再三資料の提出を求めた。当然存在するはずの資料の提出がない場合、審議において、資料提出がないこと自体を当該施設に不利益な事情の1つとして斟酌する可能性もあることも、当該施設に対し通知した。その結果、最終的に提出されたメモと記憶からの資料により審議に臨めた。手術に入った看護師の配置は2名(器械出し、外回り)で、帝王切開用と子宮摘出用の器具を準備し、子宮摘出用の器具を隣室に置き隣室で器械を揃えるなど時間を取られている。そのため看護師の仕事である継続的に出血量をカウント出来ない時間が生じたことが解った。予め子宮摘出術が行なわれる可能性が高い例では、両器具を完全に揃え同一手術室に準備し、手術室から離れることがないようにすべきである。また緊急とはいえ大きくなる可能性のある手術では事前に医師と情報を共有することでマンパワ-も増し、再発防止に繋がると思われる。

2)医療界への要望
 当該医療施設は周産期でも有数な施設であり、そのような機関でも本症例は不幸な転帰を辿ってしまった。手術開始前から出血が始まり、手術開始と同時に短時間に予期せぬ大量出血から生じたものと推測する。産科領域では、分娩を中心に稀有に見聞するが、急激な失血を正確に測定すること、またそれに呼応した輸血を考えると、今日の治療では難しかったかも知れない。なお、本事例のケ-スでの周術期死亡率は7.4%とも報告されている。学術集会では貴重な稀有な症例が発表され、無論成功例から学ぶことも大事である。しかしながら患者を救命することを使命とする医療従事者は、処置し難い症例が現実には存在し、不幸な転帰を辿る症例もあり対処出来るように努めなければいけない。またこのような症例が現実にあることを医療界だけでなく、一般の方々にも開示し理解して頂くことを希望する。

色々と細かいところで突っ込みを入れてはいますが、「今日の治療では難しかったかも知れない」の一文が全てを語っているように思えます。
要するに突然の予期しない大量出血を来して死亡に至るというこのような症例の再発を防止するための有効な提言は一つもなしえてないのですよ。
つまりはそれが医療の限界であるということです。
その限界を見極めた上で、医療従事者は「このような悲劇を二度と繰り返さないために」何をしたらよいのでしょう?何を行っていくべきなのでしょう?

「またこのような症例が現実にあることを医療界だけでなく、一般の方々にも開示し理解して頂くことを希望する」


医療がどれほど進歩しようとも100%と言うことがあり得ない以上、医療従事者のみならず全ての国民がこの言葉の意味をもう一度噛みしめていかなければなりません。
どんな厳しいものであれ現実を直視しないところから正しい対策が出来てくるはずはないのですからね。

無罪確定しました:検察側、控訴断念

 福島県立大野病院で2004年、帝王切開手術を受けた女性=当時(29)=が大量出血して死亡した事故で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた執 刀医加藤克彦被告(40)を無罪とした福島地裁判決について、福島地検は29日、控訴を断念すると発表した。同被告の無罪が確定する。(2008/08 /29-15:21)


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2008年8月27日 (水)

医療関連ニュース二題

少しばかり目についたニュースを二つ紹介してみます。

医師の所得を直接支援 手当新設し財源補助 厚労省

 厚生労働省は26日、新たな医師不足対策として、救急医や産科医、僻(へき)地(ち)に派遣される医師の所得を、直接支援する仕組みの具体案をまとめた。医療機関の給与規定に「救急勤務医手当」や「分娩(ぶんべん)手当」を創設してもらい、これらの手当の財源を国と都道府県などが補助する形とする。平成21年度の実施を目指し、関連経費96億円を平成21年度の概算要求に盛り込んだ。

 医師への直接的な財政支援策は、政府が7月末にまとめた「5つの安心プラン」の目玉施策の1つ。医師不足対策はこれまで、診療報酬の引き上げが一般的で、医療機関への収入が増えても勤務医らの処遇改善につながっているかは不透明だった。このため、手当という形で医師の所得を直接支援することにした。

 救急医については、特に過酷な夜間・休日を担当する勤務医に手厚く支援するため、宿日直手当や超過勤務手当とは別に救急勤務医手当を新設。夜間1回最大1万8659円、休日昼間最大1万3570円支給する。また、産科医には分娩手当として、分娩を1回扱うごとに最大1万円を支給する。これらの手当の財源は、国が3分の1を補助し、残り3分の2を都道府県と市町村、または医療機関が負担する。

 僻地医療を担当する医師については、通勤交通費を補助する形で支援する。医師が僻地に居住する場合は、週末帰宅や、医師の子供が市街地の学校に通うための交通費も支援対象に含める。僻地の医療機関1カ所あたり年間最大131万3000円を支給。国の補助率は対象が民間医療機関の場合は3分の1、公的医療機関の場合は3分の2で、残りは医療機関側が負担する。

病院への補助ではなくて実際に働く医師への補助という形にするというのは正しい着眼点なのですが、問題はその財源。

そもそも医療費総額を断固として削るという方針を堅持している中でこうして一部に金を出していくということは、他の部分でそれ以上に削るということなのは自明の理でしょう。
しかも音頭を取る国は一部しか金を出さないとくれば、そもそも実効性ある所得増加につながるのかどうかが何とも微妙。

そもそも公立病院では以前から何だかんだと手当の類はつくのですが、肝心の本給の点では永年勤続の事務にも劣るといういびつな給与体系が続いている点に問題がありませんか。
最終的な引受先として最も確実なのは公立病院であるならば、現場を支える医師には一時しのぎの手当でなくちゃんと医師の本給を引き上げるという当たり前の評価をするべきでしょう。
こんなやり方を続けていくのなら、若くて奴隷労働が出来るうちはそれなりの収入を稼げても、年を食って救急当直を外れた途端に給与激減で「俺はもう用済みってことか?!」と激怒する医師続出ということになりかねませんよ。
と言いますか、すでに激怒して医師がどんどん逃散しているのでしたね…

救急医療の「東京ルール」を提言

 東京都の救急医療対策協議会はこのほど、救急医療体制の改善に向けて「救急医療の東京ルール」を都に提言した。都は、都民の意見や今後の協議会の検討を踏まえ、来年度から同ルールを実施していく方針。

 「救急医療の東京ルール」は、▽救急患者の迅速な受け入れ▽トリアージの実施▽都民の理解と参画―の3本柱。限られた医療資源を有効活用し、救急医療が真に必要な患者に迅速に提供する上でのルールを作り、都民、医療機関、消防機関、行政機関の4者が協力・協働する取り組みだ。

 「救急患者の迅速な受け入れ」では、救急医療機関が一時的に受け入れ、応急的な医療を提供した後、必要があれば他の医療機関に転送する「一時受け入れ・転送システム」の導入を提案。受け入れ先の医療機関が決まらず、救急車が長時間にわたって出発できない状況の解消を目指す。このほか、地域の救急医療機関の連携を推進し、二次救急医療機関では対応が難しい患者を受け入れる「東京都地域救急センター(仮称)」の設置なども盛り込んだ。

 「トリアージの実施」については、都が今年度からモデル事業として実施している「小児救急トリアージ普及事業」の成果を踏まえ、一般の救急にも「トリアージ」を広げていく方向を示した。また、救急現場で緊急性が認められない傷病者に対し、同意を得た上で自己受診を促す目的で昨年6月から試行的に実施している「救急搬送トリアージ制度」についても、搬送の基準などを検証した上で、本格実施していく方針だ。

 このほか、「都民の理解と参画」については、救急医療の現状や今後の取り組みに関する情報を「さまざまな機会に」発信する。

 東京消防庁によると、1998年から2007年までの10年間に、救急車による搬送患者数が29.8%増加しているのに対し、救急医療機関数は10年前に比べて約2割減少。救急隊の現場到着から搬送開始までの時間は過去5年間で約4分延びている。

 都の担当者は「病院の選定時間などを減らすなど、『東京ルール』を状況改善につなげたい」と話している。

東京都は先年以来救急搬送のトリアージを唱えていますが、今のところそれほど有効に機能はしていないようです。
まあ考え方としては当然ありだなと思うのでこれから細部を改善しながら運用していけばよいかなと思って見ているのですが、この記事はどうでしょうか?

「救急医療機関が一時的に受け入れ、応急的な医療を提供した後、必要があれば他の医療機関に転送する「一時受け入れ・転送システム」の導入」というのは例のER型医療施設を念頭に置いているのでしょうが、発想自体は決して悪くないと思います。
ただし昨今の医師不足の時代、実際にこれが出来るような施設を作り上げることが出来るかどうかが一番の問題でしょう。
国レベルの発想の転換が必要な話ではありますが、例えば全国的にこういう施設を用意していくことを前提に後期研修システムの一環としてER勤務を組み込んでいくという方向性はありかも知れません。

問題は東京都と言う場所は特に都市圏で顕著な医師不足(この場合は需要に対する供給という意味です)の中で例外的に医師が集まっている場所ではあるのですが、逆に言えば東京で通用するやり方を他地方にそのまま広げていくというのが難しい可能性がありますね。
いずれにしてもその場合にはER担当医が圧倒的に地雷を踏む確率が高くなるわけですから、くれぐれも個々の医師を組織あるいは国として守り保護していくという姿勢を大前提にしなければならないでしょう。
何度も繰り返してくどいようですが、医師を使い潰すような場所に今どき医師が集まるということはないのですから。

しかしどうもねえ…石原知事の過去の言動をみると素直にまともなシステムが出来上がってくるような気がしないんですよねえ…(苦笑)。

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2008年8月26日 (火)

厚労省、ついに医師数把握へ動く?!

これについて少し長くなるのですが、まずは昨日報道されました記事をそのまま紹介します。

「実態」表わす医師需給データ作成へ―ビジョン検討会

 厚生労働省は、今後の医師の需給見通しについて、女性医師の労働力を男性医師の0.5と換算するなど、新たな要因を加えて推計し直すことを決めた。8月 23日の「安心と希望の医療確保ビジョン」具体化に関する検討会(座長=高久史麿・自治医科大学長)で厚労省が示した需給推計に「現場の実態から乖離(かいり)した荒唐無稽なデータ」などの批判が委員から上がったため、舛添要一厚労相が、「この検討会のアウトプットとしてこのデータづくりをやってみては。実態に一番近いデータをつくるだけで意味がある」と述べていた。

 厚労省がこれまで示してきた医師の需給に関するデータは、2006年度にまとまった「医師の需給に関する検討会報告書」によるものだ。ここでの需給試算は、同年度の厚生労働科学研究費補助金で実施された「日本の医師需給の実証的調査研究(主任研究者=長谷川敏彦)」に基づいており、いわゆる「長谷川データ」と呼ばれている。ただ、このデータに対しては、医師の労働時間が会議や教育の時間なども含めて週48時間で計算されていることや、医師の年齢が考えられていないことなどに対し、現場の実態に合っていないとする指摘が上がっていた。同検討会の初会合でも同じデータが示されたため、「実際には週40時間の残業などザラ。実態を無視していては予測にならない」(土屋了介委員=国立がんセンター中央病院長)「年々女性が増えているので、タイムスタディをやっていかないと分からない」(嘉山孝正委員=山形大学医学部長)など、現場に即したデータでの試算を求める意見が出ていた。

 23日に示した推計は、初会合と同じ「長谷川データ」によるもの。医師の需要に関しては、医師の週当たり労働時間(当直時間を含む)を、「48時間」「44時間」「40時間」の3パターンで示した。供給に関しては、「定員を過去最大」「定員2割増」「10年で4000人増」「定員増なし」の4パターン (図)。厚労省の担当者は、パターンごとの需給が重なる年度を示した上で、「どれをとっても向こう10年程度は医師数の大幅な増にはならない。女性医師の就業率改善やスキルミックスなどによる対策が必要。地域、診療科偏在などへの対策が不可欠」と述べた。

 この需給試算について、委員らは以下のように意見した。

岡井崇委員(昭和大医学部産婦人科学教室主任教授) 労働時間だけで変化を見ているが、ほかにも影響を与える因子はある。医師は長時間労働になっているため、診療時間を短くせざるを得ない状況。3時間待って3分診療という状態を変えるだけでも(需要は)違う。また、女性医師は育児や出産などがあるので、いいとか悪いとかではなく、男性1に対して、女性0.5で計算しないと厳しい。

嘉山委員 医師の労働時間はもっと長く、週70-80時間は働いている。48時間労働なら医師が逃げ出すわけがない。女性の働き方は今後変わっていくと考えられるので、需給の完全な予測は不可能。何年かごとに見直してほしい。

川越厚委員(ホームケアクリニック川越院長) このデータを見ると、今後医師が余って困るように見える。医師の労働は過剰なところには偏りがあり、例えば産科は当直すると24時間拘束される。どの診療科でどういう人がどう仕事をするかのメリハリをつけることが重要では。医療の質にまで踏み込む話だが、ここまでやらなければ『医師の数は増えたが現場がやらない』と言われてしまう。

吉村博邦委員(社団法人地域医療振興協会顧問) 医師不足は産科や救急、外科が厳しい。あまねく増やすのではなく、厳しいところを増やせるシステムにしなければならない。偏在の問題では、臨床研修制度にも大きな問題点がある。マッチングの見通しでも、昨年度は募集が約1万2000件に対して、学生の応募は約9000人と、3000人が余った。人気のある病院に学生が集中するので、一定期間を地域でやるような仕組みが必要。また、医師の過剰勤務を解消するには、メディカルクラークやトリアージナースなどが重要で、助産師や看護師による医療行為の緩和も必要。専門医が診療するなら報酬を10-20%上げるなどの加算も必要では。救急や分娩に補助を与え、それが個人の医師に還元されるようなシステムが必要。

海野信也委員(北里大産科婦人科教授) あまりに荒唐無稽なデータで、(現在より)2万人増えたら週48時間労働が達成できるように見える。病院は、高次医療や救急医療に携わる医師が苦しいから、そこに数を増やすようにやっていかなければ。この試算自体は間違っていないが、高齢の医師が増えていくと急性期や救急に対応できなくなる。

土屋委員 国立がんセンターでは、常勤医140人に対し、非常勤医が130人。「長谷川データ」は常勤医の勤務時間を用いているが、実際の現場はこうした非常勤医も担っているため、現場の実態を表していない

■パラメーターを変えて「実態」データを
 こうした議論の後、厚労相が次のように取りまとめ、厚労省の外口崇医政局長に検討するよう指示した。
「現実に(制度を)動かすことを考えた時、いつもデータ構築で仕事が半分ぐらい終わってしまう。パラメーターを変えていけばいいので、長谷川モデルを一つの参考とすれば、女性を(男性の労働力を1として)0.5に換算するとか、診療時間を例えば6分間にすることもできる。レジデントの人数なども加えられる。この検討会のアウトプットとして今言ったデータづくりをやってみたらどうか。いくつか組み合わせて、実態はこれが一番近いというデータをつくるだけでアウトプットとして相当意味がある」

 これを受け、検討会の委員は24日、医師の需給推計について、「さまざまなパラメーターを含めて、厚生労働省が推計を行う」とする骨子(案)を提示した。パラメーターとしては、▽自己研修、研究、休憩時間等を含めた滞在時間を用いる▽病院滞在以外にも拘束されるオンコールの時間を含める▽女性医師の労働時間を男性の0.5とする▽非常勤医の勤務時間も含める▽3分診療を6分にする▽高齢者には急性期医療は務まらない▽臨床研修制度によって2年間医師が消えたような状態にある―などを挙げた。

経緯を知らなければ一見して「何の話?」と思ってしまいそうな記事なのですが、少し順を追って説明しましょう。
厚労省は医療を管轄する省庁ですから当然かねてから医師数をどうするかという検討はしてきたわけですが、平成17年に設置されたのがその名の通り「医師の需給に関する検討会」です。
この検討会が平成18年に出した報告書というのが今話題になっているところの「医師の需給に関する検討会報告書」なのですね。
読んでいくと色々と突っ込み所が多すぎてどこから突っ込んでいいものやら迷うのですが、そのあたりを「新小児科医のつぶやき」で実に的確にまとめてくださっています。

もう一度報告書の要点をまとめます。
   1. 平成47年でようやく現在のOECD平均に達する程度の医師数しかいないのに「医師は足りているとした」。
   2. 小児科、産婦人科、麻酔科は不足しておらず新規供給も十分とした。
   3. ほぼ現在の医師数でも週48時間労働になるとした。
   4. 待機時間や待機時間を利用した自己研修時間をすべて休憩時間と定義した。

他にもツッコミところは数え切れないぐらいありますが、私はとりあえずこの4点だけ指摘させて頂きます。その上で謹んで検討会に参加された委員をこう呼ばせていただきたいと思います。
「彼らは15人のユダである」と。

報告書自体はお役所の仕事と言えばこんなものかな~というくらいで済んだレベルなのかも知れませんが、何しろ出た時期が悪かった。
ちょうど世間では医師不足だ、医療崩壊だと大騒ぎをしている真っ最中に政府の公式見解の土台として出てきたのがこの内容だったのですから。
更に悪いことには上記検討会の委員でもある小山田惠氏がこの報告書に激怒してこのようなコメントを発していますが、どうもうっかり過失というより政策的意図をもって作成されたのでは?とも疑われるような経緯であったようです。

 私は,平成十七年二月,厚生労働省に設置された「医師の需給に関する検討会」の委員として会議に出席した.医師不足に悩む地域の実情を訴え,正確な資料を基に,将来を見据えた医師需給のあり方と,今,喫緊に取り組むべき具体的方策を議論して答申書を出すべきだと終始訴えてきた.しかし,平成十八年六月に答申案として出されたものは,それまでの議論や提言の集約とはまったく違うものであり,現状是認という恣意的意図で書かれたもので,到底納得できるものではなかった.「私が全文書き換える」と言って書き改めて提出したが,一顧だにされず,答申書が提出された

 答申内容は,二〇〇四年の医療従事医師は二十五万七千人おり,推定必要数より九千人少ないが,二〇一五年には二十八万六千人,二〇二五年には三十一万千人になる.労働時間を四十八時間として計算すると,勤務医師は五万五千人,診療所医師は六千人不足と試算できるが,病院にいる時間すべてが労働時間ではない.診療行為のみ,または外来診療をやめれば,すべて週四十時間内に収まるというもので,国,地域,病院の工夫によって,医師の生産性を上げることだ,と言うものであった.

ま、昔からどこかの国では「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」などといって他人を戦場に駆り立てるモノが棲息しているらしいですけども…
いずれにせよ長らく厚労省が医師不足を認めていなかったことは既に多くの人々の知るところとなりましたが、当然ながら国会でも医師不足問題は取り上げられているわけです。
その場で厚労相が答弁するその根拠がこの「医師の需給に関する検討会報告書」であるわけですから、どんな結果になるか予想もつこうというもの。
平成2007年初頭に相次いで起こった当時の柳沢厚相の迷?答弁の下地はこうして作られたのでした。

2007年2月7日衆院予算委における枝野幸男議員の質問に対する柳沢厚相の答弁については「ある産婦人科医のひとりごと」に詳しく記載されています。

枝野
 あの〜、別の視点から聞きますと、先ほど私が取り上げました、04年度の厚生労働省調査の時点でですね、医師の数が減っているのは産婦人科と外科だけというふうに厚生労働省調査の結果になっています。この傾向は大きく変わっていないだろうと思います。なぜ産科、産婦人科と外科だけ減っているのか、大臣はご理解されてますか?

柳沢
 え〜、ま、産科はですね、先程来私も触れたかと思いますけれども、出生数の減少で医療ニーズがはっきり低減している、ということの、まあ、反映というふうに、え〜、承知をいたしております。
 外科については、一般の外科という捉え方をすると確かに減少しているんですけれども、医療の専門化が進捗しておりましてですね、先生ご承知の通り、呼吸器外科、消化器外科・・・消化器内科もあるし消化器外科もあるんです、呼吸器内科もあるし、呼吸器外科もあるんです。そういうものについてですね、外科という一括りをして、まあ、あの〜、統計を取ると、いうようなことをいたしておらないと、一般の外科という、つまり外科そのものが縮小しているというふうには我々は考えておりません

いやもうね、何かいっそ清々しいほどの(苦笑)。
同じく3月6日参院予算委における小池晃議員の質問に対する答弁は「天漢日乗」から。

小池
 もうひとつ、国の責任が医療において深刻に問われているのは、医師不足の問題だろうと思われます。この問題取上げたいと思います。全国各地の医師不足は、病院や診療科の閉鎖といった深刻な事態を招いています。住民・患者の命と健康をおびやかしています。過重労働やストレスによって医師や医療スタッフの心身蝕まれて、医療事故の背景にもなっています。 日本医労連がまとめた実態調査の中間報告によれば、勤務医の9割以上が当直勤務を伴う連続32時間の勤務。月3回。更に3割近くは月に一度も休日を取れない。過酷な勤務状態にあるといわれています。この報告では医師自体が過労死する状態にあるとまとめている。わたくしは日本の勤務医というのは極めて過酷な勤務状態におかれていると思われますが、総理の認識はいかがですか。

柳沢
 え、平成17年度に日本医労連の調査わたくしは存じませんけれど、私どももその問題には関心を払って、え~それを踏まえまして平成17年度に医師の勤務状況に関する調査をいたしました。病院勤務医の一週間辺りの勤務時間でございますけれども、研究時間や休憩に当てた時間など、いわば病院に拘束されていた時間、始業から就業までということでいきますと、約平均で63時間ということになりますけれども、休憩時間等を除いた実際の従業時間は平均で約48時間でございます。で、これでも開業医の方々に比べて病院勤務医の方々の勤務状況は大変厳しいと、いうことは私どもも認識をいたしております。え、そこで、え~厚生労働省としても、このように厳しい病院勤務医の勤労条件を改善していくことは、緊近の課題であると認識をいたしておりまして、第一に医師の集まる拠点病院作り、それから第二にネットワークの構築 、更には病院勤務医と開業医の連携をとるための電話相談医事業のいろいろなそれから労働基準法に違反している事例等にたいする基準監督署の指導の徹底。このような対策を引き続き推進してまいりたいと考えております。
(中略)
小池
 今総理は偏在だという風におっしゃったんですね、で厚生労働省の見解も同じだ、足りないんじゃなく偏在だ。偏在という言葉はですね、もうどこかで余っている、どこかで足りない、こういうのは偏在って言うわけですね。え~~まっ厚生労働省は病院と診療所の偏在とか、診療科目による偏在というのを言ってますが、地域による偏在も言っている。偏在というからには、足りない地域があって、一方では足りてる地域があるということになるんだと思います。えっところが人口当たり医師数トップは日本で今徳島県ですが徳島県もOECDの平均より少ないんです。だからいったいどこに過剰な地域、あるいは十分な地域があるんでしょう?まっ実態として見れば偏在ではなくて、日本中どこでも不足地域だ、というのが実態だと思います。私は充足している地域があれば私はどこか言ってほしいと思いますよ。だから今の日本の医師数の実態というのは偏在ではなく絶対的な不足なんじゃないですか?そのことについてお答えいただきたい。

柳沢
 ま~あの~今委員はですね~あの~OECDの、OECDの例をですね、これを基準としてものをおっしゃっているわけですけれども、私どもとしては日本の国内の状況について観察してそういうことを申し上げております。ですから、例えばある県においてですね、これをいくつかのこの医療圏に分ける、え~あるいは第三次医療圏に分けてみるとゆうようなことをした場合もですね、そこで非常にそれに、お医者さんが非常に厚くいらっしゃる所と薄くいらっしゃる所がある、これは事実でありまして、このことをあの、そういうことをわれわれは観察した結果、今申したような偏在ということを申しあげているというのでございます。

小池
 厚く居る都道府県っていったい何県ですか?言ってください。

幕間 しばしの空白時間、だんだんざわめいてくる「ちょっと ちょっと」と小池君が誰かを指さす。

柳沢
 あるう~もちろん基本的にですね西高東低といった徳島なんかが、今委員も言っておるとおりですとも、私どもはですね各県の中でも非常に厚いところと薄いところがある、そういうようなことで地域的な偏在がある!ということを申し上げているというわけでございます。

小池
 答えられないんですよ。医師が足りている県なんて無いんです。絶対的不足なんですよ。

小池議員のヒートアップぶりに我関せずの柳沢大臣が素敵です(苦笑)。
要するにこの時点における厚労省の公式見解としては「産科医がいないのは少子化で需要が減っているから」であり、「医師過剰の地域などないけれども医師は足りていて偏在しているだけ」であるということだったのです。
このときは幾ら現場から失言の妄言のと叩かれようが省としての立場自体は撤回されなかったわけで、まあさすがに医療行政を統括する省庁として今どきその認識はどうよ…と思うわけです。
けっきょく後任の桝添大臣となって本年6月にようやく医師不足を認めるという「大英断」が下されたわけですが、遅いのが常識のお役所仕事とはいえ幾らなんでも動きが遅すぎませんかと言われても仕方のないところでしょう。

まったくソースなしの話ですが、実のところ厚労省は実働医師数のデータすらも持っていないという噂もあります。
ひと頃は例の医籍登録医師の検索システムではとっくに亡くなった医師も多数引っかかると言うことが話題になりました。

一応これは医師数把握目的のデータベースではないという公式見解になっているようですが、では別にそれ目的のデータを持っているのかと言うと未だにどの資料にも引用がないようなのですね。
実際にまともな元データもないままお好みの結果が得られるように数字操作だけで話をしていたのだとすると、過去に厚労省がやってきた医療行政の迷走ぶりも納得できなくもないとも言えるのですが…
いずれにせよ厚労省もあまり現場の実感から乖離した数字ばかりを出してくるということが続くようですと、今どき騙される馬鹿ばかりでもないということをよく理解してもらわないといけません。

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2008年8月25日 (月)

「ポスト大野時代」を見据えて その四

前回に続いて大野事件を受け、患者、あるいは患者となる国民はどう行動していくべきなのかを考えていきたいと思います。

医療訴訟の当事者となった患者、遺族を見るとほとんどが例外なく「真実が知りたい」ということを口にされています。
しかし今回の大野事件判決後の遺族コメントでも明らかになったように、法廷で事実が明らかになったとしても彼らの求める真実が手に入る保証は何もないのだということをまず認識しておかなければなりません。
近ごろ何かと話題になっている中立的な第三者調査機関、いわゆる事故調の設立がこの解決に役立つか?と言う点ですが、今現在の政府案を見ていく限りでは極めて懐疑的と言わざるを得ません。

現在の政府案では調査の結果はそのまま法廷での証拠として転用されることが否定されていません。
すなわち医師の側から見れば調査会での証言も自己に不利益な証拠として扱われる可能性がある以上、取調室で語るものよりも詳細な内容を事故調の場で語るとも考えにくいわけで、こと当事者の証言という点から見れば法廷における以上に真実が明らかになる要素はないと思われます。
裁判の場と比べて有利と言える点は専門家である医師複数によって治療経過を詳細に検討すると言う点ですが、この点も裁判の場であれば原告(検察)側、被告側双方が複数の鑑定人を立ててくることが普通です(中には大野事件のように、検察側鑑定人は一人だけという場合もありますが)。
こうした裁判の結果に対して必ずしも全ての患者・遺族が満足しているわけではない点からも、過剰な期待をもつのは禁物ではないでしょうか。
事故調の問題については拙速を避け、スウェーデンオランダなどこの道の先進国の制度を参考に十分練り直していく必要がありますが、患者側としてはまず何を求める組織なのか、その目的達成のための最善のシステムとはどんなものかをもう一度考え直してみなければならないでしょう。

医療事故という言葉の定義も必ずしも定まっていないところがあって、医療現場で発生した予想外の出来事全てを含む場合もあれば、いわゆる医療ミスとほぼ同義に用いられている場合もあるようです。
これを過失の有無に関わらず患者に有害な結果をもたらした予想外の出来事と捉えるならば、決して万能などと呼べないのは確かですが解剖(病理解剖)には一定の意義があるだろうと思われます。
ところが実際のところ医療訴訟になったような事例であっても解剖の実施率は思いのほか低く、死因などの基本的な争点すら病理結果抜きに争わなければならない事例が見られるのは当事者双方にとって残念なところです。

実際には単に解剖実施率を上げるとなれば病理医を中心に現場には多大な負担がかかることが予想されますし、解剖の設備のない多くの中小病院においては他医療機関との連携など解決すべき問題も多いでしょう。
大野事件においても解剖が行われておらず、判決後に患者遺族が出した県への改善要望の中にもその項目はなかったのですが、真実を求める患者サイドから積極的に「異常死が疑われた場合は全例解剖を義務づけるべきだ」というくらいの要求があって当然だと思います。
当面慎重に範囲を定めていかなければ運用は不可能でしょうが、真実は座して与えられるものではなく、患者、遺族も自ら真実を求める行動をとっていかなければならないでしょう。

これは医療に限った話ではありませんが、何かことが起こるたびに「二度とこういう事故が起こらないように」という声が必ず起こってきます。
しかし万一の事態に備えて十分な準備をするとは実際どういうことなのでしょうか。
大野事件の場合、(これも未だに異論があるのですが)現時点では死因は出血死とされており、最終的な出血量は2万ml程度とも言われています。
難症例であることは実際に胎盤剥離に取りかかってみて始めて判ったことですからいつ何時起こるか判らないわけであって、少なくとも予定帝王切開の術前に数十単位からの輸血を用意し、複数の産科専門医と専任の麻酔科医を用意しなければならないでしょう。
もちろん経膣分娩の予定ではあってもいつ緊急帝王切開となるか判らず、そして昨今では帝王切開まで30分以内というルールを満足しなければ賠償金支払いと言いますから、産科施設はこうした体制を365日、24時間取っておかなければならない道理です。

こうした対応が(実際行い得るとしてですが)取り得る施設が日本に幾つあるかということがまず第一点。
当然こうした対策は産科だけに対して行えばよいというものでもありませんから、全診療科で万一の事態に備えた万全の体制を取るとして医療費総額が一体幾らになるのかということが第二点。
そして最大の問題は、こうして万一の事態に備えて手厚い体制を整えるほど、マンパワーや輸血などコスト以前に絶対数が限られるものが本当に必要な患者に用いることも出来なくなることです。
つまり、より安全な医療を求めて万全の医療体制を追求すればするほど、実際に患者の受けられる医療レベルが低下していくという奇妙な現象が起こってくるわけなのです。

BSE騒動の際にマッシー池田氏などが激しく警鐘を鳴らしていましたが、今や広く国民の間に蔓延するゼロリスク症候群という問題があります。
「何があっても大丈夫な万全の体制を」と口にするのは簡単ですが、現在の医療界はたやすくそうした要望にこたえられるような余力などどこにも存在しないということを患者はまず認識しなければなりません。
要するに万一に備えろと言うのであれば、その分どこを削ることを許容するのか決断するということが必然的に求められるわけです。
万に一つの可能性に備えて今よりはるかに高負担を許容するのか、万に一つの可能性にも対応できる施設でのみ診療を行うのか、それとも万に一つは避けられない医療の限界として受容するのか。
こうした言葉を口にするならば、少なくともそのいずれかを受け入れる覚悟を決めておかなければなりません。

医療に限らず国全体に余裕がなくなってきている現在、何を重視し何を捨てるかを明確化していない要求はたやすく順番待ちの最後尾に回されてしまいます。
患者側もまず何を求めるのかを明確化しなければ、単に患者という弱者の立場にあるというだけで黙っていても優遇を受けられるような時代ではないということです。
まさに医療界が二度とこういう事件を起こさないように激変しつつある現在、求めなければ今まで通りの医療を受けられる保証すらどこにもないという現実をまず認識していかなければならないでしょう。

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2008年8月24日 (日)

今日のぐり「佳水亭」

微妙に涼しくなってきました今日この頃、そろそろ秋の味覚も気になる季節です。
というわけで久しぶりのぐり研活動いってみましょう。

今日のぐり「佳水亭」

倉敷駅より少し西、旧二号線沿いにある和食料理屋。
隣接して洋食屋があって資本関係でもあるのでしょうか、どうも建物内部ではつながっている気配です。
休日のお昼時にしては閑散とした室内は結構広く、座敷を入れればかれこれ30人くらいは入れそうかというところ。
そのわりにカウンターの中に立っている板前さんは一人だけなのでちょっと心配になってきますが…
お隣と共通らしい奥の調理場にはもっとスタッフがいそうな気配なのですが、さすがにオペレーション的にきついのでしょうか。
酢の物だのならまだしも、刺身の小鉢がずらりとガラスケースの中に並んでいるのはちょっと萎える光景ではありますね。

昼のセットメニューはほとんどが\1000前後と安価で丼物などにも惹かれるのですが、とりあえず無難に一番上の松花堂を注文。
板さんの指示のもと、フロア係のおば…もとい、お姉さんがたも手伝ってあっと言う間に出来上がってきました。
しかしまあ、基本的にフロア係ってのはお金を始め「汚れ物」も触る部署ですので、手も洗わずに調理場に立つってのは、ねえ…
この辺りのノリは和食の店というより食堂って感じで、ちょっと店の作りと合わないと言いますか。

出てきたものを見てみればずいぶんと豪華で「これでこの値段ならお値打ちかも?!」と思わされるもの。
食べてみれば味自体は無難でべつだん悪いわけではないし、ファミレスで\1000出して犬の糞食ってるよりは百倍マシだとは思います。
料理に面白みはないけれど、松花堂というとそういうものと割り切れるわけです、が…
松皮につくってありますが、こりこりと歯触りはいいだけでさして旨味のあるわけでもない刺身とか。
ほんのり暖かではあるものの、その実は湿気を吸い始めてしんなりしてしまっている天ぷらとか。
一見ふんわり柔らかに見えて食べてみればすが入っている茶碗蒸しに、タコらしい味も食感も今ひとつという酢の物とか。
確かに値段を考えれば十分納得の味なのですが、なまじ見た目が値段を超えて見えるだけに「あれれ…」と感じてしまうのは残念でしたね。

これでちょいとボリュームアップして普通の皿に盛って出せば、田舎の温泉旅館あたりなら\2500くらいの値はついていると思います
こういうメニューの組み立てでこの値段でと考えていくと、自ずから素材にも限度というものがあるのは当然のことですし。
そうやってバリューフォーマネーの部分で一応納得は出来るんですけれど、やっぱり食べている側としては「それじゃ、わざわざこの店に来る意味って何?」とは思ってしまうわけですよ。

素朴な疑問としてこの店、儲かっているんでしょうか?
内容に比べると高くない値付けは良いとして、その割にはさほど良くなさそうな客の入り、人件費はまあ、節約している方かも知れませんが。
無難にまとめてはいるが特に特色もない料理といい、板さんが元々いたお店から馴染み客を引き連れてきたなんて事情でもないのなら、ちょっと大人気にはなりそうにない感じですよねえ。
特に安い店が並ぶこの界隈でのこういう店って見た目で敷居が高くなりがちですから、一度入った客は逃がさないってくらいの売りがないと厳しいのかな、と。

あるいはお隣の洋食屋とセットで経営を考えているということなんでしょうか?う~む…今度はお隣にもいってみましょうかねえ。

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2008年8月23日 (土)

「ポスト大野時代」を見据えて その三

前回に続いて大野病院事件の影響について考えていきたいと思います。

今回の判決がこのまま確定したとして、最も気になるのは「医療、特に産科医療は復活するのか?」という点ではないでしょうか。
これについて一つ参考になるのが、今年のはじめに報道された医科研の上昌広先生らの「副作用報告・合併症報告が激減している」と言う報告です。

医学論文、処分恐れて急減

東京大医科学研究所の上昌広客員准教授(医療ガバナンス論)らのグループの調査で、治療の副作用や合併症に関する医学論文の数が昨年後半から急激に減少したことが明らかとなった。このうち、診療中に起きた個別の事例を取り上げた「症例報告」はゼロに近づいた。グループは、厚生労働省が検討する医療事故調査委員会の発足後、行政処分や刑事責任の追及につながることを医師が恐れて、発表を控えた為と推測している。グループは昨年12月中旬、国内の医学論文のデータベースを使って、06年1月-07年10月に出された副作用や合併症等に関する論文を探し、総論文数に対する割合を月ごとに調べた。その結果、国内では毎月、 1万-4万件前後の医学論文が発表され、一昨年から昨年前半までは合併症の論文が全体の13-17%あった。しかし、昨夏ごろから急減し、10月には約2%になった。副作用の論文も以前は4-6%あったが、昨年10月には約2%に減った。特に、副作用の症例報告は、以前は1%前後あったが、昨年10月にはゼロになった。合併症の症例報告も、以前は5-9%あったが、昨年10月には0.1%しかなかった。

Fig1

 

グラフを見ていただければ一目瞭然なのですが、まさに激減という表現が相応しいほどの急落ぶりにはそういうこともあろうと予想はしていた医療関係者の多くにも「まさかここまでとは」と意外性をもって受け止められた報告でした。
防衛医療だの萎縮医療だのと近ごろようやくマスコミにも取り上げられるようになってきましたが、医療界における訴訟リスクの認識は現役の医師に限らず学生の間にも広がっていることは以前にも取り上げました通りです。
特に近年の全般的な訴訟トラブルの急増の中でも産科はことに医療訴訟に関わる率が他の診療科に比べても高いことから、「産科=ハイリスクな診療科」という認識が完全に定着していると言えるのではないでしょうか。
こうした現実を見た場合に、少なくとも当分の間は新しく産科医を志す学生が増えるだろうと予想するような材料は今のところ全く見あたらないといっていいでしょう。

もう一つ考えておかなければならない点は、まさに今回の裁判のきっかけとなったと目されている福島県による事故報告書の問題です。
ある意味では幸いにもと言って良いのかも知れませんが、今回刑事訴訟となったことで加藤医師に罰せられるべき医療行為上のミスがなかったと言うことが広く認識されるようになった。
もしこの裁判がなかったとすれば、福島県がまとめた「妊婦死亡は加藤医師のミスによるもの」と言う事故報告書が公式の見解とされたまま未来永劫残ることになったわけです。
この件については今回「産科医療のこれから」でまとめていただいているものから引用させていただきますが、福島県側は以下のように主張しています。

「事故報告書はあくまで再発防止のために作成した」
 報告書には、「出血は子宮摘出に進むべきところを、癒着胎盤を剥離し止血に進んだためである。胎盤剥離操作は十分な血液の到着を待ってから行うべきであった」と記載されている。
 この点が今回の判決と大きく食い違う部分だが、福島県病院事業管理者の茂田士郎氏は記者会見の席上、以下のように語った。「調査委員会では、大野病院以外の産婦人科医に入ってもらい検討した。報告書をまとめたのは、再発防止のため、医療安全を図ることが目的であり、(刑事責任を問う)法的な意味はないと思っている。また報告書は約3カ月間でまとめたが、公判の審議の過程ではさらに細かい検討が行われており、今回の判決の方が正確性があると思っている」。
 しかし、加藤医師は、「報告書に違和感を持ったが、『患者への補償のため』と説明され、何も言えなくなった」と語っている。この点についても、県は「あくまで再発防止のため」とコメントしている

要するに報告書は患者への補償のためなどではなく、あくまで再発防止のために作成したと言う主張です。
ところが当時の状況を知るはずの加藤医師の所属する福島県立医大の佐藤章教授は、これと真っ向から対立する証言を行っているのですね。

――医療事故の調査と言えば、「県立大野病院医療事故調査委員会」がまとめた報告書が発端になっています。以前、先生に、「加藤医師の過失と受け取られかねない部分があるので、訂正を求めた」とお聞きしました。

 はい。ここ(佐藤先生の教授室)に院長と県の病院局長が来て、「もうこれで認めてください」と言うから、「ダメだ」と言ったんです。

――それは遺族への補償に使うからですか。

 そうです。「先生、これはこういう風に書かないと、保険会社が保険金を払ってくれない」と言ったんです。

――でも、県はそれを否定しています。

絶対にそんなことはありません。医療事故調査委員会の委員の先生方も、そう(補償に使う)と聞いているそうです。

――事故調査報告書が刑事訴追に使われることは想定されていなかった。

 私が「最後までダメだ」と言い張ればよかったのですが。
 今回のように刑事訴追に使われる可能性を考えると、事故調査報告書をどう書けばいいか、難しいですね。厚生労働省が考える「医療安全調査委員会」も、うまく機能するのか。だから私が思うのは、行政ではなく、医師同士、専門家同士が調査して、「これはお前、ダメだ」などと自浄作用を働かせる仕組みの必要性です。そうでないと、国民は納得しないと思います。

どちらの証言を信用するかは各人の判断に委ねられるところですが、現場と縁遠い管理者と当事者と最も近い所属医局教授のどちらがより詳しい状況を把握しているだろうかと考えてみれば答えは自ずから明らかになってくるのかも知れません。
仮に報告書作成の意図に関する県の主張を100%認めたとしても、少なくとも当事者たる加藤医師や報告書作成に関わった医師達にはその意図は伏せられていたということだけは間違いないと言えそうです。

そもそも福島県に限らず公立病院には現場の医師を大切にするという姿勢が欠けていることは以前から強調していたところですが、これは医療訴訟となった場合にも同じことのようです。
訴訟となれば病院がバックアップするどころか「自己責任で解決してください」という態度であるとか、民事訴訟の賠償金を後日病院から医師に請求されたとか、漏れ聞こえてくる香ばしい噂話には事欠きません。
そして今回の訴訟を通じて明らかになったのは、少なくとも福島県の公立病院とは医師を守るどころか、院長と県とが一緒になって医師の背後から平気で撃つような病院だったと言うことではないでしょうか。

以前から何度も繰り返している通り、今の時代に医者を大切にしない病院に医者が集まることはないのです。
他県はいざ知らず、こと福島県に限って言えば、大野事件無罪判決が確定しようがしまいが地域産科医療に明るい展望が開けているようには到底思えません。
医者がいない、地域医療を守れだと騒ぐのは結構ですが、胸を張ってそう主張するに足るだけの努力をきちんと行ってきたのかと言う点がまさに問われているのではないでしょうか。

願わくはせめて他の自治体においては、福島県を他山の石として公立病院改革を積極的に推し進めていっていただきたいものです。

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2008年8月22日 (金)

「ポスト大野時代」を見据えて その二

判決から二日がたち、各マスコミ等の報道も一巡りした印象があります。
専門知識はない、経過も知らないと自称する方々があんなことこんなことを言っていたりするのもいつもの光景ですが(苦笑)、マスコミ報道だけを見ているだろう大多数の国民も正直こんな感覚なのかも知れません。
こういうネット上を中心にきちんと検証がなされているような事件を通じて、彼らの報道というものがどういうレベルにあるのかということを多くの方々に実感してもらえる機会を頂いたのだと前向きに捉えておくことにしておくべきなのでしょうか。

さて、昨日一昨日と拾いきれなかった報道のなかでも重要なものを見ていきたいと思います。
まず筆頭となるのはこの記事、警察庁長官がコメントを出していますので紹介します。

医療への捜査、慎重に…「帝王切開死」無罪で警察庁長官

 福島県立大野病院で2004年に起きた医療事故で業務上過失致死罪などに問われた産婦人科医に無罪判決が出たことについて、警察庁の吉村博人長官は21日の記者会見で、「医療行為への捜査については判決を踏まえ、慎重かつ適切に対応していく必要がある」と述べた。
 警察庁長官が、確定前の判決に踏み込んで言及するのは異例。

 吉村長官は「警察として医療の場での事件、事故への対処は簡単ではない部分がある」とし、「警察の捜査活動が(医師に)消極的な影響を与えてはならない」との考えを示した。民事訴訟や行政処分との兼ね合いについても言及し、「刑事だけが突出してはおかしくなる。総合的に判断する必要がある」と述べた。
 厚生労働省が設置を検討する「医療安全調査委員会(仮称)」については「患者や遺族が信頼、安心感を保てる制度が必要」とし、関係省庁と連携を強化していく意向を強調した

この発言の真意については色々と読み方があるかと思いますが、出されたタイミングというものを考えておくべきなのかも知れません。
判決を見てコメントを出したというより、判決が出たことでようやくコメントを出せたという印象も受けたのは自分だけでしょうか?
いかにも官僚的で言語明瞭意味不明瞭な内容を読み解いて見ると、「こんなに文句言われるんなら医療捜査なんてやってられねえよ!さっさと事故調でも何でも作ってお前らで勝手にやってくれ!」と言う裏の意図も読める気がするのですが…
いずれにしても警察とすれば事件があるならばオートマチックに捜査から送検まではやっていかないといけないという仕組みがあるわけですから、この点では今回の産科医業界と同様に「通常の職務活動で罪に問われるのならやっていられない」という意識は多かれ少なかれあるのでしょう(警官の逃散が進んでいるかどうかまでは知りませんが)。
警察、検察ともそもそもの端緒となったとも言われる例の「医療ミス認定報告書」に踊らされた格好とも言えますが、この件に関しては当事者である県がこのようなコメントを発表しています。

医師無罪、県内に波紋

 判決を受け、県立病院を管理する茂田士郎県病院事業管理者は20日午後、記者会見を開いた。茂田管理者は冒頭、遺族への哀悼の意を示した後、「引き続き医療事故の再発防止に全力を尽くしたい」とのコメントを読み上げた。

無罪判決については、「医療ミスではないと証明され、良かったというのが本音」と語り、現在、休職中の加藤医師については、「判決が確定すれば復職ということになる。(既に出されている処分についても)重大な事実誤認があった場合には取り消しもできる」と述べた。

 また、県が2005年3月にまとめた事故調査委員会の報告書で、加藤医師の処置をミスと判断したことについては、「(委員会は)医療事故の再発を防ぐために作ったもので、その時の結果は法的な意味はない。今回の判決の方がより正しい」とした。

しかし福島県立医大の佐藤教授の証言を見るならば、そもそも加藤医師に医療ミスであるとの立場を強要し減俸処分まで行い裁判への道筋をつけた当の本人がどの口を拭って言うかと言うところです。
医療に限らず何であれ、今の時代は自らに報いない他人に対して一方的な自己犠牲をという時代ではなくなってきています。
まずは処分取り消しや名誉回復といった面で彼らがきちんとした後始末が出来るかどうかを見守っていかなければならないでしょう。
福島県の医療が県民に信頼されるものになるかどうかと言う点と共に、福島県が医療から信頼を取り戻せるかどうかも彼の地の医療の今後を見る上で避けて通れない重要なポイントだと思いますね。

さて、今回の刑事裁判では直接的な関係はないということになりますが、亡くなった患者家族が積極的な発言を行っていることも注目されます。

手術時にビデオ記録を-福島県に要望書

 福島県立大野病院事件の無罪判決を受けて、死亡した女性患者=当時(29)=の父親、渡辺好男さん(58)が、「医療事故再発防止のための要望書」を福島県病院局の尾形幹男局長に提出した。手術時のビデオ記録やインフォームド・コンセントの徹底、各病院の連携強化などを提案・要望し、県がどう対応していくか返答を求めた。要望書を受け取った尾形局長は「この医療事故を重く受け止めており、再発防止に向けて病院局の方で医療安全対策の強化に努めてきた。他の関連機関とも協議して、対応させていただく」と答えた。
 渡辺さんは「事故後3年7か月が経過しても、県立病院を管理・監督する立場にある県病院局に具体的な動きが見られない」との不信感を抱き、医療事故の再発を強く危惧(きぐ)して、要望書を提出した。

 要望書では、医療事故を検証する有力な証拠になるとして、「手術におけるビデオ記録の保存」を提案。ビデオ撮影記録のない手術については、改ざん・隠ぺいと同等の扱いにしてほしいとしている。
 医療機関全体で取り組むべき課題としては、▽県立医大、拠点病院、地域病院の連携強化▽医療機関の風土改革▽ルール違反者への再教育とペナルティー制度の創設▽ハイリスク患者などの情報を医療機関で共有できるシステムづくり▽インフォームド・コンセントとセカンドオピニオン制度の周知徹底▽「一人医長」の禁止▽周産期医療システムの内容の見直し▽各医療機関の役割を明確化したルール作り-などを挙げた。

ちなみに渡辺氏の言うところの一人医長禁止などの課題については、既に加藤医師逮捕直後から具体的対策が取られています。
結果として現在の福島県における産科医療事故の発生確率は以前よりも格段に改善されているのではないでしょうか。
問題は、質の点で改善される結果なにが犠牲になっていくのかと言う点ですね。

「一人医長」改善の動き /福島

 事件の震源地だっただけに、県内の影響は大きかった。事件後、診療や手術を1人で行う「一人医長」の産婦人科が次々と閉鎖となり、
医師が中核病院へ重点的に配置される集約化が進んだ。
 日本産科婦人科学会によると、加藤医師が逮捕される2か月前の2005年12月時点でも、分娩(ぶんべん)を扱う県内の31病院のうち、
「一人医長」は35.5%(11か所)もあった。全国平均14.8%を大幅に上回り、石川県に次いで高かった。
 加藤医師が一人医長だったため、体制的な問題もあるとして、県は07年2月、県立医大から各地の病院へ派遣していた医師の集約化を開始。
今年8月時点で、分娩を扱う医療機関数は20にまで減少した。県医療看護課によると、「今では一人医長の病院はほとんどない」という。
開業医への転身などで、病院勤務の産婦人科医数も70人から60に減った。
 今年3~4月には、県立南会津病院(南会津町)と坂下厚生総合病院(会津坂下町)の産婦人科が相次いで休診した。
一方で、会津若松市の会津中央病院では今年5月、分娩取り扱い件数が例年より10件多い60件近くに増加した。
その後、件数は例年並みに戻ったが、同病院は「以前はお産が集中すると、他の病院に回していたが、
今ではすべて自分の病院で扱わなければならず医師らが手一杯」と話す。
 県立医大産科婦人科の佐藤章教授は、「事件後、付属病院内の総合周産期母子医療センターに送られてくる
前置胎盤の症例が以前より増えた」
と語る。

大野病院事件 産科医に無罪

◇論点違和感の女性も 妊婦「産む場所確保を」
「また、産む場所が確保できるようになってほしい」。無罪判決を機に、只見町に住む妊娠8カ月の女性(34)は、出産できる病院が増えることを願った。
 最近、産む場所がなくなる夢をみるという。長女(9)と次女(7)を南会津町の県立南会津病院で出産した。だが同病院が2月にお産の取り扱いをやめたため、2時間近くかけて会津若松市内の病院に車で通院している
 会社員の夫(35)に運転してもらうこともあるが、自らハンドルを握ることの方が多い。「周りの妊婦はみんなそんな感じですから」。出産予定は11月。雪が降る可能性もあり、冬道が心配だ。

 福島市南中央の女性(28)は無罪判決を歓迎し、こう話した。「田舎町の病院で、1人ですべてを背負って頑張っていた先生。そういう環境をつくってしまった自治体や国こそが問われるべきだ」
 3歳の長女の子育てに追われながら、いずれは2人目がほしいと考えている。「福島市は今は安心して産める場所だが、状況は厳しくなるかもしれない」と不安を語り、今回の判決が、産科医不足の流れに歯止めをかけることを願っていた。

以前にも書きましたが、医療に関わる「コスト」「アクセスの容易さ」そして「質」の三つを同時に満足することは不可能とされる中で、国民からはコスト増やアクセスの悪化に関してはもう少し我慢してもいいよという声はしばしば目にする一方、質の低下を受容するという意見はほとんど聞いたことがありません。
かねてから医療訴訟問題に積極的な提言を続けている「医療過誤原告の会」などが発表したコメントを見ても、「安全であること」「リスクは回避すること」を何よりも医療界に求めています。

「医療過誤原告の会」が意見-大野病院事件

国民が望んでいることは、安全なお産であり、リスクが予想されるお産については、事前の対策(複数の医師体制、対応設備のある病院に送る、輸血の準備をしておく)をしっかり取ることが、大野病院事件の最大の教訓ではないでしょうか。
 今後、医療界がお産における安産対策を一層進めることが、遺族や国民の願いに応えることではないか。

考えてみれば判ることですが、コストに関しては健康増進で診療の必要性自体を減らしたり自ら受診費用を稼ぐ、公的補助を利用するなどである程度対応できる、アクセスに関しても予約受診の徹底や最悪医療の充実している地域への転居などで対策は取れるわけです。
これに対して唯一医療の質という面に関しては患者である国民の側からはほとんど対策を講じる余地がないのですね。
医療を提供する側の責任として、たとえコストやアクセスの面で悪化を来そうとも最低限医療の質を守るという必要は再認識していかなければならないでしょう。

一人医長の廃止と産科の統廃合が進んだ結果、受診の機会(アクセス)は確実に減少し受診に関わる費用(コスト)も増大したでしょう。
実のところこれは福島に限ったことではなく、「今までお産を扱っていた近所の病院が受けてくれなくなった」「少しでもリスクがあるとすぐ遠い大病院に回される」といった大野事件の影響は全国的に顕著になっています。
しかし少なくとも受けられる医療の質に限って言えば以前より確実に向上しているはずであり、大野事件のような不幸な出来事が再び発生する確率は以前よりも減っているはずなのです。
この事件の社会にもたらした最大の好影響は、何よりも医療の質優先という現場の意識改革であったのかも知れません。

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2008年8月21日 (木)

大野事件判決続報

昨日は当日報道分を列挙してみましたが、一夜明けて各社の報道姿勢もそろそろ固まってきました。
主に社説から拾ってみますが、まずは「医療の読売」を自称する読売新聞から。

産科医無罪 医療安全調査委の実現を急げ

 医療事故の原因究明や責任追及は、どのような形で行われるべきか。それにひとつの答えを出した判決とも言えよう。

 福島県立大野病院で帝王切開を受けた女性が死亡し、執刀した産婦人科医が逮捕・起訴された事件で、福島地裁は被告の医師を無罪とした。

 女性は、子宮に癒着した胎盤をはがす処置で大量出血し、亡くなった。検察と警察は、胎盤をはがさずに子宮ごと摘出するのが「医学的準則」だった、として業務上過失致死罪などに問うた。

 しかし判決は、「医学的準則」とは同じ場面に直面した医師のほとんどが選択するものでなければならず、今回のケースはその証明がない、とした。医学的見解が分かれる中で刑事責任を追及した捜査当局への批判が読み取れる

 事件が医療界に与えた衝撃は極めて大きかった。医師が逮捕された後に、全国で多数の病院が出産の取り扱いを中止した。医学生は産科のみならず、外科など命にかかわる手術を行う分野を避けるようになった。

 そもそも、医師を逮捕までする必要があったのだろうか。疑問を禁じ得ない。

 まだ1審であり、医師の無罪が確定したわけではない。だが、医療事故に関して、警察がいきなり捜査に入る現状は危うい

 刑事責任を問うべきほどの事案かどうかは、まず中立的な専門機関で判断した方がいい。厚生労働省が検討中の「医療安全調査委員会」の創設を急ぐべきだ。

 厚労省の構想では、医療安全調査委は中央と地方ブロックごとに設ける。メンバーは医師だけでなく、法律家や他分野の有識者も加え、中立性を図る。

 予期せぬ形で患者が死亡した場合などに、医療機関から調査委への届け出を義務づけ、遺族からの調査依頼も受け付ける。調査委は個人情報に配慮しつつ報告書を公表し、再発防止策を提言する。

 故意や重大な過失、カルテの改竄(かいざん)といった悪質な事例のみ、警察に「通知」する。警察は調査委の判断を尊重し、通知の有無を踏まえて対応する。

 調査委構想は法案化目前まで煮詰まってきた。ところが医療界の中に、警察に通知する仕組みがある限り反対するとの声が強く、足踏みしている。

 悪質な事例を通知するのは当然だろう。犯罪の可能性があるのに通知しないのならば、調査委ができたとしても、警察が直接捜査に乗り出す状況は変わるまい。

全体として捜査当局の姿勢に批判的な立場から判決に一定の評価を下しつつ、持論である医療事故調設立に文面の過半をさくという内容。
読売とすれば元々医療報道には自信を持っているという話ですから、今までの報道で十分と考えているのか事件自体への言及は最低限でやや拍子抜けする印象です。

一方、医療問題において(も?)常に経済界の代弁者としての立場を崩さない日経の社説はもっぱら医療不信と絡めて病院側の対応を批判する内容に終始しています。
他の日経記事と同様に意図がストレートすぎてつまらないのですが、この会社の場合これがカラーと言うものなのでしょう。

産科事故判決が教えるもの

 産婦人科医師が減るきっかけになったともいわれる福島県立大野病院での患者死亡事件で、福島地裁は担当の医師を無罪とした。医師に過失はなかったとの判断だが、患者への説明など医師側の対応に問題がないとは言えない。再発防止につながる真相究明こそが求められている。

 2004年に同病院で帝王切開手術を受けた女性が大量出血で死亡した。子宮に癒着した胎盤を切り離す際に手術方法や判断にミスがあったとして、医師は逮捕、起訴された。

 最大の争点だった術法の適否を巡り判決は「医療行為の結果を正確に予測することは困難」とし、治療法選択で医師に広い裁量を認め、判断ミスを否定した。 産科学会などの「現場では何が起こるかわからないことが多い。結果だけで刑事責任を追及されると、医療現場に混乱をもたらす」との主張をいれた格好だ。

医療事故は後を絶たない。そこで問題になるのは、患者や家族に十分な説明をし、同意を得たかという点だ。この事件でも家族は病院側の説明に強い不満を抱 いている。大出血など緊急の場合には他の医師などの応援を求めるべきだが、これについても不十分だったと言わざるを得ない。日本医師会の調査でも、「医療 者の対応によって訴訟が減るか」との問いに患者の86%がイエスと答えている。説明と同意、緊急時の対応などを、病院側はシステムとして確立しておかなけ ればならない。

 大野病院事件をきっかけに国は、事故が起きた際にいきなり警察ではなく専門家による第三者委員会で調査する制度の創設議論を急いだ。医療安全調査委員会 (仮称、医療事故調)設置の大綱案を厚生労働省が6月に公表したが、事故調がどのような場合に警察に通告するかの基準を巡り意見が対立している。事故原因 の究明、再発防止、さらには萎縮医療を避けるためにも事故調は必要であり、議論を進める必要がある。

 裁判の結果がどうであれ、地域の産科医の減少で住民が安心して出産できない不幸な事態は続いている。国は各都道府県が周産期の医療計画を作成するよう求めているが、地域にまかせるだけではなく、産科医の確保、医療機関の連携など具体策を早急に実現しなければならない。

医療問題では時折妙に切れのある記事を見せる朝日新聞では、ほぼ全面的に判決を肯定するというもので、いつも弱者の味方を装うことが大好きな同社にしてはいささかどうよ?という内容。
後半のやや説教臭いところでようやくいつもの朝日節全開というところですが、事故調推進に結びつけると言う結論だけはライバルの読売と共通という点は興味深いところです。

産科医無罪―医療再生のきっかけに

 医療界がかたずをのんで見守っていた裁判で、無罪判決が下った。

 4年前、福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡し、執刀した医師が業務上過失致死などの罪に問われた。福島地裁の結論は、手術はほとんどの医師が行っている標準的なもので、過失はない、というものだ。

 赤ちゃんは手術で無事生まれた。しかし、普通は産後に自然にはがれる胎盤が子宮に癒着していた。このため、医師は手術用ハサミを使って胎盤を切り離したところ、大量の出血が始まった。その後、医師は子宮そのものを摘出したが、母親は失血死した。

 検察側は「癒着した胎盤を無理にはがさずに、子宮を取り出すべきだった」と医師の過失を主張した。しかし、判決は、胎盤をはがすことは普通の医療であって中止すべき義務はなかった、として退けた。

 判決は医療界の常識に沿ったものであり、納得できる。検察にとっても、これ以上争う意味はあるまい。控訴をすべきではない。今回の件では、捜査するにしても、医師を逮捕、起訴したことに無理があったのではないか。

 慣れない手術でまるで練習台のように患者を使う。カルテを改ざんする。そうした悪質な行為については、これまで通り刑事責任が問われるべきだが、そうでないケースについては捜査当局は介入を控えるべきだろう。

 今回の立件は、医師の間から「ある確率で起きる不可避な事態にまで刑事責任が問われるなら、医療は成り立たない」と反発を招き、全国的な産科医不足に拍車をかける結果にもなった。産科の診療をやめた病院も多い。

 無罪判決に、全国の医師らはほっとしたに違いない。だが、捜査当局が立件しようとした背景に、医師に対する患者や家族の不信感があることを忘れてもらっては困る。この判決を機に、医療の再生を図れるかどうかは、医療機関や医師たちの肩にかかっている。

 まず、診療中に予期せぬ結果が生じたときに、原因を突き止め、患者や家族に誠実に説明することが大切だ。そのうえで、再発防止策を取らなければならない。

 医療にはさまざまな危険が伴う。だからこそ、何が起きたかを明らかにするのは、プロとしての医師の責任であることを肝に銘じてほしい。

 当事者の調査や説明だけでは患者や家族が納得しないこともある。政府が準備を進めている第三者機関「医療安全調査委員会」をぜひ実現したい。

 調査の結果が警察の捜査に使われることへの反発が医療界にあるようだが、きわめて悪質な行為以外は捜査に使わないことを明確にしたうえで、発足を急ぐべきだ。それが患者側の不信感を取り除き、医師が安心して仕事をできる環境づくりにつながる。

全社を挙げて産科医療潰しに邁進する毎日新聞は予想通り不当判決と言い出しかねない医療批判一色、返す刀で根本原因は医療不信であると県警擁護にまで走るあたりはある意味では予想通り過ぎてひねりに欠けるのが幾分残念でしょうか。
ちなみに毎日新聞では他の記事においても亡くなった患者に対して「被害女性」と言う表現を使っていることからも同社内でのこの事件の位置づけをうかがい知ることが出来ます。

社説:帝王切開判決 公正中立な医療審査の確立を

 4年前、福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡した事故で、福島地裁が業務上過失致死罪と医師法違反に問われた執刀医を無罪とした。医師の裁量を幅広くとらえ、「過失はなかった」とする判断である。

 「癒着胎盤」という極めてまれな疾患に見舞われたケースだが、判決は手術中の大量出血のおそれを予見したり、手術方法の変更によって「結果回避の可能性があった」と認定した。刑事責任は認められないが、最善の医療ではなかった、とも読み取れる内容だ

 事故は産婦人科の医師不足が深刻化する中で起きたため、医師が萎縮(いしゅく)すると懸念する声が医療界に広がり、福島県警の捜査で産婦人科離れ が加速した、と指摘された。日本産科婦人科学会などは「通常の医療行為で刑事責任を問われたのでは医療は成り立たない」と執刀医の逮捕、起訴を批判した。

 しかし、こうした考え方が市民にすんなり受け入れられるだろうか。医師の資質を疑いたくなるような医療事故が繰り返されており、医療従事者の隠ぺ い体質や仲間意識の強さ、学閥を背景にしたかばい合いの常態化などを考慮すれば、慎重な調査、検証は欠かせない。県警が異例の強制捜査に踏み切ったのも、 社会に渦巻く医療への不信を意識したればこそだろう。

 もちろん、警察権力は医療にいたずらに介入すべきではない。刑事責任を追及する対象は、明らかな犯罪行為や常識からかけ離れた医療行為などに限定 すべきだ。経験や技量の不足に起因するものは、民事上の損害賠償で償ったり、行政罰に処するのが先決だろう。結果として患者を死に至らしめたとしても、懸 命に救命を図った医師に手錠をはめることが社会正義にかなうとも考えにくい。

 多発する医療過誤訴訟に対応するためにも、公正中立な立場で、医療行為の適否を判断するシステムが求められる。日本産科婦人科学会も提言している ように、第三者による専門機関の設置が必要だ。厚生労働省も医療安全調査委員会の新設を目指しているが、先進諸国には法医学者が役割を担っている例もあ る。医師が主導することが望ましい。医療現場に司直を踏み込ませたくないのなら、なおさら設置を急ぐべきだ。

 カルテやレセプト(診療報酬明細書)の開示の徹底など開かれた医療の実現が前提条件となることは言うまでもない。判決は、医師に警察署への届け出 を義務づけている「異状死」に、患者が診療を受けている疾病で死亡した場合は該当しない、との判断を示したが、事故死については第三者の判断を仰ぐべき だ。医師は事故を隠さず、患者側には納得のいく説明を尽くす。それが医療の信頼回復にもつながるはずだ。

かねて医療問題におけるあまりに斜め上な報道ぶりが一部で熱烈なファンを獲得している(?)産経新聞は予想通り医療批判に終始しているものの、いつもに比較すればやや電波おとなしめで拍子抜けする内容。

無制限に医師の裁量を認めるものではない 大野病院事件

 手術中に医師が最良と判断した手法で患者が死亡した場合、医師個人は刑事責任を問われるべきか-。福島県立大野病院事件で、福島地裁は、臨床の場で通常行われる水準で医療措置をしていた場合、罪は問えないとの判断を示した。

 判決は、医療行為を「身体に対する侵襲を伴うものである以上、患者の生命や身体に対する危険性があることは自明」と表現。結果責任だけが問われる医療関係者から上がる「リスクの高い医療はできない」などの切実な叫びをくみ取った結果が、今回の無罪判決といえる。

 だが、判決は、加藤医師の医療行為と女性死亡の因果関係を認めた。大量失血も予見できたとしたうえで、検察側が指摘した通り、癒着胎盤の剥離を中止して子宮を摘出していれば、最悪の結果を回避できた可能性を指摘した。

 公判で弁護側の証人に立った産婦人科の権威らが「一切過失はない」と言い切る姿は、国民に「医者のかばい合い」と映ったに違いない。

  今回の事件を契機に、医療事故調査専門の第三者機関、いわゆる医療版事故調を設置しようという機運が高まっている。だが、医療界がこぞってすべての医療ミ スで刑事責任の免責を主張するなら、事故調が事故原因究明や公正な判断を下せなくなるのでは、と懐疑的な見方が出てきても仕方あるまい。

 今回の判決は「適切な手術」という前提付きで、医師の裁量を認めた。医療界は、なおいっそうの注意義務と医療を受ける患者、家族が十分納得するような説明責任が求められていることを忘れてはならない。

…と思っていましたらさすが産経、ちゃんとやってくれました(苦笑)。
もはやこれは産経にしかなし得ない別世界としか言いようがありませんが、これはこれで面白いのでちょっといいかもと思ってしまいます。

【医療と刑事捜査】(上)対峙するエリート

 「医療側からみて理解不能な刑事訴追の典型が大野病院事件だ。検察官は能力はあるが、使う方向が間違っている」

  業務上過失致死罪に問われた福島県立大野病院の産科医、加藤克彦被告(40)に対する判決を控えた7月28日。日本医学会が東京都内で開いた「診療関連 死」に関するシンポジウムで、日本救急医学会の堤晴彦理事が捜査や公判への不信をまくし立てると、会場から大きな拍手が起こった。

 実際、そう考えている医師は多い。加藤医師の逮捕以来、捜査に抗議する声明などを出した医療系団体は約100を数える。

  日本産科婦人科学会の岡井崇理事は「今回のケースは癒着胎盤という珍しい症例で、最善の手術方法がまだ確立していない。これで刑事罰が問われるのであれば 今後、難しい外科手術はできなくなる」と指摘。「過去に立件されたカルテ改竄(かいざん)や医療過誤とは質が異なる」と主張する。

 一方で検察側が捜査に万全の自信を持っていたことはいうまでもない。裁判では「手術の際の注意事項は基礎的文献に書かれている。産婦人科医師としての基本的注意義務に著しく違反する過失を起こした」と弁護側の主張に反論した。

 「過去に起きたカルテ改竄事件に象徴されるように、医療現場には仲間でかばい合ってミスを隠そうとする体質があったことを忘れてもらっては困る」「私たちは患者目線で捜査しているんだ」…。公然と捜査を批判する医療界に対して、敵意をむき出しにする検察官も少なくない。

 司法試験を通った検察官。遺族感情や社会常識を考え、法に照らして罪をあぶり出すのが仕事だ。対して医師試験という難関を突破し、臨床経験を積んだ医師は、自分たちこそが医療の現場を熟知しているという自負がある。

 「文科系と理科系のエリートたちの互いへの不信感が全面対決したという構図だな」。今回の事件を俯瞰(ふかん)して、ある裁判所の幹部が漏らした。

各社ともそれぞれ普段の医療報道とも共通するカラーが良く出ているとも思う内容ですが、ほぼ例外なく医療事故調に絡めているところが興味深いところです。

これについては公判での内容があれだけ公開されほぼ事件の全容が解析された現在においても、全公判に参加した遺族が判決後に「けっきょく知りたかったことは何もわからないままだった」と語っている点に注目すべきでしょう。

医療事故調の意義を裁判以外の真相解明の手段であると定義づけるのであれば、たとえ真相が解明されたところで患者や遺族が納得する保証など何もないということをこの裁判が示しているとも見ることができるかも知れません。

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2008年8月20日 (水)

大野病院事件は無罪判決(本日随時更新中)

帝王切開死亡事故 大野病院産婦人科医に無罪判決 福島

2008.8.20 10:22

 福島県大熊町の県立大野病院で平成16年、帝王切開手術を受けた女性=当時(29)=が死亡した事件で、業務上過失 致死と医師法(異状死の届け出義務)違反の罪に問われた産婦人科医、加藤克彦被告(40)の判決公判が20日、福島地裁で行われ、鈴木信行裁判長は無罪 (求刑禁固1年、罰金10万円)を言い渡した。判決言い渡しは午後3時ごろまでに終わる見込み。

無罪判決に産科医、身じろぎせず 遺族は涙

2008.8.20 11:35

 手術中の判断をめぐり、執刀医の刑事責任が問われた福島県大熊町の県立大野病院で発生した妊婦死亡事件。病院の調査 委員会が報告書を作成し調査を終えた後の逮捕・起訴に医療界からは「通常の医療行為で逮捕されれば現場が萎縮(いしゅく)する」などと強い反発の声があ がっていた。全国で産科医の不足や過酷な労働状況が指摘される中、福島地裁が下したのは、医師の裁量を認めた「無罪」判決。法廷内ではさまざまな感情が渦 巻いた。

 午前10時過ぎにダークグレーのスーツを着て入廷した加藤被告。裁判官に向かって一礼をした後、傍聴席の被害者家族が座っている方向に向け、深く頭を下げた。

 鈴木信行裁判長に名前などを確認されている間は、緊張からか、せわしなく両手を動かしていたが、「無罪」の主文が言い渡されると、身じろぎせず聞き入った。

 加藤被告は女性が死亡した後も大野病院ただ一人の産婦人科医として勤務し、平成18年2月18日の逮捕時にも、約10人の入院患者と20~30人の外来患者を抱えていた。妻も第一子の出産間近で、加藤被告は自分で子供を取り上げる予定だったという。

 しかし逮捕で状況は一変。妻の出産に立ち会えず、患者のケアも不可能になった。保釈後も現場に復帰せず、休職を続けていた。

 主任弁護人の平岩敬一弁護士は加藤被告の近況について「謹慎に近い状態で、医学博士の学位を取るために自宅で研究を続けていた」と話す。

 今年5月に開かれた最終弁論では、加藤被告は「もし再び医師として働けるなら、もう一度地域医療の一端を担いたい」と希望を述べていた。

 一方、被害者女性の家族もまた、「無罪」を言い渡した裁判官を見据えながら判決に聞き入った。女性の父親は、祈るような形で手を組み合わせたまま、唇をかみしめ、判決理由に耳を傾けた。

 女性の父親や夫は1月の意見陳述で「この事件で、閉鎖的だった医療界が国民の関心の的になった。事件が開かれた医療のあり方や臨床の実態を考えるきっかけになることを願う」と希望した。

 同時に、「幼くして母を失った子供を見るとふびんになる」「夜中、突然目が覚めるという状態が続いている」「わが家の生活から笑顔が事件以来、無くなってしまった」などと、事件後に家族の生活が様変わりした苦しみを吐露し、加藤被告に対して厳罰を望んでいた。

 判決の朗読が始まって5分ほど経った後、うつむいた父親が突然涙をこぼし始めた。感情を抑えられない様子で、ハンカチを取り出しては、涙を何度もぬぐっていた。

微動だにしない加藤医師 落胆隠せぬ遺族
2008/08/20 11:59

 「被告人は無罪」-。被告のK医師(40)は微動だにしないで判決に聞き入り、女性の遺族はがっくりと肩を落とした。
20日に言い渡された福島県立大野病院事件の福島地裁判決。言い渡しの瞬間、廷内は関係者が沈痛な表情を浮かべ、
重苦しい雰囲気に包まれた。
 スーツを着たK医師は遺族に頭を下げて入廷。緊張した様子で立ち、無罪判決にも前を見据えたまま。
着席後は手を固く結び、判決を聞いた。
 「言い訳しないでミスを受け止めて」と傍聴を続けてきた遺族。女性の父はがっくりと肩を落とし、
何度かハンカチで目元をぬぐった。女性の夫はにらむような鋭い視線を前方に向けた。女性の母は目を閉じたまま
小さな体を折り曲げ、裁判長の言葉を聞き取ろうしていた。

大野病院医療事件:帝王切開の医師に無罪判決 福島地裁

 福島県大熊町の県立大野病院で04年、帝王切開手術中に患者の女性(当時29歳)が死亡した医療事件で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われ た同病院の産婦人科医(休職中)、加藤克彦被告(40)に対し、福島地裁の鈴木信行裁判長は20日、無罪(求刑・禁固1年、罰金10万円)を言い渡した。 手術中の医師の判断が問われたが、判決は医師の裁量の範囲と認めたとみられる。

(中略)

 福島県警は被害女性が死亡した翌年に同県の事故調査委の発表で事態を知り、発生から約1年2カ月後の06年2月に加藤医師を逮捕するという異例の 経過をたどった。日本医学会や日本産科婦人科学会など全国の医療団体が「結果責任だけで犯罪行為とし、医療に介入している」と抗議声明を出すなど、論議を 呼んだ。公判では、検察、被告側双方の鑑定医や手術に立ち会った同病院の医師、看護師ら計11人が証言に立っていた。【松本惇】

(中略)

 ◇「県警としては捜査を尽くした」

 福島県警刑事総務課の佐々木賢課長の話 県警としては捜査を尽くしたが、コメントは差し控えたい。細かい争点については(裁判所の判断が)まだ分からないので何とも言えない。県警は医師に注意義務があるとして検察へ送ったが裁判所はそう認定しなかった。

帝王切開死で産科医に無罪 大野病院事件で福島地裁

 公判では、子宮に胎盤が強く癒着した極めて珍しい症例をめぐり、胎盤をはがす「はく離」を被告が続けた判断の是非が最大の争点となった。

 鈴木裁判長は女性の死因についてはく離継続で出血が増えたことによる失血死と判断。癒着の程度や位置関係をめぐる検察側証人の鑑定結果について「相当疑問がある」と信用性を否定した。


福島県立大野病院事件の福島地裁判決理由要旨

 福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性患者が死亡した事件で、福島地裁が言い渡した無罪判決の理由の要旨は次の通り。

 【業務上過失致死】

 ●死因と行為との因果関係など

 鑑定などによると、患者の死因は失血死で、被告の胎盤剥離(はくり)行為と死亡の間には因果関係が認められる。癒着胎盤を無理に剥(は)がすことが、大 量出血を引き起こし、母胎死亡の原因となり得ることは、被告が所持していたものを含めた医学書に記載されており、剥離を継続すれば患者の生命に危機が及ぶ おそれがあったことを予見する可能性はあった。胎盤剥離を中止して子宮摘出手術などに移行した場合に予想される出血量は、胎盤剥離を継続した場合と比較す れば相当少ないということは可能だから、結果回避可能性があったと理解するのが相当だ。

 ●医学的準則と胎盤剥離中止義務について

 本件では、癒着胎盤の剥離を中止し、子宮摘出手術などに移行した具体的な臨床症例は検察官、被告側のいずれからも提示されず、法廷で証言した各医師も言及していない。

 証言した医師のうち、C医師のみが検察官の主張と同趣旨の見解を述べている。だが、同医師は腫瘍(しゅよう)が専門で癒着胎盤の治療経験に乏しい こと、鑑定や証言は自分の直接の臨床経験に基づくものではなく、主として医学書などの文献に頼ったものであることからすれば、鑑定結果と証言内容を癒着胎 盤に関する標準的な医療措置と理解することは相当でない。

 他方、D医師、E医師の産科の臨床経験の豊富さ、専門知識の確かさは、その経歴のみならず、証言内容からもくみとることができ、少なくとも癒着胎盤に関する標準的な医療措置に関する証言は医療現場の実際をそのまま表現していると認められる。

 そうすると、本件ではD、E両医師の証言などから「剥離を開始した後は、出血をしていても胎盤剥離を完了させ、子宮の収縮を期待するとともに止血 操作を行い、それでもコントロールできない大量出血をする場合には子宮を摘出する」ということが、臨床上の標準的な医療措置と理解するのが相当だ。

 検察官は癒着胎盤と認識した以上、直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術などに移行することが医学的準則であり、被告には剥離を中止する義務があったと主張する。これは医学書の一部の見解に依拠したと評価することができるが、採用できない。

 医師に医療措置上の行為義務を負わせ、その義務に反した者には刑罰を科する基準となり得る医学的準則は、臨床に携わる医師がその場面に直面した場合、ほ とんどの者がその基準に従った医療措置を講じているといえる程度の一般性、通有性がなければならない。なぜなら、このように理解しなければ、医療措置と一 部の医学書に記載されている内容に齟齬(そご)があるような場合に、医師は容易、迅速に治療法の選択ができなくなり、医療現場に混乱をもたらすことにな り、刑罰が科される基準が不明確となるからだ。

 この点について、検察官は一部の医学書やC医師の鑑定に依拠した準則を主張しているが、これが医師らに広く認識され、その準則に則した臨床例が多く存在するといった点に関する立証はされていない。

 また、医療行為が患者の生命や身体に対する危険性があることは自明だし、そもそも医療行為の結果を正確に予測することは困難だ。医療行為を中止す る義務があるとするためには、検察官が、当該行為が危険があるということだけでなく、当該行為を中止しない場合の危険性を具体的に明らかにしたうえで、よ り適切な方法が他にあることを立証しなければならず、このような立証を具体的に行うためには少なくとも相当数の根拠となる臨床症例の提示が必要不可欠だと いえる。

 しかし、検察官は主張を根拠づける臨床症例を何ら提示していない。被告が胎盤剥離を中止しなかった場合の具体的な危険性が証明されているとはいえない。

 本件では、検察官が主張するような内容が医学的準則だったと認めることはできないし、具体的な危険性などを根拠に、胎盤剥離を中止すべき義務があったと認めることもできず、被告が従うべき注意義務の証明がない。

 【医師法違反】

 本件患者の死亡という結果は、癒着胎盤という疾病を原因とする、過失なき診療行為をもってしても避けられなかった結果といわざるを得ないから、医師法にいう異状がある場合に該当するということはできない。その余について検討するまでもなく、医師法違反の罪は成立しない。

 
「なぜ事故が」…帝王切開死、専門的議論に遺族置き去り

 一方、亡くなった女性の父親、渡辺好男さん(58)は、最前列で傍聴した。主文読み上げの瞬間、驚いたような表情で鈴木信行裁判長を見上げた後、厳しい視線を加藤医師に投げかけた。

 加藤医師は、約2時間20分にわたった言い渡しの後、傍聴席の遺族の方を向き、深々と頭を下げた。

 渡辺さんは判決前、「なぜ事故が起きたのか、なぜ防げなかったのか。公判でも結局、何が真実かはわからないままだ」と話した。

(中略)

 「警察に動いてほしかった」と思っていた時、加藤医師が逮捕された。

 「何が起きたのかを知りたい」という思いで、2007年1月から08年5月まで14回の公判を欠かさず傍聴した。証人として法廷にも立ち、「とに かく真実を知りたい」と訴えた。「大野病院でなければ、亡くさずにすんだ命」と思える。公判は医療を巡る専門的な議論が中心で、遺族が置き去りにされたよ うな思いがある。

妊婦失血死事件無罪判決 捜査幹部、逮捕妥当性を強調

 「われわれは患者の目線で捜査しているんだ」。現役の医師が逮捕、起訴された県立大野病院事件。医療関係者の間で広がった批判に、当時の捜査幹部は語気を強めた。福島県警 や福島地検は捜査の妥当性を繰り返し強調した。

 福島県は平成17年3月、県立大野病院の女性死亡が医療ミスだったと公表した。これを端緒に県警は捜査に着手。「事故を警察に届けておらず、証拠隠滅の恐れがある」として翌年、異例の逮捕に踏み切った。

 過去にも医療事故で医師が逮捕されたことはあるが、無謀な手術など悪質さが際立つケースがほとんど。地検は逮捕の理由について「遺体もなく、身柄を確保した上で関係者の話を聞く必要があった」とした。

 一方で医療界からの激しい反発には「想定外だった」と戸惑いも。公判にかかわった検察関係者は「捜査当局と医療側の対立という、招くべきではない事態を招いた」と当時の判断に疑問も示した。

(管理人注) 医師逮捕事件 富岡署を表彰(朝日新聞、福島、2006年4月16日) 

 県警は14日、今春の人事異動後初の警察署長会議を開いた。県内全28署の署長や県警本部の幹部ら80人が参加。重大事件を解決した警察署などへの表彰があり、 富岡署が県立大野病院の医師を逮捕した事件で、県警本部長賞を受賞した。

「逮捕は正当」県警と地検がコメント 大野病院事件

 福島県立大野病院事件で無罪判決が言い渡された20日、捜査に当たった福島県警と福島地検は重苦しい空気に包まれた。

 県警の佐々木賢刑事総務課長は「県警として捜査を尽くした。判決についてはコメントできる立場にない」と言及を避けた。また、加藤医師を逮捕したことについても「法律と証拠に基づいて必要性を慎重に検討し、正当な手続きを経て逮捕した」と話すにとどめた。

 一方、福島地検の村上満男次席検事は「当方の主張が認められず残念。今後は判決内容を精査し、上級庁と協議の上、適切に対処したい」とする談話を発表した。

 県警の捜査に対しては、「証拠隠滅や逃亡の恐れはなく、逮捕は不当だった」と、医療界が強く反発。また、捜査に当たった富岡署に県警本部長賞が贈られ、「有罪が確定していないのにおかしい」などという声を上がっていた。

 ある捜査幹部は「この事件で、医師の注意義務や説明責任を喚起できたことは無駄ではなかったと思う。しかしその代償はあまりにも大きすぎた。医師の責任を問うことの難しさを痛感した」と振り返った。

控訴しないことを強く要請 産科婦人科学会

 福島県立大野病院事件の無罪判決を受け、日本産科婦人科学会(吉村泰典理事長)は8月20日、「本件判決に控訴しないことを強く要請する」などとする声明を発表した。
  声明ではまず、亡くなった女性患者と遺族に対し哀悼の意を表した。続いて被告医師が行った医療について「当時、被告人が産婦人科専門医として行った医療の 水準は高く、全く医療過誤と言うべきものではありません。癒着胎盤は極めてまれな疾患であり、診断も難しく、最善の治療がいかなるものであるかについての 学術的議論は現在も学会で続けられております」とした。
 判決については、「重篤な疾患を扱う実地医療の困難さとそのリスクに理解を示した妥当な判決であり、これにより産科をはじめ多くの領域における昨今の委縮医療の進行に歯止めの掛かることが期待される」と高く評価した。
 最後に、「今回の裁判による医療現場の混乱を一日も早く収束するよう、検察庁が本件判決に控訴しないことを強く要請する」と訴えている。

無罪判決「残念な結果」=今後の医療界に不安-帝王切開事故遺族の渡辺さん

 福島県立大野病院の帝王切開死判決で、死亡した女性の遺族らは20日午後、福島県庁記者クラブで記者会見を開き、「残念な結果として受け止めるとともに、今後の医療界に不安を感じざるをえない」と顔を曇らせた。
 加藤克彦医師(40)の帝王切開手術を受け、亡くなった女性=当時(29)=の実父渡辺好男さん(58)は「病院側に真実を知らせてほしいと思っていたが、裁判になって強いることができたと思う」と語った。
 一方では「裁判を聞き、娘が手術中はまだ生きていたという思いだった」とうつむいた。
 加藤医師には「病院で何があったのかを十分に説明してもらいたい」と改めて不満をあらわに。「(大きな病院へ移すなど)周囲からのアドバイスがあったのに、どうして耳を傾けなかったのか。病院からの説明もほとんどなく、悔しい思いだ」と苦渋をにじませた。

死亡助成の父親が会見「非常に残念」大野病院事件

 死亡した女性の父親、渡辺好男さん(58)も20日の判決後、福島県庁内で記者会見に臨み、「非常に残念。今後の医療界に対して不安を感じざるをえない」と無念の表情をみせた。

  終始固い表情の渡辺さんは「私が本当に知りたいのは、手術中の詳細なやりとりではなく、(加藤医師が)どうして態勢の整った病院に娘を移さなかったのかと いうことだった。裁判では明らかにされず悔しい。命を預かっている以上、すべての不安を取り除いて臨んでほしかった」と、不満をあらわにした。

  渡辺さんはこれまで、匿名で取材に応じてきたが、この日は実名を公表。「実名で声明を発表することで、多くの人に医療事故をより身近に感じてもらえると 思った。これを機に、医療も良い方に変わってもらえたら」と理由を説明。また、国が進めている“医療版事故調”設置については「真実を説明してもらえる機 関になってもらいたい」と要望した。

 一方、捜査機関に対しては「自分1人ではここまでこられなかった。裁判になったおかげで分かったことがたくさんあった」と感謝の気持ちを口にした。

無罪の加藤医師が会見「ほっとした」大野病院事件

 無罪判決を受けた加藤克彦医師(40)は20日午後、福島市内で記者会見し、「ほっとした」と胸の内を率直に語り、「今後は、地域医療の現場で患者にできることを精いっぱいやっていきたい」と、現場復帰の意思を明らかにした。

 加藤医師は会見の冒頭、涙を浮かべながら、死亡した女性に「信頼して受診してもらったのに、亡くなるという最悪の結果になり、申し訳ありませんでした」と謝罪した。

 加藤医師は逮捕からの月日を「何もしたくないという日々。長く嫌な2年6カ月だった」と振り返った。無罪判決については「裁判所にしっかりした判断をしていただいた」と少し表情を緩ませ、「今後は僕のような人が出ないことを祈りたい」と語った。

 さらに、「子供をあやす顔が忘れられない」「きちんとした罰を受けてほしい」と公判で意見陳述した遺族の言葉にも触れ、「グサッときた。生涯忘れられない言葉」と神妙な面持ちで話した。

 主任弁護人の平岩敬一弁護士は判決を評価するとともに、「医師に不安が広まったことや、産科医の減少といった悪影響がなくなればいい」と話した。

帝王切開で死亡 医師無罪判決

判決を受けて、亡くなった女性の父親の渡辺好男さんは「真実を知りたくて、病院で何が起こったのかを追及してきました。娘が戻ってくるわけではありません が、判決のとおり大量出血のおそれがあることを予測できた可能性があるのならば、これからの医療界で生かし、再発防止に努めてもらいたいです」と話しまし た。また、加藤医師に対しては「病院で何があったのか十分に説明してほしい」と話しています。

一方、判決のあと記者会見した加藤医師は、「亡くなった女性 に信頼していただいていたのに申し訳なく思っています。ご家族に対しては大変つらい思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。裁判所には、きちんと した判断をしていただき、深く感謝しています」と述べて一礼しました。そのうえで「突然の逮捕から2年6か月、何もできない、何もしたくない、もんもんと した日々でした。判決はたくさんの人に支えられたおかげだと思います。今後は地域医療に貢献できるよう、また医師として精いっぱい働きたい」と話しまし た。

判決を受けて、舛添厚生労働大臣は記者団に対し「行政の長として、個々の司法判断にコメントはできないが、厚生労働省としては今回の判決も参考にした うえで、医師の声や真実を知りたいと願う家族の声のバランスを取りながら、今後の事故調査のあり方を検討してきたい」と述べました。
そのうえで舛添大臣 は、医療事故が起きた場合に死因や診療内容などを調査する権限を持つ第三者機関の設置について「よい形で事故の原因究明ができる委員会を作るために、党派 を超えて国会で議論し案をまとめていきたい」と述べ、法案化を目指す考えを示しました。

<大野病院事件>医師無罪で双方会見 被害女性の父「残念」

◇「適切医療と言えず」
 産科医療裁判の経験がある中央社会保険医療協議会の勝村久司委員の話 加藤医師は減給1カ月の処分も受けており、刑事責任は別にしても医療行為が適切 だったとは言えない。県が事故調査報告を作成する際に遺族から聞き取りをしないなど、遺族対応も不十分だった。今回の事故を全面的に正当化してしまうと、 重大な事故隠しなどにつながりかねず、関係者は反省すべき点は反省してほしい。



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2008年8月19日 (火)

「ポスト大野時代」を見据えて その一

以前に「【医療崩壊番外編】 8月20日は何の日?」で書きました通り、明日8/20は福島県立大野病院産科事件の判決が出る日です。
加藤先生はじめ当事者とは全く縁のないこちらとしても何となく落ち着かない感じがしているくらいですから、ご本人や御家族、患者遺族などなど大勢の関係者の心中はいかばかりでしょうか。

さて、あちこちの医療系サイトでも注目度の高い当事件の行方ですが、判決は医療崩壊への最後の一撃になるだろうという声の一方でこんな意見も根強いようです。

「判決がどうなろうが医療崩壊という現象にはあまり関係ないんじゃない?」

つまり、既に逃散だの防衛医療だのと言った行動を取る人たちはとっくにそうしているのであって、現状で残っているのは今後も動く意志のない人たちなのだという考え方なのですね。
そもそも医療崩壊という言葉があまりにキャッチーであったためか言葉だけが一人歩きしている印象もなきにしもあらずな状況なのですが、どうもこの言葉に対して持っているイメージというものは用いる各人で随分と違っているようなのですね。
一つの参考として、ここでは某所で作成されて以来あちこちに流用され有名になってしまったコピペを紹介しておきます。

日本の医療制度は崩壊

  しないよ派─┬─医者が騒いでるだけだよ派
          ├─代わりはいくらでもいるよ派
          ├─足りなくなったら海外から呼べば大丈夫だよ派
          ├─俺が崩壊させないよ派(純情派、絶滅?)
          ├─俺は逃散したけど馬鹿が死ぬまで頑張るよ派(他力派)
          └─三千万出せばいくらでも㌧んでくるよ派(尾鷲派)

  するよ派─┬─このままでは崩壊するよ派(警鐘派、2003年頃までの主流)
         │    ├─事故調と刑事免責が必要だよ派
         │    ├─予算の拡充が必要だよ派
         │    ├─医者の給料を減らせば解決だよ派
         │    ├─医学部の定員を増やせば大丈夫だよ派
         │    └─医者を強制的に働かせるべきだよ派
         │
         ├─もう手遅れだよ派(諦念派、現在の主流)
         │    ├─崩壊の後に再生があるんだよ派─┬─アメリカ式になるよ派
         │    └─再生なんてないよ派(太公望派)   └─イギリス式になるよ派
         │         └崩壊を生暖かい目で見守るよ派
         │
         └─むしろ早く崩壊したほうがいいよ派(推進派)
              ├─早く崩壊した方が再生は容易だよ派
              ├─自由化して市場に任せるべきだよ派(市場原理主義者)
              ├─医者がいなくなれば医療事故も0になるんだよ派(委員会派)
              ├─金持ち相手に荒稼ぎしてやんよ派(BJ派)
              └─事業拡大のチャンスだよ派(宮内派)

この表で一つ注目しておくべき点は「むしろ早く崩壊したほうがいいよ派(推進派)」と言われるような、医療崩壊を歓迎する立場もないわけではないことです。
保険業界の思惑がどうとか病院株式化による市場参入がこうとか噂は多々ありますが、政府としてもこれ以上の医療費に対する公費負担は認めないという立場を堅持しているわけですから必ずしも医療崩壊を否定するものではないかも知れません。
一方で医療現場の中でも「中途半端につぎはぎで延命するよりこの際抜本的な医療改革を進める機会と考えるべき」と捉える人々もいれば、「国民の医療に対する期待値が天井知らずに高まる一方であることが現場の疲弊の根本原因であって、一度崩壊によってリセットすることも必要」という考えを持つ人々もいるようです。
この場合も一つ留意しておかなければならない点は、医師をはじめとする現場の人間にとって医療崩壊=明日から職を失い困るという認識では必ずしもないということでしょうか。

さて、かの有名な「医療崩壊ー立ち去り型サボタージュとは何か」を著した小松秀樹氏は著作の中で「立ち去り型サポタージュ」という言葉を用いて、医療崩壊という現象を「医師がリスクや負担の大きい現場、特に過酷な勤務医生活から去っていくこと」と定義しています。
そもそも年代を経る毎に次第に労働環境向上への要求が強くなっていくことは医療業界に限らないことであって、過酷な現場から立ち去ることがその実現に最も迅速確実な手段であるとすれば労働者としての権利を行使するのは当然であり、それでは困るというなら逃げられない環境を整えればよいだけのこと。
言ってみれば従業員が辞めて会社が立ちゆかないなら辞めないよう対策を考えるべきは従業員ではないだろうと言う理屈ですが、問題はこの場合立ちゆかないという言葉の意味するものが従業員と経営者、あるいは顧客や株主の間でそれぞれに異なるということなのですね。

一例を挙げるなら全国の公立病院の9割は赤字ですが、自治体からの公費投入によって何とか維持されています。
赤字運営を続けざるを得ないという点ではこれを既に破綻しているという見方も出来るわけですが、医療を消防や警察等と同様の公共サービスと見るならば自治体の負担可能な範囲である限り破綻を来してはいないという見方もあるわけですし、税負担増にあえぐ住民からすれば「幾ら何でももう無理」という声も当然上がってきておかしくはない。
一方でそこに勤める医師とすれば安い給料と過酷になる一方の労働環境からして「この病院終わってるよ」と逃散していく事は当然あるわけですし、病院事務とすれば医局派遣なりで額面上の医師の頭数さえ揃うならば「嫌なら辞めろ。代わりは幾らでもいる」と主張することも可能でしょう。

救急の崩壊と言う言葉からイメージされるものも人それぞれに違っていて、救急指定の返上が相次ぎどこの病院も急患受け入れに難色を示すような現在に近い状況を考える人もいれば、救急車を呼んでも全く受け入れ先が見つからずどうしようという極限的状況を思い浮かべる人もいる。
以前に脳梗塞の3時間ルールについて書きましたが、同じ脳梗塞患者に関わる医師であっても急性期を担当する脳梗塞専門医と慢性期を担当するリハ担当医では救急搬送の現状に対する意識が異なるでしょうし、36時間勤務でひぃひぃ言っている末端勤務医と「どんな急患も絶対に断るな!」と厳命する院長、あるいは普段からきちんとかかりつけ医を持っていた患者と検診未受診のまま飛び込み出産を図った妊婦などとの間でも違った認識があるでしょう。

少なくとも医療現場の状況が数十年前、否、数年前と比べて明らかに変化しているという点だけは事実ですが、同じ一つの事実から既に医療は崩壊していると見なす者もいれば、まだ医療は崩壊していないと考えている者もいるわけです。
こうした違いは個人の基本的なモノの考え方の違いも無論あるにせよ、ネット上でのやり取りから類推するところ各人の依って立つところの違いという面もかなり大きいんじゃないかなと言う印象も受けているのですが、まあこれはあまり根拠のない主観ですかね。
いずれにしても結局のところは医療が崩壊しているかどうか、あるいは崩壊するか否かが問題なのではなくて、各人にとってどのような医療体制が必要とされているのか、最低限どんな医療レベルであれば受容可能であるのかという点こそが最も問われるべきところなのではないでしょうか。

さて、以前から言われていることに医療を評価する場合の三要素として「医療にかかるコスト」「医療の質」そして「医療へのアクセスの容易さ」というものがあるわけです。
この三要素を同時に満足することは不可能とされていて、唯一奇跡的に全てを高いレベルで保ちWHOからも「世界一の医療」との認定を受けていた日本の医療制度も今や崩壊の足音間近という状況です。
そうした現状で巷間に医療問題に関する議論というものもずいぶんと煮詰まってきている部分もあるようですが、見たところ「コスト増やむなし」、「アクセス制限やむなし」という声は聞こえるのですが質の低下を受容するという声はあまりないようです。
つまり現時点での最大公約数的な国民の意見としてもっとも守るべきは質だということなのでしょうし、職人気質の多い医者においても質の低下は受け入れがたいという考えの者が最も多いのではないでしょうか?
コスト増やアクセス制限を受容してでも「手の届く範囲で最良の医療を」、これには応召義務の撤廃や混合診療の導入、当直とは名ばかりの夜勤体制の改善など課題も多いのですが、一見して実現可能性もそこそこ高そうに見えますしね。

しかしひと言で質の維持と言っても、そもそも医療における質とは何かと言う点でどうも世間的には誤解をされているのではないかと言う気もしています。
例えば救急車を呼んだが良いが、どこにも受け入れ先がなく結局救急車内で患者が亡くなってしまったと言う場合、これは医療の質が保たれていないのではないかと受け取られるかも知れません。
しかし実際にはその地域の救急病院は既に来院していた患者に今までと同レベルの医療を施していたのであって、医療の質を保つために限界を超えたアクセスを制限していたのだとしたらどうでしょう?
あるいは従来は保険証一枚あれば数万円程度の窓口支払いで受けられた手術がブラックジャックもびっくりの数千万円も請求されるようになった、とても払えないと手術を拒否して患者が亡くなった場合には?

あるいはよくある治療成績問題も同じ文脈で考えることが出来るかも知れません。
近ごろでは良い病院悪い病院とランキング本なども出ているようですが、そもそも癌手術一つとっても簡単に病巣全部を切り取れるような患者だけを相手にしている病院の成績がよいのは当然です。
ですがそれが本当に患者にとってベストな医療かどうかは別問題であって、どんな難しい患者でも受け入れる、最終的には癌死するという負け戦ばかりを引き受けている病院でも患者のためを考えた良い治療をしているところは幾らでもあるわけです。
しかし悲しむべき現実と言うべきでしょうか、手の届く範囲の治療しか行っていない病院よりも難治の患者をも引き受ける病院の方が真っ先に医療訴訟の標的となっているというのが現在の医療の救われない点でもあるわけです。
質の維持を目指すのであれば、こうした難治症例に対しては真っ先にアクセスの制限や訴訟リスク込みでのコスト転嫁を行わざるを得ないということになりかねません。

質を守るためにコスト増やアクセス制限を受け入れるということは実のところこういうことであって、医者の側はそういう認識で話をしているのでしょうが、どうも医療を受ける国民の側にはそこまでの認識が出来ているのかどうかと少しばかり危惧しているのです。
いずれにせよ医療の何かが変わることが避けられないのであれば、医療の受益者である国民こそが何よりもよくその実体を勉強し、真っ先に我が事として意思表示を行っていかなければならないはずですし、後になって知らなかった、誰も教えてくれなかったなどと言っても手遅れであることをよく認識しておかなければなりません。
医療崩壊は避けられないと感じている医者達ですら今もネット上で繰り返し警鐘を鳴らし続けているのは、何度説明をしようが後になって「そんなの聞いてなかったよ」と言われるという苦い経験を繰り返してきたからなのですから。

いつものように何やらよく判らない話になりましたが、今日はこのあたりにして、明日は判決が判り次第「その二」に続く予定です。

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2008年8月18日 (月)

救急医療、崩壊!? その五

少し間が飛びましたが、前回「救急医療、崩壊!? その四」の続きです。

題して「救急医療 やってはいけないこれだけの理由 ~患者編~」
まずは最初に記事を二つばかり紹介します。

医師らの対応への不満が減少 県の医療安全相談窓口

 医療に関する苦情や相談を受け付ける県の医療安全相談窓口に寄せられた相談は2007年度、29件増の234件だった。医師らの言葉や態度で嫌な思いをしたなど、対応についての不満は例年、トップを占めるが、今回は全体の1割以下で大幅に減少。県は「院内で研修会を開く病院もあり、対応改善の意識が浸透してきている」としている。

 県健康福祉企画課によると、医師や看護師らの対応・接遇への不満は、計21件(9%)。04年度が33.8%に上ったのに対し、05年度は18%、06年度は16.1%と、年々減少している。

 不満の内容は「子どもが骨折して急患で運ばれたとき、医師が『誰かこの手術をやりたい人はいないか』と冗談半分に言った」「夜間救急外来の待ち時間が長い上、医師に『症状が軽い。今後は考えて(救急に)来てくれ』と言われた」などのケース。

 同課は「医療機関側にとっては『簡単な手術だったので若手に経験させたかった』『緊急度が高い患者が優先。救急外来の適切な利用を呼び掛けるのも当然』ということになる。意識の違いが、言葉や態度に対する患者の不信、苦情として表れることが多い」と分析。その上で「医療機関側は、患者に配慮した言動にずいぶん気を付けるようになっている。情報提供などを通じ、今後も改善を図りたい」としている。

検査にクレーム、居留守… 「気にくわない」から医療費不払い

   

「気にくわないから払わない」。こんな理不尽な理由から医療費の支払いを拒否するケースが、全国の病院で相次いでいる。研究者の調べでは、都内の病院で06年度には、こうした拒否は727件に上ったという。病院側は、弁護士を使ったりしながら、対策に頭を悩ませている。
医療費払っていないのに、平然と診察に来る
   「救急施設を持っている病院は、集金がかなり大変だと聞いています。いつも来ている患者より、初めて来る救急患者の方が、不払いが多いようですから」
   東京都の病院関係者は、J-CASTニュースの取材に対し、こう答えた。

   不払いのケースとしては、督促しても払わないため、自宅まで徴収に向かうと、居留守を使われることが多いという。また、検査しても何も異常がなかった場合、「不必要な検査をした」と逆ギレし、検査費を払わないケースがあると話す。

   さらに、「前回の医療費を払っていないのに、平然とまた診察に来る患者がいます」とこの関係者。この場合でも、応召義務の規定が医師法にあるため、診察を断れないという。
    「民間企業なら、『料金を払っていない』と断れるのですが、そこがつらいところです。医療費は数万~数十万円と額があまり大きくならないので、訴訟経済に合いません。小額訴訟の制度はありますが、事務的に大変です」(前出の病院関係者)

近ごろでは医療に限らない話のようですが、病院にやってくる患者の中には「クレーマー」とか「モンスターペイシェント」とか呼ばれるにふさわしい人達が一定割合で存在していることは確かですし、スタッフと患者の間で何らかのトラブルが発生することは珍しくはありません。
これらの言葉の詳細な定義は本稿の目的でもなく省きますが、明らかに社会性を欠いた問答無用のモンスターから、たまたま担当者と折り合いが悪かったのか突然クレーマー化する例、あるいは何らかの疾患に由来するのでは?と推察される場合など個々の事情は様々ながら、共通する問題点としてはトラブルが発生すれば病院業務が滞ることです。
そうした人々がやってくるのは日中と夜間・時間外救急とを問わないはずなのですが、特に時間外救急における例が印象強いのはスタッフが手薄でイレギュラーな状況に普段以上に手間を取られるからという側面も大きいのでしょう。
何度も繰り返しますが時間外救急と言うものは夜間休日外来とは全く別物なのであって、コンビニが24時間営業しているような感覚で来院されても対応しかねるということを受診者の側も理解しなければなりません。

そもそも病院に来る患者はいずれも具合が悪いから来るのであり、一方で現代医療が何でも100%の治癒率を誇るなどという夢物語とは程遠いという厳然たる事実こそがこうしたトラブルの根本原因とも言えるのかも知れません。
つまり、ただでさえ罹患という事実に対して理不尽な思いを感じているところに必ずしも満足のいく治療結果が得られない、一体どうなっとんじゃこりゃ!と考えてしまうところまでは当たり前の人間心理と言うものです。
通常はそうした内面を率直に表現する以前に働く理性とか常識とか言われるような様々な抑制因子が存在しているわけですが、何らかの事情でそのたがが外れたり元々締め付けが緩いという場合にトラブルになっていくのでしょう。
そうした脱抑制を来す原因として知られている幾つかの疾患があって、こうした病気を患っている患者さんは総じて共通のキャラクターを有していることが現場では広く知られていますし、慣れてくると診察室でのやり取りから「ははん、この人は○○○持ちなのかな」と推察できる場合も多いのですが、まあそれは余談です。

先にも言ったように日中でトラブル担当者などが在院している場合はそちらに丸投げすれば問題ないわけですが、医師一人に看護師一人という夜間救急では一人トラブった瞬間に業務が完全にストップしてしまうわけです。
例えば先の記事で言うところの「夜間救急外来の待ち時間が長い上、医師に『症状が軽い。今後は考えて(救急に)来てくれ』と言われた」という例で言えば、待ち時間を長くしているのはまさしく患者自身の行動なのだとも言えると思います。
逆に言えば救急医療のスタッフが充実していたならばこうしたトラブル自体が少なくなっていたかも知れないし、当然それは患者待ち時間の減少にもつながり、ひいては医者やスタッフの労働環境を改善し逃散や救急崩壊といった現象を防ぐという効果が見込まれる可能性があるわけです。
そして今まで述べてきた通りこの状況が今後悪化することはあっても改善する望みは乏しいわけです。
明らかに需要に対して供給過少な現在の医療現場を利用しようとするならば、満員電車に乗ったときのアナウンスにあるところの「皆様どうぞ奥にお詰めください」の精神が患者の側にも必要だと言うことです。

こうした受診者側の当事者意識がようやく現れてきたかと感じさせられるニュースが最近話題になりました。
崩壊寸前だった兵庫県丹波市の県立柏原病院小児科を守ろうと、地域住民が「自分たちは何をすればよいのか?」を考え行動に移したのです。

地域で小児科救急を守る取り組み

7歳未満の子どもの救急搬送数は、全国で年間およそ30万件にのぼる。しかし、その8割近くは緊急性のない軽症だ。
「救急は不採算部門なので『奉仕の心』で成り立っているけど、それだけでは現実問題として難しい。やってあげたい気持ちはあるが、できなくなってきている・・・」

そんな状況の中、去年、子どもの時間外救急患者が激減した公立病院がある。
兵庫県丹波市にある県立柏原病院。一次救急から入院・出産まで受け入れているが、小児科医はたった2人。しかも、1人は院長。実質1人で全て診なければならない状態だった。

『柏原病院の小児科を守る会』。子どもを持つ母親らで作る、丹波市の住民グループだ。
【柏原病院の小児科を守る会代表 丹生裕子さん】
「先生たちが困っているのを知って、何か役に立ちたいと・・・」

おととし、3人いた小児科医が2人に減り、柏原病院の小児科は危機的状況に陥った。
このままでは、小児科がなくなる。それを知った母親たちが、「柏原病院にお医者さんを呼ぼう」と署名活動をしたのが始まりだった。
しかし、日本中で小児科医が不足する中、医者は来なかった。
小児科を守るには、自分たちが変わるしかない。守る会は、地元住民に向けてメッセージを発信した。

(1)コンビニ受診を控えよう
「微熱がある」「薬が欲しい」と、ちょっとしたことで夜間・休日に病院に行くことを避ける。

(2)かかりつけ医を持とう
近所のお医者さんや診療所に『かかりつけの医者』を持ち、まずはそこで診てもらう。

(3)お医者さんに感謝の気持ちを伝えよう
医者だって人間。気持ちよく診察してもらうためにも、「ありがとう」の気持ちを言葉にする。

講演会などを通じて呼びかけたメッセージは、地元メディアにも取り上げられ、母親たちの間に着実に広がっていった。
活動の成果は、数字になって表れた。
柏原病院小児科では毎月100件近くあった時間外の患者数が、40件程度まで激減したのだ。

この場合幸いだったのは、行政側も適切なタイミングで適切なサポートを行うことが出来たということでしょう。
ともすれば地域医療に対する行政の対応は医師招聘など即物的側面に偏りすぎてきたきらいがあったと思うのですが、この場合は一見遠回りな方法が時期を得て予想以上の効果をもたらした一例と言えるのではないでしょうか。
率直にいってこういう小回りの利く仕事も出来るのだなと、個人的に公務員というものを見直すところ大なのですが(笑)。

医療守る市民活動支援 丹波市が新制度

 丹波市は本年度、地域医療をテーマに講座を開く市民グループなどを対象に、経費の一部を補助する制度をスタートさせた。勤務医不足など地域の医療機関が抱える問題への理解を深めてもらうのが目的で、「市民主体で医療体制を守る運動の広がりを支援したい」としている。(仲井雅史)

 同市内では、地域医療の中核を担ってきた県立柏原病院や柏原赤十字病院で勤務医不足が急速に進行し、深刻な問題となっている。

 市は病院への支援を進める一方、勤務医の負担を減らすため、市民に対して開業医の「かかりつけ医」を持つことや、緊急性がないにもかかわらず診療時間外に訪れる「コンビニ受診」を避けるよう広報誌などを通じて呼び掛けてきた。また、子育て中の母親らが「県立柏原病院の小児科を守る会」を結成し、医師の負担軽減を呼び掛けており、市はこうした市民主体の活動を後押しすることにした。

 「地域医療市民講座補助金」として百五十万円を計上。地域医療に関する講座を開く自治会や婦人会などの団体を対象に、五万円を限度に講師への報償費など経費の一部を補助する。二十人以上の受講者が必要で、市の啓発資料をテキストに使うことが条件。開催の十日前までに申し込む。市地域医療課TEL82・4567

失礼ながら兵庫県下の公立病院と言えば医師の赴任先としては決して高い評価を得ている場所ではありません。
以前にも書きましたように医局という地域病院への医師派遣システムを破壊した結果なにが起こったかと言えば、こうした地域の不人気病院には全く医師が集まらなくなってしまったと言うことなのですね。
医師が集まらない、あるいはより良い待遇を求めて辞めていく、残った医師には更なる負担が増しますます退職者が続出する、典型的な地域医療崩壊のパターンです。
近ごろではよく「○○病院に医者を!」なんて署名活動が新聞紙面を飾るようになっていますが、こと医療崩壊問題に関して言えばハッキリ言ってああした署名活動ほど無意味なものはないと言いきってしまってよいと思います。
医者が逃げていくのは署名が足りなかったからではなく現実的な問題によるものなのであって、医者が集まる病院にも医者が逃げていく病院にもそれぞれに理由があってのことなのですから、問題点を改善しない限り医者が戻ってくることはありません
そうした意味で柏原病院に起こった活動は、地域医療のみならず今後の医療における利用者側たる国民の役割を考えていく上で極めて大きな意味を持っていく可能性があると思いますね。

「住民が奇跡起こした」 小児科医が着任 丹波市

 医師の負担軽減を目指す丹波市の母親グループの活動に共感した小児科医の石井良樹さん(32)=伊丹市出身=が、岡山県内の大学付属病院から同市柏原町の兵庫県立柏原病院に転勤を希望し、四月から常勤医として働いている。兵庫県病院局によると、他府県の大学医局を離れ、県内の地方に進んで赴任するのは極めてまれという。石井医師は「勤務医の負担を考えた地域は全国でも珍しい。住民の動きに応えたかった」と話す。(小林良多)

 診察時間外に小児救急に訪れる患者は、全国的に約九割が緊急度が低い軽症とされる。柏原病院小児科は丹波地域の中核だったが、医師が三人から二人に減った二〇〇六年四月から危機的な状況になり、〇七年四月から一般外来を紹介制にし診察を制限している。

 勤務医が疲弊する様子を知った母親たちが〇七年四月、「県立柏原病院の小児科を守る会」を結成。症状を見極めて病院を利用するよう住民に呼び掛けた。病院間の輪番制の徹底にこの運動が加わり、小児救急利用者は半減。先駆的な取り組みとして注目された。

 昨年夏、インターネットで住民の活動を知った石井医師は、同病院に「会の活動は極めて意義がある」とメールを送信し、見学に訪れた。軽症患者が夜間に列をなしたり、患者の親が必要性の低い点滴などを執ように求めたりすることが多い中で、この地域では住民も医療を支えていることを実感した。大学病院を出るタイミングと重なったこともあり、転勤を決めた。「ここ数年の医療関係の話題は、患者のたらい回しや訴訟ばかりだった。地域の取り組みで心が救われた」と話す。

 同病院小児科の和久祥三医師(41)は「自ら医師がやってきてくれたことは、地域に勇気を与える。住民が奇跡を起こしてくれた」と喜んでいる。

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2008年8月17日 (日)

今日のぐり「中国料理 娘娘」

しかし今回の五輪女子マラソンはなんだったんでしょうねえ?
何かしら悪いものでも食ったわけでもないでしょうが、3人のうち2人までコンディション調整に失敗するというのはシステム的にも問題が疑われかねませんよ。
マラソンなんて身体的にも精神的にも最も過酷なスポーツなんですから競技場以前の部分では可能な限りのサポート体制を整えていかないと最悪事故が起こりかねません。

ま、それはともかく最近とんとご無沙汰しておりましたが本題に戻ります。

今日のぐり「中国料理 娘娘」

はっきりいつ以来とも覚えてないくらいに実に久しぶりの訪問です。
ここは少なくともかつての一時期は県下一の味とも言われていた店なのですが、改装して店が大きくなってからどうも昔の路線から次第に遠ざかってきている気がして次第にご無沙汰するようになっていたのでした。
だいたいいつも食べる好みのメニューというのは決まっているのですが、ちょっと食欲的に厳しかったこともあって敢えてそれら全部外してオーダーしてみたのですが…

最初に来たのが点心類ですが、焼売はさすがに出来の悪い臭みはないものの特に感銘を受ける味でもありません。
素晴らしい焼売となると噛みしめたときにじわーっと旨味がこみ上げてきてああ幸せ~と言う気持ちになるのですが、まあ並みですかね。
ここの海老餃子は広東風の浮き粉を使った半透明の皮がきれいですが、海老の餡はぶりぶりしていいんだけれども蒸し時間の見極めが今ひとつ甘く見た目も食感も損なっているのがマイナスですね。
餃子ならまだぎりぎり許せる範囲なのですが、小龍包でそれをやられるとちょっとねえ…とはいえ、昔から毎回ほぼ確実にこんな感じですからあまり問題意識もないのかも知れません。

連れの希望で八宝菜と五目そば(あんかけ焼きそば)も頼んだんですが、今回これが大失敗。
もともとどちらもこの店の料理の中では当たりではない方だと思っていたのですが、何か今回はスープから調味料からまるで変えたの?と思うような別物状態でした。
特にこの店の場合濃厚なスープの旨味が一番の特徴でもあったはずなのですが、これじゃ湯(タン)ではなくて湯(ゆ)だよと言いたくなるほどで最後はもう料理の押し付け合い状態ですよ。

白菜のクリーム煮はもともと少し煮すぎる傾向があるのは気になっていたのですが、この日は特に甘ったるいだけのソースでベショベショしているだけの感心しない出来。
元々ここの揚げ物は少し好みから外れているものが多いんですが、鶏唐揚げのオイスターソース掛けはやはり食感の点で今ひとつ楽しみに欠ける肉を引き立てるほどの力もない平凡な味のソース。

ところで改装当時の妙にゆったりした店内と比べると心なしかテーブルも増えてきているのでしょうか、少し配置に無理があるかなと言う印象です。
そのせいかどうか、どうも死角が増えているのかフロアー担当の気が回っていないのか、客席が全く放置プレー状態の時間が長いのは気になったところですね。
昔、否、大昔のころはこと接客に関してはそれなりにレベル高くてそういう点でも評価できたんですが、これじゃそこらのバイト店員レベルですよ。

あと一点、この店は昔から時々料理の味を変えることがあるんですが、どうも個人的評価上は変えて前よりうまくなった場合って記憶にないのが気になります。
そうすると季節料理や新メニューを別にすれば、古くからのレギュラーメニューの味は年月を経る毎にだんだんと、その…

まあ近ごろでは何しろHPでもセットメニュー一辺倒にも思えるような構成になってしまっていますから、単品料理はあまり気が入っていないのかも知れませんが。

今回は敢えて辛口気味に評価してみましたが、実際のところはいつもと同じメニューをもう一度食べ比べてみないことには味の変化は評価できないかなと言う気がしています。
それでも昔は盆暮れの時期には行列で入れないことが多かったのですが、今は心なしか空席が目立つのは単に時間帯によるものだったのでしょうか?
このくらいの味で大都市部ならもっと高い値をつけている店が多いだろうことを思えば、今も決して悪いと言うようなものじゃないんですよ。
ただ、昔の小さくても行列が絶えなかった頃の「うわっ!こんなところでこんなものが食えるのか!」って言う嬉しい驚きはもうないですよね。

あちこちにまともな味で食わせる店が増えてきた今の時代には、この店の存在にさほどの有り難みも感じられなくなってきたのも仕方がないところなのかも知れませんが、とにかく残念だったという印象が強く残った今回のぐりでした。

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2008年8月16日 (土)

【医療崩壊番外編】 8月20日は何の日? その三

なでしこ快勝!でいささか睡眠不足気味な今日この頃ですが、皆様におかれましてはおかわりはないでしょうか?

それはともかく、いよいよその日が目前に迫ってきました大野病院事件、今回も前回の「【医療崩壊番外編】 8月20日は何の日? その二」の続きをもう少しやっていきます。

今回まず紹介しておきたいのは、CBニュースから配信されたこの記事。
それぞれの産科医、報道関係者、弁護士と三者三様の立場からのコメントも興味深いのですが、特に注目していただきたいのが日本電波ニュース社報道部の真々田弘氏のコメントです。

大野事件から三次試案を振り返る―医療制度研究会

「医療者を代表した声が発信される団体を」
真々田弘・日本電波ニュース社報道部

 救急医療に関するドキュメンタリー番組の制作などを手掛ける真々田氏は、「現場を見ることが取材に対する姿勢」と語った上で、これまでの活動を紹介した。
 真々田氏は、テレビ局のプロデューサーから、「医療が旬になってきたから取材してみないか」と声を掛けられたことをきっかけに、07年6月に6人の内科医が一斉退職した大阪府の病院を半年間取材した。取材の過程で、医師の不足や過重労働の問題などを理解した。真々田氏は、「(この病院の)事務長も状況を変えたいと思っていたが、医者を守るために救急外来を制限しようとしても住民や議会が敵に回った。毎年経営を改善しても、市からの繰越金が年々減っていた。市長が怒鳴り込んで院長を叱る声が患者にも聞こえてくる。これでは医療者も逃げてしまうと思った」と、取材の感想を述べた。

真々田氏によると、取材を続けるうちに制作スタッフは医療者の現状を理解していった。視聴者目線ではなく、医療者側の立場で番組を作ろうと意識が変わり、テレビ局のスタッフも番組の放送直前になって「医療と裁判は相性が悪い」と理解した。
 当初は視聴者からの批判を懸念していたが、予想外に反応が良かったという。真々田氏は「きちんと伝えれば分かってくれるのだと思った。『こんなに医者が頑張っていると知らなかった。もっと伝えてほしい』との感想があった」と紹介した。

 真々田氏は、取材を続けるうちに感じた思いを、次のように語った。
 「医療者が発する言葉を視聴者が待っている。医療をどう守っていくかの提言を番組として出したが、困っている。取材をする中で、個々の医者が頑張っている姿しか見えず、医療者の集団が見えてこないからだ。日本医師会も学会も勤務医の声を代弁していない。誰の声を聞けばいいのか。集団としてのまとまりのなさに、ある種情けなさを感じる。日雇い派遣(の業界では、)制度を見直させている核となる人間の数は1000人いないかもしれないが、声を上げて政治を動かしている。26万いる医師たちは何をしてきたのかと思わざるを得ない。医療が悪くなっていることを伝えてこなかったわたしたちは『マスゴミ』と呼ばれても仕方がないと責任を痛感する。では医療者は何をしてきたか。現場で毎日が厳しくなり、医者が足りなくなっていると、医療界全体として発言してきたのか。医療を今後、どんなものにしてほしいか、医療界が知恵を集めて提言してきたことがあったか。
 4月12日の超党派議連のシンポジウムで、ある医師が『何をしてきたと言われたら、医者は医療をしていた』と言った。『うまいことを言う』と思ったが、一種の逃げ口上だ。マスコミがそう言われたら、『1日24時間、番組に穴を開けないために必死だった』と答えるのと一緒。しかし、それでは責任を果たせない。
 今がチャンス。メディアも変わりつつある。医師のつらく苦しい現場が開かれれば、わたしたちは入る。特に今は視聴者が求めているから発信できる。医療者は総意や知恵を集め、何らかのアクションを起こしてほしい。わたしたちはそれを支えていけると思っている」

「お前が(r」といった突っ込みを別として注目すべきポイントを挙げるとするならば、彼らの言うところの潮目が変わってきている、視聴者の医療問題に対する姿勢が変わってきた、というあたりでしょうか。
そもそも潮目なるものを規定してきた人間は誰かと言う話になりかねないことを敢えて口にしてしまったのを報道関係者の勇気と言うべきか蛮勇と言うべきか微妙なところですが、変化を感じると言えばたとえばネットでの世論などもその最たるものでしょう。
ひと頃であれば2chニュース板などで医療ネタなどが取り上げられると言えば、今どきの毎日ネタよろしく「また医者か!」と批判一色だったものが、今は妙に同情的なコメントばかりが並んでかえって面食らうほどですからね。

もともとネットと言うソース優先社会においてはマスコミ報道は疑ってかかれと言う基本姿勢もあってか、医療報道というものがいかにいい加減なものであるかという事がわりあい早くから知られていたと言う点は幸いであったと思います。
すると今後はさらにテレビ、新聞といった既存メディアに情報を依存するネットリテラシーの低い層に問題点の所在をどうアピールしていくかと言う点は確かに課題の一つではあるわけです。
近ごろでは毎日問題を見るまでもなくネットからマスコミへの働きかけが大きな力を持つものであると認識されはじめていますが、一般社会へのアピールの第一歩として医療業界とネットとの連携ということも今後ますます重視していかなければならないでしょうね。

さて、一般への広報ももちろんですが、実のところ肝心の医療従事者自身の医療問題への認識というものも大きなポイントです。
二年ほど前のことですが、ちょうどネットでも問題になっていた大野病院事件等の問題についてそれとなく若手、中堅医師を中心に聞いて回ったところ、この種の問題をよく知っており深刻な危機感を感じている者が1/3、何も知らないと言う者が1/3、そして何となく聞いてはいるが興味がないという者が1/3といったところでした。
ネット上で大騒ぎしていると言っても現実世界での認識はこの程度のものなのかも知れませんが、全国の病院で起こっている診療科丸ごと消滅という事態を見ても最初のきっかけは常勤医の一人が辞めた、すると残りの常勤医がきつくてやってられないと次々やめたと言う蟻の一穴パターンが多いのも確かです。
知らない、興味がないと言っているうちに自分自身の足許が崩れ去っていくような事態がすぐそこまで迫っているという認識をまず全ての医療従事者が共有しなければならないでしょうね。
その意味でこういうニュースはなかなか興味深いものがあります。

大野病院事件、医学生も敏感 東北・意識調査

 福島県立大野病院で2004年、帝王切開中の妊婦が失血死し、産婦人科医が業務上過失致死罪などに問われた事件の裁判に絡み、東北の医学生の多くは、医療事故で刑事責任などを問われることが産婦人科などの医師不足に影響すると感じていることが、河北新報社が実施した医学生の意識調査で分かった。進路として産婦人科を敬遠する理由も訴訟リスクなどが挙げられ、事件が産科医療に暗い影を落としている実態が浮き彫りになった。

 調査は7月中旬から下旬にかけて、東北6県の4大学医学部、2医大の1―6年生を対象に聞き取りなどで実施し、49人から回答を得た。回答者の性別は男性29人、女性20人だった。

 医師の逮捕については、4割近い19人が「医師に刑事責任はない」と答え、「逮捕の判断は妥当」(2人)と「書類送検や在宅起訴にとどめるべきだった」(15人)の合計を上回った。

医療事故が事件や訴訟に発展する可能性が医師不足に及ぼす影響は半数以上の26人が「大いにある」と回答。「少しは」(22人)を合わせると、ほぼ全員が影響を認めた。

医師や病院と患者間のトラブルが増えた原因(一部複数回答)は、23人が「センセーショナルな報道の影響」を挙げ、次いで「患者や家族の権利意識の高まり」(19人)。「説明不足など医師・病院側の対応」は12人だった。

 志望する診療科は産婦人科が7人。産婦人科、小児科など医師不足が深刻な診療科を希望しない理由は「訴訟が多く、劣悪な環境に身を投じる勇気がない」(秋田大3年・男性)「訴訟リスクや過剰労働で仕事をしても報われない」(福島県立医大6年・男性)などの意見が上がった。

産科志望、強い捜査批判 東北の医学生調査

 産婦人科医が刑事責任を問われた福島県立大野病院事件の判決を前に、河北新報社が東北の医学生を対象に実施した意識調査では、産婦人科医を目指す学生はほかの診療科の志望者に比べ、捜査側への批判が強い傾向が浮かび上がった。将来の産科医療の担い手として事件を切実に受け止め、医師不足に及ぼす影響の見方にも差が表れた。

 回答した49人の医学生のうち、産婦人科志望は7人。医師の逮捕には、うち5人が「医師に刑事責任はない」と答えた。産婦人科以外か未定という42人では3割程度だった。

 理由は「手術中は予測できないことが起こる。すべてを医師の責任とする判断はおかしい」(弘前大6年)「症例は極めて珍しく、医師は1人勤務だったなど、すべての状況を加味して判断すべきではないか」(東北大6年)など。

 「分からない」と回答した秋田大6年の学生も「仮に、事前にリスクをよく説明し、家族の同意が得られていたのであれば、医師だけの過失を問うのはひどい」と意見を寄せた。

 「お産は病気ではない」と言われるが、分娩(ぶんべん)時の急変もあり得る産科医療の現場は生と死が隣り合う。

 こうした医療の特性や体制の不備に言及し、捜査に疑問を投げ掛ける意見が目立った。

 訴訟リスクや刑事責任を問われる可能性が産婦人科などの医師不足に与える影響は「大いにある」が1人で、「少しはある」が5人。ほかの診療科を志望する学生は「大いにある」が25人と6割を占めた。

時代が変わったなと感じたのが、グラフを見ていただけると判るかと思いますが、実に全体の7割以上が大野病院事件に対して検察に批判的な意見を述べているところですね。

20080816a101
具体的なコメントの内容を見てみても自分なりにきちんと事件に対して情報を集め、マスコミの報道を鵜呑みにするだけではない自分の考えを持っている学生が多いなと安心します。
ネットでのリアルタイムでの情報収集と言うものが一般化しておらずクチコミやマスメディアに頼るしかなかった一昔前であれば、おそらく「説明不足など医師・病院側の対応」を問題視する声は1/4程度にとどまらなかっただろうし、「症例は極めて珍しく、医師は1人勤務だったなど、すべての状況を加味して判断すべきではないか」なんて指摘はまず出てこなかったんじゃないでしょうか。
「農家こうめ」さんが医療崩壊と言う現象におけるネット発達の重要性を指摘されていましたが、巷間ネット有害論を唱えるならこういうポジティブな面でのネットの影響もまた正しく評価していかなければなりません。

日々の業務に追われて新聞もろくに見ないというレベルになると医療問題を云々する以前の話ですが、今も年季の入った医師には「医師は目の前の患者を治すことだけに集中していればいい」とばかりに医療以外の世界から背を向けたがる風潮がなきにしもあらずと感じます。
そう言えば当時の日本における最エリート層を多数含んでいたはずの旧海軍があの激動の時代に政治問題には敢えて関わろうとしなかったと聞きますが、何やらどことなく共通するものを感じないでもありませんが…
まあそれはおくとしても、ベテラン組に比べれば若い研修医や学生は受験戦争で鍛えられた?持ち前の旺盛な知識欲を発揮してどんどん新しいものを取り込んでしまう頭の柔軟性を失っていませんから、労力対効果の面でも彼らへの啓蒙活動と言うものが何よりも重要になってくるわけです。

幸い上でも述べたように近ごろではネットが発達していますから、学生や若手医師の教育も随分と楽になりました。
昔なら差し向かいで酒でも飲みながら「俺も苦労した経験があってなあ」なんて話をしていたものが、近ごろではあちらのサイト、こちらの掲示板と幾つか案内して「患者さんはお前らをこういう目で見ているんだぞ」「医療訴訟と言うものはこういうところを突っ込まれてるんだぞ」と示してやれば済むようになった。
飲食店などでも大手のチェーン店ではサービスマニュアルなどが徹底されて個人毎のサービスのブレを防ぎ質を保つことに効果があるのと同じことで、症例検討や学会で医療自体の水準を保証していくことと同じように顧客対応もレベルアップさせていくことが今のところ最も手っ取り早い医療訴訟対策と言えるんじゃないでしょうか。

出来ることなら大野病院事件の結末が後進たちにとっての「忌むべき暗黒史」とならぬよう祈るのみですが…

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2008年8月15日 (金)

毎日新聞捏造記事事件~続報その四

前回の「毎日新聞捏造記事事件~続報その三」に続いて、また毎日さんがネタを提供してくれました。

まずはネット有志の活躍によって明らかになった毎日新聞再度の嘘と捏造の件ですが、J-CASTニュースでも取り上げられました。

毎日英字紙にも「変態ニュース」 11年前から多数の記事掲載

   毎日新聞英語版サイト「Mainichi Daily News」の「WaiWai」というコーナーで、「六本木のレストランで豚を獣姦し、その後食べた」「成績を上げるために勉強前に息子の性処理をする母親がいる」といった内容の記事を過去に配信し、「低俗すぎる」などといった批判が同社に相次いだのは2008年6月下旬のこと。08年6月27日には、当時常務デジタルメディア担当だった朝比奈豊社長を役員報酬10%(1か月)返上、記事を担当していた外国人記者を3か月の懲戒休職とする処分を発表した。さらに7月20日には英語版サイトが不適切だったとする謝罪文のほか検証記事も毎日新聞紙面や日本語ニュースサイト「毎日jp」に掲載している。先述の玉木氏のコメントに代表されるように、検証記事はウェブ上の問題に焦点をあてている。

   しかし、英字紙にもニュースサイトと同様に「低俗な」記事が数多く掲載されていた。例えば、1997年10月5日付英字紙では、「お母さんたちは墜ちていく、成績を上げるために!」と題された記事が掲載されており、この記事には「『受験生』バカ母SEX献身の実例」と日本語のタイトルも記載されているほか、日本人名の署名が入っている。内容は、成績を上げるために勉強前に息子の性処理をする母親がいるというもので、02年にニュースサイトで外国人記者の署名入りで配信された記事と同じものだ。

   2000年1月16日に掲載された「金欠かい?ヘイ、君のフォークをいつでも売り歩けるよ」という記事では、男性が性風俗でお金を稼ぐ方法について雑誌記事を参考に紹介されている。また、2000年1月9日には「ポケモンの意味は勃起した男性器だった!!」、2001年1月7日には「関西発パーキングエリアで一発『トラックヘルスの快感プレイ』」と題された記事が掲載されている。

   毎日新聞社社長室広報担当はJ-CASTニュースに対し、英語版ニュースサイトの「WaiWai」は、2001年3月の英字紙の休刊にともなって掲載されたものであると説明した上で、

    「7月20日付の検証紙面は、国内外に不適切な記事を発信した英文サイト上のコラムについての報告を中心に、英字紙時代のコラムについても、(1)国内の週刊誌や月刊誌の記事を引用しながら、日本の社会や風俗の一端を紹介する狙いだった(2)性に関する話題なども掲載され、編集者が表現を和らげるよう指摘することもあった(3)毎日新聞本紙のような綿密なチェックは行われていなかった――と同検証記事において既に言及しています。詳細は検証紙面をお読み下さい」

と書面で回答してきた。

   確かに検証記事では、毎日新聞社が言うような内容のくだりは存在しているが、英語版サイトと同様に英字紙でも不適切な記事が多数あったとの説明はない。また、検証記事ではニュースサイト編集長の肩書きを持つ外国人記者1人がニュースサイトの不適切な記事を執筆していたことが要因としてクローズアップされているが、英字紙では複数の外国人記者や、日本人と思われる記者によって執筆されていた。

   検証記事では、

   

「スタッフは外国人のみで日本人の視点が欠けていた」

   「ウェブに移行した時、海外も含めた社外に英文で情報を発信することの重要さについての認識が社全体に足りなかったことも指摘せざるを得ない」

などと今回の問題の要因を分析している。しかし、実際はサイト掲載より以前から「紙媒体」で行われていたこと、英字新聞では日本人と見られる記者も執筆していることなど、ネットとは関係なく「不適切記事」を流していたのは明白で、背景には根深いものがありそうだ。

「新小児科医のつぶやき」でも実にキレイに経過をまとめているのですが、末尾のこの部分がまさに今回の毎日捏造問題の本質を言い当ててるといって良いでしょう。

毎日変態記事問題の新たな火種

今回の新たな事実の発掘により、毎日新聞は姑息な隠蔽工作を施した公式謝罪を行った事が判明しました。毎日が変態記事問題について行った対応は、

     第一段階:不祥事発覚
      第二段階:関係者の処分と謝罪広告
      第三段階:姑息な隠蔽工作が発覚

どこかで読んだ事があるパターンと思いませんか。こういう行為を取った企業、記憶に残るところでは雪印、不二家、船場吉兆は、毎日新聞も含むマスコミのバッシングの嵐の中で消滅しました。とくに第三段階の「姑息な隠蔽工作」が発覚した時のバッシングは壮絶でした。まさしく息の根を止めるまでの波状攻撃が執拗に行なわれています。

波状攻撃の一翼を担った毎日新聞は綺麗にこの泥沼パターンを踏んでいます。他の企業と違うのは、マスコミ同士の麗しい身内愛により同業他社の波状攻撃が無い事です。このマスコミの身内愛に守られて「人の噂も75日作戦」でダンマリのようですが、事態は噂として風化する段階から、事件として人の心に刻み込まれる段階に達しています。ここまでくれば毎日新聞にとって究極の切り札と言える「社長退任」さえインパクトが薄れ、「今さらどうした」の批判は確実に渦巻きます。

おそらく自社記事に書いてある「企業防衛のイロハ」でも読まれることをせめて勧めながら、末路を見つめていたいと思います。

ところで前回の追記で書きました「毎日.jp閉鎖?!」のニュースですが、毎日新聞側では事実無根として報道元のテクノバーンに抗議のファックスを送りつけてきたそうです。

毎日新聞が本誌に厳重抗議、「毎日jp」の閉鎖報道は事実無根と反論

毎日新聞は13日、本誌12日付け記事「毎日新聞、反発を受けてオンライン版『毎日jp』の閉鎖を検討」と題した記事に関して抗議と訂正を求める書簡をテクノバーンに送付した。

 書簡の中で毎日新聞は「『毎日jp』を閉鎖する予定もなければ、閉鎖を検討した事実もありません。『毎日新聞の営業関係者』が誰を指すかは不明ですが、社内で取材の応じた者はおらず、事実無根の記事で、業務に多大な支障が出ています。記事掲載にあたり、取材もありませんでした。(中略)繰り返しになりますが、昨日以来、事実無根のこの報道のために振り回され、業務に支障がでています」と述べて、「毎日jp」の閉鎖報道を真っ向から否定した。

結局やめるのかやめないのかどっちなんだ?!ということなんですが、「探偵ファイル」ではもう少し詳しい話があります。

毎日新聞 web 版が終了?情報錯綜で大混乱

閉鎖についての情報が流れた12日には、2ちゃんねるに投稿された内容が注目を集めた。「提携先であるYが来春、ニュースサイトの全面リニューアルを行うのに合わせて、ニュース記事を原則毎日のものにするため、自前でのサイト運営は必要ないと判断した」との書き込みだ。

「今、毎日の役員とsonは水面下で交渉していて、ほぼ同意している状況」との記述もあり、「Y」はyahoo!を指しているようだ。この書き込みの真偽について多くの議論が展開され、引き続き注目を集めている。ちなみに、「whois.jp」で「mainichi.jp」を検索すると、「Name Server」欄に「yahoo.co.jp」と出てくることは確かだ。

なんだ、やっぱりやめるのが既定路線ですか。すでにMSNとも縁切られている毎日さんですが、yahooと組めるなら問題ないということなんでしょうか?
しかしいくらネット嫌いの毎日とはいえ、今どきこうやってネット上の発信源をどんどん潰してしまって未来はあるのかと人事ながら心配になるのですが。
ところでですね、前述のテクノバーン宛の抗議ファックスでこんな話があります(現在削除されてしまったようです)。事実であるならもはやネタ提供元としては神レベルとしか思えない話なんですが(苦笑)。

毎日新聞による抗議文は弊社、テクノバーン宛てにファックスで(タイムスタンプは8月13日16:00)で送信されてきたものとなります。しかし、実際には抗議文は毎日新聞社側のミスにより弊社とは関係のない他社宛て送信、この他社のご好意により弊社宛に再送されてきたものとなります。毎日新聞社側のミスとはいえ、ファックスの取次ぎをしていただいた他社におかれましてはご迷惑をおかけいたしましたことをここに謹んでお詫びいたします。

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2008年8月14日 (木)

【医療崩壊番外編】 8月20日は何の日? その二

前回の「【医療崩壊番外編】 8月20日は何の日? その一」に続いて、今回は裁判の流れを中心にしてこの事件の問題点を探っていきたいと思います。

双方の主張が整理されもはや判決を待つのみとなった現時点において、医療界では起訴自体が間違いだったのではないかという声がますます大きくなってきています。
公判を通じて検察側が自らの主張を裏付ける根拠を提出できずに終わったように見えること、そして何より加藤医師の行った処置が医学的に間違ったものとは思えないことがその大きな理由ではないでしょうか。
結果として死亡という不幸な転機をたどったにせよ、一介の臨床医が当たり前に診療を行っている中で罪に問われる、それが医療を為す上で持つ意味は決して小さなものではないし、そんな不当な仕打ちを見過ごしに出来るほど悟りきっている医療従事者ばかりでもないということでしょう。

大野病院事件以前にも、主に頻発する医療訴訟と俗に言うトンデモ判決の分析を通じてですが、医学的な意味での正しさと司法的な意味での正しさは全く別物であると言う認識は徐々に広がってきてはいました。
近ごろでは”EBM=Evidence Based Medicine(医学的な根拠に基づく医療)”をもじって”JBM=Judgement Based Medicine(司法の判例に基づく医療)”などと言う言葉があるほどで、この点はまた改めて論じていかなければならない重要なポイントです。
しかしながら今回の場合、どうもあちこちで法曹関係者の話を聞く限りにおいても、医学的のみならず司法的にもちょっと無理目な話だったのではないかという印象を受けています。
たとえば検察出身の弁護士としてネット上でもつとに有名なモトケン氏は自ブログにおいてこのように述べています。

大野病院事件問題と検察審査会

 福島地検が大野病院事件をなぜ起訴したのかについて考えてみたのですが、いくつかの要因があるにせよ、被害者側の処罰感情の厳しさから見て、不起訴処分にした場合は検察審査会への申立がほぼ確実なものとして予想され、検察審査会が本件を見た場合、不起訴処分に異議があると判断する可能性があると福島地検が考えたことが、本件起訴の大きな要因になっていると想像されます。
(中略)
 誰が見ても起訴できない、またはすべきでない事案であれば、毅然として不起訴にすればいいのですが、業務上過失致死傷罪は、素人感覚的にはプロがやっているのに死傷の結果が出たということはどこかにミスがあったのではないか、という感覚的判断が生じやすい、と検察庁でも考えますので、検察審査会に不服申立された場合の検察審査員の素人感覚を考えますと、検察としてはなかなか不起訴にしにくいのです。

大野病院事件は、病院側と被害者側とで示談が成立していれば、絶対と言っていいほど起訴はなかった事案だと思います。
 示談が成立したということは、被害者側からの検察審査会への不服申立の可能性がなくなったということを意味しますので、安心して不起訴にできるからです。

 しかし、示談の見込みがない以上、検察としては、不起訴にして検察審査会で「不起訴不当」や「起訴相当」の議決が出るリスクを負うか、積極証拠を集めて起訴してしまうか、という二者択一を迫られることになります。
 起訴したとしても、公判で否認されれば検察としてはそれなりに手間がかかるのですが、当時の福島地検が、「検察審査会から文句をつけられるより、起訴してしまったほうが面倒くさくなくていい、と思ったのではなかろうか、というのが私の憶測の中に一つの可能性としてあります。

もちろん検察内部で起訴に至る様々な要因があったにせよ、まるきり起訴しても有罪は無理という状況でなら幾ら何でも検察も負け戦をしかけるとも思えません。
そこで何が彼らの背中を押したのかと考えていく上で、前回紹介した記事中の一文が大きな意味を持ってくるわけです。

帝王切開で出血死、福島県立病院の医師逮捕

医療ミスは、05年になって発覚。専門医らが調査した結果、県と病院側はミスを認めて遺族に謝罪。加藤容疑者は減給1か月の処分となった。

裁判を通じて一貫して加藤医師側はミスはなかったと主張していますが、一方で当初患者が亡くなった段階では病院はミスを認めて謝罪までしている。
一体これはどうなっているんだと思うところですが、当の加藤医師の所属医局である福島県立医大産科の佐藤章教授がこの謎解きをしてくれています。

福島県立大野病院の医師逮捕は不当(福島県立医大産婦人科教授 佐藤章氏)

 患者の死亡後、県の医療事故調査委員会が設置され、当大学出身者以外も含め、3人の医師による報告書が2005年3月にまとめられた。今回の逮捕・起訴の発端が、この報告書だ。県の意向が反映されたと推測されるが、「○○すればよかった」など、「ミスがあった」と受け取られかねない記載があった。私はこれを見たとき、訂正を求めたが、県からは「こう書かないと賠償金は出ない」との答えだった。裁判に発展するのを嫌ったのか、示談で済ませたいという意向がうかがえた。私は、争うなら争い、法廷の場で真実を明らかにすべきだと訴えたが、受け入れられなかった。さすがにこの時、「逮捕」という言葉は頭になかったが、強く主張していれば、今のような事態にならなかったかもしれないと悔やんでいる。加藤医師は、報告書がまとまった後に、県による行政処分(減給処分)を受けた。

要するに加藤医師側としては患者遺族のためによかれと思って受け入れた自らの過失を認める報告書が、回り回って自分の首を絞めることになったということです。
実のところこの種の問題は大野事件に限った話ではなく、医療過誤に関わる賠償金・補償金の支払いについては何かしらミスがあった、裁判で負けたといった事情でもなければ極めて支払いが渋いとは以前から言われています。
ほとんどの場合に賠償金・補償金は保険または自治体予算から出るわけですが、例えば医師はミスを認めお金で償う意志があり患者側も金銭的補償を受けることで納得している、しかし現実にお金が出ないために敢えて双方とも望まない民事訴訟に持ち込まざるを得ないという場合もあるとか。
保険会社にすればミスもないのに金を出したくはないでしょうし、自治体にすれば予算を組むにも議会が納得する理由がいるという事情は理解できますし、こうした支払い抑制によって日本の医師賠償保険料が米国と比較すれば極めて低額に抑えられてきたという一面でのメリットもあったのは事実でしょう。
しかし医療過誤問題がこれほど大きな問題となってきている現在、果たして時代に即したシステムなのかと言う点はもう一度考え直してみるべきではないでしょうか?

実際の裁判の様子については幾つかのサイトにおいて傍聴記が公開されていますが、ここでは「周産期医療の崩壊をくい止める会」「ロハスメディカルブログ」の二つを紹介しておきたいと思います。

周産期医療の崩壊をくい止める会ホームページ

福島県立大野病院事件公判傍聴記(全)

多くの医療系ブログでは法律的知識に乏しくその方面での考察が至らない点は仕方がないところですが、少なくとも傍聴記から医学的に見る限りにおいて検察の主張には特記すべきものが見られませんし、公平に見て加藤医師に罪に問われるほどの過失もないようです(むろん、民事上の賠償責任云々は別問題として)。
特に問題とするべきは検察の主張の根拠が学生の教科書レベルの文献を別とすれば、たった一人の検察側鑑定医の意見にほぼ全面的に依存しているように見えることです。
無論、そのたった一人の鑑定医が誰の目から見ても間違いないと言えるほどの人物であればまだしもなのですが…
ともかく、この鑑定医こそが他ならぬ新潟大医学部産婦人科の田中憲一教授であって、この訴訟を通じて産婦人科医以外にも広くその名を轟かせることになった方なのです(それが良いことなのかどうかは別ですが)。
以下に「周産期医療の崩壊をくい止める会」の傍聴記から断片的に引用しますが、この第六回公判における田中教授の証言自体がこの人物の立ち位置を明確にしていると言えるでしょう。

第六回公判 傍聴記(文中の「証人」が田中教授の発言です)

【以下、検察側主尋問より抜粋】

検察1: 産科婦人科にはどのような専門がありますか
証人: 周産期、腫瘍、生殖、婦人科内分泌の4つです
検察1: 証人の専門は
証人: 腫瘍
検察1: 先生はお産を取り扱ったことはありますか
証人: はい。T赤十字病院と厚生連M病院に勤めていた頃に扱いました
検察1: それはいつ頃ですか
証人: 昭和47~50年10月

**************************************

検察1: 平成16年12月17日、大野病院における帝王切開手術について、福島県の警察から本件の鑑定を依頼された経緯については
証人: 富岡警察の刑事さんが来られて、依頼されました
検察1: なぜ証人が鑑定人に選ばれたと認識していますか
証人: 「過去の鑑定で立派なものがあった」「鑑定で困っているのでお願いした」と言われました
検察1: どういう事例か、依頼されたときに聞いていましたか
証人: 帝王切開の際に亡くなった妊婦の死因について
検察1: (聞き取れず)
証人: 周産期の専門ではなく産婦人科一般の専門医の知識でしか鑑定できないが、それでよろしいかと聞いたが、警察は「お願いしたい」ということでした

**************************************

検察1: 証人自身の癒着胎盤症例の経験は
証人: 正確に覚えているのは1例。なりたての頃にもう1例あったかと思うが、はっきりと覚えていません
検察1: どのように関わられたのですか
証人: 帝王切開の第2助手か第3助手として、それから術後管理を
検察1: いつ頃ですか
証人: 昭和52年か53年

**************************************

【以下、弁護側反対尋問より抜粋】

弁護1: 先生のご専門は婦人科腫瘍ということですが
証人: はい
弁護1: 経歴では、当初産科もおやりになった。その後は、婦人科腫瘍、研究あるいは医療に携わっていたと。
証人: はい
(中略)
弁護1: 本件は全前置胎盤?の患者さんで、帝王切開を行ったところ、癒着胎盤があったという事案ですね
証人: はい
弁護1: いずれも周産期医療に属する事柄ですが、婦人科腫瘍の専門家である先生が、専門外の事柄でなぜ鑑定書を書かれたのですか
証人: 警察に依頼されたからです。
(中略)
弁護1: 周産期医療に関することで、産婦人科の専門医の知識で書くということについて、先生は言われたということですが、それに対して警察官は何も言いませんでしたか
証人: 言っていませんでした。
弁護1: わが国の周産期の専門家で、先生が信頼をおく方にはどういう方がいらっしゃいますか
証人: 名前を挙げるということですか
弁護1: はい
証人: 東北大学の岡村教授、福島県立医大の佐藤教授、北里大学の海野教授、昭和大学の岡井教授、名誉教授ですが大阪大学の村田名誉教授、九州大学の中野名誉教授、宮崎大学の池ノ上教授です。
弁護1: 本件についてそのような方が鑑定書を書くのがより適切だとお考えになりますか
証人: そう思います
弁護1: 先生が名前を挙げた、東北大学の岡村先生、宮崎大学の池ノ上先生には、弁護側の意見書作成をしていただいているが、証人はご存じですか
証人: いいえ

**************************************

弁護1: 癒着胎盤で、先生が臨床現場で癒着胎盤の患者さんを実際に見られたのは一回あると言われましたね
証人; 明らかに思い出すのは一回です。
弁護1: 昭和何年ですか
証人: 昭和52~53年か
弁護1: 今から三十数年前ですね。
証人: そうですね
弁護1: 先生が医者になってまもなくですか
証人: まもなくでもないですよ。5年くらいです。
弁護1: 癒着胎盤の患者を臨床の現場でみたのは、それ1回ですか
証人: 診療にたずさわったのは、その1回です。
(中略)
弁護1: 先生は、第二助手か第三助手でしたか
証人: そうです
(中略)
弁護1: 先生は具体的に施術中に何をされましたか
証人: 執刀医や第一助手の手術がうまくいくように介助する。
弁護1: 具体的にはどのようなことをしましたか
証人: 出血をガーゼで拭いたり子宮を押さえたりしました
(中略)
弁護1: それが先生が自分で経験された癒着胎盤の例ですね。先生は癒着した胎盤を自分の手で剥離した経験ないんですね。
証人: ありません

**************************************

弁護1: さらに、12月6日の後でも、帝王切開術の直前にエコーによる検査をしたほうがよい、とそう証言されましたね
証人: はい
弁護1: 12月13日にも超音波検査をされていますが、ご存知ですか
証人: はい
弁護1: 3日、6日、13日。すると、直前にやったほうがいいというのは、13日は経腹でやっていますから、13日も経膣でやったほうがいいということですか
証人: そうではなくて、13日には所見の記載がなかったので、どのような検査やったかわからないと。推定体重しか書いていなかったので。
弁護1: 当然術者は、推定体重をみるだけではなくて、超音波をやる中でいろいろなことをやっているのではないですか
証人: 私は当事者でないのでわかりません
弁護1: 直前にやったほうがいいという超音波検査は、経膣ですか、経腹ですか
証人: どちらでもいいと思います
弁護1: どちらでもいい! この全前置胎盤?について、娩出の直前に経膣の超音波検査をやると、出血を引き起こす危険があるといわれているのをご存知ですか
証人: そうも言われています

**************************************

弁護1: 先生は、胎盤が前回の帝王切開創にかかっている所見があると、鑑定書にお書きになっていますが、所見とは何ですか
証人: それは、S先生の鑑定です。加藤先生の供述調書も参考にしました
弁護1: 加藤医師は、供述でどういうことを言っていますか
証人: 隣の町の先生に応援を頼む電話をしたときの内容に、前回帝王切開創にかかっている、と聞いたように思う
弁護1: 加藤先生は、先輩である双葉厚生病院のK先生に応援を依頼するにあたって、たいしたことがないのに依頼するのは失礼だから、自分では、胎盤が前回の帝王切開創にかかっていないと思ったが、かかっているかもしれない、というふうに電話をしたと言っていますが、そのことは先生はお聞きになったことがありますか
(中略)
証人: 私は与えられた資料だけを参考にしました
弁護1: 聞いていない、ということですね。病理鑑定をした、S証人が、今回の帝王切開創にかかっていたという、捜査段階での供述を、この法廷で、かかっていなかったと変更しているが、先ほどの鑑定書は胎盤が今回の帝王切開層にかかっていることを前提に書かれたものですか。S先生の前の供述やなんかを参考に書かれた、そのままということですか
(中略)
弁護1: S証人は胎盤が今回帝王切開創にかかっていたという捜査段階の供述を、この法廷ではかかっていなかったと変更していますが、先生の鑑定書は変更前の段階のままですか
証人: そうです

何と言いますか…鑑定医というものがなかなかなり手がなくて検察にしろ弁護士にしろ苦労していると言う話をよく聞くわけですが、こういう法廷での実際を目の当たりにすると別な意味で鑑定医のなり手がますます減ってしまいそうな気もするのですが。
素朴な疑問として皆さんが加藤医師と同じ立場で被告人席に座っていたとしましょう、この田中教授の鑑定一つで仮に有罪判決が下ったとして…納得できますか?
もちろん鑑定医不足は医療訴訟に関わる大きな問題であり、そもそもまともな周産期医療の専門家が最初から鑑定を為していればと考えた場合に、専門外の鑑定を半ば強要された形となった田中教授も内心で思うところが多々あったとは思いますが…

この回の公判に限らず法廷でのやり取りの実際をみて思うのは、検察が臍帯を靱帯と混同するような初歩的なレベルの間違いを数多く繰り返しているのに対して、加藤医師の側に立つ弁護士は実によく勉強をしてするどい追求をしているように見える点でしょうか。
数多のトンデモ判決と言われるような医療過誤民事訴訟の中にも、どうも弁護のやり方自体に失敗しているのではないかと疑わざるを得ないような例が過去にも何度か言われていましたから、加藤医師はよい弁護士に恵まれたんじゃないかと思いますね。
弁護士も商売ですから結果がどうといった業務成績も重要視されるのかも知れませんが、目の前でこういう熱心な姿を見せてもらえれば弁護される側としても勝ち負け抜きに納得できる部分もあるのではないでしょうか?いやまあ、むろん負けるよりは勝つに越したことはないですけれども(苦笑)。
この弁護士の選任の問題も鑑定医の件と共に、今後ますます増加するだろう医療訴訟問題を考えていく上でもう一度よく考えていかなければならない点ですね。

これ以降の公判でも検察側は、少なくとも医学的視点から評価するならば目立った得点を挙げることが出来ないまま結審に至っているように見えます。
業務上過失致死については救命が困難な極めてレアなケースだったと言う専門家の意見がついていますし、届出義務違反についてはそもそも届出の義務を負うべき院長自身が届出無用との判断を下したことが明らかになっています。
もちろん「こうした難しい症例である可能性は予測できたはずで、そもそも大野病院で扱うべきではなかったのだ」という考え方は有りだとは思うし、むしろ個人的にはそういう方向でガンガン検察に攻めてきてもらえれば色々と有意義な結論も得られていたんじゃないかなと期待していたのですが…彼らも決してまるきりの馬鹿ではなかったということなのでしょうね。
いずれにしても司法の場での判断は医学的なそれとは異なるものですから、現段階で判決の行方がどうなるかを医療側から予測することは無益というよりは危険でしょう。
そうではあっても、少なくとも加藤医師が医療という面で決して間違ったことをしてはいなかったのだと明らかになったことは、この裁判を通じて得られた最大の成果の一つと言ってもいいかも知れません。

ところで、法的なシステムにのっとって考えれば裁判となることは仕方がないことであって、堂々と戦って無罪判決を勝ち取ればよいのだという意見もありますがどうでしょうか?
自分自身は過激な医療刑事免責論者ではないですし、純粋に法的見地からすればそういう解釈になるのかも知れませんが、現場の医療関係者としてはたとえ無罪判決が下ったとしても「冗談じゃないよ!」といったあたりが本音ではないでしょうか。
無罪というお墨付きを得ることで加藤医師の名誉回復は歓迎されるとしても、医療対司法という関係は今後決して元と同じものに戻るということはないでしょうしね。
また日本の検察の検挙有罪率は99.8%と国際的に見ても極めて高いそうですが、逆に無罪となってしまった場合の担当検察官は内部評価的に極めて厳しいものになるという噂も聞きます(件の片岡検事は公判途中に千葉にご栄転なされたそうですが…)。
もちろん地検とすれば職務を遂行しただけで誰恥じるところもないと言う気持ちもあるでしょうが、現実問題として医療業からは今までに倍する非難の声が福島地検に寄せられるでしょうし、程なく市民からの怨恨の声もそれに続くことになるやも知れないわけです。
どんな判決になったとしても、起訴された時点でこの事件と福島地検の名が未来永劫語り継がれるべきものになったことだけは間違いがないでしょう。

全国の医師達が見守るこの訴訟で一つ良い面があったとすれば、今まで縁遠かった検察とはどんな組織であるか多くの医療関係者にも感覚的に理解できるようになったということだったのではないでしょうか。
臍帯と靱帯の区別もつかないとか、カラードップラーの画像を白黒コピーして所見を読んでみろと言ってみたりとか、医学的根拠なるものがSTEP産科学などという国試向けのアンチョコ本だったりだとか(これについては噂、ですけれども)、検察に対する突っ込み所が多すぎてどこから突っ込んでよいものやら迷うような状態なんですよ。
そんなレベルの仕事をしている人たちが自分は安全な場所にいて、極限状態の中で精一杯の仕事をした他人に向かって「一か八かでやってもらっては困る」などとお気楽に非難していると、そう見ている人も確実にいるわけです。
判決の如何に関わらず医療関係者の間で検察、ひいては司法に対する信頼というものが回復することは当分ないでしょうし、これ以降の防衛医療やJBM、あるいは医療事故調といった議論においても今後はそこが出発点になってくることでしょう。

その意味で大野病院事件は判決が下る以前の段階にして既に一罰百壊の効果があったことは確かでしょうね。


もしかすると次回へ続く、かも…?

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2008年8月13日 (水)

【医療崩壊番外編】 8月20日は何の日? その一

前回の「救急医療、崩壊!? その四」の続きを書く予定だったのですが、時期的な問題もありまして今回は少し別な話になってしまいました。

のっけからいきなり疑問文で始まった今回ですが、さて皆さんは「平成20年8月20日」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?
五輪あたりで何かしらがあるのかも知れませんが、不肖管理人はそのあたりのスケジュールの詳細を知りませんのでコメントは差し控えます(汗)。
それはさておき、今回是非とも取り上げたいのはまさにこの8月20日に刑事裁判の判決が予定されている「大野病院事件」についてなのですね。
医療界のニュースに多少なりとも関心がある人であれば知らぬ者はないとまで言われるこの事件、まずは二年あまり前の第一報から振り返ってみましょう。

帝王切開で出血死、福島県立病院の医師逮捕

 福島県警富岡署は18日、同県大熊町、県立大野病院の産婦人科医師加藤克彦容疑者(38)(大熊町下野上)を業務上過失致死と医師法(異状死体の届け出義務)違反の疑いで逮捕した。

 医師が届け出義務違反で逮捕されるのは異例。

 調べによると、加藤容疑者は2004年12月17日、同県内の女性(当時29歳)の帝王切開手術を執刀した際、大量出血のある恐れを認識しながら十分な検査などをせず、胎盤を子宮からはがして大量出血で死亡させた疑い。また、医師法で定められた24時間以内の所轄警察署への届け出をしなかった疑い。胎児は無事だった。

 医療ミスは、05年になって発覚。専門医らが調査した結果、県と病院側はミスを認めて遺族に謝罪。加藤容疑者は減給1か月の処分となった。
(2006年2月18日  読売新聞)

業務上過失致死および医師法(異状死体の届出義務)違反の疑いで逮捕したという点と、最後の一文「専門医らが調査した結果、県と病院側はミスを認めて遺族に謝罪」という点について留意ください。

その後今日に至るまで公判等も含めて、この事件について極めて多くの情報が集積されてきました。
事件の経緯についてはあちこちのサイトでまとめられていますが、ここでは代表的な二つを紹介させていただきたいと思います。
まずはいつも大胆なプレゼンテーションで医療問題にするどく切り込んでいらっしゃる農家こうめさんのサイトから非専門家視点でのまとめを。

☆医療問題を注視しる!その3 大野病院事件☆

そしてもう一つはかの高名なるサイト「ある産婦人科医のひとりごと」から、少しチェックが大変なのですが専門家の視点から極めて詳細な一連の記事を。

福島県立大野病院の医師逮捕事件について(自ブロク内リンク集)

さて、現場で診療に従事する臨床医の逮捕というキャッチーなネタだったためか、この事件は当初からマスコミ各社の注目を集めました。
福島県警にとってもこの逮捕はよほど誇らしい出来事だったのか、マスコミ各社の居並ぶ中を診療に従事していた加藤医師を連行するという華々しい逮捕劇が繰り広げられ、実際に捜査にあたった富岡署にはこの一件によって福島県警本部長賞が贈られているほどです。
しかし何よりもこの逮捕は全国の医師達の注目を集めることただごとではなく、産科以外の他診療科も含めた多数の医師団体から相次いで抗議声明が表明されるという異例の事態となったことに注目しなければなりません。
ブログや2ch等での反共も極めて大きく、集められた抗議の署名はわずか一週間で六千を超え、ネットと実社会とを問わず加藤医師支援のための運動が広がりました。

こうした過程で幾つかの興味深い現象が発生してきています。
まず一点として、マスコミの報道が次第に当初のものから変化してきたということです。
まさしくこの事件も一つの大きな契機として医療崩壊という現象が表面化してきたとも言えるわけですが、ちょうど社会的に医療崩壊が注目されはじめた中で改めてこの事件の存在感というものがクローズアップされるようにもなってきたと言うことです。
たとえば最初期の報道から眺めていきますと、医療界の広範かつ迅速な反応を報じる一方で検察の反論や検察批判に対する逆批判的な声も結構取り上げられていて、このあたりは奈良・大淀病院事件などと少なからず共通するものを感じます。

(上)医療ミスか難症例か (2006年3月11日)

 一方、事故調査委員会が「癒着胎盤の無理なはく離」を事故の要因の一つとし、医療ミスと認定しているのは明白な事実。「医療事故情報センター」(名古屋市)理事長の柴田義朗弁護士は「あまり情報がないまま、医者の逮捕はけしからんという意識に基づく行動という気はする」と指摘する。

 片岡康夫・福島地検次席検事は10日、逮捕や起訴の理由について説明し、「はがせない胎盤を無理にはがして大量出血した」とした上で、「いちかばちかでやってもらっては困る。加藤医師の判断ミス」と明言。手術前の準備についても「大量出血した場合の(血液の)準備もなされていなかった」と指摘した。

この「いちかばちかでやってもらっては困る」の名言で一躍全国区の人気者となった片岡康夫検事の活躍もあって、その後の医療界はますますヒートアップし加藤医師支援活動を活発化させていくことになるのですね。
なにしろ全国の医師団体が一斉に立ち上がるということ自体ちょっと前例のない異例の事態ではあるわけで、マスコミとすればネタになるから報道する、そして報道するために更なるネタを探すことになるわけです。
その結果としてでしょうか、「あれ?何かちょっといつもの医療ミスとは違うんじゃないの?」といった空気が次第にマスゴミ内部にも広がっていったことが、当時の報道を追っていた我々外野からも推察されたものでした。
なにしろ普段は一方的な医療バッシングが三度の飯より大好きなワイドショーですらいつの間にか「いや実はこの事件はですね」などとしたり顔で語り始める始末。
そもそもこうした事件で医療側の声が取り上げられるということ自体がこれまでは極めてまれであったわけで、ついには「黒岩祐治のメディカルリポート」のような自己批判的な報道まで登場したことについてはまさに隔世の感がありました。

検証!医療報道の光と影2~大野病院妊婦事件 メディアの功罪 ( その1 / その2 / その3 )

そしてもう一点の興味深い現象ですが、このマスコミ報道の変化とも関連してか、医療の受益者たる市民の間で医療崩壊、特に産科医療崩壊への関心が高まり始めたことです。

これには二つの面があって、一方では「自分たちの医療は自分たち自身で守る」という市民運動的な側面が一つ。
これにはたとえば「周産期医療の崩壊をくい止める会」に代表されるような医療関係者主体の組織が先頭に立って、熱心に旗振りを始めたという点も確かに一つの理由ではあったでしょう。
しかし実際問題として全国的にお産を扱う医療機関が雪崩を打ったような減少傾向を示す中で、ついに市民の間にも危機感を覚える者が出始めたとい点も決して見逃すことはできません。
皮肉な言い方をするならば、医療崩壊という現象はまさにその最大のターニングポイントを通り過ぎた瞬間から、医療関係者と市民、さらにはマスコミ、政治家といった諸集団が等しく危機感を共有する問題となったとも言えるかも知れません。

市民の関心の高まりと言う点でもう一つの変化は、残念ながら必ずしもポジティブなものではないかも知れません。
この一例としてここでは利用者参加型のオンライン辞書wikipediaにおける編集合戦を取り上げてみたいと思いますが、たとえばこの「医療崩壊」の記事。

医療崩壊@wikipedia

随時書き込み可能であることがウリのwikipediaですが、現在この記事に関しては書き込み禁止となっています。
いったい何があったのかと舞台裏を見てみますと、こんな感じに編集合戦になっていたのですね。

ノート:医療崩壊@wikipedia

ここで名前が出る個人、団体につきましては特にこの場で言及するつもりはありませんし、実際のところその名前通りの存在であるのかどうかすら確認はできません。
しかしながら医療問題を追及していく上で今後もあちこちで目にする機会があるかと思いますので、記憶の片隅にとどめておいていただければと思います。

長くなりましたので今回はこのあたりで終わりにして、近日中に次回に続く予定です。

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2008年8月12日 (火)

毎日新聞捏造記事事件~続報その三

前回の「毎日新聞捏造記事事件~続報その一」「毎日新聞捏造記事事件~続報その二」では毎日新聞と日本ユニセフなる団体との関連について書きました。

今回はまず前回にも出しました佐々木俊尚氏の記事の続報から紹介していきたいと思います。
この記事自体は前回と比べると書けない話が多いということで同氏の推測と考察が主体になっているのですが、中でも留意しておくべき部分を抜粋してみますと、

毎日新聞社内で何が起きているのか(下)

 前回のエントリーでも書いたように、毎日社内にはインターネットに批判的な「ネット君臨派」の人たちがいて、彼らはネットに対しては情報を徹底的に絞るべきだと考えている。「情報統制派」という呼び方をしている人もいる。彼らは「検証紙面以外に情報を出す必要はない。余計な情報を出すと燃料投下になる」と言い続けている。だから社が検証紙面で打ち出したおわび以外に、幹部がインタビューで自分自身の言葉を使い、自分自身の気持ちを率直にしゃべるなどということは、絶対にするべきではないと考えている。彼らの戦略はただひとつだ――余計な情報は出すな、ネットの連中は黙殺しろ

 彼らは前回のエントリーに関しても、「佐々木の記事が新たな燃料投下になった」とカンカンに怒っているらしい。実際、私が前回のエントリーを公開し、その中で「現在は毎日jpへの広告が復活している」という趣旨のことを書いたことで、毎日新聞の広告主に対する電凸が再び行われ、広告は再びストップした。だから彼らは「佐々木は毎日を潰そうとしている」「社内の事情も知らないくせに妄想を書きやがって」と私を激しく非難しており、「誰が情報を佐々木に漏らしているのか」という"犯人"探しも行われているようだ。これらをすべて、私は毎日社内からのメールで知った。

まあ、その…いやしくも大手マスメディアを名乗る企業の実態がこの通りの情報統制団体であるとすれば、それはそれで大きな問題かとは思うわけですが…
さて、そうしたあたりを議論の下敷きにしつつ、7/20に毎日新聞が発表した「おわび」声明文をもう一度見直してみましょう。

英文サイト出直します 経緯を報告しおわびします

 内部調査の結果、問題のコラムは掲載の際にほとんどチェックを受けず、社内でも問題の大きさに気づかずにいたことがわかりました。何度もあった外部からの警告も放置していました。いずれも深刻な失態であり、痛恨の極みです。これに関連して関係者を内規に従い、厳正に処分しました。

 毎日新聞社は紙面の品質を維持するため社内に紙面審査部門を置き、有識者による第三者機関「開かれた新聞」委員会を設置して紙面の質向上に努めてきました。しかし、英文サイトで起きた今回の問題には目が届きませんでした。品質管理の仕組みが不十分でした。海外にニュースを発信する英文サイトの役割について十分な位置付けができていませんでした。

以下ずらずらと内部調査の結果というものが列記されるわけですが、個別の内容は皆さんで確認していただければと思います。
要するに毎日側の主張として、

・web上の英文記事についてはチェック体制が不完全であった
・外国人記者に任せきりにしてしまったことがそもそもの間違いの原因であった

といった塩梅に、担当の外国人の勝手な暴走がこの結果を招いたと受け取れる釈明に終始しているという印象を受ける内容となっています。

さてここで例によって(苦笑)2ch有志の暗躍が始まるわけですが、彼らはわざわざ図書館に出向いて紙媒体の過去記事を調べてきたわけなのですね。
その結果については以下の書き込みと写真が簡潔極まるまとめになっているかと思いますので、そのまま転載します。

【毎日新聞!社内調査の末の検証記事も全てウソだった事が発覚!】
7月20日、毎日新聞紙面に掲載した釈明記事も虚偽の発表であった。
webだけではなく、11年前から英字紙面にて猥褻記事を掲載していた事が発覚した。

【7月20日毎日新聞検証記事における虚偽内容】
×9年前のウェブスタート時から始まった
○いいえ11年前の紙媒体(英字新聞)時代から侮日記事はすでにでかでかと載っていた

×ウェブだからチェック体制が甘かった
○紙媒体上ですでに11年前から日本侮辱記事を垂れ流し

×日本人スタッフが関与していない
○日本人スタッフが3人いた英字新聞時代から日本侮辱記事を垂れ流し

×少数の外人スタッフの暴走
○外人15人、日本人3人という大所帯の英字新聞紙媒体の時代から日本侮辱記事を垂れ流し

×英語だからチェックできなかった
○日本の母親はセックスで息子の成績を上げる、という大きな日本語の説明がついています

↓証拠画像
http://up2.viploader.net/pic3/src/vl2_036537.jpg1
http://up2.viploader.net/pic3/src/vl2_036538.jpg2
http://up2.viploader.net/pic3/src/vl2_036539.jpg3
http://up2.viploader.net/pic3/src/vl2_036540.jpg4
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http://up2.viploader.net/pic3/src/vl2_036542.jpg6

※mixi、ブログ、Youtube、ニコ動画、等への転載を推奨します。
 毎日新聞は再度、検証し紙面上及び記者会見にて謝罪及び再発防止策を発表するべきです。

おわかりでしょうか?
むろんこの話がどこまで事実であるのか、確認し判断するのはネットを見ている皆さん自身に委ねられています
しかしマスコミ諸社をはじめ個人であれ団体であれ必ず留意しておかなければならないことは、現代社会における情報検索能力というものはかつてないほど拡大しているという明白なる事実ではないでしょうか?
かつてはよほどの僥倖に恵まれなければ手に入らなかったような情報が机の前に座ったままで入手できる。
その気になれば図書館や現場に足を運んで確認することも皆で分担すれば以前より格段に行いやすくなった。
つまり、バラバラの個人は情報弱者であり情報の消費者にしか過ぎないなどという神話は今や全く成立しない時代となってきているということです。
このあたりの流れを正しく認識し対応できるかどうかがこれからの情報産業の死命を制する可能性もあるんじゃないかと思いますね。

今回の最後に毎日新聞に送る言葉として、先の佐々木氏の記事からもう一度引用をして終わりたいと思います。

 正しいやり方でまっすぐに情報を提供していけば、いったんは燃え上がるかもしれないけれども、それは否定すべき「炎上」ではない。それらはただ燃え上がらせるための「燃料」ではなく、じっくりと問題を考えてもらうための「燃料」なのだから。そもそも炎上を防いでネットの空間を制御しようという考え方自体が誤っているのであって、ネットの空間を制御することなどできない。私が書いているこのエントリーだって、いつ批判の対象になるかは私にもまったく予想できない。ただ正しいことを書いていれば、誰かが賛同してくれるだろうと信じて書いていくしかない。「燃料投下をやめて情報を絞ろう」「情報を統制してネットが燃え上がらないようにしよう」などとコントロールできると思っているのが大間違いなのだ。

 インターネット時代の危機管理とは、徹底的に情報をオープンにし、発生経緯から事後対応の些細なことまですべてまとめて表に出してしまうことである。ネットという冷酷で、しかし信頼の高い世界では、「内輪だから」「偉いマスコミだから」という理由では、誰も許してはくれない。徹底した情報開示こそが、この信頼世界で生きていく術なのだ。

どんな世界においてもそうであるのと同様に、ネットにおいても「正しい意志に基づく行為が正しい結果をもたらす」などという保証は全くありません。
そうではあっても、少なくとも「ネットになど余計な事は知らせるな!」という姿勢に比べれば佐々木氏のいう情報のオープン化という姿勢の方が、よりネットというものを知っている対処法かなという印象は受けたのですがどうでしょうか?

まあ野次馬的視点からいわせていただければ、毎日新聞さんには是非とも現状の路線を突っ走っていただいて、稀代のネタ提供源として一時代を築いて欲しいという気持ちがないわけでもないのですが(笑)。

【追記】

毎日新聞がオンライン版である「毎日.jp」の閉鎖を検討しているというニュースが出てきました。

これはこれで一つの英断とも言えますが、今の時代ネット上での発信源を無くしたメディアなどと言うものに何かしら存在意義が残るのかどうか…
あるいは名前だけを変えて「心機一転!毎日は再出発します!」なんて冗談みたいな展開になる可能性も…??

毎日新聞、反発を受けてオンライン版「毎日jp」の閉鎖を検討

毎日新聞がオンライン版毎日新聞となる「毎日jp」の閉鎖を検討していることが12日、関係者の証言により明らかとなった。

  オンライン版毎日新聞の英語版コーナー「WaiWai」で事実には反する低俗的な記事を長年に渡って掲載していたことに関連して、ネットを中心とする幅広 い層からの反発が生じていることを受けてのもので、毎日新聞の営業関係者は匿名を条件にインタビュ-に応じて「来春になっても事態が沈静化しない場合は 『毎日jp』そのものを閉鎖することも検討課題に上っている」と述べた。

 ここにきて毎日新聞がオンライン版の閉鎖を検討する状況となっ たのは、「WaiWai」における低俗記事掲載問題の余波が一向に解消する見通しとなっていないことが背景。ネット上の掲示板には「毎日jp」の時事解説 や一般記事が多数、無断で転載されると同時に「毎日新聞が書いても説得力ゼロ」「お前が言うな」といった書き込みが連なる状況が続いており、ネット上の反 毎日的世論を沈静化させるためには「毎日jp」の閉鎖もやむを得ないという声が社内からは上がってきているとしている。

 大した収益を上げていないオンライン事業の不祥事のため、肝心の紙媒体の広告営業にまで大きな影響が生じる事態となっていることなども「毎日jp」の閉鎖論が浮上してきた背景となっているようだ。

  毎日新聞の営業関係者によると、事態が一向に沈静化しないことに関して、ここにきて上層部の間においても問題の余波を懸念する動きが拡大。しかし、6月 28日には社として正式な謝罪を行い、関係者の処分を含む対応策の発表は行ったということもあり、この上、何ができるのか対応策には苦慮しているとしてい る。

 同じ関係者は「WaiWai」の一コーナーの問題がここまで大問題化した背景には反毎日的世論を形成しようとする敵対勢力の存在があるといった陰謀説も社内ではまことしやかに噂されているとも述べた。

  毎日新聞は2004年までは自社サイト上でニュース記事の提供を行ってきたが、黒字化が困難な状況となったことから、2004年4月からはマイクロソフト と提携することによって「msn」のサイト上で、「MSN毎日インタラクティブ」という名称でニュース記事の提供を行う方向に切り替えた。しかし、マイク ロソフトとの蜜月関係もマイクロソフトが産経新聞社との提携に乗り換えたために破綻。昨年、10月からは改めて独自のサイト(毎日jp)に立ち上げてオン ライン事業の再展開を進めていた最中の問題発覚ともなる。

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2008年8月11日 (月)

男子五輪サッカー終戦…

男子サッカー代表の五輪は二試合で終戦になりました。
もちろん最終のオランダ戦はいろいろと学習機会としては得難いチャンスではあるけれど、五輪というチームにとっての本番という点では全くの消化試合。
ずっと見てきたんですが、最後まで強いんだか弱いんだかよく判らないチームという印象が消えなかったですね。
勝っていても安心できないし、負けていても何かしてくれそうな気もする。
娯楽性という点ではあるいは良かったのかも知れませんが、結局のところ本来の目的に対して目立った結果は出せずじまいで終焉を迎えることになってしまったわけで。

しかし今回のチームのこの盛り上がらなさぶりは何なんでしょうね?
谷間世代の何のとさんざんな言われようだった前回アテネの代表と比較してもさらに下回っている感じなんですが。
それはまあ自分としても、前回は菊池がいたし、前田の遼ちゃんもいたし(結局バックアップになったけど)、個人的にお気に入りの今野もいたし。
それに比べて今回のメンバーはまあ、ねえ…近ごろのずびろはまるきり調子でないし仕方はないですが…いやまあ、それは関係ない話ですけれども。

ほんの15年前にはやっとサッカーがメジャースポーツの仲間入りをしたという時代でした。
8年前にはトルシエ監督の元でいわゆる黄金世代が堂々のベスト8進出。
当時はそれはもう注目度も段違いでしたし、負けたら即解任、勝っても解任騒動なんてみんなぴりぴりしてましたね。
LmdTあたりであ~でもないこ~でもないと皆で大騒ぎしてた頃が懐かしいと言いますか…
とにかく今ではあの頃の緊張感なんて全くないし、負けたところで翌日の新聞のスポーツ欄の一角を飾ってハイそれまでよってなものです。

90年代以降の日本サッカーの躍進はもちろんプロリーグのスタートも大きいけれども、地道な若年層の育成システムの成功という面も大きいわけです。
Wユースや五輪という場は、それはもちろんフル代表の本気勝負と100%同じものではないですよ。
けれども逆に言えば、本気勝負のための経験値を積むためにもハンパにやってしまってはいけない、その意味ではアンダー世代にとってはまるきりの真剣勝負の場なのです。
WYにしてもそうですが、勝つことでより強い相手と戦える、勝ち続けることでステップアップできる、その場所においては「自分たちの力は出せた」ことがゴールなのですか?
そういう場で二世代続けて「順当に」負けてしまった、自分たちの力以上の何かを経験する機会を逸してしまった、それが今後の日本サッカー界にとってどれだけの損失か。
それが本当に理解できているのなら協会は「とても残念」なんてぬるいことを言っていないで、自分たちがなぜ監督選びに失敗したのか、次はどうやったら失敗しないですむのかを本気で考えなければならないはずなんですよ。

プロフェッショナルなら選手に対するものと同等以上の厳しい視線を、監督の業務にも向け続けていてしかるべきであって、本来それは監督選任者たる協会の最も重要な仕事の一つであるはずです。
もちろん若年層は育成中心というのは一般論として間違っていないと思うけれども、プロとして一番本気になるべき大会で結果を追求しなくていいなんて話はないですよ。
どうも近ごろのアンダー代表監督が負けることにあまりにも淡泊な気がしてならないんです。
あるいは協会側の視点で見れば、監督として勝とうが負けようが幾らでも逃げ場のある選任ばかりになっていると言うべきでしょうか。

反町は個人的にけっこう評価しているんですが、それは彼のやり方にはロジカルな思考の積み重ねが見えるからであって、決して論理を越えたところに真価を発揮する博打打ちタイプじゃないと思っています。
選手が試合に出て名を売って初めて移籍市場に道が開けてくるのと同様に、本来はプロの監督だって実績を積み上げることで初めて飯が食えるはずなのです。
しかしこのところのアンダー代表監督で、そういうギラギラした野心一杯の目をした人材がいたかどうか?
妙に教育者然とした監督さんが「選手はやるべきことをやった。全く悔いはない」で終わり、それが許されるのはあくまでアマチュアまででしょう?

実のところこうした協会に対する危惧は今に始まったことでもないし、アンダー代表監督に限ったことでもありません。
トルシエ退任後、協会はろくにその総括もしないまま漫然とジーコを選び大失敗しました。
そしてジーコ退任後も全く同じ態度で何らの総括もエヴェィデンスもないままオシムを(個人的には当時限りなくベストに近いベターだったとは思っていますが)選んだ。
そしてその後任にもまた同じように何の根拠もなく岡田を…別に岡田が悪い監督とは言いませんが、何故岡田なのかという点は何一つ見えてこないですよ。
まあ長年の老害が一つ消えたようですから、今後は早○田閥がどうだのという馬鹿げた話は消えて無くなることを期待していますけれども…

とにかく選手がよく頑張っているところが見えるだけに、何とももったいなかったなという印象が残った敗戦でしたが、そこから協会がどんな総括をしてどういう解答を我々の前に提示するのか?
次の監督選びでそのあたりをじっくりと見させていただかなければならないかなと思っているわけです。

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2008年8月10日 (日)

今日のぐり「酔鯨亭」

高知ではよさこいが始まりました。
愛宕町界隈で眺めていたのですが、線路が高架になると列車がくるたびにぶつ切れにならなくて済むのがいいですよね。

今日のぐり「酔鯨亭」

この店は高知の感覚からすると割合高めの価格帯に思うのですが、年中いつでも鰹と鯨が食べられる点は重宝しています。
例によって鰹と鯨を中心にもろもろを注文しました。
当然のように(笑)個人的好みでウツボの唐揚げも入っています。

前回の訪問時は初鰹の季節だったわけですが、身肉にかなり味が乗ってきたなと感じましたね。
高知界隈ですと戻り鰹のピークまでもう少しというところでしょうか。
土佐次郎の卵焼きは初めて食べたのですが、卵自体は良いとしても料理にもう一歩の工夫を要する気がします。
あと鯨料理はどれも定番の味という感じで悪くないんですけど、ステーキと称するなら焼き加減はもう少し気を使ってもいいかなと。

前回も食べてもう少し…と思った鰹茶漬けですが、今回は少し良い方向にスープと調味料のバランスが改善された印象を受けました(単なる日差ですか?)。
鰹自体がそこそこ癖のある味なこともあって好みは別れそうですが、今回くらいの味であれば自分としては悪くないですね。
ただどうなんでしょう?このスープならいっそお茶漬けにこだわらず雑炊という方向に行った方がいいのかなという気もしないでもないんですが…

あと接遇面で、この店は基本的にそこそこ気がつくフロア係だと思っているんですが、今回は多忙故か?客を見ていなかったりオーダーミスまがいの事もあったりとちょっと残念でしたね。
それとHPでは今月の料理に鮎をあげておきながら「鮎?ありませんが何か?」はちょっとどうよと。
どう見ても売り切れたという時間帯じゃないはずですからねえ…このあたりは遠方からの客も多いでしょうから、是非改善していただきたいところです。

全体としては決して穴場ではないけれども「定番」という感じ、ですかね。

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2008年8月 9日 (土)

救急医療、崩壊!? その四

前回の「救急医療、崩壊!? その三」に続いて、今回は救急隊の話をしてみたいと思います。
題して「救急医療 やってはいけないこれだけの理由 ~救急隊編~」

まず今回取り上げたいのは、まだいわゆる「救急たらい回し」問題がニュースバリューを持って語られていた昨年末に起こりましたこの事件です。

未明の兵庫、18病院たらい回され 66歳死亡

 兵庫県姫路市の男性(66)が6日未明、吐血するなどして救急搬送された際、近隣の18病院が「医師の不在」などを理由に受け入れを拒んでいたことが分かった。男性は最終的に、約30キロ離れた市外の病院に2時間近くかけて搬送されたが、途中で病状が悪化。搬送先の病院で死亡が確認された。

 市消防局は「最善を尽くしたが、いろいろな条件が重なり、受け入れ先を見つけるのに時間がかかってしまった」としている。

 市消防局などによると、6日午前0時7分、男性の家族から「(男性の)意識がぼんやりしている。目がうつろで吐血した」と119番通報があり、救急隊が出動。受け入れ先の病院を探したが、姫路赤十字病院や国立病院機構姫路医療センターなど18の病院に「専門の医師がいない」「ベッドがない」などの理由で断られたという。

 男性は当初意識があったが、受け入れ先の赤穂市民病院に搬送される途中で心肺が停止。午前1時56分に同病院へ到着したが、同2時17分、死亡が確認された。
(2007.12.6)

幾つかの報道から推察するところ、この患者はもともと肝臓に持病があったとのことで、時間的経過等をみても肝硬変からの静脈瘤破裂等が推察できるところでしょう。
今日の目で見ればこれ自体は「肝臓病持ちで深夜の吐血?そりゃ受け入れ先もなかなか見つからんだろうなあ」で終わるような話ではあるのですが、本当の問題はこの後に発生しました。
なんとまあ!新聞に受け入れを断った18病院とその理由のリストがずらずらと掲載されてしまったんですね。
そしてその内容を見て皆が一様に驚いたのが、どう見ても深夜に吐血患者など受け入れられるはずもないビル診の無床クリニックまで搬送拒否先として載せられていたことです。
「電話するが連絡つかず」って、そりゃつくわけないわなと、もうギャグでやっているのでなければ姫路の消防救急は搬送不能病院件数で日本新記録でも目指していたのか?と思うくらい斜め上な話なのですね。
しかもこの報道以降、近場の病院から「うちは受け入れ出来たけど連絡なんて無かったよ?」という声が続々と上がり始めたのです。
要するに、救急隊の判断ミスによって起きなくても良かったかも知れない「たらい回し」事件が作られた可能性がある、ということです。
そしてこの病院リスト公表以降、当然のように批判の矛先は当地の病院に向けられます、消防救急に向かってではなしに。

さすがにこれは人の道としてどうよ?と思う者が多かったということでしょうか、当然のことながらネット上はあっという間に祭り状態です。
全く真偽は不明ですが、たとえば当時2chであちこち目にしたカキコではこんなものがありました。

-------------------------
210 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2007/12/07(金) 20:56:56 ID:yx9yLaSC0
>>17
>実は救急隊がリークでもしてんじゃねえの
ようやく今日、裏が取れたよ
やはり救急隊から新聞社にチクったようだ
姫路圏内の病院を叩いて自分たちが動き易いように支配しようという
連中がいるらしい
本当にろくでもない地域だな
これからは救急隊には一切協力しないということで結束しないとダメなん
じゃないか?
これは明らかに宣戦布告だよ
-----------------------------

普段は腰の重い医師会や病院幹部もさすがにこれは放置できないと感じたのでしょう、この件については消防救急とかなり突っ込んだ話し合いをしたようです。
いつも何かとお世話になっている「新小児科医のつぶやき」から転載させていただきますが、

姫路の事件に対してQQ医様から貴重なコメントを頂きました。

    どうも事実誤認があるようですので報告します。先日の事件の後の救急の会で明らかになったのは市内に患者を受け入れられる病院(人も能力も)があったにもかかわらず救急隊の判断ミスで搬送できなかったと言うことです。この件に関しては病院から厳重な抗議が消防、市にあり彼らは火だるま状態でした。消防隊の判断ミスを受けて診療科を限定せずに症状を医療機関へ伝えて判断を仰ぐという議論であったと記憶しています。決して何でもとれと言うことではありませんでした。実際会議中に2、3の医療機関から輪番から撤退するという申し出もありました。その時点では少なくとも医師会の敗北ではありませんでした。診れないものは診れないというスタンスをはっきり伝えたと思います。どうも役人のマスコミ操縦で違った解釈ができるように内容をすり替えようとしている節はあります。しかし実際は今述べたとおりです。

    会議の冒頭に消防から今回マスコミに患者受け入れを断った病院のリストをその理由と共に公表したいきさつが述べられました。これによると新聞社が手当たり次第に市内の病院へ電話して事実確認を試み、これがうまくいかないと市に対して情報公開請求の手続きをとると迫ったそうです。市としてはやむなく公表せざるを得なかったとのことです。一応謝罪らしきものはありました。しかし診察を拒否したとされる病院より厳しい抗議がありました。その病院へは救急隊は患者の病態は知らせずに今日の当直は何科ですかと尋ね、内科(消化器内科)と整形外科ですと事務当直が応えるとそれでは結構ですと応じて以後連絡はなかったそうです。しかし後日の新聞には拒否の字が躍っていたというわけです。新聞を見るまで当直医は自分が断ったことになっているとは全く知らなかったわけです。救急隊は外科対応できる施設ばかり探していたようです。病院の名誉回復をどうするのかとか、患者の隣人がたまたまリストの病院の職員でお葬式の場で皆につるし上げられそうになったなどの抗議もずいぶん出ました。以上です。なかなかこういうニュアンスは表へ出ませんね。

ま、今どき肝疾患の吐血=外科対応と言う時点でこいつら素人丸出しやなと思うわけですが…そしてせっかくの消化器内科医を華麗にスルーですか…
こうして詳しく聞いてみれば現場を知る人間には「さもありなん」と頷ける話ばかりではあるようですが、報道だけではとてもそうは思えませんよね。
この事例のように大きく報道される件ともなればきちんと検証もなされ実態が明らかになるのですが、そうでなければこの件も真相は闇に葬られたままだったかも知れません。

実は以前から救急の現場では半ば常識となっていることがあります。
救急担当たるもの、常に「救急隊は嘘つきである」ということを認識しておかなければならないということです。
世間的にはヒーロー然とした救急隊が嘘つきでは具合が悪いのでしょうか、これもマスコミが決して報道しない医療問題の一つですよね。
たとえばこんな冗談のような話があります。

内科の一人当直。その日の救急当番病院は、地域の総合病院だったのに、多発外傷の患者さんを引き受けることになった。

「自転車で転んだ患者さんです。軽症です。顔から出血しています」

その日の当番病院が忙しいとかで、「自転車で転んだ」患者さんがうちに来ることになった。「内科の先生でも大丈夫です」なんて。
たしかにその患者さんは自転車で転んだんだけれど、その上を、自動車に通過されてた。顔から骨見えて、足はあらぬ方向に曲がってた。血圧は触れたけれど、意識は怪しかった。
多発外傷を内科で診るの無理だから、慌てて当番病院に電話した。さすがに嘘言えないから、正直に話したら、むこうは満床になった。目の前真っ黒になった。そんなはずないのに。
頭真っ白になりながら、ライン取ってモニターつけて、外科の先生と検査の人呼んだ。
待つまでの20分が、長かった。

ご家族の目は怖い
多発外傷の超急性期は、やることが無数にあるように見えて、やることありすぎて、実質何もできない。命に関わるような外傷は、手術室が準備できないと手を出せないし、骨盤を含めた骨折も、状態が安定するまでの間は、手を出せない。
データが揃って人が集まるまでの間、当直はだから、ラインとモニターつないで、あとは傷口洗うことぐらいしか、「治療」っぽいことができない。
応援が来る前に、病院には身内の人がたくさん集まった。

   あなたはどうして叔父の傍らで無為に佇んでいるのですか ? 痴呆なのですか ?

囲まれて、だいたいこんな内容のことを、100倍ぐらい怖くして、尋ねられた。
「今診察を行っている最中ですので、もうしばらく待合室でお待ち下さい」なんてひたすら拝み倒して、その間ほんの数分だったんだけれど、それがもうとてつもなく長かった。

こんなことは実は珍しいことでも何でもなく、昔から幾らでもある話なのです。
例えば「週末の夜の時間帯」「若年成人の意識障害」「妙に遠い地域の救急隊からの搬送要請」と三主徴がそろえばハハァ、急性アル中だなというくらいの勘が働かないようでは当直医などやっていられません。
それは彼らも公務員である以上、どんな手段であろうが患者を置いて帰ればいいのだと思ってしまっても仕方がないことなのかも知れません。
しかし何度も言うようですが、時間外救急など当直医にとっては超ハイリスク超ローリターンであり、病院にとっては切り捨てるべき赤字部門にしかすぎないわけですよ。
それでも地域の要請からやらざるを得ないで続けている病院が多いわけですが、当然ながら少しでも経費削減を図らなければ病院自体が潰れてしまうのです。

各科医師を揃えるなんてほとんどの病院では無理で、常駐しているのは医師一人に看護師一人、検査技師や各科の専門医はその都度呼び出すわけです。
こうした状況下で救急を受け入れる側にすれば、どんな状態の患者が来るかによっていち早くそれに応じた体勢を整えておかなければまともな対応など出来ないのですよ。
救急隊が病院に嘘の情報を伝えることは受け入れ側の対応を誤らせることになり、当然のことながら患者の不利益に直結する行為なのです。

もちろん救急隊も医療に関しては素人であるからには、100%的確な判断など出来るとは誰も期待していません。
そうは言っても最低限、救急搬送という現場に携わる者として求められるべき水準というものはあるわけです。
もちろん地域によっては極めて熱心な救急隊が地元病院と良好な関係を築いているところも数多いですよ。
しかし死後硬直バリバリの屍体を「意識レベル300です!」などと送りつけてくるというのは判っていないからなのか?それとも判っていながら敢えてやっていることなのか?
昨今救急搬送体制の再構築が叫ばれ各地で色々な議論が為されていますが、最も基本となるはずの救急隊自体のレベルアップについてはどうも放置され気味のように感じられる点を危惧しているところなのです。

またも長くなりましたので今回はこのあたりまでとして、次回以降に続きます。

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2008年8月 8日 (金)

毎日新聞捏造記事事件~続報その二

いやあ、何かこうも連日貴重なネタを提供していただいていいのかなって思っちゃうくらいなんですが>毎日さん。
前回の「毎日新聞捏造記事事件~続報その一」で取り上げました日本ユニセフなる団体につきまして、もうちょっと情報がありましたので追記します。

毎日変態記事に抗議した日本ユニセフ協会に疑問続出

毎日新聞の変態記事騒動に対する、日本ユニセフ協会の抗議が話題になっている。

「毎日新聞英文サイト上の不適切記事に対する当協会の抗議文と、これに対する同社からの謝罪文」と題した文章が、日本ユニセフ協会HPに掲載されている。 それによると、毎日新聞による一連の行為は、日本の品位を傷つけ、協会の長年にわたる実績が認められつつある状況に冷や水をかけるものであるという。

協会に対して、変態記事の件で多くの人々から「対応が手ぬるい」との批判が寄せられ、募金を停止する人々も続出したとのことだ。毎日新聞は抗議を受け入れた模様で、謝罪文が協会に寄せられた。

ところが、両者の対応を疑問視する声が強い。理由の一つは、日本ユニセフ協会の主要メンバーに毎日新聞関係者が何人もいるという点だ。ネット上では変態記 事騒動の当初から日本ユニセフ協会への抗議が活発だったが、ここまで対応が遅れたのは、この点とも関係があるのではないかというのだ。
写真

ん~今のところ何ともコメントのしようがないんですが、少なくとも今後毎日さんの取り上げる日本ユニセフ関連記事を見たときにはこういう話も思い出さないといけないんでしょうねえ。

ところで今回の毎日の捏造事件に対する対応については、どうも対応が遅すぎたんじゃないかという指摘があちこちから上がっています。
追求の主体となったネットと受けて立つ紙媒体という情報に対する速度感覚の違いもあるのでしょうが、果たしてそれだけなのでしょうか?
このあたりの事情に関して、ある程度社内情報も込みで佐々木俊尚氏が詳細かつ判りやすく書いていますので引用します。

毎日新聞社内で何が起きているのか

 毎日新聞の英語版サイト「毎日デイリーニューズ」が女性蔑視の低俗記事を長年にわたって配信し続けていた問題について、この一か月の間、毎日新聞社内外のさまざまな人と会った。

 その結果わかってきたのは、この事件が毎日のみならず新聞業界全体に与えたインパクトた影響は皆さんが想像しているのよりもずっと大きく、その 破壊力はすさまじい状況を引き起こしているということだ。これはインターネットとマスメディアの関係性を根底からひっくり返す、メルクマールとなる事件か もしれない。

ま、誰がという主体によってどの程度を想像していたかも異なるかとは思うのですが、毎日さんもむっつり黙り込んでいるだけに見えて結構こたえていたのは確かなようです。

 何が起きているのかをざっと説明しておこう。まず最初は、ウェブサイトへの広告から始まった。ご存じのように毎日のニュースサイトである「毎日 jp」の広告は、7月中旬から一時全面ストップした(現在は復活している)。毎日に広告を配信するアドネットワークを運営しているヤフーが、広告供給を停 止したからだ。名前は公開できないが(以降、差し障りのある話ばかりなので、証言はすべて匿名になってしまっていることをお許しいただきたい)、あるヤ フー社員は次のように証言している。

 「スポンサーの多くから『毎日への広告を止めてくれ』と要請があったんです。我が社のアドネットワークは、複数のメディアに同時に広告を配信して いるので『ひとつの媒体の広告だけを止めるのは技術的には難しい』といったんは断ったのですが、あまりにも要請が多く、押し切られたかたちですね」

 この社員が語っているように、毎日に広告を出稿しているスポンサー企業や提携先、関連団体などに対して、広範囲な「電凸」(電話作戦)が行われ た。その対象となった企業や組織の総数は、毎日社内の集計では二〇〇社以上に上っている。この結果、広告出稿の停止はウェブから本紙紙面へと拡大し、誰で も知っているような大企業も含めて相当数のスポンサーが、毎日紙面への広告を停止する措置をとった

 毎日広告局員の証言。「『おまえのところの不祥事で、うちのお客様相談窓口がパンクしてるんだぞ!』とスポンサー側担当幹部から怒鳴られ、広告を 停止させられる処分が相次ぎました。いま現在、必死で幹部がスポンサーまわりをして平身低頭し、何とか広告を復活させてもらえるようにお願いにまわってい るところです」


いやあ、当初2chあたりでは、

「毎日に電突するよりスポンサーに電突したほうが効くぞ」

「馬~鹿そんなの痛くもかゆくもねえよw」

「毎日工作員乙w俺もこれからスポンサー突撃してくるわw」

なんてカキコがあちこちで見られたわけなのですが、結局のところ本当に工作員だったということなんですかねえ…

で、これも面白いのが、普段なら鬼の首でも取ったように他人のスキャンダルを突き回るのが好きな他のマスコミ各社が今回全く沈黙している件なんですが、これも色々と面白い事情があるようで。

 この毎日の現状は、他紙にも知られつつある。ネットの世界では「朝日や読売が漁夫の利で毎日を追い落とす口実に使うのではないか」といった声も出 ているが、しかし業界全体をとってみても、そういう雰囲気ではまったくない。毎日を追い落とすどころか、「次はうちがやられるのではないか」という不安と 恐怖が、新聞業界全体を覆いつつあるのだ。

恐怖感が新聞業界に蔓延している

 別の全国紙社会部記者の証言。「毎日の低俗記事事件をきちんと報道すべきという声は部内でも多かったし、僕もこの問題はメディアとして重要な事件 だと認識している。でもこの問題を真正面から取り上げ、それによって新聞社に対するネットの攻撃のパワーが大きいことを明確にしてしまうと、今度は自分た ちのところに刃が向かってくるのではないかという恐怖感がある。だから報道したいけれども、腰が引けちゃってるんです」

 この事件のマスメディアでの報道が少なく、扱いも小さいのは、「同じマスコミ仲間を守ろう」というような身びいきからではない。この記者も言うように、不安におびえているだけなのだ。

ええと…あのですね、今まであちこちでいろんな人が言ってきたことだと思いますけど、今までそういう恐怖感を多くの国民に与えてきたのは他ならぬ貴方達マスコミでしょうが?
それが自分達がやられる側になった途端に何を初心いことを言ってるんですか?
自分たちだけは安全な場所にいて他人を好き放題攻撃して良いなんて勘違いした輩がどれほど醜くなれるものか、多くの人間がすでに学習しているんです。
近ごろでは新聞離れテレビ離れなんて言いますが、娯楽の多様化だの価値観の変化だのと耳当たりの良いことを言って現実をごまかしたって仕方がないでしょ?

まあそれはともかくとして、記事によるとネット上での「祭り状態」に対してどう対応するべきか、毎日社内でも意見が真っ二つに割れていたようですね。
大まかに言えば古い世代は放置を主張し、もう少しネット事情を知っている世代はそりゃまずいと積極対応を主張したということでしょうか。

 しかし実際には、毎日社内にはかなりの論争が起きているというか、対立のようなものが発生している。端的に言えば、それはネットに対して歩み寄ろ うとしている人たちと、ネットを批判している人たちの対立である。後者のネット批判者たちの中心には、昨年正月に毎日紙面に連載されてネットの言論空間で たいへんな物議を醸した『ネット君臨』に関わっている人たちがいる。

(中略)

 そして朝比奈社長は言うまでもなくネット君臨派だ。彼はネット君臨の連載当時は、編集の最高責任者である主筆の立場にあり、柳田邦男氏や警察庁の 竹花豊氏、ヤフーの別所直哉氏に加えて私も参加した「ネット君臨」識者座談会で司会を務めた。この座談会で私が「ネットの匿名言論には、会社の圧力などに 負けて実名では発言できない人たちが、正論を言える場所として重要な意味がある」といった話をしたところ、彼は「そんな卑怯な言論に答える必要はない」と 司会者の立場も忘れて反論を始めた。私が「匿名でしか発言できない立場の人間には有効なのではないか」と言い返すと、「そんな者の言うことは聞く必要がな い。言いたきゃ実名で言えばいいんだ」と切って捨てた。

 朝比奈社長は一九六〇年代末、東大農学部の全共闘のメンバーだったと言われており、マスメディアには彼のような学生運動経験者が大量に流れ込んで いて、いまや編集、経営の幹部クラスに名前をぞろぞろと連ねている。彼らは「自分が時代の最先端を走っていると信じていて、自分が理解できないものはいっ さい受け入れない」という全共闘世代の典型的な特徴を備えている。だからインターネットのような新しいメディアの本質を理解しようとしないし、歩み寄る気 持ちもない。

「あの連中」という侮蔑的な呼ばわり

 しかしこうした考え方は朝比奈社長のような全共闘世代の幹部たちのみならず、毎日の「ネット君臨」派の人たち全体に言える性質のようだ。中には三 〇代の若い記者もいるが、しかし彼らは「ネットで毎日を攻撃しているのはネットイナゴたちだ」「あの連中を黙らせるには、無視するしかない」などと社内で 強く主張していて、それが今回の事件の事後対応にも影響している。

 しかしこのように「あの連中」呼ばわりをすることで、結果的にネット君臨派は社内世論を奇妙な方向へと誘導してしまっている。「あの連中」と侮蔑 的に呼ぶことで、「あんな抗議はしょせんは少数の人間がやっていることだ」「気持ちの悪い少数の人間だ」という印象に落とし込もうとしている。実際、今回 の事件の事後対応で、ネット歩み寄り派の人たちが「事件の経緯や事後対応などについて、あまりにも情報公開が少ないのではないか。もっと情報を外部に出し ていった方が良いのではないか」という声が出たのに対し、彼らネット君臨派は「そんなことは絶対にするな。2ちゃんねるへの燃料投下になる」と強くたしな めたという。実際、情報を出せば2ちゃんねるに新しいスレッドが立つ可能性はきわめて高かったから、この「指導」は経営陣にも受け入れられ、この結果、情 報は極端に絞られた。いっときは毎日社内で、「燃料投下」というネット用語が流行語になったほどだった。

う~む、この「匿名での発言など無価値」という論は最近どこかで見た気がするなあと思っていたのですが、ありましたありました。
近ごろでは部の人々の間で急激に知名度をアップさせていると噂の(笑)小倉弁護士と同じではありませんか!
まあ小倉氏に関してはこの頃の言動はなかなかに常軌を逸していて正直あまり近づきたくない、もとい、なかなかに素晴らしい個性を発揮されている貴重な人材であることは皆様もご存じのところでしょうが(苦笑)。
何でもこうしたスタンスを近ごろでは「実名原理主義」などと言うそうですが、2chなどの匿名主義に対してOhmyニュースあたりが言い始めた動きでもあるようですね。

ところで最後に一つ、素朴な疑問。
毎日さんは確かに署名記事は多いのですが、署名記事に対する批判は受け付けないというスタンスなのでしょうか?

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2008年8月 7日 (木)

毎日新聞捏造記事事件~続報その一

前回テキサス親父のコメントを紹介しましたが、その後も毎日新聞の捏造記事問題は相変わらず騒動が続いています。
彼ら毎日側の読みではネット上の騒動などすぐに沈静化すると見ていたのでしょうが、むしろ逆に実社会に延焼しつつある真っ最中とか。
そんな実社会における影響の一例としてこんな話が出てくるわけです、が…

「変態ニュース」で毎日新聞ユニセフに謝罪 募金停止で「実害」

 毎日新聞の英語版ニュースサイト「Mainichi Daily News」で過去に「不適切」な記事を配信していた問題で、毎日新聞社が日本ユニセフ協会に「募金活動が停止するなど多大な実害が生じた」として謝罪していたことがわかった。

   この問題は、毎日新聞の英語版ニュースサイト「Mainichi Daily News」にあるコーナー「WaiWai」で長年にわたって、「ファストフードで女子高生が性的狂乱状態」と題された記事など「不適切」な記事を配信して いたというもの。「低俗すぎる」との批判が相次ぎ、毎日新聞社はこれらの記事を書いた外国人記者を3か月の懲戒休職、当時常務デジタルメディア担当だった 朝比奈豊社長を役員報酬10%(1か月)返上とするなどの処分を下し、7月20日付の同紙で検証記事を掲載している。

   この騒動をめぐっては、少女売春を助長させるような記事を配信していたとして、日本ユニセフが毎日新聞社に抗議するよう促す書き込みもインターネット上でなされていた。

 世界の子ども支援の上で実害すら生ずる事態

   日本ユニセフは2008年8月6日までに、同協会のホームページに毎日新聞社への抗議文と同社からの回答を公開。それによれば、日本ユニセフは7月22日付で

「今回貴社で起きた問題は、単に日本の品位を傷つけるのみならず、弊協会が長年に亘って児童の保護を訴え続け、その実績が認められつつある状況に冷や水をかけるもの」
「このような中で、弊協会に対しても『貴社に対する対応が手ぬるい』等のご批判が支援者から寄せられ、多くの方が抗議の一環として募金を停止するなどの行動に出られる等、世界の子ども支援の上で実害すら生ずる事態となっております」

と述べ、同社に謝罪を求める抗議文を赤松良子会長名で送付した。

   毎日新聞社からは、朝比奈豊社長名で08年8月5日付で回答があり、「抗議を重く受け止める」とした上で、

「日本の品位、名誉を傷つけただけでなく、貴協会が長年に亘って築いて来られた全世界の児童を保護する取り組みに対しても、その名誉と信頼を棄損したことについて、お詫びします」

と述べ、募金活動に実害が生じたとする点についても日本ユニセフに謝罪している。

まあこの記事自体、さらっと読み流していれば「また毎日か!」で終わる話なんですが、問題はこの日本ユニセフなる組織。
実はこの組織が国連児童基金(UNICEF)の日本支部などではないという事実は意外と知られていません。
このあたりはwikipediaにも結構詳しく記述してあるのですが、今回はこちらのサイトから紹介してみます。

日本ユニセフ協会の謎(抜粋)
 先日、選挙に行こうのリンクを辿っているうちに、日本ユニセフ協会の悪評があった。要点は以下の通り。

 ・ユニセフから直接委任を受けてできた団体ではない.
 ・25億円を使って品川に豪華ビルを建設.
 ・国連ユニセフ親善大使の黒柳徹子氏が困惑している.

 なんだこれは?。ユニセフ(国際連合児童基金)が何かはだいたいわかっていたつもりだが、ユニセフ≠日本ユニセフ協会なのか?と言われると自信がない。ということで、今回は日本ユニセフ協会を調べてみることにした。

具体的にどういうことなんだ?と当然ながら気になるわけですが、

 まず、ユニセフと直接関係あるかだが、ユニセフの組織図を 見ると、ユニセフ本部と直接関係ないのが分かる。組織図の線も点線だし。実線で繋がっているのは「ユニセフ駐日事務所」だ。日本ユニセフ協会ではない。日 本ユニセフ協会は、世界37カ国にあるユニセフ国内委員会の一つに過ぎず、どうもフライチャンズのような立場らしい。これは、ユニセフ募金-革新的募金キャンペーンの推進日本ユニセフ協会の経費財源(募金経費)からもわかる。


 ユニセフ国内委員会は、ユニセフとの「協力協定」に基づき、募金活動のための費用や運営のための費用、アドボカシー(政策提言)その他の各種支援活動をまかなうための資金として、国内委員会の募金およびグリーティングカード・プロダクツの収入の25%以内、および日本ユニセフ協会会員の会費・補助金・雑収入を協会の活動経費として留保することが認められています。


 ようは、ユニセフとの協定の元、募金の 25%以内はピンハネ(着服)必要経費として自由に使っていい組織のようだ。

おいおいおい!ですよ。
ま、実際のところ日本ユニセフに集まった寄付金の8割は本物のUNICEF(あ~ややこしい)に寄付されているわけですが、年100億以上集まる寄付金のうち10数%は実際には世界の児童のためなどには使われていないわけです。
ではその金がどこに使われているのか、と言う話になるわけですが、

  

日本ユニセフ協会の状況(事業計画/組織図/統括計算書類等)
  ディスクロージャー

 案の定、役員がずらずら (´Д`)
 一応、「日本ユニセフ協会の役員にはいわゆる「天下り」はいるのですか」に対し、「当協会には天下りは一人もおりません。理事、評議員の中に官庁出身者がおりますが、民間出身で常勤の専務理事を除き、会長以下すべて無給のボランティアとして協力しています」と回答している。
 しかし、専務理事の給与はもとより、人件費に幾らかかってるかは公開されていない。なお、無償の役員がいっぱいいるのは、みんな慈善事業の肩書きを欲しいだけなのか?と思ってしまう。偉い人なんてそんなものだろうし。

2004年度の収支報告を見ると、寄付金・募金が 156億円、事業費を差し引いたグリーティングカード募金が 9億円強。そこからユニセフ本部への送られたのが 149億円(うち、活動資金136億円)なのがわかる。ピンハネ率必要経費は約10%。上限に比べれば低いが、金額にすると 16億円とかなりでかい。

ん~なんだかねえ…
さらにこの手の怪しい団体(失礼)にはお約束とも言える「豪華ビル建設疑惑」もあります(苦笑)。
なんと日本ユニセフさん、寄付金のうちから25億も使って豪華ビルまで建てちゃったと言うんですね!

 次に豪華ビルだが、2001年7月に東京都港区高輪にオープンしたユニセフハウスのことだろう。サイトを見ると、1F~2Fを疑似体験できる(要Flash)。
  この建設費の情報は2001年5月に週刊新潮(5月24日号)がスッパぬいたようだが、元記事は検索できなかった。かいま見る情報からは、担当者が「毎年 賃貸で6,000万円くらい出すよりは長期的に見ていい、今まで事務経費を節約してきたからこれくらい建てても良い」といってたらしい。( ゚Д゚)ハァ?
 担当者は募金の意味をわかっているのだろうか。それ以前に毎月500万円もかかる事務所を借りて、経費削減を豪語。完全に意識がおかしい。設立当初のボランティア精神はどこへ行ったのやら。
 少しでも子ども達を救おうという意志があるのなら、事務所を家賃が高い東京の一等地に置く必要などない。まして、どんな屁理屈をつけようと募金でビルを建てるのは絶対間違っている気がする。

ん~家賃6000万のかわりにと25億のビル建てて元を取ろうとすれば築後何十年使うつもりなのかは知りませんが…ちょっと言い訳にしても無理がないかオイ?

そしてもう一つの問題がかの御高名なる国連UNICEF大使(こちらは本物です!)黒柳徹子さんの件。

 日本ユニセフ協会が「地球の歩き方」を出版している会社から37万人分の氏名・住所のデータを受け取り、寄付集めのダイレクトメールを送ったところ、黒柳氏に寄付した人が「なんでまた寄付を依頼するんだ?」と問い合わせが来たそうだ。
 この記事によると、日本ユニセフ協会は黒柳氏に対し「うちを通して募金をユニセフ本部に納めて欲しい」に対し、「頂いた募金は一円も無駄にしないで現地に届けたい」という理由で断ったエピソードがあった。
 そう考えると、1984年以降、国連ユニセフ親善大使を務めている黒柳氏から見れば、日本ユニセフ協会のやり方は許せないのだろうか?とも思ってしまう。わざわざユニセフ用の口座を開いていることからもそれは伺える。
 逆に日本ユニセフ協会は国連ユニセフ親善大使の黒柳徹子氏を広告塔として使えないから、アクネスチャンを日本ユニセフ協会大使に立ててるのだと思う(個人的にはこの人選は納得できないのだが)。なんか、両者が犬猿の仲に見えるのが興味深い。

て言うかね、名簿入手して片っ端からDM送りつけるって個人情報保護法上どうなのよ?>日本ユニセフ
そんな人たちが児童ポルノ撲滅!なんて言ったところで何か裏でもあるんじゃないの?!と勘ぐられるのがオチだと思うんですけど。

まあその件はともかくとしても、幾つかの情報を総合したところでも、黒柳氏が日本ユニセフなる団体とは距離を置いているというのは事実らしいですね。
黒柳氏と言えば自分の番組を通して実際に世界中あちこちの国に出向くことで寄付金活動を行っているわけですが、

「番組の放映ごとに視聴者の方への募金もお願いしていて、25年間に44億円以上が集まりました。そのお金は銀行から直接、全額UNICEFに送られています。番組を見て、募金をしてくださるのだから、私が訪れた国へ届くようにUNICEFにお願いしています。現地に行って手渡すことが大事であり、UNICEFは地を這うようにして、それを実践していることを、自分の目で見ているので大丈夫だと思いました。私の事務所の人間もボランティアでやってくれていて、全額寄付しています」

と言っているくらいで、寄付金というものに対してかなりのこだわりをもっていることが判ります。
寄付金と言えば近ごろでは移植医療がらみの寄付金集めが随分と香ばしいことになっているようで、これもいずれまた取り上げたいと思っていますけどね。

結局のところ寄付なんて行為は行う側の満足があればそれでよいという見方も出来るかも知れません。
それでもせっかくの寄付金が何かしら怪しげな目的外転用されているかも知れないとなれば、あまり面白くないと感じてしまうのが人情と言うもの。
と言うわけで、最後に日本で唯一のUNICEF(しつこいですがこちらは本物です!)親善大使黒柳徹子さんに関しての記事を紹介して終わりたいと思います。

等身大の国際貢献(番外編)

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2008年8月 6日 (水)

邦人記者暴行事件

五輪目前の中国ではこの機会にとテロも活発化する気配があるようです。
かねて中国政府が苛烈な弾圧による統治を行ってきた新疆ウイグル自治区で4日警察官襲撃事件がありましたが、それに関連して日本人記者が警察に暴行を受けるという事件は発生しました。

 邦人記者2人に暴行 顔など殴りストロボ破壊 警察隊襲撃で武装警官

 中国新疆ウイグル自治区で4日起きた警官隊襲撃事件で、現地で取材していた日本テレビの邦人記者と、東京新聞の邦人カメラマンの計2人が、同日夜から地元の武装警察官に拘束され、脇腹をけられるなどの暴行を受けた。

 拘束されたのは、NNN中国総局で勤務する日本テレビ所属の男性記者(37)と、東京新聞東京本社のカメラマンの男性(38)の2人。

  東京新聞外報部によると、カメラマンの男性は現地時間4日午後10時半、テロ現場に1人で取材に向かった。現地の記者が午後11時過ぎに様子を見に行った 際、現場におらず、連絡が取れなくなった。約2時間後の5日午前1時ごろ、現地の記者に「解放された」と本人から電話があり、拘束されていたことが分かっ た。拘束中、脇腹をけられ、カメラを壊されたという。

 一方、日本テレビ総合広報部によると、テロ現場の取材をしていた記者の男性は午後10時50分ごろ、突然2、3人の武装警察に羽交い締めされ、約50メートルほど離れた警察の施設に連行された。

 男性は地面に顔を押しつけられたほか、顔を2、3発殴られ、軽傷を負った。約2時間後に解放された後も、宿泊するホテルのロビーで事情聴取を受けたという。

 警察側は「(警察施設と同じ建物内にある)軍の施設は撮影禁止だ」と主張したというが、同社によると、男性はテロ現場の取材をしていた。

 日本テレビは「正当な手続きを踏んで取材していた記者に対し、暴力行為が行われたことは極めて遺憾です」とのコメントを発表した。

ま、昨今の中国界隈ではこうした事件は珍しくないのでしょうが、この件に関して「極めて異例なことに」中国当局から迅速な謝罪が伝えられたと報道されています。

邦人記者の拘束・暴行で謝罪 中国外務省

 【北京=尾崎実】北京の日本大使館によると、中国新疆ウイグル自治区・カシュガル市で起きた武装警察襲撃事件を取材中の邦人記者2人が拘束・暴行された 問題で、中国外務省の秦剛副報道局長は5日、同大使館に対し、電話で「現地で起こったことは遺憾に思う」と表明した。中国政府が外国人などの絡む事件で迅 速に謝罪するのは極めて異例。北京五輪の開幕が目前に迫り、国際社会からの批判を避ける狙いがあるとみられる。(日経新聞)

あれ~?と思ったあなたはするどい!中国当局が表明したのはあくまで「遺憾に思う」ということだけです。

このあたりはかねてより「遺憾の意」と「謝罪」の違いについて極めて詳細な考察を為されてきた偉大なる朝日新聞社さんはさすがにこだわっていますね。

日本人記者への暴行、中国側が「遺憾に思う」

【北京=坂尻信義】カシュガルでの日本人記者に対する暴行について、中国外務省の秦剛副報道局長は5日、北京の日本大使館に電話で「遺憾に思う」と述べた

 日本大使館によると、秦副局長は「昨晩遅くに新疆ウイグル自治区外事弁公室から連絡を受けた」と説明。「事実関係を詳細に把握し、適切に対処するよう連 絡した」と話した。「中国外務省は規定に基づき、日本を含む外国人記者に良い環境を提供するよう関係部署と連絡をとり、引き続き努力する」とも語った。

 これに対し、日本大使館の道上尚史公使は、暴力行為が繰り返されないよう関係部署への徹底を要請した。

 また、東京新聞(中日新聞東京本社)編集局によると、5日昼、辺境警備隊副隊長らカシュガルの地元当局者ら3人がホテルを訪れ、中日新聞のカメラ マン、日本テレビ記者らに謝罪した。副隊長は「仲間の警官が殺されたので感情が高ぶっていたのだと思う。最初は記者だとはわからなかったようだ。壊した機 材代と治療費はこちらで負担する」と述べた。(朝日新聞)

 

実はこの「遺憾」と言う言葉、中国語においても使われるわけですが、日本と随分とニュアンスが異なるようです。

どちらも「残念」といった意味合いを持っていることは共通としても、日本語ではあまり日常目にしない硬い言葉、あるいは公式の声明としてある程度重みがある言葉として受け取られがち。

一方中国語においては日常会話でも用いることもあるとかで、日本よりもっと軽い意味合いで使われる言葉のようなのですね。

無論彼らが実際にどういう言葉を使ったのかは判りませんが、報道を目にするに際して日中間の言葉のニュアンスの違いにも注意しなければなりません。

中国における「わび」の程度

(略)中国語では、「わび」の程度を表す、いくつかの段階にわたる言葉があるようだ。

中国における「わび」の程度は、次のようになるのだろう。。

「遺憾(遗憾)(Regret)」 <  「抱歉(Sorry)=難過(难过)(Feels bad)」 < 「道歉(ApologyまたはVery sorry)=認錯(认错)(Admits mistakes)」

この「認錯」の「錯」という言葉の派生としては、「知錯、認錯、改錯」(過ちを知り、過ちを認め、過ちを改める)というような、言葉も中国にはあるようだ。
そのほか、ごく軽い意味で反射的に使う「対不起(对不起)」(「スミマセーーン。」という意味かな?)とか、「原諒」(「勘弁してね--」「かんにんね」程度の意味かな? )などもあるようだが。

さ らには、“后悔”(Regret)、“懊悔”(Regret)、“内疚”(Compunction=悔恨 かいこん)“致歉”(Makes an apology)、“深表歉意”(Expresses deeply the apology)“表歉意”(Expresses the apology)(「歉意」=Apology)など、いろいろな「わび」の言葉が中国にはあるらしい。

ちなみに、「麻煩(麻烦)」というのは、「Trouble」という意味で、日本語で言えば、「すまんなぁ」「面倒を掛ける」程度の意味で、わびの部類に入れるには、どうかとも、思われる。(略)

アメリカと中国との外交交渉で、アメリカのパウエルが中国に対して、regretというと、中国側は、それでは不十分だという。
今度はブッシュ自身が、regretというと、中国側は、「方向としては正しいが、不十分だ。」という。
そこで、今度は、文書で、sorry と書くと、それでも不十分だという。
そこで、次の文書で、 very sorry と書くと、外交交渉の終わったアメリカ政府職員を直ちに解放し、空港に車で送り届けて、本国に帰らせた。
本国に帰ってみると、今度は国内の反中国のマイノリティグループから、「ブッシュが中国側に、sorry といったのは、不快だ。なぜなら、中国では、sorry はapologizeの意味だから、そんなことをいうな」と、突き上げを食らう。
といった小話なのだが。

この「道歉(Apology)」をめぐる話は、中国との外交には、よくある話なのかもしれない。

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2008年8月 5日 (火)

救急医療、崩壊!? その三

前回の「救急医療、崩壊!? その二」に引き続いて、今回も救急医療に手を出してはいけないわけを考えていきましょう。

題して「救急医療 やってはいけないこれだけの理由 ~病院編~」

病院が救急をやってはならない理由として最大のものは、なにより救急医療は赤字部門であるということでしょう。
一例として、消化管出血の患者が一人来たと考えてみます。
今の時代であれば多くの場合まず内視鏡で出血源を確認し止血を試みるでしょう。
当直医が消化器専門ならまだしも、普通は手が出ませんから消化器科医を呼び出します。
通常消化器科医一人で処置は出来ませんから、内視鏡技師(病院によっては内視鏡担当看護師)も呼び出します。
血液検査や場合によっては輸血も必要になりますから、血液検査技師も呼び出さなければなりません。
予想される疾患によっては他の画像的検査も必要になりますから、放射線技師も呼ばなければならないでしょう。
これで止血できればよいですが、出来なければ外科医や放射線科医を呼び出して別な方法を考えていかなければなりません。

もちろん平日日中で上記のスタッフが病院内にそろっているというのであればまだ話は別ですよ。
しかし、待機料に呼び出しの手当を出してこれだけの専門職を動員した上で病院の収入となる内視鏡的止血術の点数は4310点(\4.3万)。
無論これには使用する機材のランニングコストも込みですから、雀の涙の利益すらあっという間に消し飛ぶ消し飛ぶ。
今の診療報酬では止血用のクリップを一本余分に使っただけで赤字になるというような世界なのです。

最近もテレビ番組で頭の悪そうなコメンテーターが「病院は患者を長く入院させようと引き留める」なんて頓珍漢なコメントをしていました。
いったいどこの世界の病院の話をしているのか知りませんが、そんな事実があるなら患者が病院を追い出されたなんて何故騒ぐ必要があるのでしょう?
近ごろでは多くの急性期病院ではDPCというシステムに基づく定額払いになってきています。
このシステム下で利益を上げようとすれば、なるべく他院で診断も評価も済んだ患者を紹介してもらい、余計な検査や処置など一切せず必要最低限の期間だけ入院させるという方法にならざるを得ないわけです。
もし皆さんが入院したとしても「近ごろの先生は不親切で入院したついでに胃カメラでもと頼んでもやってくれない」などと嘆いてはいけません。
すべては医療費削減、医療縮小という国策から導き出される当然の結果なのですから。

逆にこうしたシステムにおいて最も儲からないのはどんな場合でしょうか?
何か診断は確定しないけど重症っぽい、とりあえず入院させて色々やってみながら様子をみようかというパターンですよね。
主病に関わるもの以外の全ての診療行為は結果的に無駄なものであったとして病院が負担することになるわけです。
そして救急医療というのはまさしくそうした何が何だか判らない、儲けにならない患者が大勢押しかけてくる部門なのですよ。
もちろん病院が儲かっているなら採算無視のボランティアに精出すのも社会的貢献と言えるかも知れませんが、今は公立病院の9割、民間病院も半数が赤字という時代です。
今どきこんな赤字部門にせっせと金をつぎ込んでいるような放漫経営の病院は財務省あたりから「医師の給与は依然高く、業務の合理化余地はある」なんて言われて真っ先に潰れていくわけです。

近ごろ何かと話題の訴訟リスクの問題に関しても、医師自身と病院で多少懸念すべき部分が異なってくるように思いますね。
診療に当たる医師にとっては過労、専門外といったリスク要因から何かしら思わぬミスをするのではないかという怖さがあるものです。
ところが救急医療として見た場合に、病院として全く当たり前の対応をしたとしても訴えられてしまうというリスクがあるのですね。

一例を挙げれば脳卒中、近ごろでは脳梗塞に対してtPAによる血栓溶解が話題になっています。
ところが実際こうした治療を行われている患者がどれくらいいるかと言えば、せいぜい全体の数%程度なのですね。
これは血栓溶解作用が強いだけに今度は出血のリスクもある、そうでなくても発症から時間がたつと効かないと言うことで発症後3時間以内に使用することというルールがあるからです。
専門病院でも搬入後最低限の検査を行って治療を始めるまでにまず1時間は見ておかないとならないようで、発症から2時間以内にそうした施設に搬送しなければなりません。

家族が倒れたと救急隊に連絡がある、搬送先を探して救急病院に搬入されるのに30分。
当直医が診察をし、検査をして脳梗塞の診察をつけ、あちこちに電話をかけ受け入れ可能な専門施設を探すのに1時間。
ふたたび救急車に乗せて専門施設に送り届けるまでに30分、これで合計2時間です。
むろん僻地では病院に来るまで1時間、専門施設までさらに1時間ということも全く珍しくないわけで、各人が最善の行動を取っても3時間ルールというのはかなり厳しいものであることが判るでしょう。

さて、こうした症例で実際に3時間が過ぎてしまいtPAが使えなかった、もし治療が出来ていれば障害が軽減されていた”可能性がある”となったときにさて、患者と家族はどこを訴えるでしょう?
移動時間は削れない、3時間のルールも変えられないとくれば、間に入った救急病院が訴えられる可能性が最も高くなることは道理ですよね。
「おたくの病院がよけいな時間を浪費していたからだ!医療ミスだ!謝罪と賠償を要求する!」
実は冗談でもなんでもなく、こうした訴訟は全国あちこちで起きているのです。

搬送の遅れと言えばかの有名な奈良・大淀病院事件もこの種の一例と言っても良いかも知れませんが、医療訴訟史上もっとも有名なのは何と言っても「加古川事件」ですね。

加古川市に3900万円賠償命令 心筋梗塞の男性死亡

兵庫県加古川市の市立加古川市民病院で03年、急性心筋梗塞(しんきんこうそく)で運ばれた男性が死亡したことを巡り、医師が効果的治療が可能な病院への転送を怠ったのが原因だとして、妻ら遺族4人が同市を相手取り、慰謝料など計約3900万円を求めた訴訟の判決が10日、神戸地裁であった。
橋詰均裁判長は「効果的な治療を受けていれば90%程度の確率で助かった」として、請求通り約3900万円を支払うよう同市に命じた。
判決によると、男性(当時64)は03年3月30日、自宅で心筋梗塞の症状が出たため、午後0時15分ごろ、妻が同病院に連れて行った。
担当医師は同0時40分ごろ、急性心筋梗塞と診断して点滴を始めたが、症状が変わらないため、同1時50分ごろ、効果があるとされる経皮的冠動脈再建術(PCI)が可能な同県高砂市の病院への転送を要請した。
しかし男性の容体は悪化し、同3時35分ごろに加古川市民病院で死亡した。判決は「約70分も転送措置が遅れており、医師に過失があると言わざるを得ない」とした。

この事件については以前から医療問題に関して精力的かつ判りやすい情報発信をしてくださっている「農家こうめ」さんのところで非常に詳細かつ判りやすい素晴らしい解説がありますので是非ご参照いただければと思います。
事情を知れば知るほどに、まさしく「どこに70分の遅れがあるんだ…?」としか言い難い状態。
そうでありながら加古川市民病院は3900万という見舞金レベルなどではない賠償の支払いを命じられているわけです。
おそらく限りなく最善に近い対応をしたと思われる担当医個人が訴えられなかったのが唯一の救いと言っていいかも知れませんが、判決でははっきりと医師に過失ありと断じています。
要するに今の時代にあって、救急はどんな適切な対応を取ろうが関わった時点で訴えられ、敗訴する可能性があると言うことなのです。

救急に関わるもう一つの大きな問題は、日本中の多くの病院で今もって主流である主治医(担当医)性というシステムの問題です。
この主治医性も日本の医療を蝕む大きな問題点の一つとして話せば長くなるのですが(そしてこれも何故か、マスコミはあまり取り上げませんよね)、今回は華麗にスルー。
とりあえず入院患者と言うものに対しては誰かしら専属の担当者をつけなければならないシステムであると言うくらいに理解しておいてもらいましょう。

皆さんもテレビドラマの花形「救急専門医」なるものの活躍を耳にされたことがあると思います。
次から次へと病院にやってくる救急車、運び込まれる重症患者達をちぎっては投げ、ちぎっては投げと八面六臂の大活躍ぶりは何とも格好良いではないですか。
ところで皆さん、救命救急室で彼らが診た患者さん達がその後どうなったかなんてことを考えたことがあるでしょうか?
初期診療を担当した救急専門医が入院から退院まで一貫して担当する…などと言うことはもちろんあるはずはありませんよね?何しろ彼らは「救急専門」なのですから。
というわけで初期診断に応じて各科の医師に患者が振り分けられ、主治医としてその後の診療を担当するわけです。

さてここで考えていただきたいのですが、近ごろは病院経営改善が日々叫ばれているわけですから、何科であれベッドなど空けているような余裕などないわけです。
空床率限りなく0%を目ざしてどこの科であれ一杯一杯の状態で患者を出し入れしている、当然それを担当する医師達も過重労働でひいひい言いながら常時フル回転しているわけですよ。
そこへ夜毎に「ええ格好しい」の救急専門医が勝手に受けた患者を自分で始末をつけるでもなく、他人にどんどん押しつけてくるのです。
他科医にしてみれば一医師として既に救急専門医と同等の仕事をこなしている上に、救急専門医の患者の後始末まで担わされるわけです。

言ってみれば運転手が常に過積載で昼夜の別なくトラックを走らせているところに、営業が「それじゃこれもお願いね」と荷物を勝手に積み上げていく状態。
営業が仕事を終わった後も必死で夜通し車を走らせたあげくに、過積載でお縄になったり過労で事故ろうものなら社会的制裁は全て運転手のみが負うことになるわけです。
当然ながら主治医たることを押しつけられる各科の医者としては面白くないと言う話になって当然ですよね。

こうした救急医対他診療科医の間での感情的対立が高じた結果、救急診療体制が縮小あるいは崩壊していく病院も結構あるものなのです。
実際にとある病院で、救急専門医が拾った診断未確定の患者を誰が引き受けるかで各科医師が3時間ばかり睨み合うという場面に遭遇したことがあります。
かくして逆説的なようですが、救急専門医が頑張れば頑張るほど、その病院の救急は崩壊していくという現象が起こってくるわけです。

そして何より一番の問題ですが、今どき救急なんてやってる病院にはそれだけで医者が来ないという現実があります。
近ごろではどこでも医師不足と言われますが、特に中小病院ではアルバイトの非常勤医で当直を回している病院が多いのです。
現実的にこうした病院は臨床に遠い基礎系の医者(医師免許所持者と言うべきか)まで動員して何とか員数合わせをしていたという歴史的背景もあります。
そんな元々が臨床をやる気のない当直医にとって、「救急やってます」「救急車が入ります」はそれだけで大きな忌避理由です。
ましてや今どき「我々は患者から逃げない」とばかりに「救急車は絶対断るな!全部受けろ!」なんて化石のような院長がいる病院なんて…
一昔前の、連日の奴隷労働ですっかりハイになって医師の社会常識が麻痺していた時代ならいざ知らず。
一度醒めた頭で考えてみれば、一宿一飯の恩義のために人生棒に振るようなリスクを犯したがる奇特な医者はそうはいないということですね。

またも長くなりましたので、続きは次回「救急医療、崩壊!? その四」にて。

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2008年8月 4日 (月)

宇宙関連ニュース二題

このところNASAが大きなニュースを出すという噂がありましたが、どうも火星関係の話らしいです。

火星 NASAが「水確認」発表 探査機が土壌分析

8月1日12時15分配信 毎日新聞

 【ワシントン草野和彦】米航空宇宙局(NASA)とアリゾナ大は7月31日、火星探査機「フェニックス」による土壌の分析の結果、水を確認したと発表し た。火星にはかつて水があり、現在も氷が存在することは確実視されていたが、地球以外の天体で、生命に不可欠な水を直接確認したのは初めて。今後、有機物 の発見に期待がかかる。

 フェニックスは北緯68度付近で活動しており、ロボットアームで地表から約5センチ掘って土壌を採取し、分析装置に投入。この装置はサンプルを加熱し、蒸発させるもので、土壌に混じっていた氷が水蒸気になったことが確認された。

 同大で会見した研究チームは、フェニックスの活動が「水を探すことから、生命の生息環境があったかどうかの調査に移ることができる」と意義を強調。これまでの探査で、マグネシウムやナトリウムなどは検出されているが、有機物は見つかっていない。
(後略)

探査機自体の機能は限られたものでもちろん生命の有無を調べるようなシステムは持ち合わせていないのですが、一方で備え付けの顕微鏡を用いることで試料中の生命の存在を確認できる可能性があるのではと言う話です。
近々NASAが何か発表するという噂も流れていることから、あるいはすでに何らかの証拠でも手にしているものなのかどうか…?

もう一題は遠く土星の衛星タイタンに液体が見つかったという話。

土星の衛星タイタンに「エタンの湖」を確認、生命の可能性も?

7月31日12時3分配信 WIRED VISION

地球では、地中に埋まった液化炭素水素を見つけ出そうと躍起になっているが、土星の衛星タイタンには、あり余るほど大量にあるようだ。

科学者たちは、2006年7月にタイタンで発見された暗く滑らかな地形を湖と推定してきたが、今回、これは間違いなく、主に液体エタン(単純な構造の炭化水素)による湖だという研究結果が出た。

エタンは、タイタン大気のメタンが太陽エネルギー誘起反応によって変質したことによる産物だ。科学者たちは、エタンの超微粒子が大気から地表に落ち、湖を満たしたと考えている。

地球では、エタンはエチレンの製造に使用されている。エチレンはあらゆる目的の原料となる化学物質(英文記事)として使用され、世界で最も生産量が多い有機化合物だ。

[エタンの沸点は摂氏マイナス89度で、地球上では気体。融点はマイナス183度。タイタンの表面温度はマイナス180度前後とされる]。

アリゾナ大学の教授で、この論文の筆頭執筆者であるRobert Brown氏は、「タイタンの表面に液体で満たされた湖があることを実際に確認したのは、この観測結果が初めてだ」と述べた。

この新たな観測結果によって、太陽系の中で生命を探す対象として、タイタンが最もふさわしい場所の1つであることが確認された。一部の宇宙生物学者は、タ イタンの炭化水素の湖に生命が存在する可能性がある、という仮説を立てている。ただしそれは、水を必要とする地球上の既知の生命とは大きく異なるはずだが [タイタンでは水蒸気も確認されている]。

エタンと液体が混ざったこの湖には、窒素やメタンなど、エタン以外のさまざまな炭化水素が含まれているとも考えられている。

探査機『カッシーニ・ホイヘンス』が、光を反射させる方法でこの液体の化学組成を特定した。この方法は分光法と呼ばれるもので、他の惑星の大気組成についてのほとんどの情報は、この手法で入手されている。

「これを初めて見たとき、これほど黒いという事実は受け入れ難いものだった」とBrown氏は語る。「湖に届いた光の99.9%以上が戻ってこない。これ ほど暗いということは、表面は非常に静かで鏡のように滑らかなはずだ。自然な過程で作られた固体がこれほど滑らかなはずはない」

さらに科学者たちは、吸収スペクトルを分析して、エタンの存在を確認した。
(後略)

ガス惑星ならば少なくとも内部に液体の層があるわけですから、その中になにかしら未知の生命体でも存在しているのではないかと言うのは古来SFでは定番といっていいネタです。

さすがに当分そうした高温・大圧力の世界に入り込むのも無理でしょうが、衛星上に水たまりがあるということになれば色々と夢も広がるというものですよね。

むろん炭化水素の巨大な供給源と言うことであれば化石燃料としてのみならず各種化学製品の材料としても大きな価値があると予想されるわけですが、我々が生きている間に商業ベースに乗りますかねえ…

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2008年8月 3日 (日)

救急医療、崩壊!? その二

前回の「救急医療、崩壊!? その一」につづいて、今回はなぜ今の時代に救急医療に手を出してはいけないかを考えてみましょう。

題して「救急医療 やってはいけないこれだけの理由 ~医師編~」

まず医師側から見た場合の救急の最も大きなリスクとは、「ほとんどの患者が専門外である」と言うことではないでしょうか?
そもそもこの専門性と言うものも実のところ、患者側の要求に従って進化発展してきた概念とも言えるわけです。
たとえば一昔前であれば電気製品が壊れたと言えば近所の電気屋に頼んで直してもらうのがごく当たり前でした。
今はどうでしょう?この道50年の電気屋の親父に動かなくなったPC直してもらいますか?なんとなく不安だし嫌ですよね?

人間一人の能力に限りがある以上、「より優れた医療を」という要求はすなわち特定領域への特化の要求に他なりません。
当然のことながら一人の医師にとっては専門外という範囲は年々拡大を続ける一方なわけです。
眼科医に心筋梗塞を診てもらいたいと思いますか?皆さんと同様に、たぶん眼科医の方でもそんなもの診たくないなと思っているのですよ。
それは専門外だから専門医のいる病院にいってねという場合が増えるのは当然ですよね。

本来救急とは診療時間までどうしても我慢できないと言う患者に対して、当座最低限の処置を行うと言うものであるはずでした。
ところが近年では「コンビニ受診」などと言う言葉がある通り、救急医療を夜間外来と勘違いして来院する患者が激増しているのですね。
夜間であれ休日であれ専門医にかかれて当然、日中と同じレベルの医療を受けられて当たり前と思いこんでいる勘違いさん達がなぜ増えるのか?
医療サイドからのアナウンス不足、誤解を煽るマスコミの存在など原因は多々あるでしょうが、いずれにせよ現場にとっては「いつ地雷を踏むか」な状況であることは変わりません。

これにしても一昔前は専門外でも精一杯頑張りましたと言っておけば通用していた部分もあるのですが、今は時代が違います。
近ごろでは専門医がやっていればもっと良い結果になった可能性があるなら何故専門医に送らないの?と言われ、またその分の損害賠償も請求される。
善意のつもりの行為がかえって自分に跳ね返ってくる、それならば最初から専門外など手を出さないでおこうかと言う話になってくるのは当然のことでしょう。
厳罰主義という社会的情勢に照らしてみても、救急医療などに関わるということは当事者たる医師にとって許容されざるハイリスクと認識されつつあるわけです。

また当直医は通常日勤業務をこなした後の医師がそのまま従事しているわけですが、当直医の96%までが翌日もそのまま業務についています
日勤>当直>日勤となりますと少なくとも32時間以上の連続勤務が日常的に行われていることになるわけで、これが何を意味するのか?
本来の能力をもってすれば起こらなかったはずの判断ミスが過労によって引き起こされ、結果として患者の不利益になっている可能性があると言うことですね。

実際のところ24時間満足な睡眠をとっていない人間の能力は、血中アルコール濃度0.1%の者と同程度に低下しているということです。
米国では既に80年代に医師の過労による医療事故というものが問題視され、医師の労働時間に法的制限が加えられてきたという経緯があります。
ひるがえって我が国ではどうかと言えば、未だに「医師は労働基準法の適応対象外だ」などという誤解が巷間広くまかり通っている始末です。
なんでも労基法違反ではと監督署に相談してみたところが、医者だと判った途端に電話を切られたなんて話も漏れ聞こえてくるくらいですから(本当かどうかは知りませんが)。
まずは現場の医師自身が過重労働は明らかな違法行為であって、その結果何かが起こったとすれば医師の責任となる事実を認識していかなければなりません。

そもそもこれも大きな勘違いなのですが、当直医とは本来夜間の診療に従事するための存在ではないのですね。
厚労省が特に通達を出しているので拾ってみますと、当直の定義とはこんな感じになります。

1 宿日直勤務の趣旨
宿日直勤務とは、 仕事の終了から翌日の仕事の開始までの時間や休日について、 原則として通常の労働は行わず、 労働者を事業場で待機させ、 電話の対応、 火災等の予防のための巡視、 非常事態発生時の連絡等に当たらせるものです。 したがって、 所定時間外や休日の勤務であっても、 本来の業務の延長と考えられるような業務を処理することは、宿日直勤務と呼んでいても、 労働基準法 (以下 「法」 という。) 上の宿日直勤務として取り扱うことはできません。
これらの宿日直勤務については、 宿日直勤務に従事している間は、 常態としてほとんど労働する必要がないことから、 所轄労働基準監督署長の許可を受ければ、 法第33条の届出又は法第36条に基づく労使協定の締結・届出を行ったり、 法第37条に基づく割増賃金を支払う必要はないこととされています。

これについては歴史的な経緯があって、当直医に夜間診療を行わせているとなれば当然労基法に基づく労働時間の制限を受けるし割増賃金も払わなければならない。
しかしそれを言い出すと全国の病院が立ちゆきませんから、当直医は働いていないんだよ~と言う役所と病院の暗黙の取り決めとして処理してきたわけです。
実際のところどの程度なら夜勤ではないとなるかと言うと、おおむね当直回数として週一回以内。
実際の労働の程度についてはお上の指導の除外規定が参考になると思いますが、

a 1か月における宿日直勤務中に救急患者に医療行為を行った日数が8日ないし10日である場合において、救急患者の対応に要した時間が最も多い日について勤務医及び看護師ともに3時間以内のもの

b 1か月における宿日直勤務中に救急患者に医療行為を行った日数が11日ないし15日である場合において、救急患者の対応に要した時間が最も多い日について勤務医及び看護師ともに2時間以内のもの

c 1か月における宿日直勤務中に救急患者に医療行為を行った日数が16日以上である場合において、救急患者の対応に要した時間が最も多い日について勤務医及び看護師ともに1時間以内のもの

救急指定病院として見れば実質的には救急搬送などほとんどないような名ばかりの救急病院くらいでなければこういうレベルは満足できないんじゃないでしょうか?

つまり病院が当直医に実質的な夜勤医として救急医療を担当させるなどもってのほかであって、逆に言うなら救急に手を出すなら当直医に加えて救急担当医を用意しなければならないということです。

当然ながら今の時代、そんな医者余りの贅沢を出来るような病院など滅多にないわけで、本来ほとんどの病院が時間外救急医療など行ってはならないはずなのです。

要するに今やほとんどの病院においては、当直医が救急医療を担当するということはそれ自体が既に違法行為であると言うことなのです。
昨今の医療に向けられる世間の厳しい視線を思えば、こんな違法行為などしてはならないし、させるなどもってのほかであることは言うまでもありません。

ちなみに上記の暗黙の了解と言うやつですが、近ごろでは税務署さん(笑)がこの日本的慣習をぶち壊しにしてくださっています

市立3病院追徴税1187万円、宿・日直手当分で告知…長崎税務署
2007年5月15日 読売新聞

 長崎市病院局は14日、市民病院、成人病センター、野母崎病院の市立3病院で、医師の宿・日直手当など総額約3655万円について源泉徴収をせず、長崎税務署から約1187万円の追加徴収の告知を受けた、と発表した。同局は同日付で納付した。
 同局によると、国税庁の通達では、宿・日直勤務1回の手当のうち4000円は非課税となる。しかし、勤務中に医療行為を行った場合は、宿・日直勤務とみなされず、通常勤務として手当全額が課税対象となるが、同局は非課税扱いとしてきた。昨年8月以降、同税務署から調査を受けていた。
 調査の結果、2003年から4年間で、医師112人分、計約1059万円の徴収漏れが分かり、延滞税などを加えた約1187万円の追加徴収を求められた。同局が立て替えて納付し、今後、医師から個別に徴収するという。

実は近ごろでは長崎に限らずあちこちの地方で同じようなことが起こっていまして、さすが国の赤字も増えすぎて税務署も手心を加える余裕も無くなってきているということでしょうか?(苦笑)。
いずれにせよ今の時代当直医として救急医療に関わるということはハイリスクであり違法行為である上に、金まで取られてしまうという恐るべき事実を認識しておかなければならないわけです。

市民もマスコミも口をそろえて「医療ミスけしからん!」と連呼している時代です。
患者のためにと独りよがりな勘違いをし夜を徹して働いたところで、疲れてミスをすれば容赦なく訴えられる。
もちろんそれを理不尽なことと考えてはいけないのであって、ミスをすれば叩かれるのはどの職業であっても当たり前のことなのです。
ならばミスを犯す危険性を少しでも減らしていくためにも、医師はもっと法律遵守ということを真剣に考えていかなければならないのは当然でしょう。
「救急医療などやってはならない」とは、医師として以前に労働者として当たり前のリスク管理でもあるわけです。

さて、全国のまともな判断力をもった医師達が当たり前のことを行うようになった結果どうなったでしょうか?
これがまた不思議なことに、良いことずくめなんですよ(笑)。

肉体的、精神的にも楽にはなるし、早く家に帰って家族と過ごす時間も取れるようになったとか。
医師が足りないんだからと、かえって給料も増やしてもらえるようになったとか。
とうぜんのことながら不本意な訴訟のリスクも減ったとか。

そしてなにより大きな変化として、医師もやっと人間扱いされるようになったんですよ!(笑)

長くなりましたので、「救急医療 やってはいけないこれだけの理由 ~病院編~」は次回「救急医療、崩壊!? その三」として続きます。

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2008年8月 2日 (土)

今日のぐり 名物うどん「横田」

先日のラーメン「あかり」に続いて、今回は名物うどん「横田」です。

見た目もパッとせずあまり美味しそうでもないのに結構流行ってるっぽい店って気になりませんか?
ここも時々通りがかりに見るたびに何か沢山お客が入っているようなので一度行ってみたいと思っていた店なのでした。

入ってみると注文を受けるカウンター、天ぷら等のお総菜が並ぶ棚、そしてレジと並んでいる典型的なセルフのうどん店でした。
気安い感じのおばちゃんに注文を頼むのですが、このあたりの店の雰囲気は大衆店らしくけっこう好印象でよろしい。
シンプルにざるうどん辺りにしてみようかと迷いましたが、結局いつものようにぶっかけうどん(小)\400をオーダー。
なお、おにぎりはオプションではなくてデフォルトでついているものです(なんで?)。

Yokota

とりあえず箸でうどんを持ち上げてみるのですが、う~む…パサパサで荒れた表面に濁ったような色と見た目はちょっと、ねえ。

出来の良いうどんと言えば表面はなめらかで輝くような光沢があり、噛んでみると表面近くはもっちり、さらに噛み込んでいくとコシがあって…とにかく見た目から見目麗しいわけですよ。
このうどんは案の定口にしてみると芯まで均一に硬いだけ、そのくせコシというものはろくにないしボソボソと粉っぽい食感も残る。
まあスーパーの袋入りうどんでも3玉\100といったあたりならこんなものかも知れませんが、今どきはそこそこうどんらしいうどんも売ってますのでねえ…
フードコートならまだしも、一応はうどん専門店でこれを出すのはちょっとどうよ?と考えざるをえませんでした。

うどんはともかく、多めに載せられたあげ玉がやや下品っぽい(悪い意味でなく)ダシの味と混じってくると、意外にも?ぶっかけとしてのまとまりは悪くありません。
まともなうどんを食わせるちゃんとした店でもぶっかけとなると出来の悪いものを出してくるという例が少なくないのですが、ひとえにこのダシとうどんとがマッチしていないからなんですね。
持ち帰りが出来ると言うことですから、このうどんだけ加ト吉冷凍うどんあたりにかえてみると割合いけてるかも知れません…(暗黒)。

ぶっかけ、あるいは冷たいうどん全般に海藻類を入れるのは基本的にあまり好きではないのですが、ダシを含んだあげ玉の味が強いせいかさほど気になりませんでした。
おにぎりは飯の味その他味的には全く特記すべき美点はないのですが、ちょっと口が油っぽくなるこのぶっかけうどんとのマッチングで言うと梅干し入りなのは正解。
ノリを巻く代わりにゆかりをまぶしてみるともっと合うかも知れませんね。

価格的には「かけ」あたりで\200くらいのようですから、香川ではともかくこの界隈では価格競争力はあるかも知れません。
すぐお隣にぶっかけうどんの「ふるいち」がありますが、うどん自体はあちらが上としてもここの3~5割増の価格のせいかそれほど大繁盛しているとも思えませんし。
しかし純粋に店の雰囲気だけなら結構嫌いでもないんですが、また来るかと言われればさほど遠くない場所に価格でも負けず味で圧倒している「天の」があると言う点がねえ…
ま、お客の入りに油断することなく更なる精進を期待しておきますか。

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2008年8月 1日 (金)

テキサス親父、毎日新聞捏造問題で日本人の奮起をうながす

以前にご紹介したテキサス親父ですが、前回は毎日新聞の変態捏造英文記事国外垂れ流し記事についてコメントしている件をご紹介しました。

毎日新聞変態記事問題 ~テキサス親父もあきれてる~

この件について友人がテキサス親父に連絡をとったところ、それ以来毎日のようにメールが届くそうです。

テキサス親父暇なのか(苦笑)。

まあそれに対してあることあること片っ端から吹き込みまくっているらしいですから、結果オーライではあるんですが。
ネット上で見た範囲でもあちこちで同じような話があるようで、たとえばこちらでは「まだまだ日本人の発言が足りない!」と叱咤激励されたそうです。

テキサス親父を支援しよう!

オレが「毎日ワイワイ問題」をやったのは、お前さん達のリクエストに応えたかったからだ。
その代わりに、コメント欄の醜い攻撃から守ってくれよ、と頼んだよな。

これまでの所、200を超えるコメントがこのビデオについている。しかしただの一つもお前さんのコメントがないじゃないか。一体どうしたわけだ? 会社にいてYoutubeが見られないのは分かる。しかし24時間働いているわけじゃあないだろう。 お前さんのブログの読者は助けてくれないのか? みんなどこにいる? 全員ニコ動にいるってのか?

オレはお前さんのリクエストに応えたぞ。今度はお前さんの番じゃないのか。

あの狂ったコメントをどうにか退治するには、少なくとも、日本人であるお前さんの方が、お前さんの国家である日本を守るために有利な立場にいるはずだ

日本人のお前さんほうが、自分の国家を守るのに、オレよりも有利だろう。

さあ、オレは今度こそお前さんがあの日本女性に対して馬鹿げた妄想を持っている馬鹿者どもに対して、礼儀正しく思慮深いコメントで戦ってくれることを期待しているぞ。

ん~親父マメだよ親父。

youtubeコメント欄を筆頭に相変わらず寝言満載の妄言を吐いている輩もいるようですが、連中の場合煽り上等のネットジャンキー属性と言うことでまだ理解できるとも言えます。
理解できないのは未だに公の紙面で妄言を吐き続けるという一方の当事者における羞恥心の所在と言うところでしょうか?
猿でも反省するというこの時代にこの連中ときたらまあ…

25時:かん口令

 世間を騒がせている大分県教委汚職。今月上旬、筆者も応援取材に。現場は大分県佐伯市。市内の学校に勤めていた3人の校長・教頭が贈賄容疑で逮捕 され、別の3人も校長・教頭昇任の謝礼として県教委幹部に商品券を渡したとされる。逮捕者・不祥事が続出して、取材当時は5校で校長や教頭が不在という異 常事態となっていた。

 そこで現役・OBの校長や教頭を訪ねて事件の背景を聞くことに。皆、口は重かった。「私は何も知らない」。新聞社と名乗ると、会うのを拒否される。悲しかったのは「個人的な意見は言えない。教委がかん口令を敷いているから」と答えた小学校教頭の一言だ。

 不祥事に対しては、組織の個々人に「思うところ」はあるはずだ。内部からの告発はうみを出すきっかけにもなる。かん口令に従う教員も情けないが、佐伯市教委は事件を自身の問題として受け止める覚悟があるのだろうかと、憤りを覚えた。

 新聞社や記者にも不祥事はあり、週刊誌に載ることもしばしば。ちなみに、弊社の不祥事担当は「記者はおしゃべり。口をふさぐことは無理。むしろ、悪いところは認めて、世間が納得する説明を考えなければ」。手前みそだが、こちらの方が説得力はある。【種市房子】

毎日新聞 2008年7月28日 地方版

 

説得力ねえよ!

毎日新聞と言えば元々押し紙問題で有名なところですが、こういうのも言ってみれば部数捏造ですよね。

毎日新聞にとってもはや捏造ってのは第二の天性とでも言うべきものなんですか?

毎日新聞「押し紙」の決定的証拠 大阪の販売店主が調停申し立て 損害6,300万円返還求め

 杉生さんが「押し紙」の実態について語る。

 「わたしは毎日新聞社に対して、新聞の送り部数を減らすよう何度も申し入れてきました。しかし、弁護士さんに交渉してもらうまで、申し入れを聞き入れてもらえませんでした」

 「押し紙」で生じた赤字を埋め合わせるために、杉生さんは1989年に自宅を売却。奥さんに先立たれる不幸も経験したが、それでも息子さんやアルバイトの従業員たちと一緒に、細々と自分の店を守り続けてきた。

 杉生さんが被った「押し紙」の損害は、ここ5年間だけでも約6,300万円にものぼり、2006年6月30日、弁護士と相談した杉生さんは、毎日新聞社に対して損害賠償を求め、大阪簡易裁判所に調停を申し立てた。現在、調停を重ねているところだ。

販売店に赤字を押しつけて自分だけ美味しい思いをしている件に関してはどんな説得力ある言い訳を用意してくださるんでしょうか?
と言いますか、仮にもマスコミを名乗る媒体として明白な事実に盲目であって良いはずはありませんよね。

朝毎読「部数激減」の非常事態

ほとんどの社で「前年比」の欄にマイナスが並ぶが、なかでも突出しているのが毎日。1年前に比べ10万部も減った。5月の部数も前年比で10万部減少している。

毎日新聞さんは医療従事者を始め各方面で有名ですから(苦笑)、近ごろではあちこちで草の根不買運動が広がっていますよね。
いい加減毎日新聞さんは自らが社会的に求められていないという事実を認識した方がいいんじゃないでしょうか。

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