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2008年8月14日 (木)

【医療崩壊番外編】 8月20日は何の日? その二

前回の「【医療崩壊番外編】 8月20日は何の日? その一」に続いて、今回は裁判の流れを中心にしてこの事件の問題点を探っていきたいと思います。

双方の主張が整理されもはや判決を待つのみとなった現時点において、医療界では起訴自体が間違いだったのではないかという声がますます大きくなってきています。
公判を通じて検察側が自らの主張を裏付ける根拠を提出できずに終わったように見えること、そして何より加藤医師の行った処置が医学的に間違ったものとは思えないことがその大きな理由ではないでしょうか。
結果として死亡という不幸な転機をたどったにせよ、一介の臨床医が当たり前に診療を行っている中で罪に問われる、それが医療を為す上で持つ意味は決して小さなものではないし、そんな不当な仕打ちを見過ごしに出来るほど悟りきっている医療従事者ばかりでもないということでしょう。

大野病院事件以前にも、主に頻発する医療訴訟と俗に言うトンデモ判決の分析を通じてですが、医学的な意味での正しさと司法的な意味での正しさは全く別物であると言う認識は徐々に広がってきてはいました。
近ごろでは”EBM=Evidence Based Medicine(医学的な根拠に基づく医療)”をもじって”JBM=Judgement Based Medicine(司法の判例に基づく医療)”などと言う言葉があるほどで、この点はまた改めて論じていかなければならない重要なポイントです。
しかしながら今回の場合、どうもあちこちで法曹関係者の話を聞く限りにおいても、医学的のみならず司法的にもちょっと無理目な話だったのではないかという印象を受けています。
たとえば検察出身の弁護士としてネット上でもつとに有名なモトケン氏は自ブログにおいてこのように述べています。

大野病院事件問題と検察審査会

 福島地検が大野病院事件をなぜ起訴したのかについて考えてみたのですが、いくつかの要因があるにせよ、被害者側の処罰感情の厳しさから見て、不起訴処分にした場合は検察審査会への申立がほぼ確実なものとして予想され、検察審査会が本件を見た場合、不起訴処分に異議があると判断する可能性があると福島地検が考えたことが、本件起訴の大きな要因になっていると想像されます。
(中略)
 誰が見ても起訴できない、またはすべきでない事案であれば、毅然として不起訴にすればいいのですが、業務上過失致死傷罪は、素人感覚的にはプロがやっているのに死傷の結果が出たということはどこかにミスがあったのではないか、という感覚的判断が生じやすい、と検察庁でも考えますので、検察審査会に不服申立された場合の検察審査員の素人感覚を考えますと、検察としてはなかなか不起訴にしにくいのです。

大野病院事件は、病院側と被害者側とで示談が成立していれば、絶対と言っていいほど起訴はなかった事案だと思います。
 示談が成立したということは、被害者側からの検察審査会への不服申立の可能性がなくなったということを意味しますので、安心して不起訴にできるからです。

 しかし、示談の見込みがない以上、検察としては、不起訴にして検察審査会で「不起訴不当」や「起訴相当」の議決が出るリスクを負うか、積極証拠を集めて起訴してしまうか、という二者択一を迫られることになります。
 起訴したとしても、公判で否認されれば検察としてはそれなりに手間がかかるのですが、当時の福島地検が、「検察審査会から文句をつけられるより、起訴してしまったほうが面倒くさくなくていい、と思ったのではなかろうか、というのが私の憶測の中に一つの可能性としてあります。

もちろん検察内部で起訴に至る様々な要因があったにせよ、まるきり起訴しても有罪は無理という状況でなら幾ら何でも検察も負け戦をしかけるとも思えません。
そこで何が彼らの背中を押したのかと考えていく上で、前回紹介した記事中の一文が大きな意味を持ってくるわけです。

帝王切開で出血死、福島県立病院の医師逮捕

医療ミスは、05年になって発覚。専門医らが調査した結果、県と病院側はミスを認めて遺族に謝罪。加藤容疑者は減給1か月の処分となった。

裁判を通じて一貫して加藤医師側はミスはなかったと主張していますが、一方で当初患者が亡くなった段階では病院はミスを認めて謝罪までしている。
一体これはどうなっているんだと思うところですが、当の加藤医師の所属医局である福島県立医大産科の佐藤章教授がこの謎解きをしてくれています。

福島県立大野病院の医師逮捕は不当(福島県立医大産婦人科教授 佐藤章氏)

 患者の死亡後、県の医療事故調査委員会が設置され、当大学出身者以外も含め、3人の医師による報告書が2005年3月にまとめられた。今回の逮捕・起訴の発端が、この報告書だ。県の意向が反映されたと推測されるが、「○○すればよかった」など、「ミスがあった」と受け取られかねない記載があった。私はこれを見たとき、訂正を求めたが、県からは「こう書かないと賠償金は出ない」との答えだった。裁判に発展するのを嫌ったのか、示談で済ませたいという意向がうかがえた。私は、争うなら争い、法廷の場で真実を明らかにすべきだと訴えたが、受け入れられなかった。さすがにこの時、「逮捕」という言葉は頭になかったが、強く主張していれば、今のような事態にならなかったかもしれないと悔やんでいる。加藤医師は、報告書がまとまった後に、県による行政処分(減給処分)を受けた。

要するに加藤医師側としては患者遺族のためによかれと思って受け入れた自らの過失を認める報告書が、回り回って自分の首を絞めることになったということです。
実のところこの種の問題は大野事件に限った話ではなく、医療過誤に関わる賠償金・補償金の支払いについては何かしらミスがあった、裁判で負けたといった事情でもなければ極めて支払いが渋いとは以前から言われています。
ほとんどの場合に賠償金・補償金は保険または自治体予算から出るわけですが、例えば医師はミスを認めお金で償う意志があり患者側も金銭的補償を受けることで納得している、しかし現実にお金が出ないために敢えて双方とも望まない民事訴訟に持ち込まざるを得ないという場合もあるとか。
保険会社にすればミスもないのに金を出したくはないでしょうし、自治体にすれば予算を組むにも議会が納得する理由がいるという事情は理解できますし、こうした支払い抑制によって日本の医師賠償保険料が米国と比較すれば極めて低額に抑えられてきたという一面でのメリットもあったのは事実でしょう。
しかし医療過誤問題がこれほど大きな問題となってきている現在、果たして時代に即したシステムなのかと言う点はもう一度考え直してみるべきではないでしょうか?

実際の裁判の様子については幾つかのサイトにおいて傍聴記が公開されていますが、ここでは「周産期医療の崩壊をくい止める会」「ロハスメディカルブログ」の二つを紹介しておきたいと思います。

周産期医療の崩壊をくい止める会ホームページ

福島県立大野病院事件公判傍聴記(全)

多くの医療系ブログでは法律的知識に乏しくその方面での考察が至らない点は仕方がないところですが、少なくとも傍聴記から医学的に見る限りにおいて検察の主張には特記すべきものが見られませんし、公平に見て加藤医師に罪に問われるほどの過失もないようです(むろん、民事上の賠償責任云々は別問題として)。
特に問題とするべきは検察の主張の根拠が学生の教科書レベルの文献を別とすれば、たった一人の検察側鑑定医の意見にほぼ全面的に依存しているように見えることです。
無論、そのたった一人の鑑定医が誰の目から見ても間違いないと言えるほどの人物であればまだしもなのですが…
ともかく、この鑑定医こそが他ならぬ新潟大医学部産婦人科の田中憲一教授であって、この訴訟を通じて産婦人科医以外にも広くその名を轟かせることになった方なのです(それが良いことなのかどうかは別ですが)。
以下に「周産期医療の崩壊をくい止める会」の傍聴記から断片的に引用しますが、この第六回公判における田中教授の証言自体がこの人物の立ち位置を明確にしていると言えるでしょう。

第六回公判 傍聴記(文中の「証人」が田中教授の発言です)

【以下、検察側主尋問より抜粋】

検察1: 産科婦人科にはどのような専門がありますか
証人: 周産期、腫瘍、生殖、婦人科内分泌の4つです
検察1: 証人の専門は
証人: 腫瘍
検察1: 先生はお産を取り扱ったことはありますか
証人: はい。T赤十字病院と厚生連M病院に勤めていた頃に扱いました
検察1: それはいつ頃ですか
証人: 昭和47~50年10月

**************************************

検察1: 平成16年12月17日、大野病院における帝王切開手術について、福島県の警察から本件の鑑定を依頼された経緯については
証人: 富岡警察の刑事さんが来られて、依頼されました
検察1: なぜ証人が鑑定人に選ばれたと認識していますか
証人: 「過去の鑑定で立派なものがあった」「鑑定で困っているのでお願いした」と言われました
検察1: どういう事例か、依頼されたときに聞いていましたか
証人: 帝王切開の際に亡くなった妊婦の死因について
検察1: (聞き取れず)
証人: 周産期の専門ではなく産婦人科一般の専門医の知識でしか鑑定できないが、それでよろしいかと聞いたが、警察は「お願いしたい」ということでした

**************************************

検察1: 証人自身の癒着胎盤症例の経験は
証人: 正確に覚えているのは1例。なりたての頃にもう1例あったかと思うが、はっきりと覚えていません
検察1: どのように関わられたのですか
証人: 帝王切開の第2助手か第3助手として、それから術後管理を
検察1: いつ頃ですか
証人: 昭和52年か53年

**************************************

【以下、弁護側反対尋問より抜粋】

弁護1: 先生のご専門は婦人科腫瘍ということですが
証人: はい
弁護1: 経歴では、当初産科もおやりになった。その後は、婦人科腫瘍、研究あるいは医療に携わっていたと。
証人: はい
(中略)
弁護1: 本件は全前置胎盤?の患者さんで、帝王切開を行ったところ、癒着胎盤があったという事案ですね
証人: はい
弁護1: いずれも周産期医療に属する事柄ですが、婦人科腫瘍の専門家である先生が、専門外の事柄でなぜ鑑定書を書かれたのですか
証人: 警察に依頼されたからです。
(中略)
弁護1: 周産期医療に関することで、産婦人科の専門医の知識で書くということについて、先生は言われたということですが、それに対して警察官は何も言いませんでしたか
証人: 言っていませんでした。
弁護1: わが国の周産期の専門家で、先生が信頼をおく方にはどういう方がいらっしゃいますか
証人: 名前を挙げるということですか
弁護1: はい
証人: 東北大学の岡村教授、福島県立医大の佐藤教授、北里大学の海野教授、昭和大学の岡井教授、名誉教授ですが大阪大学の村田名誉教授、九州大学の中野名誉教授、宮崎大学の池ノ上教授です。
弁護1: 本件についてそのような方が鑑定書を書くのがより適切だとお考えになりますか
証人: そう思います
弁護1: 先生が名前を挙げた、東北大学の岡村先生、宮崎大学の池ノ上先生には、弁護側の意見書作成をしていただいているが、証人はご存じですか
証人: いいえ

**************************************

弁護1: 癒着胎盤で、先生が臨床現場で癒着胎盤の患者さんを実際に見られたのは一回あると言われましたね
証人; 明らかに思い出すのは一回です。
弁護1: 昭和何年ですか
証人: 昭和52~53年か
弁護1: 今から三十数年前ですね。
証人: そうですね
弁護1: 先生が医者になってまもなくですか
証人: まもなくでもないですよ。5年くらいです。
弁護1: 癒着胎盤の患者を臨床の現場でみたのは、それ1回ですか
証人: 診療にたずさわったのは、その1回です。
(中略)
弁護1: 先生は、第二助手か第三助手でしたか
証人: そうです
(中略)
弁護1: 先生は具体的に施術中に何をされましたか
証人: 執刀医や第一助手の手術がうまくいくように介助する。
弁護1: 具体的にはどのようなことをしましたか
証人: 出血をガーゼで拭いたり子宮を押さえたりしました
(中略)
弁護1: それが先生が自分で経験された癒着胎盤の例ですね。先生は癒着した胎盤を自分の手で剥離した経験ないんですね。
証人: ありません

**************************************

弁護1: さらに、12月6日の後でも、帝王切開術の直前にエコーによる検査をしたほうがよい、とそう証言されましたね
証人: はい
弁護1: 12月13日にも超音波検査をされていますが、ご存知ですか
証人: はい
弁護1: 3日、6日、13日。すると、直前にやったほうがいいというのは、13日は経腹でやっていますから、13日も経膣でやったほうがいいということですか
証人: そうではなくて、13日には所見の記載がなかったので、どのような検査やったかわからないと。推定体重しか書いていなかったので。
弁護1: 当然術者は、推定体重をみるだけではなくて、超音波をやる中でいろいろなことをやっているのではないですか
証人: 私は当事者でないのでわかりません
弁護1: 直前にやったほうがいいという超音波検査は、経膣ですか、経腹ですか
証人: どちらでもいいと思います
弁護1: どちらでもいい! この全前置胎盤?について、娩出の直前に経膣の超音波検査をやると、出血を引き起こす危険があるといわれているのをご存知ですか
証人: そうも言われています

**************************************

弁護1: 先生は、胎盤が前回の帝王切開創にかかっている所見があると、鑑定書にお書きになっていますが、所見とは何ですか
証人: それは、S先生の鑑定です。加藤先生の供述調書も参考にしました
弁護1: 加藤医師は、供述でどういうことを言っていますか
証人: 隣の町の先生に応援を頼む電話をしたときの内容に、前回帝王切開創にかかっている、と聞いたように思う
弁護1: 加藤先生は、先輩である双葉厚生病院のK先生に応援を依頼するにあたって、たいしたことがないのに依頼するのは失礼だから、自分では、胎盤が前回の帝王切開創にかかっていないと思ったが、かかっているかもしれない、というふうに電話をしたと言っていますが、そのことは先生はお聞きになったことがありますか
(中略)
証人: 私は与えられた資料だけを参考にしました
弁護1: 聞いていない、ということですね。病理鑑定をした、S証人が、今回の帝王切開創にかかっていたという、捜査段階での供述を、この法廷で、かかっていなかったと変更しているが、先ほどの鑑定書は胎盤が今回の帝王切開層にかかっていることを前提に書かれたものですか。S先生の前の供述やなんかを参考に書かれた、そのままということですか
(中略)
弁護1: S証人は胎盤が今回帝王切開創にかかっていたという捜査段階の供述を、この法廷ではかかっていなかったと変更していますが、先生の鑑定書は変更前の段階のままですか
証人: そうです

何と言いますか…鑑定医というものがなかなかなり手がなくて検察にしろ弁護士にしろ苦労していると言う話をよく聞くわけですが、こういう法廷での実際を目の当たりにすると別な意味で鑑定医のなり手がますます減ってしまいそうな気もするのですが。
素朴な疑問として皆さんが加藤医師と同じ立場で被告人席に座っていたとしましょう、この田中教授の鑑定一つで仮に有罪判決が下ったとして…納得できますか?
もちろん鑑定医不足は医療訴訟に関わる大きな問題であり、そもそもまともな周産期医療の専門家が最初から鑑定を為していればと考えた場合に、専門外の鑑定を半ば強要された形となった田中教授も内心で思うところが多々あったとは思いますが…

この回の公判に限らず法廷でのやり取りの実際をみて思うのは、検察が臍帯を靱帯と混同するような初歩的なレベルの間違いを数多く繰り返しているのに対して、加藤医師の側に立つ弁護士は実によく勉強をしてするどい追求をしているように見える点でしょうか。
数多のトンデモ判決と言われるような医療過誤民事訴訟の中にも、どうも弁護のやり方自体に失敗しているのではないかと疑わざるを得ないような例が過去にも何度か言われていましたから、加藤医師はよい弁護士に恵まれたんじゃないかと思いますね。
弁護士も商売ですから結果がどうといった業務成績も重要視されるのかも知れませんが、目の前でこういう熱心な姿を見せてもらえれば弁護される側としても勝ち負け抜きに納得できる部分もあるのではないでしょうか?いやまあ、むろん負けるよりは勝つに越したことはないですけれども(苦笑)。
この弁護士の選任の問題も鑑定医の件と共に、今後ますます増加するだろう医療訴訟問題を考えていく上でもう一度よく考えていかなければならない点ですね。

これ以降の公判でも検察側は、少なくとも医学的視点から評価するならば目立った得点を挙げることが出来ないまま結審に至っているように見えます。
業務上過失致死については救命が困難な極めてレアなケースだったと言う専門家の意見がついていますし、届出義務違反についてはそもそも届出の義務を負うべき院長自身が届出無用との判断を下したことが明らかになっています。
もちろん「こうした難しい症例である可能性は予測できたはずで、そもそも大野病院で扱うべきではなかったのだ」という考え方は有りだとは思うし、むしろ個人的にはそういう方向でガンガン検察に攻めてきてもらえれば色々と有意義な結論も得られていたんじゃないかなと期待していたのですが…彼らも決してまるきりの馬鹿ではなかったということなのでしょうね。
いずれにしても司法の場での判断は医学的なそれとは異なるものですから、現段階で判決の行方がどうなるかを医療側から予測することは無益というよりは危険でしょう。
そうではあっても、少なくとも加藤医師が医療という面で決して間違ったことをしてはいなかったのだと明らかになったことは、この裁判を通じて得られた最大の成果の一つと言ってもいいかも知れません。

ところで、法的なシステムにのっとって考えれば裁判となることは仕方がないことであって、堂々と戦って無罪判決を勝ち取ればよいのだという意見もありますがどうでしょうか?
自分自身は過激な医療刑事免責論者ではないですし、純粋に法的見地からすればそういう解釈になるのかも知れませんが、現場の医療関係者としてはたとえ無罪判決が下ったとしても「冗談じゃないよ!」といったあたりが本音ではないでしょうか。
無罪というお墨付きを得ることで加藤医師の名誉回復は歓迎されるとしても、医療対司法という関係は今後決して元と同じものに戻るということはないでしょうしね。
また日本の検察の検挙有罪率は99.8%と国際的に見ても極めて高いそうですが、逆に無罪となってしまった場合の担当検察官は内部評価的に極めて厳しいものになるという噂も聞きます(件の片岡検事は公判途中に千葉にご栄転なされたそうですが…)。
もちろん地検とすれば職務を遂行しただけで誰恥じるところもないと言う気持ちもあるでしょうが、現実問題として医療業からは今までに倍する非難の声が福島地検に寄せられるでしょうし、程なく市民からの怨恨の声もそれに続くことになるやも知れないわけです。
どんな判決になったとしても、起訴された時点でこの事件と福島地検の名が未来永劫語り継がれるべきものになったことだけは間違いがないでしょう。

全国の医師達が見守るこの訴訟で一つ良い面があったとすれば、今まで縁遠かった検察とはどんな組織であるか多くの医療関係者にも感覚的に理解できるようになったということだったのではないでしょうか。
臍帯と靱帯の区別もつかないとか、カラードップラーの画像を白黒コピーして所見を読んでみろと言ってみたりとか、医学的根拠なるものがSTEP産科学などという国試向けのアンチョコ本だったりだとか(これについては噂、ですけれども)、検察に対する突っ込み所が多すぎてどこから突っ込んでよいものやら迷うような状態なんですよ。
そんなレベルの仕事をしている人たちが自分は安全な場所にいて、極限状態の中で精一杯の仕事をした他人に向かって「一か八かでやってもらっては困る」などとお気楽に非難していると、そう見ている人も確実にいるわけです。
判決の如何に関わらず医療関係者の間で検察、ひいては司法に対する信頼というものが回復することは当分ないでしょうし、これ以降の防衛医療やJBM、あるいは医療事故調といった議論においても今後はそこが出発点になってくることでしょう。

その意味で大野病院事件は判決が下る以前の段階にして既に一罰百壊の効果があったことは確かでしょうね。


もしかすると次回へ続く、かも…?

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