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2008年7月28日 (月)

医療崩壊の嘘!? その四

さて、前回の「医療崩壊の嘘!? その三」の続きです。
前回までの流れを思いっきり簡略化して言うと、こんな感じでしょうか。

医者がいないいないと言うけれど現に医者が集まってくる病院もあるわけでしょ?
医者が来ない病院って医者を大事にしてないからなんじゃないの?
特に今まで医者を使い捨てにしてきたそこの自治体病院!お前らのことだよ!

ま、いささか個人的怨念がこもっていないと言えば嘘になるかも知れませんが(苦笑)、医者同士が集まって飲めばこんな類の愚痴が幾らでも出てくるのもまた事実ではあるのです。

もちろんのこと、医療崩壊と言う現象に関して言えば他にも沢山の重要なポイントがありますから、これからも順次取り上げていく予定です。
しかしながら近ごろ言われている「病院に医者がいない。特に地方の病院で」という現象の一つの大きな原因として、彼らが今まで医者を大事にしていなかったからという「事実」があると思うのです。
逆に「うちの病院は医師を大事にすることではどこの病院にも負けない自信がある!それでも医師が来ないんだ!」とおっしゃる病院関係者の方があれば是非ご教示ください。
あ、大事にすると言っても使われる側の医師の主観での話であって、病院幹部サイドや設置自治体関係者の主観では駄目ですよ。
医者を363日24時間院内に監禁しておきながら「三千万円出せば 大学病院の助教授が飛んでくるのに、四千八百万円は高過ぎる」なんて議会で公言なさる自治体もあるそうですから。

さて、公立病院の抱える問題点を考える上でこれを二つに分けてみていかなければなりません。
研修指定病院などの公立基幹病院と、郡部(僻地)を中心とした中小自治体病院の二種類です。

まずは前者の基幹公立病院ですが、一昔前なら(地域によっては今でも)これらは市中研修病院の代表格というものでした。
地方にいけば大学病院を除いて県内の研修指定病院が県立病院一つという状況が珍しくありませんでしたから、それこそ黙っていても若い医者が集まってくるわけです。
「嫌なら辞めろ。代わりは幾らでもいる」ではありませんが、程度の差こそあれ研修医など人にして人に非ず、労働環境を云々するような状況ではないという病院が多い。
「研修医など3時間も寝れば十分でしょ?」などと言い放つ師長、「点滴が漏れたから早く入れ替えに来てください」と真夜中に電話をかけてくる看護師、「超勤は25時間しか認めませんから」と宣言する超勤などまるで縁のなさそうな事務。
実のところ公立基幹病院の労働環境は研修医のみならず現場で働いているほとんどの医者にとって最悪なのですが、その大きな原因となっているのがこの「働かないスタッフ」問題なのですね。

考えて見てください。医療を効率よく回すにはどうするのがよいか。
それは数の少ない専門職には彼らにしか出来ないことに専念させ、誰でも行える仕事は専門性の低いスタッフで回すという役割分担を徹底していくことです。
医師一人辺りの「稼ぎ」は平均一億と言いますが、医師には医師にしか出来ないことをさせ数をこなさせることが結局病院全体の収入アップにつながります。
ところがこの全く逆を行っているのが公立病院なのですね。
ごくアバウトな言い方をすれば、公立病院は民間病院に比べて同じ量の仕事をするのにずっと多くの医師の労力を要する、逆に言えば同じ成果を得ようとすればずっと沢山働かなければならないという状況なのです。
しかも回りを見回してみれば、暇そうにしている人たちが大勢いて高い給料を取っているわけですから…やる気が出るという方が異常でしょう?

何故医師の仕事が増えるのか?その最大の理由こそが先ほどあげた看護師、事務が全く働かないということなのです。
そう言えばこの公立病院看護師問題も、マスコミが全く取り上げない医療現場の重大問題の一つですよね。
その理由はよくわかりません、ある程度は想像出来ますが(苦笑)。
現場を知る多くの医師の首肯するところだと思いますが、およそ看護師として最も働かないのは公立基幹病院看護師であると言い切っても過言ではありません。
世に数多の公立病院経験者において「こんなまともな病院ならさっさと看護師がやってるような仕事でいちいち医者を呼ぶなコラ!」と心の中で叫んだことのない医師は一人として存在しないことに自分は明日の昼飯をかけてもいいです。
なお、看護計画作成師あるいは茄子と呼ばれる亜人種が存在するのみで看護師と呼ばれるべき人々が全く存在しない大学病院はこの際別格といたしますので念のため(苦笑)。

看護師問題と共に公立基幹病院を蝕むのは無能な公務員事務の問題です。
これは全くの伝聞ですが、一説によると公務員にとってのエリートコースとは役所勤めであって、病院に回されると言うことは彼らにとって負け組扱いされることであって著しいモチベーションの低下を来すとか。
これが事実かどうかは判りませんが、少なくとも数年ごとの職場配置転換といったシステムが病院という専門的経験を要する環境に適した方法であるとは思えません。
何故にここまで彼らが無能であっても許されるのか?と言えば、結局のところ院内の業務は最終的に「これは先生の仕事ですから」と医者に丸投げしてしまえばたいがい何とかなってしまうものであるからなのですね。
ちなみに事務がどれほど無能であっても首を切られたという話を聞いたことはないのですが、逆に事務の無能を指摘しまくった結果飛ばされたスタッフの話は聞いたことがあります(苦笑)。
面白いのは近ごろでは多少なりとも危機感があるのか公立病院でも医師公募に力を入れ始めているのですが、やたらと「安定した公務員の身分」なんて文言が目につくところですね。
彼らにとって公務員であると言うことがどれほど重要なファクターかと推測されるわけですが、残念ながらその感覚は多くの医師の共有するところではありません。
「刑務所に収監されることこそ最も安定した身分と言うべきです」なんて言われて、あなたなら試しにブタ箱に入ってみようと言う気になりますか?

いずれにせよ公立病院スタッフが単に働かないだけであれば最悪置物などと同じに扱っておけばよいわけですが、彼らの存在が病院経営を圧迫するとなれば大問題ですよね。
以前に取り上げた通り公立病院では医師の給与は低く、看護師・事務の給与は高く設定されています。
現在全国の公立病院の9割が赤字ですが、こうした病院の人件費率は極めて高く、時には7割以上という信じがたい値を示すことすらあるのです。
近ごろはあちこちの公立病院で潰すの統合するのという騒ぎになっていますが、そのたびに「職員の継続的な雇用確保を要求する!」なんて騒いでる人たちがいますよね?
ああいう声の大きい人たちの中に医師が大勢いると思いますか?思いませんよね?
医師とすれば酷使され待遇も悪くそのくせ仕事ははかどらない、回りを見回せば寄生虫のような無駄な人間ばかりが大勢いる公立病院という職場を維持しようなんて気持ちはさらさらないのです。
こうした山積する問題が解決されない限り、これからも未来永劫公立病院の人気が回復することはないでしょうね。
現在国立病院機構や大学病院などが続々と独法化されていますが、この結果無能なスタッフがどれだけ淘汰されるものなのかをじっくりと見ていかなければなりません。

さてもう一方の雄とも言うべき中小の公立病院の問題、郡部(最近は統合されて市になってますが)に点在する自治体病院はいわゆる僻地問題とも絡んでくるところです。
こちらでも先ほどの場合と同様に無能なスタッフ問題はありますが、労働強度と言う点では元々基幹病院よりマシなだけに仕事を押しつけられること自体は我慢できないと言うほどでもありません。
一方でこの地方自治体病院の特徴はやたらと「○○議員の口利きで」などという縁故採用が多いと言うことで、けっこう生臭い噂が漏れ聞こえてくることもしばしばだったりします。
実のところこうした僻地における病院とは住民の授産施設のようなもので、税金、特に国から下ってきた金を住民に再配分するという重要な役割を持っているのですね。
つまり基幹産業の存在しないこうした地域において病院と言えば、町役場等と並んで「税金で食っていけるおいしい職場」であって、そこに就職を世話できるというのは非常に大きいわけです。
そのため何があろうとも未来永劫維持していかなければならない、何しろ自治体統廃合に合わせて地元の病院を潰したともなれば次の選挙に落ちるわけですから。

むろんどのような経緯で就職した者であれ、きちんと仕事をしてくれれば全く問題ないわけです。
ところで少し考えてみてください、もともと先祖代々住み暮らしてきた住民が逃げ出していったからこそ過疎化などという話が出てくるわけですよね?
田舎でなぜ食っていけないかと言えば、何しろ外から流入する金が補助金しかないので住民総体で共有しているパイ自体が極めて小さいことです。
そうであるからこそ今どきちょっと気の利いた人間であればさっさと都市部に流出するなり、田舎であっても外部から金を稼げる道を見つけるなりしているのですよ。
それじゃ病院や役場に就職してくるのはどういう人たちなんでしょうか?もちろん町民村民の福利厚生のために一生懸命汗を流したい人たちに決まっていますとも!

その上で改めて考えていただきたいのは、こうした土地において医師という人種がどういう風に見えているかということです。
この医師という存在は下手すると「おらが村の村長さより高い給料でねえか」なわけで、ひょっとすると長者番付のトップですよ。
しかもこの医師はたいていの場合数年もすれば出て行くわけですから、つまりは貴重な自治体の金を抱え込んだまま持ち逃げしてしまうケシカラン輩なわけです。
住民からすれば医師という存在がどういう風に見えるか、けっして想像に難くないですよね?

たとえばあなたがとある僻地の自治体病院に医師として赴任したとしよう。
役場で首長自ら出迎えてくれるし、職員はニコニコと受け入れてくれるし、町内どこに行っても住民は先生先生とフレンドリーです。
ああやっぱり田舎の人は親切でいい人達だなあ、こんなところでしばらくのんびり仕事をするのもいいかなあと思うかも知れません。
そうこうしているうちに例えばこんな出来事があるかも…

ある日あなたが近所のA商店で買い物をしたとします。
それから数日して外来にやってきた患者B氏がぽつりとこんなことを漏らすかも知れません。
「先生そう言えば、この前Aさんとこで買い物をしてたねえ」
「え?ああ、そうかも知れませんが?」
その時あなたは世間話かと受け流すでしょうが、患者さんが出て行った後で年配の看護師あたりがこんなことをささやくでしょう。
「先生、BさんのところもAさんと同じご商売なんですよ」
ああなるほどと合点した気になって、あなたが今度はB商店で買い物をした数日後、外来にやってきた患者C氏の口からこんな声が聞こえてきます。
「そう言えば先生、この前Bさん家で…」
それが数週間後になるか数ヶ月後になるかは判りませんが、あなたもまた「もう限界。勘弁してくれ」と逃げ出すことになるかも知れません…
(注:上記のストーリーは全て完全なるフィクションであり、現実世界において実在する何者であれこれを中傷する意図は全くないことを明言するものであります)

今回はいささか悪乗りして空想に走りすぎましたが、基本的に管理人は医師集約論者ではあっても(上記のような「フィクション」の部分も含めて)田舎自体が嫌いなわけではないです。
しかしながら「田舎だから、僻地だから誰かが助けてくれて当然だ」と言う態度を感じた瞬間、それ以上に虐げられている(と感じている)多くの医師達は容易に田舎の敵に回るでしょうね。
それでも糞のような基幹公立病院の改革についてはほぼさじを投げている一方で、元々の所帯の小さな自治体病院にはまだ期待するものが残っている自分がいるのも事実なのです。
実際に自治体トップの英断、あるいは地域住民のちょっとした心がけによって、全てが好循環へと移行しつつある自治体病院も現れてきているのですから。

とにかく今の時代はネット上でのクチコミ情報があっという間に広まる時代ですから、是非地方在住の方々はこういう医師達の素朴な感情も承知いただいて、決して「心が僻地」だなどと言われないようにしていただければと願っています。
言いっぱなしではあれですので、最後に個人的願望も交えて以下のような提言をして終わりたいと思います。

1.「近くの病院」に固執することなかれ。何もかもを求めすぎて全てを失うよりも診療所にダウンサイジングしたほうがよほどよろしい。

2.医師の常勤、自治体内への居住にこだわるべからず。むしろ自治体外からの通勤も十分可能であることこそアピールポイントとなり得る。

3.「おらが村」の特色を過度に強調することなかれ。ネット接続や食・住環境など、都市部と変わらないからこそ誰もが気軽に赴任できる。

4.医療資源は平等であるべきなどという幻想は捨てるべし。僻地にマックやミスドはない。5分おきに走る地下鉄もない。単なる事実は事実として認めなければ。

5.医師を使い潰す事なかれ。短期の赴任にも悪い顔をすることなかれ。去りゆく医師を気持ちよく送り出してこそ次の医師がやってくることを肝に銘ずるべき。

さて、公立病院の話題はこの辺りにして、次回は話題あまたの救急医療を取り上げる予定です。

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