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2008年7月

2008年7月31日 (木)

「GIANT KILLING」が面白い!

本当にいい監督はゲームを面白くしてくれる!

達海猛、35歳、東京下町の弱小プロサッカークラブETUの監督。
小さなクラブが大きなクラブに勝つ。

これがフットボール漫画の新スタンダード!!

週刊モーニングで連載中の「GIANT KILLING」が面白いです。
医局に雑誌がおいてあるのを時々パラパラと眺める程度だったんですが、あんまり面白いのでコミックス揃えちゃいましたよ。

少なからず型破りな青年監督・達海猛が降格すれすれの弱小チームETU(East Tokyo United)の監督に招かれるところから物語は始まります。
実はこの達海自身が現役の頃にはETU主力選手だったものが、彼が抜けた後でチームは低迷し一時は二部降格する羽目になっていたのですね。
物語中ではこのあたりの詳細は未だに語られていませんが、低迷期を支えたという自負のあるサポーターにとって彼はいわば裏切り者。
しかも就任早々連敗街道一直線とくれば、解任騒動も起ころうと言うものでしょう。
弱小チーム立て直しと言うと「ORANGE」をまず思い出すのですが、まがりなりにも代表クラスがエース格だった南予オレンジと違ってETUには代表候補経験者が何人かいる程度。
そのETU史上に輝く名選手として今も記憶されているのが新監督の達海と言うわけなのですね。

何しろこの漫画、むやみにキャラが立っているのが何より面白いんですが、特にいかして(いかれて?)いるのが物語の主役たる達海。
サッカー監督が主人公の漫画というのも実のところ自分は初めて見たんですが、何しろ就任後初日の練習が「自習」ですよ(笑)。
いちいち周囲の意表を突く彼の行動が天然なのか計算ずくなのか誰にも判らないところですが、ボケてるようでいて何か妙に格好いいんですねこれが。
今までのサッカー漫画で一番キャラがたっているなと思った監督像といえばまず「ファンタジスタ」のファン・ハーレンが思い浮かぶのですが、自分的には早くも越えたかも知れません。

絵が違うので気づかなかったのですが、原作者はかの「U-31」の綱本将也。
あのトンでもなく素晴らしいクオリティーかつ燃え燃え展開な作品の原作者とくれば納得の仕上がりですよ。
近々コミックスも6巻が出るそうで、今後の展開に期待値とテンションは高まる一方です。

…でもくれぐれも今度こそ突然の打ち切りだけは勘弁ね(苦笑)。

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2008年7月30日 (水)

救急医療、崩壊!? その一

前回の話題「医療崩壊の嘘!? その四」に続いて今度は救急医療の話題を。

まずは出たばかりの記事をひとつ紹介します。

救急医療事故:医師らの免責検討…自民が刑法改正

 自民党は29日、救急救命に関係した医療事故について、事故を起こした医師らの刑事責任を免除する刑法改正の検討を始めた。党の「医療紛争処理のあり方検討会」で、座長の大村秀章衆院議員が私案として示した。免責の範囲などを今後議論するとしているが、医療事故の責任を不問とすることに患者側から反発も出ている。

 医師らは、通常の医療行為で患者が死亡したり障害が残った場合は罰せられないが、必要な注意を怠ったと判断されれば業務上過失致死傷罪が適用される。救急医療では、99年に男児が割りばしをのどに刺して死亡した事故で、適切な処置を怠ったとして医師が起訴された(1審無罪で検察側が控訴中)ケースなどがあるが、医療界から「刑事罰は医療の萎縮(いしゅく)を招く」との批判も出ていた。

 座長私案は、刑法の業過致死傷罪の条文に「救急救命医療で人を死傷させた時は、情状により刑を免除する」との特例を加える。厚生労働省が導入を計画する死因究明の第三者機関「医療安全調査委員会」の設置法案とセットで、議員立法による改正を目指すとしている。ただし法務省内には「医療事故は当事者同士が納得して刑事処分を求めないのが望ましい。現状でも処分は抑制的に行われている」との声もある。

 一方、医療安全調査委の検討会委員で、小児救急の誤診を受け息子を亡くした豊田郁子さん(40)は「医療事故の防止は医療者と患者が一緒に考えていくべき問題なのに、まず免責ありきという考えはおかしい」と指摘している。【清水健二、石川淳一】
毎日新聞 2008年7月29日 19時57分

医療と刑事免責という話題について興味をもってきた人々にとって、実際に政府筋においてもこうした動きが出てきたことは少なからず意外なのではないでしょうか?
実際に弁護士が運営し司法のみならず医療関係者も大勢出入りする「元検弁護士のつぶやき(モトケンブログ)」あたりでの過去の議論を見ていると、まず現実的ではなかろうという声が主流だったように思うのです。
まあこれも実のところでは、昨今いろいろな政治家、省庁が思いつきで言っているとしか思えないほど日替わりで医療問題に口を出しているいるわけです。
それらのうちでまともに実現しているものが一体幾つあるのかと考えた場合に、これもそうした忘れ去られた過去の話の一つになっていくのかとも思うわけですが。

この件は当面様子をみていくとして、今回のお題であるところの救急医療問題。
最初にいくつか整理しておきたいのですが、第一に救急医療の崩壊とは時間外診療の崩壊としてとらえるべきかと考えています(少なくとも現時点では)。
たとえば近い過去における報道において「たらい回し」の「搬送拒否」のと大騒ぎになっていたこともご記憶に新しいところかと思います。
これらの事例が実際のところどんな状況で起こったのかと見直してみると、判る範囲ではほぼ全例が夜間、休日といった診療時間外での出来事なのですね。
繰り返すようですが現時点に限って言えば、平日日勤帯で搬送先を探すことは報道上も現場の実感としても未だ大きな問題とはなっていないと見ていいと思います。
まあこれも、毎日新聞社の尽力によって産科医療事故根絶が達成された奈良県南部のような医療先進地域を例外としての話ですが(苦笑)。

また、この救急医療問題と先に取り上げた医師不足問題を絡めることは少しばかり実態から話がそれる可能性があると思っています。
なぜなら医師不足が進んでいるはずの僻地においては、マスコミが言うところの「たらい回し」はさほど問題となっていないからです。
考えてみれば当たり前のことであって、田舎に10も20もたらいを回せるほど病院の選択枝があるわけではありません。
今も昔も何かあればとりあえず圏内唯一の救急病院である自治体病院へという状況では、こと救急搬送に関する限り迷う余地だけはないわけです。
一方で都市部における救急病院と言うものは先の医師不足問題においてマスコミが言うところの「医師が集まっている病院」に相当するわけなんですね。
むろん業務量に対して医師数が余っているわけでもないし、地方は地方で救急に関する問題は二次搬送を始めとして多々あるのですが、今回は幾らでも病院はあるのに搬送できないという都市部での救急医療の問題を中心に考えていきたいと思っています。

それはともかくとして、救急に限らずどうも医療崩壊という問題に関しては誰もが「かくあるべし」論ばかりで現場の感覚と乖離した場所で語り合っている傾向がないでしょうか?
医療を受ける側にとってどんな素晴らしいシステムであろうが経営的に(金銭的にのみならず人材的な意味も含めて)受け入れがたいものであれば病院は背を向けます。
病院を経営するものにとってどんなに望ましいやり方であれ、物理的、肉体的、そして感情的に受け入れがたいものであれば医師は立ち去ります。
どんな素晴らしい理論であっても、現場に存在する問題を解決するのに役立たないのであれば無意味ですよね?
昨今では防衛医療と絡めて訴訟リスクがどうのと言う話も盛んですが、客観的にみてリスクは大きくないだのと司法のロジックを理路整然と説明してもらっても少しもありがたくないのです。
なぜならこれは「理解するかしないか」の問題ではなく、実際に医療を行う側が「どう感じているか」の問題だからです。

このあたりの医療訴訟と防衛医療といった話題はいずれ別件で書いてみたいと思っていますが、ひとつ非医療者に認識しておいてもらいたいのは「人は具合が悪いから病院に来るのだ」という当たり前の事実ですね。
救急車に乗ってやってくる人は(昨今ではどうでもいいような患者も救急車に乗ってくる場合も多いのですが…)元々が放置すれば死ぬ、死なないまでもひどいことになる人たちなのです。
そういう人々を目の前にどんと預けられた者の素朴な感覚として、「放っておけば死ぬ人間を助けられなかったら人殺しなの?」という疑問は常にあるわけです。
医療現場のリスクというものに対する感覚がやや過剰にも見えるかも知れませんが、このあたりのことは決して無視するわけにはいかないと言うことは言っておきたいところですね。

例えるなら「ファイト!」「一発!」で有名なCMがありますが、山登りで相棒が落ちそうになった時に、その手を掴んで引き上げられなかったら人殺しとして逮捕される。

あるいは火事の通報で消防隊が駆け付けた場合に、家が焼けるのを防げなければ責任を取って賠償せよと言われる。

もしそんな社会になったとすればどうでしょう?道義的にどうとかいった部分以前に、率直に「やっとられんなあ」とは思わないですか?
これは何度でも強調しておきたいところですが、医者だって人間なんですよ。
誰もがやりたがらない事を望んでやるようなマゾヒストばかりが集まった変態集団などではないのです。
どんなに複雑怪奇に見えようとも、医療現場で起こっていることの大多数は突き詰めて考えれば当たり前の現象の積み重ねでしかありません。

こうした現象は「納得できないから」「誠意が感じられなかったから」と病院や医者を訴える患者・遺族と同じ構図という見方も出来るかも知れません。
その道の専門家から「いや、これは正しい対応でした」と説明されたとして、納得して訴訟を取り下げると思いますか?
実際の事例で見てみましょう。
今日の医療現場では一昔前とは比較にならないほど懇切丁寧な説明を行い同意を得ることを重視するようになっていますが、それにも関わらず医療訴訟はどんどん増えていますよね。
一方で近年では司法試験合格者が大幅増となり、実生活とネットとを問わず司法関係者から詳しく説明を受けられるようになりましたが、医者が訴訟リスクに納得するようになったわけでもなければ過酷な現場からの逃亡=逃散が下火になったわけでもありません。
ここでも医者だけが特別なのではない、ごく当たり前の現象が起こっているだけなんだということが言えるんじゃないかと思いますね。

医療崩壊が叫ばれる今この時にあって、我々は(この「我々」は「国民の一人一人は」というくらいの意味ですが)何をしていくべきなのか?と言う点を考えていければいいのかなと思っています。
繰り返しになりますが、現場で起こっている現象を無視した議論、現場で起こっている問題を解決するのに役立たない議論はいくら論として正しかろうが意味がありません。
まずは目指すべき目標をどこにおくかをしっかり見据え、その目標を達成するのにどの方法論が有用かを考えていくことが議論の大前提であるべきではないでしょうか。

「いざと言うとき救急車を受け入れてくれないのは困るから、何をおいても100%受け入れ出来る体制を作れ」なのか。

「いい加減な医療で助かる患者が助からないのは問題だから、ぜったいに医療事故のないシステムを整えてくれ」なのか。

「際限なく増加していく医療費が国の行く末も左右するのだから、これ以上医療費増大は絶対に避けてくれ」なのか。

「医者の激務が現場からの逃散を招き更なる労働環境の悪化を招いているのだから、まずこの悪循環を何とか断ち切ってくれ」なのか。

目指すべき目標が違えば取るべき方法論も異なるのは当然のことです。
そしてこの場合往々にして異なる目標の一つを解決しようとすると、他の目標達成という点ではかえって退歩してしまうということが少なくないわけです。
よく言われることですが、医療において「必要なコスト」「医療の質」「受診のしやすさ」の三つ全てを満足することは出来ないのです。
例外的に過去の日本の医療においては、ヒラリーの言うところの「医療従事者の聖職者さながらの献身」によってこれら三要素が極めて高いレベルで満足され、それ故にWHOからも総合的に見て世界一の医療であるとの認定を得ていたのですが…
しかし多数の利益のためには少数に基本的人権も無視した労働を強いることも是とするならば、それは奴隷制度と何らの変わりもないのではありませんか?
これも繰り返しになりますが、医者だって人間なのです。

仮に(と敢えて言いますが)「救急医療の崩壊を阻止すること」が目標であるならば、どんな方法論が考えられるでしょう?
理論的にはどれほど正しく望ましいシステムであれ、現場の医師あるいは病院にとって受け入れられないもの、結果として崩壊を促進させる要因にしかならないものはこの場合意味がないわけです。
まずはこうした点を出発点として話を始めていかなければ議論のための議論に終始してしまうのではないか、いや単なる将来に対する危惧ではなく既に現実のものとなっているようにも思えますが。
もっとも一番の問題はこの場合、目指すべき理想の医療環境が語る者全てにおいて違っているらしいと言う現実に誰しも正面から向き合っていないと言うことなのかも知れません。
何しろ今日の状況では現場で働く多くの医師達にとって、救急医療が崩壊して悪いことなど何もないのですから。

まずはここで原点にかえって、医療現場がなぜ救急から手を引くようになったのか?と言う点から考えてみましょう。
根本的な理由は極めてシンプルであって、あらゆる意味でそれが割に合わなくなったからです。
リスクを犯しても得られるべき利益がリスクに到底見合わないものであったならば、誰がそんなことに手を出すでしょう?当たり前のことですよね?
近ごろではネットや報道でも「なぜ受け入れ出来なかったのか」という分析はなかり為されていますが、「なぜ受け入れをしないのか」という部分に関してはまだまだ理解が進んでいません。
何しろ救急を受けるメリットは何一つないにも関わらず、受けた場合のデメリットは星の数ほど存在していることが、医師の間においてすら周知徹底されていないのですから。
いやしくも自ら救急医療などというものに手を染めようとする医師ならば、「できるかできないか」などというレベルではなく、今や積極的に救急医療は「やってはいけないもの」になったという現実をこそ認識すべきなのです。
今どき救急をやりたがっている医者はよほど情報収縮能力に問題がある者か、リスクと利益の双方を正しく評価することが出来ない者か、敢えて言うならそういう評価すら出来るかも知れません。
そうした能力は本来医師としての業務上においても必要とされるものであると考えれば、彼らが無条件の称讚に値する存在とは到底言えないのではないでしょうか?

こういう言葉があります。

「上手くいって当たり前でひとつ間違えばたたかれる。
これを理不尽 に思ってはいけないと思うのです。
それはどんな職業でも当然のことなのです」

一連のいわゆるたらい回し報道において、現場の医師達は「恥を知れ」と罵られました
救急医療を取り巻く環境を正しく見つめ直した上で、ほんとうに恥を知れと言われるべきなのは誰なのでしょうか?

状況を適切に分析・評価し、正しい判断を下した人々ですか?

周囲の全てに目を閉ざし耳をふさぎ、当たり前の結論が導き出せなくなった人々ですか?

それとも自らは安全な場所から一歩も足を踏み出すことなく、他人には奴隷たれと強要する人々ですか?

答えはそれぞれの立場によって変わるでしょうが、今もっとも必要とされているのは実際に現場に携わる者達にとっての正解が何かという点ではないですか?
的外れな他人にとっての正解を押しつけられている限り、いつまでたっても現場の状況は何一つ改善されることはないでしょう。

前置きが長くなりすぎましたので、今回はこのあたりで。
次回は引き続き「救急医療、崩壊!? その二」として「なぜ救急をやってはいけないのか?」の話を書いてみたいと思います。

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2008年7月29日 (火)

ホワイトナイト2公開 ~ 商業的宇宙旅行への扉

初の商業的宇宙飛行を目指すヴァージンギャラクティック社のシャトル運搬母船「ホワイトナイト2」が公開されました。
当初は今年末にも商業運用開始と言われていたように思いますが、多少遅れ気味なのでしょうか?
まずは記事を紹介します。

 【ロサンゼルス=松尾理也】宇宙への観光旅行の実現を目指して機体の開発を進めているヴァージン・ギャラクティック社は28日、米カリフォルニア州のモハベ砂漠内にある開発施設で、宇宙旅行用のシャトルを上空まで運ぶ運搬機を公開した。

 運搬機は「ホワイトナイト2」と名付けられ、世界初の炭素素材100%の航空機となる。宇宙旅行の際の“母船”として、乗員・乗客が搭乗したシャトルを高度15キロまで運び上げ、そこから宇宙空間に向けて発射する役目を担う。

 同社創業者で、英実業家のリチャード・ブランソン氏は「史上最も美しく、重要な航空機のひとつ」と、公開された機体を自賛した。

 同社はすでに1人あたり20万ドル(約2100万円)の宇宙旅行チケットの販売を始めており、今後2年以内の初飛行実現を目指している。

画像的にはこちらの計画イラストの方が判りやすいでしょうか。
やはり民間船らしく窓が多いのが目につきますね。

打ち上げ母船「ホワイトナイト2」
宇宙船「スペースシップ2」

もともとこの「スペースシップ2」は例のアンサリX賞を獲得したことで有名になったスケールドコンポジット社の機体「スペースシップ1」が母体になっています。
アンサリX賞とは自らも宇宙旅行経験者である実業家アニューシャ・アンサリがスポンサーとなり、ハインライン賞受賞者ピーター・H・ディアマンディス博士が創始者となって96年に設立されたもの。

「 パイロット1名と乗客2名(または、それに相当する重り)を乗せ、
  2週間以内に2回、高度100kmに到達すること 」

はじめてこの条件を達成した者に賞金$1000万が与えられるというわけで、世界各国のチームが先陣争いを繰り広げました。
「国家が関与しない民間初の有人宇宙船」という名誉を獲得したのが前述の「スペースシップ1」で、2004年6月21日のこと。
同船はさらに9月29日、10月4日と連続して宇宙飛行に成功し、見事アンサリX賞を獲得したのでした。
技術的目処がついたということで早速にと英国ヴァージングループがこの技術を買い取り、いよいよ本格的な商業的民間宇宙旅行の実用化が間近になったというわけです。
既に初回分の乗客募集も終わっているらしいですが、これだけを見ていると何かどこかのツアー募集かとも思いそうな感じです。

宇宙旅行概要
宇宙旅行計画についての発表

過去に億万長者がロシアの宇宙船に乗ったとかいったことが話題になったことがありますが、あの時は億単位の金を出したと聞きます。
それに比べるとこの計画はかなり庶民的で、初回でこれならばいずれはもっとお手頃になるかと期待もふくらむところですね。
さて、どのあたりでブームになるか、値段が1/10くらいになればずいぶんと顧客層も広がるんじゃないかと思うのですが。
近ごろはクルーズも人気と言いますから、案外取り上げ方によっては早く大衆化するかも知れません。

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2008年7月28日 (月)

医療崩壊の嘘!? その四

さて、前回の「医療崩壊の嘘!? その三」の続きです。
前回までの流れを思いっきり簡略化して言うと、こんな感じでしょうか。

医者がいないいないと言うけれど現に医者が集まってくる病院もあるわけでしょ?
医者が来ない病院って医者を大事にしてないからなんじゃないの?
特に今まで医者を使い捨てにしてきたそこの自治体病院!お前らのことだよ!

ま、いささか個人的怨念がこもっていないと言えば嘘になるかも知れませんが(苦笑)、医者同士が集まって飲めばこんな類の愚痴が幾らでも出てくるのもまた事実ではあるのです。

もちろんのこと、医療崩壊と言う現象に関して言えば他にも沢山の重要なポイントがありますから、これからも順次取り上げていく予定です。
しかしながら近ごろ言われている「病院に医者がいない。特に地方の病院で」という現象の一つの大きな原因として、彼らが今まで医者を大事にしていなかったからという「事実」があると思うのです。
逆に「うちの病院は医師を大事にすることではどこの病院にも負けない自信がある!それでも医師が来ないんだ!」とおっしゃる病院関係者の方があれば是非ご教示ください。
あ、大事にすると言っても使われる側の医師の主観での話であって、病院幹部サイドや設置自治体関係者の主観では駄目ですよ。
医者を363日24時間院内に監禁しておきながら「三千万円出せば 大学病院の助教授が飛んでくるのに、四千八百万円は高過ぎる」なんて議会で公言なさる自治体もあるそうですから。

さて、公立病院の抱える問題点を考える上でこれを二つに分けてみていかなければなりません。
研修指定病院などの公立基幹病院と、郡部(僻地)を中心とした中小自治体病院の二種類です。

まずは前者の基幹公立病院ですが、一昔前なら(地域によっては今でも)これらは市中研修病院の代表格というものでした。
地方にいけば大学病院を除いて県内の研修指定病院が県立病院一つという状況が珍しくありませんでしたから、それこそ黙っていても若い医者が集まってくるわけです。
「嫌なら辞めろ。代わりは幾らでもいる」ではありませんが、程度の差こそあれ研修医など人にして人に非ず、労働環境を云々するような状況ではないという病院が多い。
「研修医など3時間も寝れば十分でしょ?」などと言い放つ師長、「点滴が漏れたから早く入れ替えに来てください」と真夜中に電話をかけてくる看護師、「超勤は25時間しか認めませんから」と宣言する超勤などまるで縁のなさそうな事務。
実のところ公立基幹病院の労働環境は研修医のみならず現場で働いているほとんどの医者にとって最悪なのですが、その大きな原因となっているのがこの「働かないスタッフ」問題なのですね。

考えて見てください。医療を効率よく回すにはどうするのがよいか。
それは数の少ない専門職には彼らにしか出来ないことに専念させ、誰でも行える仕事は専門性の低いスタッフで回すという役割分担を徹底していくことです。
医師一人辺りの「稼ぎ」は平均一億と言いますが、医師には医師にしか出来ないことをさせ数をこなさせることが結局病院全体の収入アップにつながります。
ところがこの全く逆を行っているのが公立病院なのですね。
ごくアバウトな言い方をすれば、公立病院は民間病院に比べて同じ量の仕事をするのにずっと多くの医師の労力を要する、逆に言えば同じ成果を得ようとすればずっと沢山働かなければならないという状況なのです。
しかも回りを見回してみれば、暇そうにしている人たちが大勢いて高い給料を取っているわけですから…やる気が出るという方が異常でしょう?

何故医師の仕事が増えるのか?その最大の理由こそが先ほどあげた看護師、事務が全く働かないということなのです。
そう言えばこの公立病院看護師問題も、マスコミが全く取り上げない医療現場の重大問題の一つですよね。
その理由はよくわかりません、ある程度は想像出来ますが(苦笑)。
現場を知る多くの医師の首肯するところだと思いますが、およそ看護師として最も働かないのは公立基幹病院看護師であると言い切っても過言ではありません。
世に数多の公立病院経験者において「こんなまともな病院ならさっさと看護師がやってるような仕事でいちいち医者を呼ぶなコラ!」と心の中で叫んだことのない医師は一人として存在しないことに自分は明日の昼飯をかけてもいいです。
なお、看護計画作成師あるいは茄子と呼ばれる亜人種が存在するのみで看護師と呼ばれるべき人々が全く存在しない大学病院はこの際別格といたしますので念のため(苦笑)。

看護師問題と共に公立基幹病院を蝕むのは無能な公務員事務の問題です。
これは全くの伝聞ですが、一説によると公務員にとってのエリートコースとは役所勤めであって、病院に回されると言うことは彼らにとって負け組扱いされることであって著しいモチベーションの低下を来すとか。
これが事実かどうかは判りませんが、少なくとも数年ごとの職場配置転換といったシステムが病院という専門的経験を要する環境に適した方法であるとは思えません。
何故にここまで彼らが無能であっても許されるのか?と言えば、結局のところ院内の業務は最終的に「これは先生の仕事ですから」と医者に丸投げしてしまえばたいがい何とかなってしまうものであるからなのですね。
ちなみに事務がどれほど無能であっても首を切られたという話を聞いたことはないのですが、逆に事務の無能を指摘しまくった結果飛ばされたスタッフの話は聞いたことがあります(苦笑)。
面白いのは近ごろでは多少なりとも危機感があるのか公立病院でも医師公募に力を入れ始めているのですが、やたらと「安定した公務員の身分」なんて文言が目につくところですね。
彼らにとって公務員であると言うことがどれほど重要なファクターかと推測されるわけですが、残念ながらその感覚は多くの医師の共有するところではありません。
「刑務所に収監されることこそ最も安定した身分と言うべきです」なんて言われて、あなたなら試しにブタ箱に入ってみようと言う気になりますか?

いずれにせよ公立病院スタッフが単に働かないだけであれば最悪置物などと同じに扱っておけばよいわけですが、彼らの存在が病院経営を圧迫するとなれば大問題ですよね。
以前に取り上げた通り公立病院では医師の給与は低く、看護師・事務の給与は高く設定されています。
現在全国の公立病院の9割が赤字ですが、こうした病院の人件費率は極めて高く、時には7割以上という信じがたい値を示すことすらあるのです。
近ごろはあちこちの公立病院で潰すの統合するのという騒ぎになっていますが、そのたびに「職員の継続的な雇用確保を要求する!」なんて騒いでる人たちがいますよね?
ああいう声の大きい人たちの中に医師が大勢いると思いますか?思いませんよね?
医師とすれば酷使され待遇も悪くそのくせ仕事ははかどらない、回りを見回せば寄生虫のような無駄な人間ばかりが大勢いる公立病院という職場を維持しようなんて気持ちはさらさらないのです。
こうした山積する問題が解決されない限り、これからも未来永劫公立病院の人気が回復することはないでしょうね。
現在国立病院機構や大学病院などが続々と独法化されていますが、この結果無能なスタッフがどれだけ淘汰されるものなのかをじっくりと見ていかなければなりません。

さてもう一方の雄とも言うべき中小の公立病院の問題、郡部(最近は統合されて市になってますが)に点在する自治体病院はいわゆる僻地問題とも絡んでくるところです。
こちらでも先ほどの場合と同様に無能なスタッフ問題はありますが、労働強度と言う点では元々基幹病院よりマシなだけに仕事を押しつけられること自体は我慢できないと言うほどでもありません。
一方でこの地方自治体病院の特徴はやたらと「○○議員の口利きで」などという縁故採用が多いと言うことで、けっこう生臭い噂が漏れ聞こえてくることもしばしばだったりします。
実のところこうした僻地における病院とは住民の授産施設のようなもので、税金、特に国から下ってきた金を住民に再配分するという重要な役割を持っているのですね。
つまり基幹産業の存在しないこうした地域において病院と言えば、町役場等と並んで「税金で食っていけるおいしい職場」であって、そこに就職を世話できるというのは非常に大きいわけです。
そのため何があろうとも未来永劫維持していかなければならない、何しろ自治体統廃合に合わせて地元の病院を潰したともなれば次の選挙に落ちるわけですから。

むろんどのような経緯で就職した者であれ、きちんと仕事をしてくれれば全く問題ないわけです。
ところで少し考えてみてください、もともと先祖代々住み暮らしてきた住民が逃げ出していったからこそ過疎化などという話が出てくるわけですよね?
田舎でなぜ食っていけないかと言えば、何しろ外から流入する金が補助金しかないので住民総体で共有しているパイ自体が極めて小さいことです。
そうであるからこそ今どきちょっと気の利いた人間であればさっさと都市部に流出するなり、田舎であっても外部から金を稼げる道を見つけるなりしているのですよ。
それじゃ病院や役場に就職してくるのはどういう人たちなんでしょうか?もちろん町民村民の福利厚生のために一生懸命汗を流したい人たちに決まっていますとも!

その上で改めて考えていただきたいのは、こうした土地において医師という人種がどういう風に見えているかということです。
この医師という存在は下手すると「おらが村の村長さより高い給料でねえか」なわけで、ひょっとすると長者番付のトップですよ。
しかもこの医師はたいていの場合数年もすれば出て行くわけですから、つまりは貴重な自治体の金を抱え込んだまま持ち逃げしてしまうケシカラン輩なわけです。
住民からすれば医師という存在がどういう風に見えるか、けっして想像に難くないですよね?

たとえばあなたがとある僻地の自治体病院に医師として赴任したとしよう。
役場で首長自ら出迎えてくれるし、職員はニコニコと受け入れてくれるし、町内どこに行っても住民は先生先生とフレンドリーです。
ああやっぱり田舎の人は親切でいい人達だなあ、こんなところでしばらくのんびり仕事をするのもいいかなあと思うかも知れません。
そうこうしているうちに例えばこんな出来事があるかも…

ある日あなたが近所のA商店で買い物をしたとします。
それから数日して外来にやってきた患者B氏がぽつりとこんなことを漏らすかも知れません。
「先生そう言えば、この前Aさんとこで買い物をしてたねえ」
「え?ああ、そうかも知れませんが?」
その時あなたは世間話かと受け流すでしょうが、患者さんが出て行った後で年配の看護師あたりがこんなことをささやくでしょう。
「先生、BさんのところもAさんと同じご商売なんですよ」
ああなるほどと合点した気になって、あなたが今度はB商店で買い物をした数日後、外来にやってきた患者C氏の口からこんな声が聞こえてきます。
「そう言えば先生、この前Bさん家で…」
それが数週間後になるか数ヶ月後になるかは判りませんが、あなたもまた「もう限界。勘弁してくれ」と逃げ出すことになるかも知れません…
(注:上記のストーリーは全て完全なるフィクションであり、現実世界において実在する何者であれこれを中傷する意図は全くないことを明言するものであります)

今回はいささか悪乗りして空想に走りすぎましたが、基本的に管理人は医師集約論者ではあっても(上記のような「フィクション」の部分も含めて)田舎自体が嫌いなわけではないです。
しかしながら「田舎だから、僻地だから誰かが助けてくれて当然だ」と言う態度を感じた瞬間、それ以上に虐げられている(と感じている)多くの医師達は容易に田舎の敵に回るでしょうね。
それでも糞のような基幹公立病院の改革についてはほぼさじを投げている一方で、元々の所帯の小さな自治体病院にはまだ期待するものが残っている自分がいるのも事実なのです。
実際に自治体トップの英断、あるいは地域住民のちょっとした心がけによって、全てが好循環へと移行しつつある自治体病院も現れてきているのですから。

とにかく今の時代はネット上でのクチコミ情報があっという間に広まる時代ですから、是非地方在住の方々はこういう医師達の素朴な感情も承知いただいて、決して「心が僻地」だなどと言われないようにしていただければと願っています。
言いっぱなしではあれですので、最後に個人的願望も交えて以下のような提言をして終わりたいと思います。

1.「近くの病院」に固執することなかれ。何もかもを求めすぎて全てを失うよりも診療所にダウンサイジングしたほうがよほどよろしい。

2.医師の常勤、自治体内への居住にこだわるべからず。むしろ自治体外からの通勤も十分可能であることこそアピールポイントとなり得る。

3.「おらが村」の特色を過度に強調することなかれ。ネット接続や食・住環境など、都市部と変わらないからこそ誰もが気軽に赴任できる。

4.医療資源は平等であるべきなどという幻想は捨てるべし。僻地にマックやミスドはない。5分おきに走る地下鉄もない。単なる事実は事実として認めなければ。

5.医師を使い潰す事なかれ。短期の赴任にも悪い顔をすることなかれ。去りゆく医師を気持ちよく送り出してこそ次の医師がやってくることを肝に銘ずるべき。

さて、公立病院の話題はこの辺りにして、次回は話題あまたの救急医療を取り上げる予定です。

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2008年7月27日 (日)

医療崩壊の嘘!? その三

さて、今回は前回の「医療崩壊の嘘!? その二」の続きで医療崩壊の話題を。

話は少し前後しますが、そもそも医師がどうやって病院に就職しているかを考えてみましょう。
部外者の方には実態が判りにくいかも知れませんので少しばかり説明しますと、主なルートは大きくこんな感じに分けられると思います。

1.「大学医局からの派遣」
いわゆる医局人事と言うもので、いってみれば医局=人材派遣会社という感じでしょうか。
マスコミなどの喧伝するところの「白い巨塔」のイメージとは全く異なり、今どき医局人事で行きたくもない病院に派遣されそうになろうものなら「それじゃ医局辞めますから」のひと言で終わりです。
極端な売り手市場の派遣会社と言いますか、よほど世間知らずの医者が騙されてでもいない限り主導権は圧倒的に派遣される医者側にあるということが実は後述する医療崩壊の一因でもあるのです。

2.「公募」
一般企業の採用にいちばん近い形態と言えるでしょうか。
倍率何倍という狭き門をくぐり抜けなければならない人気病院もあれば、定員だけは設定してあるものの応募ゼロという寂しい病院も少なくありません。
新卒の研修医やその上のレジデントといった若手相手と思いがちですが、近ごろではどこの病院でも年中医師募集中という状態です。
中には全科医師募集中という素敵な病院もありますが、当然のように空席の多い病院ほど訳あり物件率高しという相関関係が成立しています(苦笑)。

3.「ヘッドハンティング」
これには主に二つのパターンがあり、やる気のある病院が優秀な医師を引き抜くというのが一つ。
そしてもう一つは2.の公募で誰からも相手にされない(半ば終わっている)病院が地縁血縁泣き落としなどで医者を釣ってくると言うもの。
一般的に給与は割増しになりやすいのですが、特に後者の場合就労後の契約履行状況がしばしば問題になり「せっかく捕まえた医者が逃げた」などと地方紙の片隅を飾っているのをよく見るところです。

4.「医者自身の売り込み」
この医師不足時代にどれくらいあるのか?と思われるかも知れませんが、意外なことに結構あるのです。
近ごろでは急性期診療に疲れたまともなドクターが療養型に移ってくるというような場合もあって、一概に売り込みドクター=行き場のない無能者という訳ではありません。
ただし本物のトンデモな医者が縁故等を頼りに無理矢理乗り込んでくると、現場の志気が急速に悪化してしまう場合も少なくありません。

マスコミの説に従えば今まで1.「大学医局からの派遣」が主流だったものが新臨床研修制度以来2.「公募」が中心となり医師が集まらない病院も出てきた、それ故に現場で医師不足が起こっていると言う話ですが、果たしてそうなのでしょうか?
実はこうした医局人事頼りの医師確保から公募やヘッドハンティングといった病院独自の人材募集への移行は、研修制度の変更されるはるか以前からとっくに起こっていたことなのです。

数ある診療科のうちで内科、外科、小児科そして産婦人科は、それぞれ全身を診ると言う意味で「メジャー(診療科)」と呼ばれています。
これに対して眼科や耳鼻科などの特定臓器を専門にする診療科を「マイナー(診療科)」と呼ぶわけですが、実は医学部卒業生のうちでメジャー診療科に進む比率が年々低下の一途を辿っているのですね。

一昔前なら同級生100人がいればまず内科に50人、外科に20人、マイナー各科にはせいぜい1人か2人ずつといった状況が当たり前でした。
これが前世紀末頃にはメジャー各科合計しても半数程度となり、科によってはマイナー科でもメジャー科以上の人数を集められるものが出てきました。
実際とある地方大学の内科講座の例で言えば、例えば昔は学外出身者も含めて年30~40人の入局者が当たり前だったのです。
それが10年ほど前には20人程度にまで減少し、近年では10人以下と言う状態です。
これは内科に限った話ではなく、かつてはメジャーと呼ばれた外科系講座など本当に入局者が絶えつつある有様で、まさに外科医は絶滅危惧種と言っても過言ではありません。

救急や当直等で第一戦で働く医師と言う視点で見ればマイナー科よりメジャー科医師の頭数こそが最重要であることは誰にでも判ると思いますが、その直接人の命を扱うメジャー科の医師全体の供給がこうして年を追う毎に激減しているのです。
この結果当然ながら久しく前から各地の関連病院への派遣打ち切り、減員が続いていたのですが、単にそれらが報道されないが故に知られていなかったと言うだけに過ぎないのです。
この結果何が起こったのかと言えば、一部の病院では他大学へ医師派遣を依頼するようになり関連病院の系列再編成が進みました。
しかし当然ながらメジャー科医師の減勢は全国的な問題であるわけで、多くのまともな病院では既に10年、20年といった以前から公募やヘッドハンティングと言った医局派遣以外の医師確保策へと軸足を移しつつあったわけです。
ところが何故かそうした地道な自助努力をせず「俺のところは田舎だから人が来ないんだ!だから医局や政府が医師を手配して当然だ!」と叫ぶばかりの病院もあるのですね。

そもそも自前で医師を集めるとなればいかに魅力的な条件を提示するかと言うこと、そしてなにより病院側の熱意が問題になってきます。
亀田病院のように片田舎でも全国から医者が集まる病院もあれば、首都圏直下であっても医師不足から診療体制縮小、廃院を余儀なくされる病院もあるわけです。
医師が逃げ出す病院もあれば医師が集まる病院もあるのは確かでしょう、しかしそれは必ずしも地理的要因によるものではないのです。
どんな病院に医師が集まるかはまた分析してみれば長くなる話なのですが、少なくとも言えることは今の時代に「医師を大切にしない病院に医師は集まらない」ということです。
そこでようやく前回話に出した二番目の問題になってくるわけですが、要は地方の医療崩壊などと言っている現象は実はずっと以前から医局人事以外に自ら医師集めという努力を怠ってきた公立病院の問題であるという側面が大きいと言うことなのです。

身を以て経験した医師であれば感覚的に判っていることですが、ここで公立病院における医師という存在がどういうものであるかが誰にでもよく判る某所での書き込みを紹介してみます。

341 :卵の名無しさん :2006/08/10(木) 09:14:48 ID:SBJT/p9U0
最近話題の兵庫県中部の公立病院
院長が、「最近の若い医者には過労死するくらいの覚悟でやるやつは
おらんのか!」と○○○発言
偶然かもしれんが、同じ兵庫県中部の別の公立病院でも総務部長が
「医者は適当に過労で死んでくれる方が好都合」とまたまた○○○発言
この地域から医者は総引き上げするべきだな

240 名前:卵の名無しさん :2006/08/17(木) 23:49:58 ID:FvpoMdKy0
前、話に出ていた兵庫県中部の県立病院。今日、話が伝わってきたけどヤバそうだね。
前線の医師が減って一人当たりの業務量が増えても、全然仕事も出来ない年寄り医者
連中は「おまえら若いもんがもっともっと働けばすむことだ」と無視するばかりだそうだ。
院長や総務部長が「医者は過労死するのがいい」って言ったのはここの病院のことじゃ
ないの?
神戸大学もこんな病院だけは人送っちゃだめだよ。殺されるよ。

ね?なんとなく雰囲気が判りますでしょう?(苦笑)
あるいは地方の某基幹公立病院に勤務していたあるドクターの経験談を披露しましょう。

多くの公立病院では常勤医の定数と言うものが決まっているのですが、その病院でも常勤医の数は各科二人と決まっていました。
呼吸器科や消化器科、外科などはマイナー科と比べると大所帯ですから、当然常勤医になれない医師が大勢いるわけです。
10年選手の中堅医師がレジデントと称して、月給20万かそこらのボーナス無しという日雇い労働(本当に!)をしているわけです。
せいぜい年休2~3日で週平均100~120時間程度は働いているですが、帳簿上は何故か週3日の半日勤務ということになっていたりします(笑)。

多くの公立病院の事務の例に漏れずこの病院の事務も全くの無能で、毎日煙草を吸い吸い新聞を眺めながらどうやって5時まで時間を潰そうかと考えているような連中ばかり。
その事務から「今月の超勤簿が出ていないから至急提出するように」と連絡が来たと言うことで、ドクターは忙しい仕事の合間を縫って事務室まで足を運びました。
時はちょうどお昼時、週刊誌を片手に弁当を食べていた事務員の一人が言うことには「担当者が休憩中だからまた後で出直せ」と(爆)。
さすがに切れかけたドクターですが(主観的に)にっこりと笑いつつ「それじゃこの書類をお渡しくださいね」と机に叩きつけて退散したとか。

この話に後日談があって、件の事務からドクターに連絡がありました。
曰く、「先生困りますねぇ、超勤は月20時間までしかつけないって決まりでしょ?”正しく”直しておきますから今度からはちゃんとしてくださいね」だそうで(爆)。
このドクターがさっさと他の病院に移ったことは言うまでもありません。

公立病院における力関係が端的に判る資料というものが実は平均給与の比較です。
ちなみに全国の病院において公立病院の9割、私立も半分が赤字であるとされています。
これはこれで異常な事態なのですが詳細は後日に回すとして、おおむね健全な病院で人件費率は4割程度、5割を越えてくると黒字は困難と言われています。
ところがほとんどが赤字という異常な経営状況にある公立病院では人件費率が6割超という場合も珍しくないのですね。
では誰がそんなに金を取っているのか?世に言う強欲な医者がボっているのかと言う話になるわけですが、実態を見てみれば面白いことが判ってきます。

平成17年病院運営実態分析調査より抜粋

給与(千円)    自治体     その他公的       私的
医師              987            934            1007
看護師           381            335            325
准看護師        409            365            297
事務職員        402            347            296

病院とは医療を行う場ですから、普通に考えれば医療に関してより高い専門性を身につけた者ほど高い給与を支払われるべきではないでしょうか?
実際多くの私立病院ではそうなっているわけですが、何故か公立病院においては専門職たる看護師よりも事務員の給料の方が高いのです!
そして公私間で比較していただければ判りますが、事務員>准看護師>看護師と専門性が低いほど公立病院で給与が高くなっている一方、医師に関しては給料が安く抑えられています。
こうした統計で扱われる平均給与とは常勤医のそれであって、先ほど話に出てきたようなレジデント等の非常勤医はまた別であるということにも留意ください。
さらに公務員の十八番たる年功序列を考えてみれば、せいぜい数年で転勤する医師のボーナスや退職金と比較して事務員がどれだけのものをもらっているか想像がつくと言うものです。

さて皆さん、ここで質問です。あなたが一人の労働者の立場になって考えてみていただきたい。
とある業界では久しく前から売り手市場が続いており、あちこちから引く手あまたという状況です。
そこに低待遇であることが分かり切っている職場がある、そこから派遣会社に「さっさと次の鉄砲玉をよこさんか!」と連日催促がある。
あなたが派遣会社に所属しているとして、わざわざそんなところに派遣されたいと思いますか?
それくらいなら自分で好待遇の職場を探すなり、他の派遣会社に乗り換えようと思いませんか?
あるいは派遣会社のスタッフとして見た場合に、わざわざそんなハイリスクの職場に不足している貴重な手駒を送りたいと思いますか?
いや、自らを鍛えるために敢えて俺は険しい道を選ぶ!という勇気ある人も中にはいるでしょうが、決して多数派ではないでしょうね。

医療崩壊と言う現象の大きな一側面は公立病院崩壊であり、さらにその中身はと言えばごく当たり前の労働者の権利主張に過ぎないのです。
では何故そんなどうしようもない公立病院の実態が放置されてきたのかと言った問題とも絡めて、次回「医療崩壊の嘘!? その四」に続く予定です。

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2008年7月26日 (土)

今日のぐり ラーメン「あかり」

ここいらで少しぐり研究会の本分に立ち返ってみましょう。

今日のぐり ラーメン「あかり」

前回は濃厚とんこつの「山下商店」にお邪魔しましたので、今回は同じくとんこつ系の「あかり」を選んでみました。
元々ここは本場でみっちり修行したという先代店主さんが本場そのままの長浜ラーメンを出すということで人気になった店です。
ところが前回訪問してみると全く違う濃厚スープに変わっていてびっくりと言うところまでは以前のぐりで紹介した通り。
そこで今回は山下商店を対照に濃厚とんこつ同士で比較してみるつもりだったのですが、これが思わぬ事態に…

前回の山下商店との比較の意味で同じネギラーメンを頼んだのですが、結果としてこれが失敗でした。
運ばれてきたドンブリを見て「あれ?薄い…?」どう見ても前回の時のスープとは別物です。
前回はどろりと濃いスープに変貌していて驚いたのですが、今回は以前のように薄くなっていて再び驚きました。
あれはあれで悪くないかなと思っていたのですが、やはり固定客も多い人気店だけに変えるに変えられなかったのか…?
まあもともとが長浜ラーメンの看板を掲げる店ですし元通りになっただけとも言えますが、こう毎回違っているのでは何が何やら混乱気味。

薄くなったスープをドンブリからすすると、浮いた油の味と相まって前回のスープよりも散漫な味に感じます。
これにたっぷりのネギが入ると風味負けしてしまっている感じで、どうもこれはネギラーメンは失敗したかなと。
ただそれでもタレの味をきつくしてと言う方向でのバランス取りに走っていない点は評価したいと思いますね。
たぶん替え玉をするお客はもっとタレをきつくしてくれないと、なんて不満を感じてるんでしょうけど…

相変わらずの極細麺は茹で方を指定しない「普通」のはずですが、麺の味を最優先するならもう僅かに茹でた方がよさそうに感じました。
一部老舗の茹ですぎな麺は論外ですが、最近どうも何でもかんでも固茹でにしとけばいいやみたいな風潮があるのは気になりますね。
デフォルトの茹で加減は味と食感が最もバランスしたところを見極めてもらいたいと思うのです。
あと、トッピングのもやしはどうなのと…ま、これはこれでこだわりなのかも知れませんがちょっと、ねえ。

話は変わりますが、入店後まずあれっ?と思ったのが何か妙に店員が増えていることです。と言うよりも目立つんですね。
もともと時間帯によっては多かったのかも知れませんが、以前この時間帯で来た時にはこんなにはいなかったような…?
多いのが悪いわけではもちろんないのですが、さほど広くもない店内で半ダースからの店員が突っ立って暇そうにおしゃべりしているという光景は正直、客商売としてちょっとどうなのと言う感じです。
店内をざっと見回し客の会話に耳を澄ますだけでもいろいろとやるべきことはありそうに思えたんですがねえ…

全体として意外性が先に立ってしまってどうも辛口評価になってしまいましたが、長浜ラーメンとして見ると十分合格点は出せるかなと。
しかし店主さんが変わって以来どうも迷いがあるんでしょうか?少し味の継続性、安定性と言う点で不安を感じているのも確かでした。
またしばらくしてから再訪してみますかねえ…

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2008年7月25日 (金)

医療崩壊の嘘!? その二

前回の「医療崩壊の嘘!? その一」に続き、医療崩壊の話題を。
報道によれば、ことに地方の医師不足が深刻なのだそうです。
ここで典型的な記事を一つ見てみましょう。

新人医師の研修先は従来、大学病院に集中していた。新制度では、研修医が研修先を希望できるようになり、症例数が多く研修内容や待遇などが充実した大都市の民間病院などに集中。大学病院や関連病院が人手不足となり、地方の病院に派遣していた医師を引き揚げるようになった。

記事によれば都市部に医師が集中し地方で医師不足に陥ったかのような印象を与える記述ですが、それでは事実はどうか?
今現在でもっとも崩壊が進んでいると言われる産科医に関してみてみましょう。
産科学会が「全国周産期医療データベースに関する実態調査」を公表していますが、「新小児科医のつぶやき」を運営されている高名なYosyan氏がこれを簡潔にまとめてくださっています。

数字で見る産科危機

特に「出産数/医師」の項目を注目していただければ各県の医師の充足ぶりがイメージしやすいのではないかと思いますが、これも同氏のまとめで医師一人辺りの出産件数の多い、すなわち産科医を酷使している県のランキングをみてみますとこうなります。

厚生官僚の超強力電波

なんと!いわゆる三大都市圏とその近傍県こそが軒並み産科医不足を来しているという意外な実態が明らかではありませんか。

「若年者の多い都市部の方が出産数が多いからでは?」という疑問もあるかと思いますが、これも出生率で見てみれば一目瞭然です。

都道府県の合計特殊出生率

出生率上位を占めるのは沖縄、島根、福井、福島、鹿児島といった三大都市圏とは遠い県ばかりで、首都圏や関西圏ではむしろ顕著な落ち込みを示しているのですね。
すなわち都市部での産科医の激務は決して見かけだけのものなどではなく、明らかな事実なのです。
実のところこうした傾向は産科医にとどまるものではなく、現場の医師にとって都市部ほど激務の職場が多く、田舎にいくほど仕事は楽という傾向があることは常識といっていいことです。

地方の医師不足といったところで都市部の住民にしてみれば「冗談じゃない!ここらの病院の外来に並んでいる行列を見てみろ!」という話になるわけです。
需要と供給の関係で言うならば、地方ではなく都市部でこそ医師は不足していると言っていいでしょう。

それでは何故「地方の医師不足」などと言われるようになったのか?この原因として主に二つの問題があります。
その一つは「医師の集約化」という問題です。
田舎は都会に比べて人口が少ない、当然病院も都市部より小規模なものが多くなり、一病院あたりの常勤医の数は少ないのです。
病院と名のつくところは必ず当直医をおかなければなりませんが、一部を非常勤医でまかなうとしても基本的には日勤を終えた常勤医がこれにあたります。
単純に考えてみれば判ることですが、医師数100人の大病院と医師数5人の小病院では後者の方が当直につく回数は(20倍とは言わないまでも)ずっと多くなる理屈なのです。
すなわち都市部の病院では医師の仕事量が多く業務の密度が高い、結果として時間外勤務も多い。
一方で地方の病院では日常の業務自体はそれほど多忙ではないにせよ、交代勤務も取りづらく拘束時間が長いということです。
どちらがつらいかは医師個人の受け止め方も関係してくるところですが、解決方法は誰でも思いつくことで「医師を一カ所に集める=集約化」ということになるでしょう。
ところが誰しも問題と解決法を把握していながら、これが実際にうまくいっていることがほとんどないのが実情なのですね。

近年で最大の医師集約化のチャンスだったのが例の「平成の大合併」でした。
それまで市町村ごとに所有していた自治体立病院を、自治体の統合に伴って合併させてはどうかという議論が各所で起こったのですが、これが全くと言っていいほどうまくいっていません。

「近所の病院が無くなるのは困る」と言う住民のエゴ?
「うちの病院を潰して隣町の病院を残したのでは次の選挙があぶない」と言う自治体トップの思惑?
それとも「ポストが減るのは困る」という病院幹部の意志?

むろんそうしたものもそれぞれに大きく関係しているわけですが、そもそも地方自治体病院とはいったい何なのか?ということについて考えていかなければ報道されることのない実態は見えてきません。
その点についてはもう一つの問題、すなわち「公立病院特有の問題」と絡めて次回「医療崩壊の嘘!? その三」へ続きます。

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2008年7月24日 (木)

医療崩壊の嘘!? その一

かつては耳慣れないものだった「医療崩壊」という言葉。もともとネット上ではちらほらと見かけていた言葉ではありますが、虎の門病院の小松秀樹先生の著作「医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か」が話題となって以来、このところすっかりマスコミにも定着した感があります。
医療崩壊という現象については用いる者によっても概念が異なるためはっきりした定義も難しいのですが、今現在も2ch医者板などを中心に随時改訂作業が行われているwikipediaから拾ってみますと、

それなりに廻っていた医療体制が何らかの原因でたちゆかなくなること、またその状態を漠然と指す言葉

という記載がなされています。まさしく漠然としているだけに広範かつ複雑な現象でもありますから、今回から折を見ながら少しずつこの問題を取り上げていきたいと思います。

ところでマスコミがこの問題を取り上げる場合、ほぼテンプレ的に『2004年度から導入された新臨床研修制度が契機となり』云々といった記載がなされているわけですが、実のところこれが大いに疑わしいところなのです。
前述のwikipediaの記載をみてもこの件はむしろマイナー因子として扱われていることからも判るとおり、マスコミが決して報道することのない(そしてそれゆえにこそwikipedia上においても現在進行形で編集合戦が続いている)本当の理由というものが他に存在しているのですね。

この問題に関して(も?)政府やマスコミの言うことをいちいち真に受けていると本質を見誤りますのでご注意を。彼らもまた意図してのミスリードを行っているのですから…

医療崩壊の嘘!? その二へ続きます。

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2008年7月23日 (水)

毎日新聞変態記事問題 ~テキサス親父もあきれてる~

前回ご紹介しましたテキサス親父がまた日本関連ネタを取り上げているのですが、まあ国の恥ですわ…

毎日捏造の毎日新聞問題をご存じない方、まずは黙ってこちらをご覧ください。

毎日新聞問題に対してテキサス親父が物申す

「毎日新聞英語版サイトでとんでもない記事が海外に向けて垂れ流されている」という話がネット上で広がり始めたのもつい最近の話ですが、詳細が知られるにつれて「これって大変な問題なんじゃないの?」と大騒ぎになりました。

例えば有志が開設しているこの問題のまとめサイトからどんな記事が配信されていたのかと眺めて見ますと…

    * 「母は、成績を落とさないために堕落する」  "More moms going down, to ensure grades go up!"
    * 「エロ寿司屋で舌なめずりするようなご馳走」 "'Erotic sushi' bar serves up tantalizing treats"
    * 「女性たちは昔の恋人との"リサイクル・セックス"によって全身全霊に活力を得る」 "Gals refresh body and soul by 'recycling sex' with old beaus"
    * 「致命的な'イクイク病'は頂点に達している」 "Deadly 'iku iku byo' reaches a climax"
    * 「ファストフードは女子高生たちを性的狂乱状態におとしいれる」 "Fast food sends schoolgirls into sexual feeding frenzy"
    * 「濡れてワイルドに : 主婦は近所のコインシャワーで大金を稼ぐ」 "Get wet and go wild: housewife rakes in extra loot at the neighborhood body wash"
    * 「私たち少女の間でだけで--風俗産業の隠されたスラング」 "Just between us girls -- the secret slang splurted in the ejaculation industry"
    * (題名不明)「ほとんどすべての漁師は海でマンタとSEXしている」
    * 「気難しい日本の女王様たちは、悪臭を放つペニスを敬遠する」 "Picky Japanese princesses pass on putrid peckers"
    * 「女性たちはブートキャンプでセックス・テクニックを会得する」 "Girls get good grip on sex technique at booty boot camp"
    * 「セックス、レイプ&奴隷が、病的なホリデー・メニューに加えられる」 "Sex, rape & slaves inserted in sick holiday menu"
    * 「多くのハンドバッグが、いいバイブレーションの音を鳴らす」 "More handbags abuzz to good vibrations"
    * 「変態的なスカトロ・フェチにアピールする雑誌が、糞便への魅力を満足させる」 "Magazines appealing to flaky 'sukatoro' fetishistsfulfill a fascination for feces"

いやあ…ネタですか?(苦笑)
国内版の毎日新聞しか知らなければ「いったいどこのゴシップ誌の記事よ?」と思ってしまいそうですが、れっきとした毎日新聞の名で配信された記事だと言うから驚きです。
それも少なくとも過去数年間にわたってこうした変態記事の発信を続けていたと言うのですから穏やかではありません。

とにもかくにも「日本の大新聞社が言っているんだから間違いない」と真に受ける外国人が出るわ出るわ…海外のメディアがどう見てもあり得ない日本の話題を取り上げ、ソースは何かと辿ってみれば毎日だったという事例が続出しているとか。
単なるおもしろネタ程度ならまだしも、時と場所によっては国際問題になりかねない場合もあるわけで、たとえば「エクアドルで日本人が子供をジャングルに放し、それを銃で狩る」なんてトンデモ記事を垂れ流した結果、現地在住邦人が生命の危機にさらされかねないという異常事態にまでなっているのです。
それはまあ、普通エクアドル人でなくても怒りますわな。ここまでくると日本語で言うところの国辱と言うもので、それが捏造記事による誤解によるものとなればとんでもない話です。

当初はこの問題に対する抗議にも木で鼻をくくったような態度に終始していた毎日新聞ですがようやく先頃問題の存在を認め、謝罪とともに記事の削除と責任者の処分を行いました。
驚くのはその処分の内容と言うもので、なんと担当責任者はそろって昇進という素晴らしさ。大丈夫なのか毎日?!と人事ながら心配になってくる話です。
この件に関しては一説によればこんな話もあるようで、事実とするならば彼らの正気を疑わざるを得ないと感じるのは自分だけでしょうか??

184 名前:名無しさん@全板トナメ参戦中[] 投稿日:2008/06/26(木) 13:25:08 ID:aR1UFikz0
不祥事を起こした部署の統括責任者が、
昇格して取締り役に就任することについて訊いたら
「より多くの部下を持つことにより、より重い責任と精神的重圧を負うことになりますので
一概に出世というよりは処分の一環として考えていただければと思います」って
電話受けの人が言ってたな。

とにかくこの問題に関しては、日頃他人のスキャンダルに関しては重箱の隅をドリルで掘りまくるようなマスコミ諸者が全くと言っていいほどの沈黙を続けているのが一体何なの?と言うところでしょう。
平素辛口でならしているたかじんですら不自然な編集の存在を伺わせる流れでお茶を濁しただけですし、かろうじて先日ミヤネ屋で概略を取り上げたのが最も詳細な報道という部類でしょうか。
ワイドショーの類はいくつか散見した程度ですが、何も知らない一般人が見ればいったい何の問題なのかも判らない程度の内容にしか過ぎませんでした。
右派系の言論でならす某新聞社を始め日頃毎日あたりに批判的な言説を取るマスコミには事欠かないと思っていましたが、こんなところで同業者への遠慮があったりするということなのでしょうか?

とにかくこの問題に関しては香ばしい話題が多すぎますので、今後も可能な限りフォローアップしていく予定です。

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2008年7月22日 (火)

DREAMライト級グランプリ

昨日7/21にはDREAMのライト級グランプリがありまして(大阪城ホール)、地上波で観戦しました。
GP自体はリザーバーのハンセンが優勝という少しばかり意外な結果(実力的に、ではなく興行的にですが)でしたが、負けた青木もああいう一発は仕方のないところはありますしね。次の機会に期待したいところです。
総じて実力伯仲という好試合が多かっただけに、やはり一日二試合という形式がよいのかどうかと言う疑問がなきにしもあらずというところでしょうか。

さて、この大会で久しぶりのリング復帰を果たしたのがご存じ秋山”ヌルヌル”成勲。
柴田という何とも言い難い微妙な相手だけに予想通りの結果に終わったのは仕方がないとして、意外と言えば意外だったのが試合前の煽りVTRでわりあい詳細に今までの経緯を流していたことでした。
今までの奥歯に圧迫綿球を挟み込んだかのような言及ぶりが何だったのかと(苦笑)。
しかしここでも相も変わらずの「柔道王」扱いはいい加減なんとかして欲しいと感じるのは自分だけでしょうか?

秋山と言えば現役の柔道家だった当時から既に「奴の道着はすべる」と言うことで有名な?選手でした。
当時本命視されていた中村三兄弟の中村健三選手からも対戦時に抗議を受けたほどですが、そのヌルヌルキャリアの頂点となったのが2003年の世界選手権。
対戦する相手ことごとくが「道着がすべる」と抗議するという異例の事態にさすがに上も無視は出来なくなったのでしょう、大会中に強制的に柔道着を交換させられるという前代未聞の珍事が発生したのです。
何よりこの「道着交換事件」からこのかた秋山が勝てなくなってしまったことが、疑惑が限りなく事実に近かったのだと一般に認識させたのでした。
そしてこの後、あの唐突とも言っていいプロ格闘家転向宣言が飛び出します。まるで世間の目に追われるかのように。

当時は手段を選ばず勝ちに徹するという姿勢はプロ向きかも知れないなと漠然と感じていただけでしたが、予想を超えて秋山はプロ格闘家としての実績を積み上げていきます。
そして、ここでも相変わらずの「すべる」疑惑とは無縁でいられなかったことが彼らしいと言えば言えるのかも知れません。
一躍反則格闘家としての彼の名を知らしめた桜庭戦のみならず、それ以前からもたびたび対戦相手からはクレームがついていたそうです。
しかしそれらは桜庭というビッグネームが反則の毒牙にかかるまで、表には出ることがありませんでした。
そうした周囲の姿勢こそがあるいは彼の反則行為を増長させる結果となったのかどうか、今となってはわかりませんが。

かつて秋山自身がテレビで「すべりやすくして試合を有利にすすめる」と発言したそうですが、柔道着に何かしら手を加えるということは海外ではかなり広まっています。
たとえば欧州系選手を中心に特注の分厚い襟をつけた柔道着などがかなり用いられているようです。おいちょっとそれ一体何枚重ねなんだよと言うくらいの分厚さなんだそうで。
勝てば官軍と言うこともあるでしょうし、民族的文化的な背景の違いということもあるでしょうが、しかしそれ以上に先達から連綿と伝えられる言外の何かが伝わっていないのではないかと思わされます。
むろん未だに諸外国ではまともな指導者もいないなかでJudoを始める選手も多いということを無視するわけにはいきませんが、ルールに明記されていない部分は存在しないも同じと言うのでは「道」とは縁遠いものではあるし、何よりも格好悪いですよね。

柔道が国際化されて既に久しいですが、個々の選手はともかく国として未だに日本は世界トップを維持しています。
柔道発祥の地だから、競技人口が多いからと言うこともありますが、実は何よりも指導者層が世界一充実していることが日本の一番の強みなのだと思います。
各地の武道館、体育館では大小の柔道教室が開かれており、町に出れば私設の道場も少なくない。
全国どこでもまともな指導者につくことができるということの意味は、競技スポーツの経験がある者にとっては自明のことでしょう。
そしてその根底を支えているのが「柔道をやっていれば食っていける」という社会環境なのですね。

指導者としての直接的な雇用のみならず、先輩後輩、あるいは同門関係といったつながりを通じての就労機会も決して小さなパイではありません。
見ず知らずの初対面通しでも耳が潰れているという一事をもってまるで旧知の仲のように話が弾んだ、そんな経験をした柔道家は数多いはすです。
「衣食足りて礼節を知る」という言葉がありますが、一部の聖人君子はいざ知らず凡百の人間にとって、自分が認められていると思えるからこそ修練に精出すことが出来るのも確かなのです。
そしてそれら全ての根底にあるのが諸先輩達が身体を張って支えてきた社会的信用であり、同時に後に続く者達にとっての誇りでもあるのだと思いますね。

柔道と言うものの成立過程を考えるならば、秋山という選手が今なお「道」と縁遠いものであることは明らかなはず。
その秋山が「柔道王」などとまるで柔道家代表のように振る舞うというのは、正直不快以外のなにものでもありません。
とはいえそこは興行もテレビも商売でやっていることですから、秋山本人の意向に関係なく今後も「柔道王」路線は続くとは思いますけれどもね。
そうした意味では彼自身も被害者の一人と言えるかも知れません。それが同情に値するものであるかどうかはまた別の問題として。

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2008年7月21日 (月)

君はテキサス親父を知っているか?

今や一部の人たちの間ですっかりお茶の間の人気者になった「テキサス親父(プロパガンダバスター)」。
その実態は(自称)テキサス在住のトニーなるアメリカ人だそうですが、見るからに共和党支持者風の保守系論客です。
この人物、カメラに向かって語りかけるというスタイルで色々とyoutubeにコメントをアップしているのですね。

テキサス親父がブレイクしたのは例の南氷洋捕鯨船団に対する環境テロリストの攻撃の際でした。

テキサス親父 グリンピースに宣戦布告!

見ての通り、全世界に向けて環境テロリストの正体がレイシストであると看破しちゃったわけです(苦笑)。
ま、実際のところは連中単なるレイシストにとどまるわけではなく、その支援企業リストを見ても判るとおり環境利権と言うべきものの存在も大きいわけですし、当然国際政治的意図も絡んでいると見るべきでしょうが。
いずれにしても日本人であれば「どうして政府やマスコミはそこに突っ込まないんだ?!」と言うところをずばっと直球で突いちゃったわけですから、もう拍手喝采。

とにもかくにもこんなことをぶっちゃけちゃったものですから、当然ながら世界中から賛否両論のコメントが殺到します。
で、それに対する親父のコメントがこちら。もうね、いっそのこと清々しいほど(笑)。

日本人は礼儀正しすぎる-テキサス親父の意見

この御仁の場合youtubeで検索していただけば判りますが、この件に限らずわりあい日本絡みの話題のコメントが多いんですね。それも総じて日本人に好意的な取り上げ方で。
ともかくも日本人が表向きあまり公言しない部分(苦笑)に対する言及が良心的報道勢力の言うところの「ネット右翼」の言論に近いところがあって、そんなところが受けている理由なのでしょう。

最近友人がこのテキサス親父とちょいとメールをやり取りしてたりするらしいのですが、また面白いネタでもあれば紹介しようかと思っています。

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本日ブログ開設しました

ようこそ「ぐり研」へ。管理人nobuです。

「ぐり研」も思うところあって、このたびめでたくブログ開設と相成りました。
相変わらず「ぐり」研究をすすめていきたいところですが、少しばかり今までよりも間口を広げていこうかと言う気もしています。

ということで一応ご参考までに、当研究会のきまりごとは下記の通りですのでよろしくお願いいたします。

ぐり研会則

一. 当会は 「ぐり研究会」 略称 「ぐり研」 と呼称する。

一. 会員は 「ぐり」 に対する理解と研鑽に努めなければならない。

一. 会員は相互に 「ぐり」 情報の共有に努めなければならない。

一. 研究会は適宜開催する。研究会は全員参加をもって原則とする。

一. 研究会において供された食品は残さず食べなければならない。

一. 新規入会の申請については会員相互の賛同をもってこれを認可する。

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